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第七十八話 祝宴

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━━━━━━
 千尋side


「蒼さん…ぐすっ…」
「待ってますからね!他の病院に絶対行かないでください!」
「産後の検診もですよ!!絶対ですよ!」
「わーん!寂しい…」

 蒼が看護師さん達に囲まれて、わんわん泣かれてる。
 …普通笑顔でお見送りしてもらうものじゃないのか?

「そ、そんなに泣かないで…赤ちゃんはここで産ませてもらうし、少なくとも三人は産む予定だから。今後とも、よろしくお願いします」
「「「「わーん!やったー!!」」」」

「複雑だな…」
「蒼はまた何かしたのかな…」
「入院してただけなのにな…」

「おーい、まだか?」
「はっ!?土間さん!!!」
「うぉっ!?蒼…このパターンはそろそろやめんか…俺も年なんだぞ」
「土間さんは永遠のイケオジです!怪我してない…ですよね?」



 蒼が土間さんに抱きついて、頬をすり寄せてる。
 うん、俺たちもいい加減慣れた。
 土間さんが蒼を見てる目は完全にお父さんだ。


「俺はどこも怪我しなかったぜ。宗介が1番酷かったはずなんだが…。今日もレールガンぶっ放してたぞ…」

「えぇ…」
「義手をつけたからってんで毎日子供達と訓練してるよ。ありゃ確実に人間じゃねぇぞ。おかしいだろ。」

「そうかもしれないです…」

 二人して宗介の話をして神妙な顔してる。それはそうとして、ソワソワしてる人がいるんだけどなぁ。早く教えてあげたい。



「まって…土間さんがお迎えに来たと言うことは?」
「決まってんだろ?」
「きゃぁーーー!!!私のFD!!」

「あっ!蒼!走るな!」
「や、やめてくれ!!」
「蒼~!!」

 走り出した蒼をがっしり掴んで、冷や汗を拭う。

「おめー…妊婦の自覚そろそろ持ったほうがいいぞ。」
「ごめんなさい…」

 しょんぼり眉を下げた蒼を眺めて、ため息をつく。
 目の前にはピカピカのFD。
 土間さんが持ってきてくれたんだよな。ずっと乗りたい乗りたい言ってたし。



「運転は私がするとして、助手席誰が乗るの?」
「今日は特別ゲストがいるんだよ」
「えっ!?」

「きちゃった♡」
「あ…茜!?」

 FDの影からひょっこり顔を出した茜。いい顔してるな。
 パタパタと走り寄っていく蒼がびっくりしながら茜の手を取る。
 あのセリフ…いいな?


「外に出ていいの?大丈夫なの?」
「うん。今日は平気」
「どうしたの…急に…髪の毛切ったの?可愛い。よく似合ってる!」

 茜がふわふわ風に白いワンピースとカーディガンを揺らして立っている。
 外にいるのが違和感ある人って…なかなかいないよな?
 白い髪の毛を肩で切りそろえてさっぱりしてる。俺たちもびっくりしたんだ。


「そうなの!いいでしょ~。雪乃ちゃんにおしゃれしてもらったから。蒼とデートしたいの。お家まで乗せてって」
「い、いいけど…うちに来るの?」

 振り向いた蒼。
 そう、もう一つサプライズがあるんだ。

「大丈夫だよ」
「俺たちは先に帰ってるから、ゆっくりしておいで」
「気をつけて帰ってきてくれよ」

「てなわけで、蒼が具合悪くなったら困るし、俺が引率。」

 あらかじめしておいたじゃんけんで勝った俺は、勝ち誇ったように告げる。


「「チッ」」
「オメーら本当に変わんねぇな?じゃ、また後でな。蒼」

「えっ?土間さんも来るの?どう言うこと??」
「まぁまぁ、いいからいいから。ほら行こう。」

 二人の背中を押して、FDに乗り込む。
 うん、狭いけど仕方ない。


「千尋大丈夫?狭いよね?」
「後ろの席は小さいのねぇ…私がそっち行こうか?」
 助手席に座った茜と運転席の蒼が尋ねてくる。


「や、いいよ。せっかく茜が来たんだから。蒼は無理しないで体調がおかしくなったら言うんだぞ」
「うん…嬉しい。ありがとう、千尋」
「ありがとう!」

 ふふん、役得だな!二人の笑顔を受けて、ニヤニヤしてしまう。
 蒼がしゅっぱーつ!と言いながら車を出す。
 茜は興味津々で蒼の動きを見てる。


「お家まででいいんだよね。」 
「そうだな。高速乗ってもいいが…何かあったら交代し辛いな」
「下道でゆっくり行ったほうがいいかな」
「そうだな、その方がいい」

「したみち…こうそく?聞いたことない言葉ばかりね…」 
「下道はこういう一般的な道のこと。高速は車だけ走れる、制限速度が速い道のことだよ」
「へえぇ」

 茜のニコニコした顔を見ながら、蒼が色んな説明を始めてる。

「あれは信号機。赤はとまれ、青はすすめ、黄色は注意してすすめ?」
「違うだろ、原則止まれだよ…よく言われるけど気をつけてくれ」

「あらら、元警察の人に怒られちゃった」
「面白い。認識の差があるのね?あの矢印は?」

「まっすぐの人は止まれ、右折…右に曲がる人は進んでいいの」
「えっ!?どうして?」

「車の数が多いから、右に曲がる人がいつまでも曲がれなくて困っちゃうの。まっすぐいく車を両方止めて、右の人を行かせてあげるんだよ」
「へえぇ…優しいのねぇ!この線は何?」

「これは横断歩道。ここにも信号があるでしょう?道を渡りたい人がボタンを押すと…あ、ほら。信号が赤くなって、車が止まって人を渡してくれるんだよ」

「これも優しいね…あっ、ぺこってしたわ!」

「渡してくれてありがとうって、お礼言ってるんだよ」
「そうなの…すごい…」



 次々に茜の質問に答える蒼。
 茜がいかに外に出ていなかったのかを思い知らされる。
 ファクトリーの中で息絶えようとしていた彼女。蒼が行かなければこんなふうにはならなかった。
 茜も延命薬を飲んでるがもうすぐ終焉を迎える。

 茜に何かしたいことはないかと聞いたキキから、今日のことを頼まれたんだ。
 キラキラした茜の目を見ていると、涙が出そうになる。
 この子だって、頑張って生きてきたのに。
 生まれた時から背負わされた死の運命を引き延ばして…ようやく得た束の間の自由のお供に選ばれたのが蒼だった。


「……すごいね。世界は優しさでできてる…」


 茜が助手席の窓から入る風に髪をそよがせながら、瞳を閉じる。
 ふわり、と微笑みが浮かんだ。

「私、髪の毛を初めて切ったの。あなた達が作ってくれた美味しいご飯も、爆発を見たのも初めてだったし、人が死ぬのを見たのも初めてだった。
 ファクトリーの子達も、組織の子達もみんな笑顔の毎日なのよ。色んな人たちが色んな服を着て、色んな匂いがして、色んな声が毎日聞こえる。
 ねぇ…青空って、なんて青いんだろう。
 沢山の音やものに溢れて…みんなが暮らすここは、なんて沢山の優しさに満ちているの?
 わたし、何も知らなかった…」


「茜…」
「蒼が来てくれて、あなたが生まれてくれて本当によかった。何も知らないまま、死んでしまうところだった…。私…楽しい。嬉しい。幸せだよ」

 蒼が何かを堪えるような表情になる。
 子供達も、蒼の同期も茜の死期を悟っている。おそらく…蒼にも伝わったはずだ。
 しんみりしてしまった空気を変えよう。


「今日はサプライズがあるんだ。な、茜」
「そうなの。蒼はきっとびっくりする」
「そうなの?なんだろう…?」


 はてなマークになる蒼を見つめて、茜と二人で微笑む。
 楽しみだな。


「あっ!?あれは?人…じゃないね」
「あれはチキンのお店のマスコットキャラだよ」
「えぇ?おじいさんなの?」
「創設者のすごい人だよ。世界中にあの人のレシピでお店があるんだから。あそこのチキンを食べると、もう病みつきで忘れられなくて、急に発作みたいに食べたくなるよ」
「それは…危険じゃない?大丈夫なの?」


 ううむ。会話が面白い…!!俺も心底楽しみながら、自宅への道中を過ごす。
 もう少しで俺たちの家に到着だ。

━━━━━━


「わあぁ、車庫も作ったの?!隣の空き地買ったんだ…」

 蒼の車を真ん中に駐車して、車を降りる。
 昴のBRZ、慧のポルシェ、俺のマセラティが並んでる。


「…千尋、ここのセキュリティ…大丈夫?」
「家と同じにしてあるが…何か問題か?」
「この車の種類はまずい気がする…あとでチェックします」
「お、おう…」

 蒼が車庫をジロジロ見てるけど…コンクリートを敷いて、ちゃんと屋根をつけておいてよかった。砂利にするか悩んだが、土間さんがやめとけ、と言ってくれたから助かったな…。



「蒼、はやくー。」
「はぁい」

 二人が手を繋いで、玄関の前に立つ。
 はー。やっと蒼を連れて帰ってこられたな…。感慨深い…。
 さてさて。蒼の反応が楽しみだな。

 指紋認証を通して、蒼が扉を開く。

「?!」

 玄関にずらっと並んだ靴。
 ほとんどアーミーブーツなのが笑える。

「んなっ!?な、なに?こ…えっ?!」
「ほらほら、蒼!早く行きましょう♪」
「そうだな、早く靴脱いでくれ。隠さなきゃだから」
「千尋?!何言って…えっ??」

 靴は隠すぞ。蒼はしばらく家から出さないから。

「えっ?もしかしてみんないるの?」
「どうだと思う?ふふふ…」
「あっ。茜もグルなの!?」

 蒼の靴を隠して、後から廊下を歩いていく。
 蒼にプロポーズした時みたいだ。ワクワクするな。

 リビングのドアノブを握って、蒼が唸ってる。


「…気配が多い…」
「もーだめよ!早く入って」
「えぇ…怖い…」


 蒼がちらっと振り返る。俺はニヤリと笑いを返す。

「うぅー。ええい!ままよ!」



 ガチャリ、とドアが開いた瞬間、クラッカーの音がたくさんなって、蒼も茜もびっくりする。
 茜は知ってただろ…?

「「退院」」
「「おめで」」
「「「とう!」」」
「「「ございます!」」」
「ですわー」

「「「蒼、おかえり」」」

 全員で蒼に伝えると、蒼が絶句して固まっている。

「あらら、固まっちゃった」
「蒼…大丈夫か?」
「珍しいな?」
「蒼の服かわいい」
「蒼?」

 ええい。人数が多い!
 全員勢揃いでニコニコしてるんだが…蒼が蹲って、顔を覆う。

「ど、どした?蒼?お腹痛いか?びっくりしすぎたかな…」
「うぅ!ううー!」

 あ、大丈夫だ。照れてるな、これは。

「よいしょ。茜も座って」
「はーい」

 ソファーを買い足して、机も買い替えてリビングいっぱいに広がった椅子とテーブルの中の誕生日席に蒼を乗せる。
 真横に茜が座って、俺も傍に座る。

「蒼、ファクトリー壊滅のお祝いも兼ねてる。乾杯の音頭をお願いしたいんだが。ボス」
「ボスなのは変わらないんだね…」

 手を重ねた隙間から声がしてる。くぐもってても可愛い声だ。

「蒼の可愛い顔が見たいな。キスすればいいか?」
「ひゃめて!」

「蒼、みんな待ってるよ?」
「うう…」

 そろそろと手を下ろして、茜に抱きついてる。

「蒼~ご馳走が冷めちゃう。卵焼き食べたいの」
「卵焼き!」

 蒼が立ち上がり、昴がオレンジジュースを渡す。すごいな。卵焼きの効果は。

「バカラのグラス…ソファーも机も増えてる…また高いのばっかり…」
「まぁまぁ、そういうのは後にしてくれ」

 蒼が辺りを見渡して、ぶつぶつ言ってる。
 みんな笑ってるぞ。


「ええーと…私こういうの苦手なのに…えーと、えーと…お祝い、っていうのは難しいけど、でも…みんなが生きていてくれたことがとっても嬉しいです。
 集まってくれてありがとう…かんぱい!」

 みんなでかんぱーい!とグラスを掲げて飲み干す。

「乾杯って、なあに?」
「あわわ、そうだった…本来はお酒を飲み干すって意味だけど、メジャーに使われるのはお祝いを始めます!の意味だよ」

「まぁ、蒼はダメよ」
「オレンジジュースだからいいの」
「そうなの?じゃあ、かんぱい」


 茜がグラスに入ったオレンジジュースをぐいっと飲み干す。


「これはおもしろいね!」
「乾杯しらねぇのか?」
「茜は内部にしかいなかったからな。何もしらねぇだろ」

「あっ!宗介!お酒ダメでしょ!」
「あん?いいんだよ。俺は完治した」
「何言ってんだ!あんた本当はまだベッドの上にいなきゃならないんだぞ!」
「うっせーな、キキは…ファクトリーでも小言ばっかり言いやがるし。体がなまっちまうだろ…唐揚げいただき!!」

「ボクも食べよっと。これ誰が作ったの?」
「俺と昴と慧で作った。卵焼きは蒼のお気に入り」

「あっ!だめっ!卵焼きは私がいっぱい食べるの!」
「すごいわねぇ、これ全部食べ物なの?」
「そうだよ、茜も卵焼き食べて。千尋の卵焼きは世界一美味しいよ」

「まぁ、すごい。いただきます」
「蒼、鬼おろしあるぞ」
「わ!嬉しい!卵と食べよう!茜も食べてみて」
「鬼?ゴリゴリしてるわね」
「繊維を殺さずにすりおろすからすごく美味しいよ。卵焼きにも唐揚げにも合うと思う」

「唐揚げって?これ?」
「それはイカリング。これはソースつけるの」

「ソース?」
「ちょっと酸っぱくて、中にたくさん野菜やフルーツやスパイスが入ってる調味料だよ」

「スパイス?」
「辛いとか甘いとか匂いが強くて味のアクセントになるものだよ。ソースはたくさんお野菜、果物、スパイスが入ってる万能調味料なの。揚げ物にとっても合うよ」

「すごーい…蒼は何でも知ってるわね…わ!酸っぱい!美味しい!」


「蒼の解説付きのご飯とかボク得すぎる」
「あぁ、もっと喋れ」
「俺も聞きてぇ」
「お前らどうなってんだよ…」


「土間さん!FDのターボタイマー変えましたか!?」
「お、おう。気づいたか?あれはお前が言ってた俺の友達からもらってきたんだよ」

 蒼が立ち上がる。またか!


「ま、まって…ド、ドリフトの王様の?!あの人!?」
「おう。AE86についてたやつ」
「きゃーーー!!!うそっ!?ああぁ!!!」


「蒼!落ち着け!危ない!」
「わああ!」
「あっはは!なにー?何が起きてるの!?」

 慌てて押さえると、鼻息の荒い蒼が目を爛々とさせてる。怖いよ。 

「はぁ、はぁ…うそ…すごい…すごい…!」



「そ、そんなになのか?」
「慧はわかるでしょ!?監修の…あの人だよ!」

「えっ?土間さん知り合いなの?」
「そ う な の!!」
「すご…えっ、サイン欲しい」

 蒼が微妙な顔になる。


「慧、それはオタクとして許されないの。ダメだよ、コネは使っちゃダメ」
「蒼だってコネで貰ったじゃん」
「くっ!?」

「子供が生まれたら遊びに来ていいってよ」
「よし、今直ぐ産みます」

「何言ってんだ…もう。はい、座って。水飲んで」
「クッションズレてる。はい」
「ゆっくり飲んでくれ。あぁ、そんな一気に飲んじゃダメだ!」

「「「チッ」」」

「ああん、もう。どこを見ても面白くてどうしたらいいのかわかりませんわ…」
「雪乃も大概だな?大騒ぎで俺はびっくりしてんだが」


 ニコニコしながら茜が蒼を抱きしめる。

「素敵。本当に素敵。蒼のそばにいると、幸せや優しさがたくさんある。私…嬉しい。大好きよ、蒼」
「茜?んむ!?」

「「「えぇ…」」」

 茜が蒼にキスしています。はい。


「あ、茜!?何してるの…?」
「みんなキスしてるでしょう?好きな人にするのよね?」
「そ、そういうんじゃなくて…その、決まった人にだけするんだよ」
「蒼がキスしたのは昴と千尋と慧と…宗介?あとは…」

「おい、マズイぞ」
「逃げよう、銀」

「私と一緒に来た時に、銀と桃が…」

「あ?したのか?」
「おい」
「ちょっと詳しく」

「ほっぺにしかしてねぇ!」
「そうだよ!」

「わあぁ!なんで?!茜来てたの?」
「うん、あと宗介もしてたね?口に」
「おう。寝てたからついな」

「「「表へ出ろ」」」
「わーん!何で??どうしてこうなったの!?」

 蒼に引っ張られながら俺たちは唸る。
 俺が聞きたい!お前ら許さん!宗介は悪びれもしないんだから!このやろう。

 大騒ぎの宴会は、続くのであった。

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