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無人駅

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私は、その駅を通過するたびに泣きました。
もう何千回も泣きました。
私はあなたに何もしてあげられませんでした。
あなたはもういません。
でも、私はあなたを愛しています。
今でも愛しています。


私は海沿いの小さな町に住んでいます。
私は市内の銀行に勤めています。
毎日、電車で通勤しています。

電車は海に沿って走っていきます。
海は時には沈黙し、時には悲嘆にくれ、時には荒れ狂い、時には慟哭し、・・・

そんな海を感じながら走る電車は、途中で一つの古い駅を通過します。
もう誰も使っていない駅です。
廃駅です。

そこには以前小さな村がありました。
何もない村でした。
貧しい村でした。

公道を整備するために、その村は消えました。
村が消えたので、その駅も廃駅になりました。
今は、その駅に止まる列車はありません。
今は、その駅のホームで待つ人はいません。
ホームの椅子に腰掛ける人はもう誰もいません
その駅はもう使われていないのです。
ただ、線路があるだけなのです。
ただ、列車が通過するだけなのです。

今日も、私を乗せた列車は海に沿って走りながら、その駅に近づきました。
駅に近づくと、私は緊張しました。
手足が小さく震えました。
視線をどこへ向ければよいのかわからないまま、私は過去の記憶が意識の中に押し寄せてくるのに、じっと耐えていました。

そして、私の目から涙が流れ落ちるのです。
その駅を通過するたびに、私は泣きました。
何度も、何度も・・・

それはいつものことでした。
今はもう誰も使っていないその駅に近づくと、私の目から止めどなく涙が流れ落ちるのです。
どうしてもそれを止めることができないのです。

その駅は、私が高校生の時、毎日使っていました。

私はその駅で毎朝、電車を待ったのです。
彼と一緒に・・・。
彼も同じ小さな村に住んでいました。
私と彼は同じ高校に通っていました。

私と彼は毎朝、同じ電車に乗りました。
私と彼は毎朝、同じ駅で電車を待ちました。
毎朝、同じベンチに隣り合って座りました。

私は彼のことが好きでした。
彼も私のことが好きでした。
二人はずっと一緒だと思っていました。

私たちは何かを言葉に出して言ったわけではありません。
ただ、私が駅のベンチに座っている彼の手を握っただけです。
彼も私の手を握ってくれました。
それだけでした。
それだけで十分にお互いの気持ちがわかったのです。

その時の私たちは、愛だの結婚だの人生だの幸福だのと言ったことを考えていたわけではありません。
ただ純粋に一緒にいたいと思ったのです。
そして、ずっと一緒にいられると信じていたのです。
二人はいつまでも一緒だと、心から信じていたのです。

でも、それは終わってしまいました。

だから、私は列車がその駅に近づくたびに心が苦しくなるのです。
列車がその駅に近づくと、胸が締め付けられるような気がし、耐えられない気持ちになり、心臓の鼓動が高鳴り、じっとしていられなくなるのです。

今日もそうでした。
窓の外の風景が、もうすぐその駅だということをささやいただけで、私はどうすればよいのかわからなくなりました。
私は今すぐに何かをしなければならないと思い、そして、もはや何もできないのだと思うのです。
私はもう、自分の目の前に何があるのかもわからなくなり、自分が何を考えているのかもわからなくなり、自分が何を感じているのかもわからなくなるのです。

私はうつむきながら、目の片隅で窓の外を見ていました。
近づいてくる駅の建物の屋根を見ていました。
今はもう誰もいないホームを見ていました。
今はもう誰も座ることがない駅のベンチを。・・・
そして、そこにある風景が、現在のものなのか、記憶の中にある過去のものなのか、私にはわからなくなっていました。

彼との時間はあっという間に終わってしまいました。
彼は病気になったのです。
彼はすぐに入院しました。
ところが、彼の病気の進行は恐ろしいほどはやかったのです。
病気が悪性だったことや、彼が若かったことが原因で、その病気の悪化は時計の針さえも追い越していきました。

私が見舞いに行くたびに、彼は力を失い、顔色が悪くなり、痩せ衰えていきました。
この先にあるものが何なのか、これから何が起きるのか、私にも彼にも十分にわかっていました。
そのことは誰かに尋ねなくても、はっきりとわかったのです。

病室でベッドのそばの椅子に座っている私は、どうすればよいのかわからなくなりました。
意味もなく立ち上がり、病室の中を歩き回りました。
意味もなく窓際に行き、カーテンに触れました。
意味もなくテーブルに近づき、壁に触れたり、花瓶を動かしたりしました。

私は彼に何を言えばよいのか、わからなくなっていました。
私は自分がどうすればよいのか、わからなくなっていました。
いえ、私は、自分が今何をしているのかすら、わからなくなっていました。

私はまた、意味もなく、椅子から立ちあがろうとしました。
じっと座っていることができなかったのです。
じっと座って、苦しそうな彼を見つめていることができなかったのです。

私は意味もなく立ちあがろうとしました。
でも、できませんでした。
私は立ち上がることができませんでした。

彼が私の手を握っていたから。・・・
彼が私の手をしっかりと握っていたから。・・・

私も彼の手を両手でやさしく、強く握りしめました。
彼は痩せ衰えた顔で、かすかに微笑みました。

そして、二日後に、彼は亡くなりました。

私には何もできませんでした。
私は苦しんでいる彼に何もしてあげることができませんでした。

今でも、そのことを思い出すと心が苦しくなります。
だから、列車がその駅に近づくと、私は耐えられない気持ちになるのです。
二人で毎日電車を待った駅に近づくと、私は我慢できないほど悲しい気持ちになるのです。

でも、今日も列車はその駅に近づいていきます。
もう誰も使っていないその駅に向かって、列車はたんたんと走っていきます。
そして、列車はいつも、まるでそこには何も存在していないかのような素振りで通過するのです。
もうそれは廃駅なのです。
誰も使っていない駅なのです。
だから通過するだけなのです。

でも、今日は違いました。
なぜか、列車がスピードを落とし始めました。
なぜなのでしょうか。
わかりません。
でも、電車はスピードを落としていきます。
ただの信号待ちなのでしょうか。
それとも事故か何かがあったのでしょうか。
理由はわかりませんが、列車はその駅のホームに止まったのです。

そこは廃駅です。
列車が止まっても、ドアは開きません。
降りる客も乗る客もいません。
ただ、列車が止まっているだけです。
ただ、列車が信号の変わるのを待っているだけです。

その時、それまでうつむいていた私は、ふとその駅のホームを見たのです。
今は誰も使っていないホームを見たのです。
誰も人がいるはずのないホームを。・・・

そこに彼が立っていました。
彼がそこに立っているのが見えたのです。
それが現実のはずがありません。
こんなことが起きるはずがありません。
でも、彼が見えたのです。
私には、ホームに立っている彼が見えたのです。

彼は高校生の時と同じ姿をしていました。
彼は学校の制服を着ていました。
かばんを持って、ホームのはしの方にまっすぐに立っていました。

私は必死で窓の外を見ていました。
私は懸命に彼を見つめていました。
それは彼でした。
それは間違いなく彼でした。

もちろん私にはわかっていました。
何年も前に彼が死んでしまったということは、私にもわかっていました。
でも、そこに彼は立っているのです。
そこに彼がいるのです。
間違いなく彼なのです。

私は気が狂ったのかもしれません。
私は頭がおかしくなったのかもしれません。
そうかもしれません。

それでも、そこに彼はいるのです。
それが過去の記憶だとしても、それが幻覚の中の映像だとしても、それが私の苦痛が作り出した幻想だとしても、彼はそこにいるのです。
彼はそこに立っているのです。
それは彼なのです。

私は思わず列車のドアに向かって走りました。
列車を降りようとしたのです。
ホームに出ようとしたのです。
彼のもとに駆け寄ろうとしたのです。
彼を抱きしめようとしたのです。

でも、列車は信号待ちをしているだけです。
ドアは開きません。
私はもがきました。
私は苦しみました。
どうしてなのでしょうか。
どうしていつも私には何もできないのでしょうか。

私はドアの外の彼を見ました。
すると、彼も私の方を見ているのです。
彼も私を見ているのです。
彼も私をじっと見つめているのです。

私も彼を見つめました。
私は耐えられませんでした。
私はもう我慢できませんでした。
だって、彼はそこにいるんです。
彼はそこに立っているんです。

でも、その時でした。
それは、その時でした。
列車が走り始めたんです。
列車が静かに動き始めたんです。

駅から離れていきます。
列車は冷淡に、加速していきます。
私を彼から引き離していきます。
列車は駅から遠ざかっていきます。
彼の姿は小さくなっていきます。

でも、彼は私を見ています。
私も彼を見つめています。

私にはわかりました。
彼がやさしく微笑んでいるのが・・・。
私を見つめながら、やさしく微笑んでいるのが・・・。

列車は走っていきます。
どんどん街に向かって加速していきます。
彼はもう見えなくなりました。
駅はもう見えなくなりました。

私に残されたのは、目から流れ落ちている涙だけでした。

私には何もできませんでした。
あの時と同じでした。
彼の病室にいた時と同じでした。
私には何もできませんでした。

私はその日からもずっと毎日、その列車を使って通勤しています。
そして、毎日、その廃駅を通過します。
駅を通過するたびに、私の目からは涙が流れました。
もう何百回も泣きました。
もう何千回も泣きました。
そして、これから何万回も泣くのでしょう。

あれ以来、列車があの駅に停車することはありません。
もう彼の姿が見えることはありません。
あれが現実だったのか幻だったのか、私にはわかりません。
いえ、きっとあれは私の幻覚だったのでしょう。
死んだ彼がホームに立っているはずがないのですから。
でも、それが幻だったとしても、たとえそれが幻覚だったとしても、私はもう一度彼に会いたいのです。
もう一度会いたい。・・・
だって、今でも、彼を愛しているのですから。



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