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・・・彼女は雨に濡れながら、静かに立っていました・・・
・・・長い時間、ずっと立っていました・・・
僕は大学を卒業して、ある会社に就職しました。
僕は会社の近くのアパートに引っ越しました。
小さなアパートでした。
古いアパートでした。
となりの部屋に、女性が一人住んでいました。
若い女性が一人・・・。
不思議な女性でした。
彼女は毎日、夕方になると、玄関のドアの前に立っているのです。
玄関の外に立っているのです。
長い間・・・。
一時間も二時間も・・・。
夜遅くまで立っていることもあります。
天気の悪い日などは、雨にぬれながら立っているのです。
僕には、彼女が何をしているのか、わかりませんでした。
ある時、僕は彼女に たずねました。
どうして、夕方になると、そこに立っているのですか、と たずねました。
彼女は少し笑って答えました。・・・
・・・人を待っているのです。
・・・彼を待っているのです。
・・・以前は、その人と一緒に暮らしていたのです。
・・・彼はある日、突然出て行ってしまったのです。
・・・でも、信じているのです。
・・・今でも信じているのです。
・・・きっと、いつか帰って来てくれると信じて・・・。
・・・だから、ずっと待っているのです。
僕は、ある日、用事があってアパートの管理人のところへ行きました。
その時、管理人が、ふと、その女性のことを話し始めたのです。
僕は言いました。
「でも、夕方になると毎日 外に立っているんですよ。
毎日、男の人を待っているんですよ。
ちょっと不思議ですよね」
すると管理人は答えました。
「ええ。もう、十年以上にもなりますからね」
「え? そんなに昔から!」
僕は驚いてしまいました。
しかし、その後 管理人が言ったことを聞いて、僕は、もっと驚いてしまいました。
管理人は、彼女のことを話し始めました。
・・・ええ、そうなんです。
・・・もう十年以上も前のことなんですがね。
・・・確かに、彼女は男の人と一緒に住んでいたんです。
・・・でもね、その男の人、病気で死んだんです。
・・・でも、彼女は彼が好きだったんでしょうね。
・・・愛していたんでしょうね。
・・・そんな彼が死んでしまって、彼女は、とても苦しんでいました。
・・・その人が死んでから、彼女はしばらく、ずっと部屋の中にいました。
・・・部屋の中で泣いていました。
・・・ところがある日、彼女が変なことを言い始めたんです。
・・・彼女は、急に部屋から出て来て妙なことを・・。
・・・彼がどこかへ行ってしまったって、言い始めたんです。
・・・彼が、どこかへ行ってしまった……
・・・彼が、どこかへ行って、帰って来ないって、言い始めたんです。
・・・彼が死んでしまって、彼女は頭がおかしくなったんでしょうね。
・・・彼女は、その男の人が死んだってことを、すっかり忘れてしまったんです。
・・・そして、彼がどこかへ行って、だから部屋にいないんだと思い始めたんですね。
・・・彼がどこかへ行って帰って来ない、だからどこにもいないんだと・・・。
・・・どうしてそう思い始めたのかは、よくわかりません。
・・・でも、彼女は、そう信じているんです。
・・・まあ、人間の心ってのは、不思議ですね。
・・・よくわかりません。
管理人はそんな話を僕にしました。
僕はただ黙って聞いていました。
その日の夕方も、彼女は外に立っていました。
雨が降っていました。
彼女はかさもささずに立っていました。
彼女は雨にぬれながら・・・。
彼女はじっと立っていました。
僕は彼女に何かを言おうとしました。
でも、何も言うことができませんでした。
何を言えばよいのか、僕にはわかりませんでした。
僕は思いました。
・・・彼はもういないんですよ。
・・・彼はもう死んだんですよ。
・・・だから、もうその人は帰って来ないんですよ。
僕は心の中でそう思いました。
でも、何も言うことができませんでした。
彼女は外に立っています。
彼女は雨に濡れながら立っています。
彼女はじっと立っています。
僕はまた思いました。
・・・彼女はこれからも、ああやって彼を待っているのだろうか。
・・・これからも毎日、夕方になると外に出て、待っているのだろうか。
・・・これまで十年間も待っていたのと同じように、これからも、ずっと・・・。
・・・毎日、夜遅くまで・・・。
・・・彼女は死ぬまで毎日、彼を・・・。
彼女は雨に濡れながら、静かに立っていました。
・・・長い時間、ずっと立っていました・・・
僕は大学を卒業して、ある会社に就職しました。
僕は会社の近くのアパートに引っ越しました。
小さなアパートでした。
古いアパートでした。
となりの部屋に、女性が一人住んでいました。
若い女性が一人・・・。
不思議な女性でした。
彼女は毎日、夕方になると、玄関のドアの前に立っているのです。
玄関の外に立っているのです。
長い間・・・。
一時間も二時間も・・・。
夜遅くまで立っていることもあります。
天気の悪い日などは、雨にぬれながら立っているのです。
僕には、彼女が何をしているのか、わかりませんでした。
ある時、僕は彼女に たずねました。
どうして、夕方になると、そこに立っているのですか、と たずねました。
彼女は少し笑って答えました。・・・
・・・人を待っているのです。
・・・彼を待っているのです。
・・・以前は、その人と一緒に暮らしていたのです。
・・・彼はある日、突然出て行ってしまったのです。
・・・でも、信じているのです。
・・・今でも信じているのです。
・・・きっと、いつか帰って来てくれると信じて・・・。
・・・だから、ずっと待っているのです。
僕は、ある日、用事があってアパートの管理人のところへ行きました。
その時、管理人が、ふと、その女性のことを話し始めたのです。
僕は言いました。
「でも、夕方になると毎日 外に立っているんですよ。
毎日、男の人を待っているんですよ。
ちょっと不思議ですよね」
すると管理人は答えました。
「ええ。もう、十年以上にもなりますからね」
「え? そんなに昔から!」
僕は驚いてしまいました。
しかし、その後 管理人が言ったことを聞いて、僕は、もっと驚いてしまいました。
管理人は、彼女のことを話し始めました。
・・・ええ、そうなんです。
・・・もう十年以上も前のことなんですがね。
・・・確かに、彼女は男の人と一緒に住んでいたんです。
・・・でもね、その男の人、病気で死んだんです。
・・・でも、彼女は彼が好きだったんでしょうね。
・・・愛していたんでしょうね。
・・・そんな彼が死んでしまって、彼女は、とても苦しんでいました。
・・・その人が死んでから、彼女はしばらく、ずっと部屋の中にいました。
・・・部屋の中で泣いていました。
・・・ところがある日、彼女が変なことを言い始めたんです。
・・・彼女は、急に部屋から出て来て妙なことを・・。
・・・彼がどこかへ行ってしまったって、言い始めたんです。
・・・彼が、どこかへ行ってしまった……
・・・彼が、どこかへ行って、帰って来ないって、言い始めたんです。
・・・彼が死んでしまって、彼女は頭がおかしくなったんでしょうね。
・・・彼女は、その男の人が死んだってことを、すっかり忘れてしまったんです。
・・・そして、彼がどこかへ行って、だから部屋にいないんだと思い始めたんですね。
・・・彼がどこかへ行って帰って来ない、だからどこにもいないんだと・・・。
・・・どうしてそう思い始めたのかは、よくわかりません。
・・・でも、彼女は、そう信じているんです。
・・・まあ、人間の心ってのは、不思議ですね。
・・・よくわかりません。
管理人はそんな話を僕にしました。
僕はただ黙って聞いていました。
その日の夕方も、彼女は外に立っていました。
雨が降っていました。
彼女はかさもささずに立っていました。
彼女は雨にぬれながら・・・。
彼女はじっと立っていました。
僕は彼女に何かを言おうとしました。
でも、何も言うことができませんでした。
何を言えばよいのか、僕にはわかりませんでした。
僕は思いました。
・・・彼はもういないんですよ。
・・・彼はもう死んだんですよ。
・・・だから、もうその人は帰って来ないんですよ。
僕は心の中でそう思いました。
でも、何も言うことができませんでした。
彼女は外に立っています。
彼女は雨に濡れながら立っています。
彼女はじっと立っています。
僕はまた思いました。
・・・彼女はこれからも、ああやって彼を待っているのだろうか。
・・・これからも毎日、夕方になると外に出て、待っているのだろうか。
・・・これまで十年間も待っていたのと同じように、これからも、ずっと・・・。
・・・毎日、夜遅くまで・・・。
・・・彼女は死ぬまで毎日、彼を・・・。
彼女は雨に濡れながら、静かに立っていました。
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