上 下
36 / 169
そうだ、京都へ行こう

35⭐︎追加新話 鳥コンビの里帰り 京都編その7

しおりを挟む

妃菜side

「さて、と……はー、気が重い。正直帰りたくないなぁ」
「そんな事言わないの。散々対策会議したんでしょう?」
 
「せやで。裏公務員で一番忙しいトップ営業の真幸と、で一番忙しい伏見さんの目の下にクマ作らせてな」
「そんなに大変だったのね……」

「うん。資料の作り直しに調べ物のし直し、本番の台本まで一緒に作ってくれた。全部付き合って『一緒に行く』とまで言うてくれたんよ。
 それなのに、何も言わずにドンパチかまそうとしてるアホな女やで、私は」
 
「どうして、一人で立ち向かうの?あの二人はきっと一緒に来てくれるわよ。」
「うん。そう言う人達や。それを私は知らんかった」
「…………」

 

 現時刻15:30 
 別任務の二人と京都駅で別れ、私は一路実家に向かっている。真幸はいつもこうして区切りがつく毎に時計を見てる。だから私も真似することにした。

 私の胸ポケットにいる新しい神様。飛鳥大神は颯人様の側近で、真実の眼を持つ珍しい御仁だ。
 私のところに来る神さんは個性的な力を持ってるのが決まりみたいやな。回復の術が使える魚彦、真実を見定める力を持つ飛鳥……自分自身は性格以外に飛び抜けた所のない陰陽師なのに。 

 
 でも、だから、私のゴタゴタに立ち向かうのは一人でやるって決めた。これから村のみんなを集めてうちの社にいた神様が村を守ってくれたと証明する。
 鈴村家は伏見さんのお家からは遠い。電車、バスを乗り継いで三時間かかる。

 これから大変な仕事をするのだろう二人の足手纏いになりたくないし、これ以上迷惑をかけたくない。そして……。

「これから先、真幸の身に何か起こるって託宣があったやろ?それに備えなあかん。
 自分の抱えてるものを自分で解決して、早く強くなって、あの人を支えたいんよ」


 
 飛鳥は私の言葉に目を見開き、そして笑顔で頷く。

「妃菜……アンタの事見直したわ」
「なんやねん。見直したって事は下げ評価してたんか?」
 
「可愛くないコメントねぇ、真幸なら苦笑いしながら『精進します』って言うわ」
「ふふ、そうやな。飛鳥も真幸の事よう知っとるな。」
 
「えぇ。ずっと、見てたの。颯人があの子に降りてから」

 
 飛鳥はポケットの淵で頬杖をつき、頬を赤く染めている。完全に恋する乙女の顔だ。見た目は……どう頑張っても綺麗な男の人やけど。
 切れ長できつめの吊り目、鼻筋も通っていて唇はプルプルしてるし、全体的なバランスが『イケメン』や。誰もが認める見た目やと思う。
 
 神様ってのは〝神格が高い程見目麗しい〟って言われるけど、ホンマやな。
颯人様によく似た風貌で、颯人様よりも筋肉質な体。神降しの時に見た姿は、タカミカヅチ殿と同じくらいの身長だった。

 私は背がそんなに高くないから、本来の飛鳥とは30センチ以上の差がある。そんな大きい神が、私の力で顕現すれば胸ポケットに収まるサイズになってしまう。



「飛鳥、本当に良かったんか?私が依代で。アンタの綺麗な御姿みすがたが台無しやんな」
 
「……ふん。そのうちちゃんと顕現して見せると約束したでしょ?私の姿を小さくても維持出来るなら、最低限の合格ラインよ。
 妃菜のご実家では事代主神コトシロヌシノカミを降ろしたと言いなさい。その方がわかりやすいから」
「……ありがとうさん」

 

 アスカオオカミはコトシロヌシノカミとも言い、古事記では大国主命オオクニヌシノミコトの子供とされている。オオクニヌシは国譲り神話にも出てくる、本当に偉い神様で誰もが知ってる柱だ。
 
 もし間違って私に宿ってしまったとしても、もう飛鳥を手放したりできない。 
 私が依代で良かったと言わせてみせる。そのくらいの気概でないと、成長できないだろうから。

 
 電車が止まり、ドアが開く。重たい足を引き摺りながらホームに降り立つと冷たい風が吹いてきた。
 バサバサ暴れる髪を後ろで一つにまとめ、重たいボストンバックを握りしめる。


 
「よっしゃ。カチコミや!」
「物騒ねぇ。まずはご家族に会いたいわ。初めてのバディさんのね」
 
「しゃーないな。女友達ができた、て紹介するわ」
「……うん。ありがとう」

 飛鳥が微笑みを噛み締め、顔をポケットの中に突っ込む。何やかんやの事情が色々あるんだろう。

 どんな事情があっても、バディはお互いわかり合って、支え合ってやっていくんや。仲良くして一生懸命頑張ろ!

 私は飛鳥のつむじを見て軽くなった足を踏み出し、階段へと向かった。

 ━━━━━━

 
「ダメよ。絶対に承諾できない。あなたの霊力じゃあっという間にあの世行きだわ」
「やってみないとわからんやろ!」
 
「わかるわよ。私は神で、あなたは人間だもの。それも、まだまだ卵から孵ってもいない未熟者のね」
「……なんやて……!」
 
 
 駅での決心も束の間、私と飛鳥は病院の中庭で立ち合ってお互い思いっきり睨み合っている。
 原因は……遷座したはずのうちの神さんが荒神に堕ちたと言う報せだった。

 実家に戻って荷物を置いて、お父ちゃんの病院へ行こうとしたらお隣さんから顰め面で声をかけられた。
 村民集会は事前にお願いして村長さんが報せてくれていたから、私が戻る事は住民みんなが知っている。


 
 実家周辺は既に被災の痕跡はなく、新築のお家が立ち並んで道路も引き直して復興が終わっている。
 裏公務員になってから、少しでも役に立ちたい……と申請した国への援助申請が通って、その恩恵を受けて村民たちはみんな元の暮らしに戻れた。

 それもこれも、うちの社に居た神様のおかげだった。誰も命を落とす事なくみんなが無事でいられたからこその今があるはずなのに。やっぱり、まだ誰も真相には気づいていないのかも知れない。

 

――「あんなぁ、お宅の神さんがよそ様で暴れてるって話聞いたんよ」
「何やて……?いや、そんな筈ないやん。神さんは遷座して、隣町の神社で預って貰ってたやん」
 
「その隣町で大きな事故が起きたん、知らんの?神さんが真っ黒お化けになって、女の子ばっかり狙って一人一人の覗き込んで脅かしてたんやて。
 ほんでびっくりした子ぉが交差点に飛び出して、でっかいトラックがそれを避けて、ガス屋さんに突っ込んで、大爆発が起きたんやで。死人がおらんかったのは奇跡やな」
「………………」

「あんたぁも、よう戻って来はったな?遠路はるばるご苦労様ですわ。アハハ。」
「私は誤解を解きに来たんや。神さんは役立たずちゃう。ちゃんと役目を」
「ええわ、もう。あきまへん。よう聞こえんわぁ」

「……なんやの、そんな言い方せんでもええやん……」──


 
 お隣さんから聞いた話を留守居の鬼一さんに調べて貰った結果、事実だった。
 荒神に落ちた神さんは、すでに裏公務員が派遣されてちゃんと鎮められていた。

 ……だけど。

 

「うちの神さんが力をなくしたんなら、神主が神起こしせなあかん。真幸が銀座でやったように、社を掃除して、祝詞をあげて、元に戻してあげな」
「それが無理だって言ってるの。銀座での神起こしは誰にでも出来る案件じゃない。あそこの神々は戦火から街を守った猛者達が勢揃いしていたのよ。
 颯人が一緒に居たって『はいそうですか』って目を覚ます純粋な神ばかりではないのよ。癖が強くて、捻くれてる神様も多い。
 一柱それぞれに対話が必要で、その全てに霊力を込めるの。言霊で話すのよ。
 妃菜のご実家の神だって、長い歴史を持つ産土神なんだから一筋縄でいかないわ」
「報告書でちゃんと見てる。全部知ってるんやけど。」

「じゃあ、真幸が異常な量の霊力の持ち主だってわかってるでしょう!あの子が説得に、社の潔斎に、神力を戻す祝詞に霊力を使って丸一日かかってるのよ。」
「私がやるんは一柱だけやで。」
 
「そうよ、その通り。でもね、私とあなたはまだ何もわかり合っていない。ついさっき出会ったばかりで親和性が低い。真幸だって颯人の神力補充がなければあんな離れ技できないの。」
 
「私、そんなに霊力低いん?そんなに役立たずなん?」

「……そこまで言ってないわ。でも、危ないのよ。村の総鎮守の神を起こそうとしてるんだもの。」
「…………」

「今回は諦めなさい。伏見とも相談しないといけないでしょう。産土神を預かってくださっている神社は颯人の血縁神がいる。きっと、協力してくれるわよ」
「……………………」



 体の力が抜けて、お尻がペタンと地面に落ちる。昨日の夜に降った霜が溶けて、びしょ濡れになったそこから水が染みてお尻が冷たい。

「妃菜、濡れちゃうわ。ベンチに座りましょ」
「……」
「妃菜?」

「どうして、何もできひんの?どうして、頑張ろうって思うといつもこうなるんや」
「…………」
 
「一生懸命やっても無駄なん?二度目の神降しのために毎日ちゃんと修行して。真幸や伏見さんに助けて貰って。……何もかんも、無駄なん?私が何してもダメなんか」
「そうじゃなくて……違うのよ。私が言いたかったのは……」


 地面から見上げると、一生懸命大きく顕現し直した飛鳥はすごく大きい。自分の親に紹介するからって飛鳥に神力まで使わして、わざわざ元の姿にしてもらったんや。
 ニコニコして「ほんまによかったなぁ」と言った両親は、涙を流していた。



 また、ダメなんか。また、私は失敗するんか。
 確かに飛鳥の言う通り、日を置いて伏見さんと真幸に助けを求めれば……間違いなく手伝ってくれる。
 
 でも、私は変わりたいんや。何もかんも背負ってしまう真幸の荷物を少しでも減らせるように。好きな人の何かを助けられるようになりたい。

 じっと見つめ合って、数分。飛鳥が目を閉じてため息をつき、僅かに微笑む。



「そんな顔しないの、美人が台無しよ」
「……うん」
 
「さぁ、立って。折角ここまで来たんだもの、何が出来るか二人で考えましょう。焦らなくていいの。今出来なくても、いつか出来る。
 焦って失敗したら誰が大変な目に遭うの?私たちじゃないわ、村に住んでいる人たちよ」

 
 飛鳥の言葉にハッとして、差し出された手を掴む。
 そうや……私は、何のために仕事してるんよ。自分のためやない、他の人を輔けるためやったのに。

 いつも一生懸命働な真幸は何を思っていた?あの人はいつでも人のために動く。
 鬼一さんかて、そうや。真幸に認められたいって思っていたけど、頑張っているうちに前よりも精度が上がって、お仕事自体にやりがいを見出している。

 私はまだ、魚彦を譲ってからちぃちゃな任務しかしとらん。それこそ伏見さんが回してくれた、霊力を広げる鍛錬が含まれてる安全な仕事ばっかりやった。

 そんな人たちが仲間として『頑張れ』って言ってくれてるのに。こんなことで挫けたらあかん。



「飛鳥……ごめん。私、また迷子になるとこやった」
「あら。自分で気づけたの?随分成長したじゃない」

 差し出した手を握って、そのまま飛鳥がびちょびちょに濡れたスーツを綺麗にしてくれる。真幸の事も、私の事もみぃんなるんやな。

 二人でベンチに座り、飛鳥が私の手を両手で包みこむ。暖かい体温が沁みてきて、波だった心が凪いでいく。

 

「事態をまとめましょう。改善策を見出すためには、まず現状把握から。何も出来ないと決めつけたのは私が悪かったわ。あなたは茨城から帰ってきて、一生懸命お仕事してたもの」

 真剣な顔の飛鳥は胸元からメモを取り出し、袖の袂から小筆を取り出す。
 神様マジック、って言うてたな。真幸が。どこに入ってたんや。なんで毛筆なのに墨がいらんの?便利すぎる。


 メモ帳を見つめながら思い悩む飛鳥の横顔が真幸に重なる。
『出来ない理由を探しているうちは絶対に成し得ない。どうやったら出来るかを考えてみて』

 茨城の月夜に話してくれた、優しい声を思い出す。飛鳥もまた、私を思って今回の事件に向き合ってくれている。
 こそばゆい気持ちになりながら、私もメモ帳を取り出した。


 
「産土神は現在、力を使いすぎて眠っている状態よ。次々に起こった天災から村全体の人を守ってくれたから、消費していたのだと思うの。
 神力の回復は自然の力を分けてもらうか、神職達の霊力によって呼び起こしてもらうかで成されるのよ。自分以外の力を呼水のようにして、体の中に眠っている神力を引っ張り上げなければならないの。」
 
「なるほど……釣りみたいなもんか。他者の力が神力の餌って事やな。
 飛鳥、まずは現状把握やろ?神さんが今どうなってるんか、見ないといけないんちゃう?」
 
「そうね。そしたら……私の目でみましょう。土地神だから元の場所に戻れば回復は早まる筈だから、道中で見せてあげるわ」
 
「うん!せやな、そうしよ。集会は明日の朝に伸ばしてもろたし、何もできなくたって誤解を解くことは出来る。
 神社庁の宮司さんが毎朝お勤めしてくれはるし、そこで相談してみよか。」
 
「えぇ、そうね。なんでもやってみるのがいちばんの近道かも知れないわ」


 
 飛鳥の手を握ったまま、タイミングよくやってきた市内循環バスに乗って、行き先までの道のりを思い浮かべる。
 鎮めた神さんは元々の預かり先である、大きな街の神社さんに戻された。
 
 ここから30分ほどだから少し時間がある。どうやったらええか考えて、鬼一さんにも聞いてみよ。メッセージしとけば任務してても後から連絡くれるやろ。

「……」
「ん?飛鳥?どないしたん?」
「……あの、私……」

 

 バスの一番後ろの席に座ってスマホでぽちぽちメッセージを打っていたら、飛鳥がずーっと見てくる。私、何かやった?

「ごめんなさい。あなたに失礼なことを言ったわ。卵から孵ってないだなんて。」
「へ?いや、ほんまのことやん。私はまだ何も出来てへんし、さっきも危うくへこたれるとこやったで。
 何のために働くのか、誰のためにやるんかを見失ってたし。飛鳥が言ってくれて助かった。鬼一さんにもメッセージしたから知恵を貸してもらお」
 
「そう……そうね。そうしましょう」

 僅かに笑顔を浮かべた飛鳥は気遣わしげにしている。何やの。私たちはバディやし、あかん事があったら言ってくれたほうが助かるやろ。



「飛鳥がはっきり言う神さんで良かったわ。お互い遠慮なしに話しして、喧嘩して、うちらはやって行こ。
 颯人様かて真幸に対して厳しい部分もあるやで。受け止める本人が謙虚やからああ言う形になれるんやけど……私は捻くれてるからな。そうやって言ってもらえるとホンマ助かる」
 
「あなた、本当に変わったわね。そんな事言えるようになったなんて、びっくりした」
「飛鳥にはぜーんぶ視えるもんな。私は未熟者やし、他の人が言う次元とはだーいぶ違ってまだまだやで。せやから、ビシバシ鍛えてや!」
 
「ふふ……そうするわね。じゃあ真実の眼の使い方から教えるわ」
「はい!よろしゅうおたの申します」

 
 二人で笑顔を交わし合い、ようやくひと心地つく。
 やる事やって、しっかりせな。久しぶりに会う神さんにも安心してもらわなあかんし。さて、バスの中でどこまで出来るかが勝負やな。

 私は飛鳥と膝を突き合わせ、集中して話を聞くことにした。

 ━━━━━━

 現時刻17:00 
 神社庁に連絡し、現状を伝えた結果『神様を土地に戻したほうがいい、生まれた場所の方が回復が早い』という事で……文字通り卵の中に籠ってしまった神様を返してもらい、これから社に戻す予定。
 
 お父ちゃんも病院から一時的に外出許可をもらって自宅に帰ってくるから、御安置の手筈は整った。
  

「鬼一さん!忙しいのにありがとう。ほんで、どう思う?」
『お、おう。正直土地神の性格ってのは土地の人じゃなけりゃわからんが、被害者は女子ばかりだったことを考えると……誰かを探してたんじゃねーかと思うぜ』

 
 バスから降りたナイスタイミングで鬼一さんが電話をくれて、ウキウキで出たらちょい面食らってるな。

 

「誰かを探す?何のために?」
『神が眠るまで神力を使い果たしたって事は、荒神に堕ちる前にやっていたことを続けていた可能性が高い。
 荒神になったとしたら自我が〝荒御魂〟に支配される。その場合ただ闇雲に暴れ回る、もしくは自我をなくす前にやっていた事を何が何でも遂行しようとするんだ。』
「自我をなくす前にやってた事……村の人を守るって事やろか」

『いや、それもあるだろうが。そのー、俺の勝手な推測だがな……お前さん、京都を出たのはいつだ?』
「私?ええと、神さんがまだ社にいてお父ちゃんが入院してからやな。災害の日から一週間くらいか」
『その時、どこに居た?』

「私は避難先から自宅に戻って、社の前で神降ししたから家に居たで」
『魚彦殿を迎えたのは社の前か。その時はあのぷよぷよ状態だったんだな?』
「うん、そやよ。…………待って、もしかして」


 鬼一さんのため息が電話の向こうから聞こえる。
 
『あぁ、鈴村を心配してたんじゃねぇかと思う。お前が生まれる前から居た神様なら、成長を見守ってきた筈だろ。その子が目の前で神降ろしして、絶望してたらどう思う?
 さらに、その後自分の近くからいなくなったら……』
 
「私の事を探してたって事やん……」

『おそらく、そうだと思う。通常なら神同士のネットワークがあり、そこでお前の行方を探せばすぐに見つかっただろうが。神力が減ってそれどころじゃなかったろう。土地神に報告はしてないんだろ?』
 
「してへん。それこそ何もかんも把握する前に中務から迎えが来て、あっという間に引越ししてもうたんや。
 荷物もほとんど持たんで、着のみ着のまま東京に行ってしもた」

『間違いねぇな。自分の社で育った自分の子と代わりない奴が、荷物を残していなくなってりゃ心配だろう。』
「あぁ……荒神堕ちは私のせいやったんか……」


 
 思わず立ち止まってしまう。切なくなって手のなかの卵を抱きしめた。
 
 ウチの神さんは、お仕事で出会ってきたどの神様よりも無口で無愛想だった。
こわーいお顔の作りで、いつもしかめ面をしてた。
 
 神主であるお父ちゃんの力がそこまで強くなかったから、村の人の前ではその姿を表す事はなかったし、神様としての威厳を示すために派手な事はしていない。

 
 例えば、お祭りの日ににわか雨を降らして虹をかけるとか、参拝に来た人に歓迎を示して風を吹かしてあげたりとか。

 それをしなかったのは、お父ちゃんの霊力の範囲内で静かに静かに土地を守ってくれていたからや。
 宮司の仕事に苦言を言った事は一度もなく、家族のお祝い事の報告には姿を現して話を聞いてくれる方やった。


 私がダンゴムシを捕まえた、蛇を退治したなんて話も、小学校・中学校・高校に進学したときも、報告のたびに頷きを返してくれて。
高校の第一志望に受かった時、初めて頭を撫でてくれた。
 シワシワの、ゴツゴツした大きな手で。


 
 ……いつから、それをしなくなったんや?当たり前に愛してくれる神様へ私は全部を報告しなくなった。
 それでも境内を歩いていたら顔を見る度に『うん』と頷き、友達と喧嘩した時や落ち込んだ時は必ず頭を撫でてくれていた。

 神さんを疎遠にしたのは私なのに。いつも見守っててくれた。おじいちゃんみたいに愛してくれてた。
 ……そんな神様が、突然いなくなった私を心配しないわけがないやん。

 

「私がバカやった。小さい時からずっと見守ってくれてたんに報告もせんと遠くに行って。……おじいちゃん、ごめんなさい……」
『……』

 鬼一さんも、飛鳥も静かに口を閉じて私の泣き声を聞いている。手の中の神様もきっと、そうやんな。
 いつも、いつも私が話し終わるまで、ひとしきり泣いてスッキリするまでずっと待っててくれた。一緒にいてくれた。


「……鬼一さん。私、神さんを元に戻してあげたい。私のせいなのもあるけど、それ以上に『村のみんなは無事やで』って。あんたが守ってくれたから誰も失わずに済んだんやで、ありがとうって伝えたい」
『あぁ……そうだな。安置が終わったら、俺も遠隔で霊力を送る。部署に戻って来た奴らにも声をかけてみるから、準備ができたら電話くれ』

「ありがとうさん。鬼一さん、真幸が言うようにほんまに優しい人なんやな」
 
『な、何だよ。褒めても何にも出ねーぞ。さっさと帰って報告書まとめなきゃならんから、もう切るぞ』
 
「はい。よろしくお願いします」
『あぁ』


 電話を切ってポケットに突っ込み、卵のつるんとした姿を眺めていると涙が滲んでくる。
 私、何もかも気づいていなかった。何にも見えてへんかった。

 

「……妃菜」
「うん」
 
「あなた泣き虫なのね。これは知らなかったわ」
「ん……あかんな、優しさに気づけるようになったら、涙が止まらんくなってしもた。誰も彼もが優しくて、幸せで困ってまうわ」
「そう……。」


 飛鳥が私の頬を撫でて、涙を拭ってくれる。優しい指先が心地よくて、涙が本当に止まらなくなった。
 悲しくても、辛くてもこんな風に涙が出なかったのに。優しい気持ちに触ると……どうしてこんなに泣けるんやろ。



「妃菜は、本当にちゃんと成長してるわね。優しさに気づける人は自分の中にも優しさがあるからよ。
 そうしてくれたのは、真幸だった」
 
「……うん、そう。うずくまって固まってた私を見つけてくれたんや。鬼一さんや伏見さんも、思っていたのと全然違う人やった。
 神さんもそう、お父ちゃんもお母ちゃんも……きっと、村の人達もそうやと思う」


 大きな飛鳥に抱きしめられて、 目を瞑る。きっとそうや。誰も彼もが必死だったからすれ違ってしまった。
 あんなに長い間一緒に暮らしていた村の人達だって、私がちいちゃい頃から可愛がってくれてたのに。大きな声と悲しい言葉に惑わされて、根っこがわからなくなってしまっていた。

 

「ギリギリ、及第点ね。私、提案があるんだけど」
「えっ?何や、テストされてたんか?」
 
「そうよ。霊力は心持ちが大きく左右するものなの。あなたが現実を受け止めて、どんな夜を迎えるのかで決めようと思っていたわ」
「そうなんか。私がいけずなままやったら、教えて貰えなかったん?」

「それもあるけど、私自身が確信を持てなかったの。私が提案する事はきっと妃菜の苦痛を伴うわ。危険な目に遭わせるならできるだけ安全な方法を選びたい。
 今の心持ちなら、きっとうまくいく。でも、本当に大変な思いをするの。
 それでも構わない、って決心できるなら誰も彼もを納得させる方法が一つだけあるのよ。」

 

 飛鳥の思わぬ言葉にびっくりして、顔をじっと見つめる。私の頭の上で眉を顰め、慮るような……優しい顔を。

  
「ほんま?!何でもやる!苦痛でも何でもバッチ来いやで!!!!!飛鳥も私のこと心配してくれたんやな。
 なんやぁ、私のバディもむっちゃ優しいんやんかぁ」
 
「ふふ。じゃあ、しっかり準備して明日を迎えましょう。ここからがスタートよ」

「はいっ!」

 私の元気な返事に目を細めた飛鳥は、どこか真幸の笑顔にも似ていた。
 
 


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

秋津皇国興亡記

三笠 陣
ファンタジー
 東洋の端に浮かぶ島国「秋津皇国」。  戦国時代の末期から海洋進出を進めてきたこの国はその後の約二〇〇年間で、北は大陸の凍土から、南は泰平洋の島々を植民地とする広大な領土を持つに至っていた。  だが、国内では産業革命が進み近代化を成し遂げる一方、その支配体制は六大将家「六家」を中心とする諸侯が領国を支配する封建体制が敷かれ続けているという歪な形のままであった。  一方、国外では西洋列強による東洋進出が進み、皇国を取り巻く国際環境は徐々に緊張感を孕むものとなっていく。  六家の一つ、結城家の十七歳となる嫡男・景紀は、父である当主・景忠が病に倒れたため、国論が攘夷と経済振興に割れる中、結城家の政務全般を引き継ぐこととなった。  そして、彼に付き従うシキガミの少女・冬花と彼へと嫁いだ少女・宵姫。  やがて彼らは激動の時代へと呑み込まれていくこととなる。 ※表紙画像・キャラクターデザインはイラストレーターのSioN先生にお願いいたしました。 イラストの著作権はSioN先生に、独占的ライセンス権は筆者にありますので無断での転載・利用はご遠慮下さい。 (本作は、「小説家になろう」様にて連載中の作品を転載したものです。)

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

ピアノ教室~先輩の家のお尻たたき~

鞭尻
大衆娯楽
「お尻をたたかれたい」と想い続けてきた理沙。 ある日、憧れの先輩の家が家でお尻をたたかれていること、さらに先輩の家で開かれているピアノ教室では「お尻たたきのお仕置き」があることを知る。 早速、ピアノ教室に通い始めた理沙は、先輩の母親から念願のお尻たたきを受けたり同じくお尻をたたかれている先輩とお尻たたきの話をしたりと「お尻たたきのある日常」を満喫するようになって……

ゆったりおじさんの魔導具作り~召喚に巻き込んどいて王国を救え? 勇者に言えよ!~

ぬこまる
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界の食堂と道具屋で働くおじさん・ヤマザキは、武装したお姫様ハニィとともに、腐敗する王国の統治をすることとなる。 ゆったり魔導具作り! 悪者をざまぁ!! 可愛い女の子たちとのラブコメ♡ でおくる痛快感動ファンタジー爆誕!! ※表紙・挿絵の画像はAI生成ツールを使用して作成したものです。

女体化入浴剤

シソ
ファンタジー
康太は大学の帰りにドラッグストアに寄って、女体化入浴剤というものを見つけた。使ってみると最初は変化はなかったが…

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...