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出雲神有月

111 ⭐︎追加新話 相棒として

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「真幸、朝だ。おはよう」

 颯人の手が頬に触れて、目が覚める。毎朝の習慣で自分の耳下にある颯人の胸の音を聞いて、ホッとする。指輪からも伝わってはくるけど、こっちの方が安心するんだ。
 あれ、瞼が重たい……昨日流石に飲みすぎたかな。頭痛はないものの、体がずっしりと重たくて、全然うごかない。

 
「むー、んー……」 
「珍しくむずかるのだな、愛い」
 
「んん……なんか体が重いんだよ。うーんうーん」
「む、そうか。酒は残っておらぬようだが」
 
「うーん?」

 
 
 そうかな……疲れが来たのかもしれん。確かに大きな仕事が終わった後だし、そうなってもおかしくはないんだけどさ。
 
 重たい瞼をこじ開けると、目の前に颯人の顔がドアップで映る。朝から綺麗な顔で殴るのやめろ下さい。
近すぎる顔をぐいぐい押しのけて、ハッと気づいた。

 
「おい!朝からなんで抱き抱えてるんだよ!体が動かないの颯人のせいじゃん!ちょ、ぎっちり絞めないで!」
 
「我のせいだけではない。体が疲れているのだ。今少し眠っても良いが、出雲大社で朝の修練をせぬか。歩けば筋肉がほぐれる」
「はっ!それいいな。そうしよ!……ってアレ……」


 現時刻 5:40 あと少しすれば日昇時間だ。出雲大社で朝練とか最高じゃないか!?
 思わず飛び起きて……俺はびっくりして固まってしまった。



 ここ、ホテルの布団の上じゃない。大きな畳の間だ。昨日の宴会場じゃないのか?
 綺麗に片付けられてるけど、そこらじゅうに神様や仲間達が転がっている。
そのまま畳の上で頬杖をついて、俺たちを見てる目線が多数……嘘でしょ?

 
「なーんじゃ……くっついとるじゃないか。やれやれ」
「あれは無理ですわ。溺愛ですわね」
「はぁ……期待して損した」

 
「んなっ、な……なんで?なんで昨日のままなんだ!?ホテルに帰るって言ってたのに!」
「其方も我も相当飲んでしまったのだ。転移するにも座標が定まらずこうなった。……体がおかしいか?硬い畳に寝かせるのは忍びなく、我が抱いていたのだが」

「別に変じゃないけど……まさか一晩晒し者になってたのか!?は、離して。みんな見てるだろ?!朝からこんな……うぅ」
 
「そのように頬を赤くしてどうした。恥ずかしがる必要はなかろう。我は相棒の務めを果たしたまでだ。それに、毎晩こうしているだろうに」
 
「やめろ!それ以上言うなって!うぐぐ、恥ずかしい……」


 両手で顔を覆って、膝の上から下ろしてくれない颯人の胸に押し付ける。嬉しそうに抱きしめないでください!!いや、隠してもらわなきゃ恥ずか死しそうだ!!くそぅ……。

 
  
「んっふ。はよ朝の修練行ってきなさいね。朝ごはん用意しますから」
 
「せやな、真子さんと私で京風の朝ごはん作ったる。飛鳥ー行くでー」
「はーい♡朝からいいモノ見たわねぇ♡」
「ほんまになー。公式供給助かるわぁー。グフフ」

 真子さんと妃菜、飛鳥がニヤけつつ広間を出ていく。公式供給の意味はわからんけど、朝ご飯が京風なのは素晴らしい。疲れた胃に優しいだろうし、めちゃくちゃ楽しみだ。
 それにしたって、みんなして注目すんなし!!ええいもう、こうなったら逃げるしかない!!

 

「颯人!朝練だ!!」
「応」

 颯人の手を握ってさっさと広間を出る。着流し姿に変えて、そそくさと西十九社を後にした。

 ━━━━━━

「ふー、よし。今朝の祝詞も無事終了。日昇時間まで後少しだなぁ」
「うむ。……もう、修練は必要ないのではないか?其方はすっかり一人前だ」


 颯人が涼やかな微笑みを浮かべて、手を握ってくる。うーむ、そうかもしれんけど。ぶっ倒れる事もそうそうなくなったし、日昇時間までにはいつも余裕があるうちに朝練が終わる。

 
「朝練は辞めたくない。初心忘るるべからず、だろ?」
「まぁ、そうだな。其方との時間を持てるのはとてもよい。」
 
「そう言ってくれるならまだやりたいな。颯人と出会ってからできた習慣だから、ずっとやって行こうよ」
「そうしよう」


 
 颯人の両手を握ると、左手の指輪がくっついてかちっと音が鳴る。……これ、好き。こう言うのすごくいい。颯人とお揃いのものがずっと持てるのは、幸せな事だと思う。


「真幸、出雲大社にも我の社がある。知っているだろう」
「もちろん。禁足地の霊山を守って、出雲大社の一番奥にある大切な社だもん」
 
「そうか。ではゆこう」
「ほ?まぁいいけど……」

 

 拝殿の東側を通って、颯人がルンルンしながら手を引いて歩いていく。
妙だな?何でこんなにご機嫌なんだ?
 
 まぁいいや、こう言う時は何を言っても何をしても颯人は意見を変えないから。颯人のこう言うご機嫌タイムには黙って付き合ってあげましょう。


 東十九社の前で起き出してきた神様みんなと挨拶を交わし、さらに奥へ進んでいく。
 大社内を掃除している神職さん達とも挨拶しつつ、窯社の前を通り過ぎて文庫の前を通る。
 
 拝殿の奥の本殿、さらにその一番奥にある素鵞社そがのやしろにたどり着いた。
 こじんまりとした社で、木の色がそのままの姿だ。屋根が二つついててかわいいな。


 
 出雲大社は本殿を三重の垣によって守り、沢山の摂社、末社、銅の鳥居や楼門、八足門、出雲神話回廊、会所など文化財や国宝だらけだ。社殿のほとんどが質の高い古の建築群と評されている。

  
 ここは日本最古の神社建築様式が現代でも保存されてる貴重な場所だ。

 名前そのままの『大社造り』って言うんだけど、住居の形に最も近いとされている様式なんだ。親しみやすい感じがするのはそのせいもあるかな。

 
 伊勢神宮はピカー、キラキラー、ホワホワーって感じ。出雲大社はほかほかー、ぬくぬくー、んふふって感じ。

  
 ……わかるか?これ。俺の主観では表し切れないけど、どちらもすごく気持ちのいい場所なんだ。
 
 出雲大社は伊勢神宮にはない『闇のあたたかさ』が感じられる。この闇は誰かを守ってくれるものだ。天と地、光と闇……どちらも切って離せないハッピーセット。そんな関係性に思える。
 
 そんな出雲大社を大切に守ってきた人たちの気持ちがそこかしこに息づいていて、何回でも訪れたい心地よさに満ちている。

 神社は神様に挨拶するための場所だが、歴史とともに人の心が感じられる場所だと思うなー。
ご先祖様たちが残してくれた時の遺跡を今でも詣でることができるのは、日本人としてはとても誇らしくて嬉しいものだ。

 

「さて、じゃあ参拝するかぁ」
「うむ」


 颯人と揃って石段を登り、珍しく一緒に拝礼して……いや、ここ颯人の社だろ。本神が何してんのさ。
 
 微妙な気持ちになりつつ手を合わせて目を瞑る。

 
 出雲神議お疲れ様でした。明日からはまた日常に戻るけど、昨日の事は一生の思い出になったな。これからも、ずっとこんな風にしていけるよう頑張ります。

 最後に一拝して頭を上げると、颯人が真剣な顔で目を瞑って祈っている。
……マジで何してんのさ……俺は自分に祈る神様を初めて見たぞ。

 あんまり真剣だから声をかけるのも忍びない。辺りを見渡して待とう。

 

 木の葉が風に囁くもりに囲まれて、すぐ裏には八雲山がある。ここは神職の人すら入れない禁足地で、とっても力の強い山なんだ。
素鵞社そがのやしろの真裏には磐座いわくらがあり、それを背負って立つここは間違いなく力場だろう。
 そこらじゅうから山の神力が溢れて、キラキラしてるし。

 衣擦れの音に振り返ると、颯人がようやく一拝し、頭を上げたところだった。
 

「終わった?」
 
「うむ。あとはこれを交換するのだ」
「……え?砂なんかどうして……あっ!?」


 颯人は懐から自宅で使ってる狐柄がついたジップロックを取り出し、中に入った砂を掲げてくる。
 いや、知ってはいたよ。素鵞社そがのやしろでは『お砂』を頂けるんだ。

 
 パワースポットとしてかなり人気の場所で、力にあふれた社の砂を持ち帰るって言う感じなんだけど。
 
 実はルールがあって、出雲大社の近くにある『稲佐の浜』で浜の砂を持ってこなければならない。
 
 神有月に神々が最初に降り立つ砂浜だから、俺たちもそこから大社に来たんだ。でも、そんな余裕あった?俺は緊張してて浜辺の社に参拝したのすらうろ覚えなんだが。


 
 颯人が階段を降りて、社の脇にある砂置き場へ歩いていく。呆然としながらそれを追いかけ、眺めるしかない俺。
 
 颯人、こう言うの好きなんだろうか?初めて知ったぞ。

 社殿の下に木箱があり、稲佐の浜から持ってきた砂をそこにおいて、横にある素鵞社そがのやしろの砂を持ってきた分より少なめに頂いている。
 ……ルールもちゃんと見てきたんだな。

 

「颯人、その砂どうするの?」
 
「家の四方に蒔いて守りとするのだ。それから出雲大社で守り袋を買い、肌身離さず持つ」
「す、すごいな?なんでそこまで知ってるんだ??て言うかうちには神様がいっぱいいるだろ?その砂、必要なのか?」

「必要だ。これはクシナダヒメに聞いた」
 
「姉さんに何聞いたの??なんか効能があるとか?」
 
「そうだ。クシナダヒメは長らく片思いしていた神と結ばれたのだ。
 この砂のお陰があったのだと薦められてな。縁を結ぶ大社の最奥にあり、八雲山を抱えた社の砂はとても霊験あらたかだと」

「颯人の社なのに、本神に効果あるのか?」
 
「ある。地方に分霊しているものは、すべて精霊や土地の神の力も持つのだ。元が我の魂だとして土着したものについては別物扱いだろう」

「ヴァー……そうなんだぁ……」


 
 気まずいの極みパート……いくつだ。まさか颯人にまでこんな感情を抱くことになるとは。
 
 いや、わからんぞ。昨日の晩に惚れた相手がいるのかもしれんし。
……そんな人、できちゃったの??自分で想像してダメージ受けてるんですが。

 
「其方はまた余計な心配をしている。我は真幸一筋だ。脇目など振る余裕はない」
「くっ……そ、そう……ですか」


 ニコニコしてる颯人が大切そうに砂が入った袋をしまいこみ、手を差し出してくる。そっと握ると満面の笑みが深まる。
 ……アーーーーなんなんだこの気持ち。何にも言えない。
 
 「このお守り良かったよ!」「じゃああたしもあやかろっと♪」みたいな感じだろ?……くそぅ、健気でかわいいとか思ってしまう自分がいる。



「昨晩の事も一度聞かねばならぬな。なぜ女神達に席を譲ろうとする?心を痛めていただろう。
 我自身もああいった場をあしらうのは下手だが、今後は身を引き締める。あのような時に席を外されるのはやめて欲しい。其方がさっていく姿は……思いのほかこたえた」
 
「……ハイ」
 
「相棒としての座は譲らぬだろう?」
「それは、うん。そうだよ」

「ならばあのような事は二度とするな。我は其方に辛い顔をさせたくない。一心に愛する事は許してくれるのだろう?
 今一度同じことがあったとして、其方の目の前でそれを証明してみせる」
 
「………………うん…………」

 

 切ない顔して、颯人がぎゅうっと抱きしめてくる。颯人がそう言ってくれるなら、あんな事もうしない。
 
 俺だって、俺じゃない誰かを隣に座らせる颯人なんか見たくない。
腕の中にいるのは自分だけだって思っていたいんだ。ワガママで、ごめん。


「其方には、妻問の句を用意している。昨日の舞の時に思いついたのだ。」
 
「ソ、ソウデスカ」
 
「今問うても良いが」
「今は勘弁してください……」
 
「ふ、では言葉にはせずとも伝わる方法にしよう」


 
 お互いにぎゅうぎゅう抱きしめあって、俺はいつもの癖で耳を胸に押し付ける。
颯人……すごくドキドキしてる。俺も一緒だから人のこと言えないけど。
 
 クシナダヒメにあげたみたいな、かわいい熱烈な句をくれるんだろうか。なんて、思ったり、思わなかったり……モゴモゴ。


「さて、参拝も終わったところでそろそろ始めよう」 
「おはよう、この国を背負う二柱よ」 

「は!?え??なんで!?」
「母上……父上まで」


 颯人の背中側から声が聞こえて、ギョッとしてしまった。イザナギと、イザナミが……いつのまにかそこに居る。
 どうしてこう、みんなサプライズが好きなの?昨日は大人しくしてたのになんで今登場するんだ!?



「我らは隠居の身だから本来は静かにしているのだぞ?神々もほとんどそうだったが、皆が目覚めまた新しいクニツクリを始めた」
「それを発起したのは其方たちだ。始まりの国を作ったのは私たち、そしてオオクニヌシノミコト達だった。今こそお主らへと世代交代の時だと思い、出張ることにした」


「世代交代?どう言うこと?」
「母上、オオクニヌシノミコトには世を預けるとは仰られませんでしたが……」
 
「そうだったか?まぁ、いいだろう。私たちは証を渡したいのだから付き合っておくれ」

 

 イザナミが袖の中からぬるっと何かの棒を引き出す。あまりにも長い棒だから、出すのに四苦八苦してる……二柱でゼーゼー言いながらようやく全貌が姿を表した。

 長くて大きな矛、だなこれは。
 頭の遥か上で穂先がキラリ、と陽光を弾く。嫌な予感がビンビンしてるんだが。
 
 こんなに長くて大きいんだから、これは大身槍おおみやりの部類になるだろう。持ち手が長いからなんとも言えないけど、蜻蛉切とんぼぎりとか日本号にほんごうみたいな感じだ。逆輪のところに鈴と紙垂が飾られて、優雅な姿の細身の矛だ。


「……お二方がお持ちという事は」
「はっ……やめろ!颯人!何も言うな!ちょ、イザナミはそれしまって!!」
 
「なぜだ?これは天沼矛あめのぬぼこ。この国が混沌の世から姿を成した時に使ったものだ。本来の姿は今少し大きいが、運ぶのに面倒でな。小さくしている」
「大きいとか!小さいとか!そう言う問題じゃないの!!そんな貴重なものは伊勢神宮とか、出雲大社に奉納して!!!」

 
「ならぬ。これは我らが認めた者に与えたい。真幸の社には象徴となるものがないだろう?これを掲げれば良い」
 
「それは良いな、真神陰陽寮に守られたヒトガミの社ならば誰も不貞を働けまい」

 
 
「……ええぇ……ちょ、どう思う?颯人」
「…………伏見に相談しよう。流石に我には判断できぬ」
「そうだな、そうしよう」


「では授与しようか。ささ、スサノオ……いや、颯人。妻問いの句を謳うが良い」
 
「は……?」
 
「それを見届けてからこれを授ける。なぁに、時間がかかってもかまわぬ。ここは隠り世だ」

 なっ!?何だって???イザナミがニヤッとしてるけど……全然気づかなかった。神隠しされちゃってるのか???



「母上、我は真幸の心持ちを大切にしたいのです」
 
「知っているよ。妻でなくとも良いだろう。そのあたりは尊重して進ぜよう、なぁイザナギ」
「そうさな、我らが夫婦というなりになったは、後々になってのことだ。原初の時代は我らしか雌雄がなく、好きだのなんだの言っている余裕はなかった」

「そこも同じだろう?相棒としての結びつきで良い。新たな契約をこの目に見せてくれ」
「うむうむ」

「そう、おっしゃるのなら。聞かねば現世に戻してはくれないのでしょう。仕方ありません」
「うぇっ……?!」



 
 …………待て。妻問いって、『結婚してくれ』『よろこんで』って応答するやつだろ。相棒の関係としてでいいとか譲ってくれたとして、俺は返答の句が必要なんだろ!?

 
「颯人!颯人はいいよ?俺は?俺は俳句の才能が本気でないんだぞ???返答の句が必要だよな!?」
 
「……き、きっと目覚める。芭蕉も最初からうまくできていた訳ではない。其方がくれるなら何でも良い」
「やだよ!!俺と颯人の大切な行事に、センスの悪い句で応じたくない!!!!!!」


 絶望の叫びを聞いたイザナミはコロコロ笑って、暗黒微笑になる。
 わー、すごく悪い顔してるぞー。



「時は無限だと言うただろう?満足できるまで発句するが良い。何年かかろうと、何百年かかろうと……ここから出れば、新しい出雲神議の翌日だ」
 
「…………」


 
 ……これは、冗談じゃないな。真剣な顔の二柱に見つめられて、ようやく事態を理解した。二柱は俺たちを試そうとしてる。
 出雲神議・奉納舞の間静かにしてたのは俺たちの様子を見てたんだ。
どんな形の相棒になるのか、どんな風にこれからやっていくのかを見せろって事だな。

 
「わかった。覚悟を見せろって事だろ?」
「そのようなものだ。相棒と明言し婚姻を拒むならば、我らのように長く生きても共にいるのだと証拠を見せよ」

「よ、よし。わかった!!とりあえずいっぱい作ってみる!!」
 
「真幸、良いのだぞ。そこまで根を詰めずとも。」
「ダメだよ。イザナギとイザナミは原初の神様だ。俺たちがちゃんとやって行けるのか試されてるって事だろ?それに……」

 左手に伝わる鼓動を握りしめる。颯人は俺と一緒にいると言って、命と指輪をくれた。それに仮初でも応えられるのなら。颯人の気持ちに何かをあげられるなら、今がチャンスだと思うんだ。
 
 だから……俺はやる!


「真幸……其方は本当に……」
「颯人!待ってろよ!俺がすんばらしいの作るから!」
 
「あぁ、わかった」



 嬉しそうに微笑む親子を見て、その顔がそっくりなことに気付いた。
 
 目尻の下がり具合とか、唇の形とか……目の潤み加減までよく似てる。
もしかしたらミーハーなだけの可能性もあるけどさ。神様ってそう言うところあるし。チャンスをもらえたなら、ちょっと頑張っちゃおう!!


 俺はイザナミに紙と筆をもらって、社の階段に座り込む。とりあえず思いつく限りの発句を始めた。


 ━━━━━━


「特別、五七五にこだわる必要はないのだよ。字余りなどもある」
「そうだぞ、これなんかとてもいいではないか。字余りの部分で溢れんばかりの気持ちが読み取れる!」

「ダメ、全然ダメ。俺はそんなんじゃいいと思えない。うーん、うーん……」


 現時刻、不明。日昇時間の直前で止まった光が空に滲んだまま……何時間経過しただろう。
 隣に座ってる颯人は俺が書き散らす紙を丁寧に集めている。

 イザナギとイザナミは若干冷や汗をかき始めた。……漸く俳句のなんたるかがわかってきたんだもん、もうちょいどうにかしたい。



 
「真幸の性格を舐めていた」
「ここまで頑固なのか……」

 提案者がなんか言ってるけど知らん。俺は限界を越えるぞ!ぐぬぬぬ……。


 俳句というものは、もともと厳格な決まりはない。有名な俳人の歌を見ても『なんとなくそう思ったんだよねー』みたいなライトな感じのものから、言葉の組み合わせもリズムも全て含めて完璧に美しいのに、その実あまり意味がないものがあったりする。
 
 五七五の17音に拘らず、多くても少なくてもいいし、自由律なんて文字もリズムも関係ないやり方もある。

 イザナギとイザナミが一生懸命教えてくれて、知識が増えた今改めて芭蕉さんの句を思うと本当に凄いなぁと思う。
 あの人天才じゃないか?さらっとした言葉ですんごい深読みするものが沢山ある。

 どうしてこの才能をちょびっとでも俺に残してくれなかったんだ。くそぅ。



 避けた方がいいのは、季語のないもの・季語を二つ使う重季のものとかそんなところだけど……これも実は存在している。
 どこが許されるラインなんだ?わからん。

 何某かの枠があって、そこを秤にしてきた人間としては自由すぎて難しい。
何かを感じる心と、それを言葉にできる脳みそがないと無理だ。
 それでもなんとか形にしたい。どうしても。ここで二柱が提案してきたからには、きっと何かの意味がある。



「其方の句は心が広すぎる。却って枠がないからこそ困っているのだろう」
 
「え?そうなのか??逆じゃなくて?」
 
「あぁ。感じる心も、考える頭も備わっている。ふふ……これは良い。全て取っておこう」


 失敗の紙達をかき集めて、一つ一つに目を通し、颯人が一枚ずつ綺麗に畳んでいる。
 そんなの捨ててくれよ、なんて言いずらい。なんか、泣きそうな顔してるんだもん……。

 
「気の済むまで付き合おう。其方が満足するまで書くのだ。其方の思いがここにこもっているを感じる。幸せだ」
 
「……ん、スッキリして京風朝ご飯、たべような」
 
「あぁ」

 

 何となく掴めた。伝えたいことを形にすればいいんだ。
 
 颯人を思うと昔の古語で『かなし』が浮かんでくる。これはいろんな感情を示すものだ。『愛してる』も含むけど、それだけではない言葉。
 
これは俺にとって、最も最適解なんじゃないか?

 颯人に対しては尊敬の念を持っているけど、かわいいと思う事もある。
守られるのも嬉しいけど、守ってあげたい。
 
沢山くれるまっすぐな思いが嬉しくて切ない。応えられなくてかなしい。
 
でも……俺は颯人に対して愛情を間違いなく持っている。

  
 だから他の人には渡したくない。相棒だって言い張ってでも自分の整理がちゃんとつくまで待ってて欲しい。

 いつも手を差し伸べてくれるのが一番好きな仕草だからそれも入れたい。俺達の神力が七色なのも書きたい。颯人の句が桜の花を降らせた神楽の時に思いついた物なら、花って入れたい。
 


 しっかり考えると、自分がいかにずるい考えなのか知ってしまってがっかりしている。
 それでも、颯人の気持ちはずっとずっと変わらなかった。ずっと好きだって思ってくれてた。
 
 だから、もう少し今のままでいたい。
 でも、最後を知るのは……二人の関係の先を、終わりを知るのは俺だけでいい。誰にも渡したりなんかしないし、譲らないよ。

 そう、伝えられたらいいな。


 
 さまざま書き殴っていたら、大体がまとまり始めた。それを察したのか颯人が、そっと立ち上がって距離をとった。
 

 
 うむ、うむ……よし、いいぞ?これ、いいんじゃないか??最高傑作じゃないか???


 下書きができたから、今度は清書だ。丁寧にゆっくり毛筆を紙に滑らせて、できるだけ綺麗に書く。
 
 俺はまだまだ字が汚いからな……親父との決戦前にみんなに宛てた手紙は、三日間かけて書いたんだ。
 
 丁寧に書けば、綺麗に書ける。
 俺は夢中になって、額の汗を拭きながらゆっくりゆっくり返事の句を書き記した。


 ━━━━━━

「……はぁ……ようやく出来たか」
 
「現世換算ではどのくらい時間が経ったか、考えたくもないな」
 
「隠り世になどせず、宿題にすればよかった。真幸の頑固さを思い知った。二度とせぬ」

「な、何だよ。やれって言うからやったんじゃん。あれだろ?俺の忍耐力とか、どこまでやるのかとか、テキトーにしないかとかそう言うの試してたんじゃないのか?」

「試していたとしてだ。もう隠り世に入ってから四日間経つのだぞ!?」
「あれ、そんなに経ってたのか?何百年かかってもいいって言うから……」
 
「わかった、わかった。よーくわかった。私はもう帰りたい。早々に終わらせよう。さ、颯人から」

「むーう。」


 
 颯人もいつの間にか紙に書いてたみたいで、お互い和紙を持って向き合っている。
 四日間かかっていたとは驚いたなぁ……神様って意識しなきゃお腹空かないんだな。便利だ。


「ご飯抜きは良くないから、サクッと行こう。……こう言うのって紙の交換とかなのか?」
 
「そうだな、手紙ならば。せっかくこうして向き合っているのだから、目を見て伝えたい。詠み合う前に交換しておこう」
「!!は、はい!!!」


 
 背筋を伸ばし、お互いの紙を交換する。わああぁ……いつもと違ってすごく柔らかい文字だ。
あれ。こ、この文字って??何これ??

「伝えていなかったな、我の雅号は『風立』だ」
「……そう、なのかぁ。深読みさせる句になっちゃったな……」
 
「うむ。真幸、手を……独りでは耐えきれぬ」
「うん……」

 
 お互い紙を懐にしまって、両手を繋ぐ。重なった手が熱くて、心地いい。
 
 颯人が喜んでくれる歌が作れたみたいだ。胸がキューンとして、切ない気持ちが溢れてくる。
 
 颯人の歌、とっても素敵だった。心の中に染み込んだ言葉達が胸の奥を震わせて……確かに独りじゃ耐えきれない。

 唇が開いては閉じ、見つめてくる目の色が強い意志を灯して、颯人が息を吸う。


  
瑞風みずかぜに、七彩しちさいの花 舞い上がる
 仕合わせのこと 真幸なり」


 自分の目に映る颯人が、キラキラとピンク色の色を浮かばせる。赤や青、紫……いろんな色に染まって真っ白になった。
 純粋な気持ちで俺にくれた言葉を刻み込み、飲み込む。

 
 
 ――瑞風ずいふうは、瑞風みずかぜとも言う。豊葦原、瑞穂の国に吹く、吉兆の風。
仕合わせは運命、そして幸せ。
 殊は、とか、とか、この句の場合はも示している。
 
 俺の名前の真幸と、真実の幸せをかけて…なり、で断定して終わる…くっさい句だ。

 颯人がクシナダヒメにいつか詠んだ、八重垣に隠して守りたい!って言うのとは違う雰囲気だけど、本質は変わらない。

 
「瑞穂の豊葦原でい風に吹かれて七色の花びらが舞い上がる。
其方が運命であり、それは仕合わせだ。とても、とても幸せなのだ」

 颯人が解説までつけてるんですけど。俺もそれ、やるのか……うぅ。

 

 颯人の歌に導かれて、出来たてほやほやの歌で応えるために口を開く。
 俺が颯人の気持ちに応えられる、精一杯のこの句は今の気持ちも、この先の気持ちも込められている。
 
 颯人が今にも涙をこぼしそうだ。多分、俺も同じ顔してるんだろうな。


 
「七彩の君、この手を引くはいとかなし。花散らす 風立ちの終……我のみぞ知る」

 

「……意味を……」
 
「えぇと……七色の神力は、二人でないと出てこないだろ?だから、颯人と俺はお互いに七彩の君なんだ。
 手を引いて、桜の花を散らすような風立ちって言うのは……颯人と俺は未来へ行く、散るって言うのは終わりって意味じゃなくて、はじまりの意味だよ」

「…………」
 
「かなし、はこの先で意味が変わるかもしれないから言わないけど、全部の意味を込めている。……颯人の終わりは、俺たちが向かう未来の先は、すべての終末は俺だけが知っていたい。
 他の誰にも渡したくないから」

 支離滅裂な説明を聞いて、颯人が頷く。……ちゃんと颯人みたいにまとめよう。俺自身も説明しながら漸く意味がはっきり分かったから。


 
「俺と颯人は二人揃って初めて神力が七色になる。颯人が手を差し伸べて、俺を引っ張ってくれたから世界の全てが始まった、世界が色づいて……輝き始めた」
 
「それが、嬉しくて幸せで……いつも思ってくれる颯人にきちんと応えられなくて苦しいし、悲しい。
 でも、愛は確かに存在している。俺の愛の形はまだ定まっていないけど『かなし』が全部そこに込められている」
 
「強い風はいつしか桜の花を散らしてしまうけど……花が散らなければ次の春に花が咲けないから、未来へ向かうために花を散らすんだ」
 
「その時は……その未来は、颯人の将来は俺だけのものだ。誰にも手渡したりしない、手放したりしない。……俺だけの未来だ」 

 
「あぁ……本当に幸せだ。其方が考えた歌が、このように美しいとは……」
 
「ん……そ、その。形になってるなら、いいけどさ。意味が多すぎて、うーん」


 
 むぎゅっと抱きしめられて、首に颯人の唇が押しつけられる。ポロポロ絶え間なく雫が溢れてきた。
 
 なんだよぉ、そんなに泣くなよ……俺も泣いちゃうだろ。

 我慢しようと思えば思うほど泣けてしまって、お互いくっつきながらボロボロ溢れてくる涙をお互いの服に押し付ける。



「……ようく、わかった。さまざまがな。」
「そうだな。真幸の雅号は七彩で良いのではないか?」
「それが良い。」


 イザナミとイザナギが頭をポンポンして言ってくるけど。俺はそんなのいらないぞ。

「ぐしっ……俳句なんて、もう詠まない。颯人にあげるだけで精一杯だし、二度とやんない。」
「真幸……、我を泣き止ませる気がない、のか」
 
「んふっ、そんなに泣いてくれるならよかった。ちょっとは感動したか?」
「している。全てを受け止められぬ。無理だ……死んでしまいそうなのだ」

「だめだよ……わかってるだろ?」


 颯人がこくり、と頷く。その様子を見てイザナミが俺たちの頭を撫でる。
しょんぼり眉毛を下げてるけど、何で?



「すまなかった。私も其方たちをずっと見ていた。真幸が颯人にしている事を見て、何も感じなかったわけではないのだ。
 颯人や、天照、月読に対しても親として『こうすべきだった』と反省したよ」
 
「そうだなぁ……母の死を知り、黄泉の国まで来た我が子が愛おしい。ありがとう、真幸。颯人を、頼む」 



「あっ、そう言う意味だったのか……。颯人を心配してたんだな。てっきりこの国を任せる奴を試してやろう、とか俺の俳句が見たいとかだと思った」

「「それもある」」

「………………オイ」
 
「真幸、諦めるしかない。我らの父母はこう言うお方だ」
「まだ親じゃないからな!!くっそ……あー腹立つ。お腹も減ったし、さっさと現世に戻して!京風あったかご飯を食べるんだ!」
 
「ふふ、切り替えが早いな。我も空腹だ、いっそお二人を連れて朝食をもらおう」
「仕方ないな、そうしよう。伏見さんにも説明してもらうからな!」

「「ハイ」」



 ――そうして、俺たちは現世に戻り、美味しい美味しい京風ご飯を山ほど平らげて。

 伏見さんに『どうしてイベントが終わるとまたイベントを起こすんですか!?フラグはどこにあったんですか!?』

 と叫ばれ、出雲の大騒ぎは幕を閉じた。
 
 
 
 
 



  
 
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