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第四十話 本当の寿命

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 桃太郎side


 夜も明けきらぬ丑三つ時。
全身真っ黒の装備になって、頭のニットキャップを被り直す。
 少し肌寒いな。首元からネックウォーマーを伸ばす。



「まさかボス直々に諜報に来るとは思わなかったんだけどー」
「うるさい。じっとしていられないんだ。これから一気に動くからな。俺の当番からなのは何かの呪いなのか」

「ボス、そう言うのはやめろ。匂わせは地雷だ」
「お前こそ何でいるんだ、シルバー」

「二人ともだよ。全く。戦いしに行くんじゃないからね。くれぐれも邪魔しないでよね」



 二人を睨みつけながら手にテーピングを巻く。ぐるっと巻いて、手首もカバー。
 バンテージとまではいかないけど。ボクはもともとボクサーだったからね。こう言うのは手慣れてる。上から革手袋を嵌めれば準備OK。




「お前こそ殴りにいくのかよってテーピングじゃねーか」

 シルバーがタバコを咥えながら、M9のマガジンを確認してる。

「いざという時があるでしょ。
 シルバー、いくら好きだからってハンドガンまで揃えるのやめなよ。シグはどこやったの?」  

「持ってるよ。うるせえな。アイツの射程見ただろ。ハンドガンで当たるのか試してぇんだ」
「諜報だっつってんのに…」



 ボク一人で行かせるわけには行かないとは思ったんだろうな。 
 二人ともなんだかんだ血も涙もある人だから。今回は今までの仕事とはちょっとワケが違うしね。
蒼の実力が判明して、危険度も段違いに上がった。



「さて、どうする?」
「手分けして観察、歩数で距離計測、侵入経路探索。中に入れそうなら少し入りたいけどね」

「そこまですんのか?ブルーの地図があるだろ。潜入はこのあと入る奴らに任せりゃいい」
「少しだよ。入り口で先生とやらに鉢合わせしたら困るから、そこだけでもなんとかしないと」

「そこが鬼門だろう。フラグじゃないことを祈るが」




 ボクと同じく真っ黒な出立ちの二人は、好き好きな服着てる。ボスもシルバーも黒のロングコートにハイネック、スキニー。シルバーは髪の毛をまとめて黒キャップに入れて、フェイスガードをしてる。

 ボスはでっかいフードを被せて魔法使いのローブを着たような格好してる。どこで買うんだよそう言うの。
 諜報なめてんのか。二人とも派手な顔してるんだから向いてないだろ…。



「ボス、そのフードどこのだ?」
「パンクスルーのフードカウル」
「はーん、いいじゃねえか」

 それもうコスプレでしょ!顔がいいと似合いますね!

「もーファッション談義はいいから行くよ」




 真っ暗闇が支配する雑木林の中、落ち葉を踏み締めて歩く。
 大きな森の中に隠されるようにファクトリーがある。
 表向きは製薬会社だが、こんな場所にあること自体がおかしい。人里離れすぎ。




 スマホの中にある蒼の書いた地図。
 外側からの把握が大雑把で、中の精密な地図と外の地図の差が酷いから情報屋のボクが動くことになった。

 蒼は外に出た頃の記憶がまだ曖昧だ。
 何かのきっかけで思い出すみたいだけど、外に出る時に脳みそを弄られてるなら…思い出さないほうがいいかもしれない。
 スクラップと呼ばれ、廃棄寸前だった頃に何をされたか想像するだけでゾッとする。
 この施設では命の価値は軽い。




「方位磁石が効かないな。富士樹海のような磁場があるのか?」
「いや、あれ見て。わざと狂わせてるんでしょ」


 ファクトリーの中心部に大きな鉄塔が見える。
 見張りが数人いるけど、あれは磁場を発生させてる。厄介な場所だしきな臭すぎる。

「ここを起点に探ろう。何か掴んだら無線で連絡して。シルバーは川の方。ボスは山側で」
「「了解」」

 施設手前で分かれて、歩数を測りながら双眼鏡を覗く。
 見張がほとんどないけど、高い壁に囲まれて刑務所のような見た目。
 複数立ち並ぶ建物には窓が一切ない。

 思っていたより広くはないか?いや、奥行きがあるな。   




『川の方が臭え。合成薬の匂いだ。碌でもねぇ製薬会社だな』

 シルバーから無線が入る。
 まさか垂れ流してるのか?いや、綺麗にしていてもシルバーは鼻がいい。ファクトリー出身の彼の特技だ。
 夜目も効くし、耳もいいし、銃の扱いはピカイチ。
 前の組織からずっと見てきたけど、揺らがない精神や全てそつなつこなす技術は流石ファクトリー出身と言わざるを得ない。

 蒼もそうだけど、試験管の中でいじられているファクトリー出身者は、フィジカル、メンタル共に一般人とは基礎が違うんだ。




『奥に焼却施設があった。死体を処理しているようだな。こちらも臭う』

 ボスの方にそんなものがあったのか。
 死体の処理施設まであるなんて。
 


『正面に入り口が三つある。搬入口、職員の出入り口…あともう一つは不明。歩数どう?』
『少し待て』

 ボスの方が広かったかな。歪な形だ。
 息を吐いて、施設内に双眼鏡をズームアップする。
 お、人がいる。…白衣の人たちが沢山…あそこが宿泊施設か?
 しかし建物が多い。どれがメインなのかわからない。

 二人から歩数の報告があり、計算上では14万㎡程と数字が出る。
 デカいな。だめだ、蒼に施設内部をもう少し詳しく聞かないと潜入はできない。
入り口を探るか…。少し中に入って様子を…。

「は?」

 鉄塔の上、てっぺんからこちらへチカチカと灯りが届く。




『モールス信号だ。バレてるな』
『どうする』
『話がある、って何。まじ怖』

 白衣ではなく、上下黒のピッタリした服の…壮年くらいか?男性がモールス信号を送ってきてる。

『蒼のことだ…焼却場に来い…』
『すぐにいく』


『先生とやらか…一応武装しておけ』

 何だこの展開は。蒼がこっちにいることは
 、街中で追いかけっこしてるから知ってるだろうけど。
 ハンドガンを装備して、ボスがいる山側に走る。
 見事に回収したフラグに舌打ちを落とした。

 ━━━━━━

「よう。お前らが蒼の雇い主?囲い主?か?」

 落ち葉を踏みしめながら、スタスタと歩いてきた男は…ガタイのいい、壮年だ。
 黒と灰色混じりの髪をツーブロックにして、てっぺんがツンツンしてる。顔も体も傷だらけ。

「そんなに警戒するな。俺は空手だ」

 両手を上げてこちらに近寄ってくる。
 歩き方が独特で足音が一切しない。落ち葉を踏んでいるのに。

 ある程度の距離で立ち止まって、こちらはシルバーもボスも銃を構えたまま。




「あなたは…先生と呼ばれる人か?」
「あぁ、一応な。ここの施設に大元の組織から派遣されて、ガキ共の教育をしてる」

「なぜ接触してきた」
「話があるって言っただろ。蒼がここを出る時の記憶は戻らない。消去されてるからきっかけがあっても無駄だ」

 足元の落ち葉を掻き分け、タバコを吸い出した。シルバーと同じタバコだ。



「蒼の寿命は知ってるのか?」
「……あぁ」 

「ボス?寿命って何だよ!」
「後で話す。その話か?」


「いや。違う…違わねえか。教えてやろうと思ってな。
 仮にも名付け親な俺が…何もできなかった、忌まわしいもうひとつの設定をな」

 寿命?設定?何を言ってるんだ?
 ボスは知ってるみたいだけど…なぜそんなに険しい顔をしてるんだろう。




「はぁ、そんな顔すんなよ。俺のせいじゃねえ。試験管の中で決まってんだ。
 生まれて三十年で死ぬか、脳みその中の後付けチップが作動するかで死ぬ」
「後付けだと?」

「そう。それを取り除きたかったが出来なかった。脳神経に包まれててな。
 …後付けのチップはスクラップが決まったら取り付けられる。蒼は実験に耐え抜いた優秀なモルモットだった。
 13にスクラップが決まって、17まで人体実験の繰り返しだ。
 あの性格に絆された研究所の職員が総出で逃がそうとしてな。絆された人間があまりにも数が多いし、どうにもならんから見逃すしかなかった。アイツは相変わらずか?」

「…人として、尊い意志を持っている」



 はっ、と笑って陰鬱な顔になる先生。
思っていたよりもずっと人間臭い。
 蒼の名付け親ってこの人だったのか。…というか、三十年ってなに?蒼の話だよね?



「チップは三十年目の誕生日が終わると作動する。時限装置だから電波を遮断したって無駄だ。電子パルスが発生して脳神経をコントロールし、バーサーカー状態になる。
 切っても撃っても倒れねえ。腹の真ん中に穴が空いても動くんだ。
 なぜ三十年リミットなのかはわからん。知っても意味がないしな。
 ただ、そのチップが作動した時に居合わせた俺は死にかけてる。過去の研究所の職員もほとんど全滅。…どうにもならねぇんだ。
 バーサーカーになって一時間で神経が焼き切れて死ぬ。それまでは誰も止められねぇ」

 頭が、追いつかない。何を話しているのか、わからない。
 ボスの顔色が悪い。シルバーも。
ふー。とりあえずもうその話は考えたらダメだ。理解しちゃ、ダメなんだ。



「目的は何?それをボクらに話した目的。蒼を殺させたいの?」


 沈黙してしまった二人はダメだ。もう理解してしまっていて蒼の事が好きすぎて動けない。かなり危険な状態。シルバーの強いメンタルも役に立たない。
 あの体つき、動きからして先生が現役なのはわかる。



「伝えたかったんだよ。蒼を愛してるなら、殺してやってくれ。アイツはバーサーカーになるのを望まないだろう。
 両親として共に逃げたのは、研究員のトップだったやつだ。延命しようとするだろうが、チップを取り出さないことにはどうにもならん。チップの件はアイツらも知ってるだろうがな」

「あなたはなぜ、それをボクたちに伝えたかったんだ?」



 先生と呼ばれる彼が、顔に複雑な色を浮かべる。悲しみ、寂しさ、哀れみ…憎しみもある。

「俺も…アイツが好きだった。生まれてからずっと人間らしくあり、あろうとしたアイツがな。だが、そのせいでこんな風になってしまった。
 ここを潰すなら協力してやる。
 俺は蒼に会いたい。組織が探って居所はつかめてるが、お前らのガードが硬すぎて接触できねぇ。確かめてぇんだ。蒼の最後の選択を」

「ボス…」



 嘘をついているようには見えない。
 ボクが判断できる範疇を超えている。
 ボスが僅かに躊躇い、口を開く。
  

「すぐに、返事はできない。時間をくれ」
「いいぜ。ここに連絡しろ」

 そう言って、小さな端末が投げてよこされる。昔のガラケーだ。



「連絡できるのは俺だけだ。場所も任せる。早めに頼む。蒼の時は有限だ」

 無防備に背中を見せて、去っていく彼。
 タバコの煙だけを残して、音もなく消えていった。




━━━━━━

 組織幹部の一室に集められたトップスリーとコードネームがある幹部たち。
 誰も彼もが押し黙り、陰鬱な顔をしてる。
 蒼の寿命が元々あった事。脳をいじられすぎて体が動かなくなる現状、それをすでに聞いている彼女が今の生き方である事。
 そして、今日知った新しい事実がボクたちを打ちのめしている。

 蒼は下で事務員たちと仲良く仕事してる。
 昨日一晩、甘い夜を過ごしたばかりだろう千尋が頭を抱えて震えていた。




「その…話に確証は、あるの?」
「アタシがMRIで見たところチップのようなものはなかったが、影はあった。神経の奥の奥にある。腫瘍かとも思ったが、余りにも小さいから様子を見るつもりでいた。
 イジられた痕跡だと思ってたよ。
 ただ、確かにそこだけが異常にイジられてる。記憶喪失、体がおかしい状態になるのもそのせいだが。
 両親に聞けばわかるだろう。どちらにしろ30までとは…言葉にならないね」

慧が聞いて、キキが答える。二人とも死んでしまいそうな顔だ。
 

「例えば…半身不随になったとしてもそれを取り除くのは無理なのか?」 

ボスの言葉に弾かれた様に全員が注視する。
そこまで…するつもりなの?

「ボス…」

「命がなくなるより、できる選択肢がある方がいい」

「無理だよ。あんな神経のあるところをまたいじったら、それこそ死んじまう。良くて植物状態だ」


「植物状態ならできるの?」

 慧が掠れた声で呟く。千尋が両手をキツく握りしめてる。なんてことを言っているんだ。
狂気に満ちた質問だけど、ボスも千尋も押し黙っているということは…同じことを考えてるってことだ。
 狂気に満ちた愛が見える。そこまで、蒼のことを愛してるんだ。失いたくないんだ。



「慧…やめてくれ。そうなったとして、蒼は生きながら死んでいるのと同じだよ。あの子の自由を奪うつもりか」
「キキには…わからない。蒼が失われたら…俺は、俺たちは……」



 ただの調査のつもりが、とんでもないことになってしまった。
 ウチのトップスリーは完全に蒼が心の軸になってる。
 彼女が失われたら…どうなってしまうのか誰にもわからない。



「なぁ。蒼はそれを知らねぇんだよな」
「そうだね、先生の言い方からして思い出す事は不可能みたいだし」

「…子供が欲しいって、言ってたんだ。あいつは、こんなこと受け止められるのか?
俺は頭がおかしくなっちまいそうだ」



「銀、蒼は受け止めると思うよ。そういう子だから。…アタシは、それが嫌だけど。
 いよいよ覚悟を決めてしまう。寿命を聞いた時にだって一切動揺していない。
 延命薬に飛び付かず、残りの時間で何ができるのか考えていた。
 今だって、燃え尽きそうな命を抱えているのに…人のためになる事を考えて、アタシみたいな奴にまで心を砕いて、優しさを分けてくれる。
 最後まで人のために生きようとしてる。子供だって…遺されるボスたちのために欲しいって…言っ……」



 言葉の続かないキキの背中を東条が撫でる。
 キキが泣いているところなんて…初めて見たな。
 会ってわずかな日数しかないのに、蒼は綺麗で、可愛くて、優しくて……俺たちみんなを虜にしてしまった。
 彼女を助けられる方法はないのか?



 どうしたらいいんだ。
答えの出ないまま、沈黙がただこの場を支配していた。




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