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山神鎮め編
その2
しおりを挟む「本当に何ともないんですね…」
「ん?」
「顕現を同時に4柱、遠隔律動までして自身が動けているなんて…目の前で見ても信じられません」
「んー、クラクラはするよ。ゴミ拾いくらいなんて事ないけど」
星野さんがゴミを拾いつつ、心配そうに尋ねてくる。俺も気を遣わせてしまったか。
現時刻 7:30。お手伝いメンバー三人の神様を顕現し、俺を仮の依代にし直して預かり、神様達は不法投棄のゴミたちを纏めてくれてる。
俺たち小さな人間は小さいゴミを拾っている最中だ。それも山中から一箇所に全部集めて、一網打尽にさせて貰ってる。
「あの…私達がやりますので芦屋さんは休まれては?」
「その方がいい。顔色が悪いぞ」
鬼一さんにまで心配されて、苦笑いになってしまう。
「俺が責任者なんだからダメだよ。神様だけ働かせてじっとなんかしてられないしさ」
「あなたのその心持ちが颯人様が降りられた理由なのですね」
「星野さんが言うような大層な理由じゃないよ。恥ずかしくて言えません」
「え…どんな理由なのか気になりますね」
くっ……恋してチューするなんて言ったからとか言えない…無理。憤死する。
「本当に杉の木と白樺が多いなぁ…山彦もさぞ住み心地が良かっただろうな…」
「そうだな…大きな清庭だ」
「本当ですねぇ」
汗を拭いて、渡りくる澄んだ風に目を細める。空気が綺麗で気持ちいい。
蝉が鳴き始めたな…朝早いからヒグラシが鳴いてるんだ…この切ない聲…はーたまらん。
ゴミがなくなったらもっと気持ちいい場所になるだろうし、頑張ろっと。
「あの…みんな納得してはるけど、木があると何で住み心地がいいん?」
「鈴村さん、結構色々知らないね?」
「……」
イジワルしちゃった。鈴村さんの細い眉毛がしょもんと下がる。ごめんて。
「杉の木は神様の体毛でできてるって言われてるよ。霊木なんだ。御神体になっている神社もある。
白樺は天と地の境をつなぐ架け橋で聖なる木として有名だな。北方だと木の皮に祝詞を書いて神様に奉じて居たんだってさ」
「芦屋さん…よくご存知ですね」
「予備知識は俺が一人で習得できるから、色々知ってるとは思う。
スマホで検索すればいくらでも出てくるし、俺は古事記が好きなんだ。日本の人間臭い神様がさ」
「神話がお好きですか、なるほど」
「元々素質があったんだ。頭にすんなり入ってるなら尚の事だな」
鬼一さんが崖の上の方から、じっと見つめてくる。…なんか褒めてる?もしかして。
「モヤモヤは見えてたが一般人だよ」
「一般人は古事記を知っていたって…任務で目の前の光景を受け入れる事自体が無理だ。それが出来る時点で素質がある。下級霊はいつから見えた?」
「ふーん…そんなもんかね。天変地異が起きてからかな。」
「ほぉ…同じ時期に妙な力を発揮した奴は複数いるが、芦屋…さんが颯人様の降臨に居合わせたのは運命だろう。神との巡り合わせはそういうもんだ」
「前みたいに名前でいいよ、鬼一さん。運命かぁ…そう言われると神降ろしの場に行かなきゃならんような気がしてたな」
ビール四缶飲んで、たっぽたぽの腹なのに大丈夫だったのかな。俺のしょっぱい顔でも納得してたし、颯人が何も言わないから気にしてなかったが。
「しかし、禊もなしによく下りましたね」
「禊…そういやお酒ってお祓めになるような。それかな」
「昼間から酒飲みか」
「えぇまぁ。あん時はやけ酒してたんだ。日の高いうちのビールは美味かった」
んふふ、と笑いをこぼすと鬼一さんも星野さんも笑う。
んー、なんかいいなこう言うの。
そろそろマンセルもいいよって言おうかなぁ…。
「…あれ?鈴村さん?」
ふと、話に入ってこない鈴村さんが気になって辺りを見渡す。……おーい……いないんですけどー。
(真幸、鈴村が隠された)
颯人の声だ。まーたそのパターン?
「危険性ある?」
(今の所はない。抑抑隠されたところで一人前の陰陽師が山彦の隠しを破れぬのはおかしい)
「たしかにな…」
ゴミを拾い上げ、辺りをもう一度見渡す。これで一通りは拾い終わっただろう。
赤城山自体が神聖な気配を持っているし、鬼一さんも清庭と言っていた。
清庭は神様が体を休める場所だから汚すわけにはいかない。魔除けのタバコもダメだが、術を使えば山神を刺激してしまう。さて、どうするかな。
「芦屋さん…?」
星野さんが不思議そうな顔で尋ねてくる。そうだった、颯人の声は聞こえてない筈だ。念通話切ってるし。
「鈴村さんが神隠しされちゃったみたいでどうしよっかな、って」
「えっ?鈴村さんって、どなたですか?」
「……わぁ、マジか」
胸の中にザワザワと嫌な予感が広がっていく。
「何だ?何かあったか?」
「鬼一さん。お手伝いメンバーの名前を言ってくれ」
「へ?…俺と、星野だろ?」
「颯人」
「応」
すっ、と颯人と共に神様たちが現れる。
複数仮契約だから颯人の他に黒い毛玉と白い毛玉が神様として居るんだが…一柱、足りないな。
「神ごと隠されてはいない。ここに居るのだが見えぬか」
「見えないねぇ」
「ならば触れてみよ、ここだ」
颯人に手を取られて、虚空に手を伸ばす。ぷにゅん、と柔らかい触感と共にスライムみたいなヒルコオオカミが現れた。
これは……触り心地いいな!ずっと触ってしまうぞ…ふにふに。
「なっ!?ヒルコオオカミ?!」
「何でこんなとこにいるんだ?」
「…真幸、二人を扇いでやれ」
仕方なく蛭子大神から手を離し、ポケットから取り出した檜扇を二人に向かって仰ぐ。
黒いモヤがざーっと離れ、二人がかぶりを振る。もう一度みんなに柏手を打って翻訳と結界を張りなおした。ずっと張っておけばよかったかな…しくじった。
「クソ…神隠しか?」
「山神の仕業ですか?」
「山神以外な筈もなかろう。山彦の気配もない。いよいよ取り込まれたな」
「山神にって事か?」
「あぁ。屑は片付いた。後は業者に任せて山神に会う」
「了解」
颯人が神様たちを引き連れたまま、山の上に向かって歩いていく。
「すみません…油断していました」
「反省しろ。其方たちは本当に未熟者だ。年配者が術にかかるなど不甲斐ない」
颯人の言葉に二人が押し黙り、ひたすら歩いていく。落ち葉を踏み締め、重たい足を抱えて坂を登る。はーきっつう。
「真幸、来い」
「やだ」
「負担があるのはわかっている。足が重かろう」
「い や だ」
「ぬぅ…はようせい。神達は従えたままにせねばならぬ。山神は完全に堕ちそうだ。急ぐぞ」
「わかった。じゃあ走るかぁ」
額の汗を拭ってふぅ、と息をついたところで颯人にヒョイっと抱えられる。
もおおお!何でいちいちお姫様抱っこなんだよ!!くっそお…。
「真幸は走れぬ。無駄な意地を張るな」
「ぐぬぅ」
「先に行く。主らも頂の社へ来い」
「「はい!」」
鬼一さんと星野さんの返事を聞いて、颯人が地面を蹴る。ピョーンと森の上に出て、地面に降りてを繰り返す。
ジェットコースターみたーい♪なんてはしゃげる状況じゃないな、うん。
颯人のおかげであっという間に山頂にたどり着いた。
真っ黒なモヤが、山頂の切り立った崖から上空に向かってゆらめいている。燃え盛る炎のようだ。
これが山神だな。本来なら人の形を取れる筈だ。体全体が重たくなるような圧力を感じる。荒神堕ちは間違いなさそうだ。
「祝詞から始めよ。対話の為の呼びかけだ」
「どれ?」
胸ポケットから鈴矛を取り出して、胸の前で手首を返して音を出す。簡易禊って感じだな。
「大祓祝詞だ」
「わかった」
大分長い祝詞だ。うろ覚えなんだがやるしかない。参拝の礼を取って口を開く。
「高天原に神留まり生す 皇親神漏岐
神漏美の命以て 八百萬の神等を
神集へに集へ賜ひ
神議りに議り賜ひて
我が皇御孫命は 豐葦原水穗國を ――」
「声が低い、やり直し」
「はい」
祝詞の言葉を唱え直しながら冷や汗が出てくる。祝詞は本来神様を寿ぎ、幸を与えてくれとお願いするもの。潔め祓ってくれるのは副産物なんだ。
今回は荒神になってしまった山神の説得のための準備。神鎮めは祝詞の先に古語の会話がある。
祝詞は伸びやかで高い声を使い、音階や区切りが細かく定められている。
まだ、颯人の合格をもらえていない俺の言葉が神様に通じるだろうか。
「迷いが見える。やり直し」
「はい」
鼻から息を吸い、口から吐いてもう一度最初から。
黒いモヤが空に届き、その暗闇を全体に広げていく。
鈴村さんの気配があるのに姿が見えない。黒い瘴気に自分の身体が包み込まれ、むわっと蒸した空気に変わる。
暑い。真夏の盛りのようだ。
「祝詞!?」
「しっ。音調が乱れる。霊力補助だ。ダブらんように真言で行こう」
「はい」
山頂にたどり着いた星野さんと鬼一さんが二人で小さく真言を唱え出した。
真言は仏教、祝詞は神道の文言だ。
真言の音が体に触れた瞬間、ふんわりと体が軽くなった。……ありがとな。
「発音が違う。やり直し」
「はい」
顎から汗が滴り落ちる。
頭のてっぺんから冷や水をかけられたように体が芯から冷たく、重くなっていく。
瞬きをしてはいけないから、汗が目に入って…何も見えない。
颯人が肩に置いた手から伝わる体温だけが、自分をこの世に引きとどめているような感覚になる。
山神様、俺はあなたと話したい。堕ちないでくれ。あなたが居なくなったら、ここは…この綺麗な山が死んでしまう。
地元の人に危害を加えていないあなたはまだ、間に合うはずだ。
祝詞がようやく終わり、瞬きをする。
クリアになった視界の中で4柱が俺を取り囲んでくれていた。
暗闇の中から、黒い羽の生えた少年が歩いてくる。
(山彦だ。まだ溶け込みきれなかったようだな。間に合った)
(よし。さて、やるぞー!)
(うむ。心を強く持て)
颯人が微笑み、俺から距離をとる。
山彦が真っ直ぐ俺を見つめてくる。
吊り目で癖っ毛が可愛い少年だ。瞳が真っ黒で白目がなくなってる。あの子と同じだな。
膝を折って、視線を合わせる。
今度こそ俺は…失敗しない。
「なんぢはたれそ?」
(颯人、真名を告げてもいいのか?)
(あぁ)
「名を芦屋真幸ともふします」
「なにごとをなしにきた」
「ものかたりに参りました」
「ものかたり…ひとぞなまいきたる。かかさまはいきどほり荒神になりはてた」
「はい…もうしわけなしにございます」
(真幸、頭を垂れよ。山神のお出ましだ)
正座で座って、手をつき頭を下げる。
後ろの二人も倣ってくれたようだ。
「珍しい御仁がおわしますわね」
「久しいな、赤城山」
「ふん、妾は真幸とお話ししに参りましたの。山彦、お戻り」
「はい、かかさま」
山彦が迷いなく山神の瘴気の中に消えていく。
瘴気の中でもより黒く、密度の高い黒モヤが近づいてくる…とんでもない重力に体全体を押し付けられ、頭の中が掻き回されているような感覚が訪れる。
後ろの二人が吐いちゃったな。
喋り言葉が古語じゃない…神力が強いとこうなるんだ。
「ふぅん?辛抱強いこと。頭を掻き回してやったのに」
「あまりいじめるでない。我のばでぃだ」
「うるさいわね。真幸、顔を見せなさい。…いい貌をしている。
あなたはいいのよ。でもね、この子はダメ」
目の前の黒モヤが三日月に割れて赤い舌がにゅるり、と垂れる。
その先に括り付けられた鈴村さん。
意識がないし、血の匂いがする。
「あなたは山をお掃除してくれた。だから許そうかな、って思っていたの。
でもね、この子はヒルコを害した」
はっとして、俺の右隣で蠢くヒルコオオカミを見つめる。
彼はぽろん、と一雫の涙を溢した。
「この子の骨を全部折って、血管を破って、皮を剥いで、内臓を引き摺り出してあげましょう。長く苦しめてから食べるのよ。そうしたら私もきっと鎮まるわ」
「どうしても、食べたいのですか」
「本当は嫌。不味そうだし。山を汚した者と同じ汚い心の持ち主だから。山彦の姿、真幸はどう見えた?」
「水干姿の、黒い羽がついた少年に見えました。癖っ毛がとても可愛かったです」
「そう…この子にはドロドロの液体に目玉が沢山あるように見えたのよ。
山彦は声を返すのと同じように、人の心をそのまま映すの。あなただから可愛い子に見えた」
「……はい」
「ね、いいでしょ?一人が死ねば沢山が助かる。
真幸は殺したくないわ。山を綺麗にしたなら今後もそうしてくれるのよね」
「はい。必ずそう致します。しかし、人を食えばあなたは命の業を背負います。山神としての形が変わってしまう」
「まぁ!よく知ってるわね。彼に聞いたの?」
「我はそのような知識は与えぬ」
「自分で文献を調べました。
赤城山が富士山よりも高く聳え立つ、日本一の山だった事も知っています。裾野が長く、今も雄壮なその姿を思い浮かべることができましょう」
「まぁ!まぁ!そうなの?あまり知られていないのに!森は?木々はどうだったかしら?」
「木立が真っ直ぐに立ち並び、下刈りがよくされていて、地面までしっかり陽が落ちています。空気が澄み渡って…とても綺麗でした」
「まぁぁ…」
三日月から出た舌がポイっ、と鈴村さんを放り投げた。
蛭子大神がそれを受け止め、傷を癒してくれている。
うん、やっぱり優しい神様だ。
「真幸!もっとお話ししてちょうだい」
「はい。湖は冬になると凍結して人間が集まり、スケートを楽しんでいるとか。
その時期は湖面に穴を開けて、ワカサギ釣りも出来ますね。澄んだ水に落ちた葉は魚にとっての貴重な栄養になる…命の循環がこの山を清庭と成しているのでしょう」
「えぇ、清い水だから山小屋のおうどんも美味しいのよ!」
「帰りに食べたいと思っていました。温泉も湧いていますね」
「そうよ!ここはね、温泉が沢山あるの。とってもいい所でしょう?」
「はい。温泉に入って、体が温まったら焼き魚をつまみにお酒を飲みたいですね。赤城山や榛名山という地酒があるとか」
「うん、うん…そうよ!お酒もとっても美味しいの。山神の名を冠したお酒が沢山あるんだから!」
山神のはしゃいだ様子が切ない。胸がきゅうきゅうと音を立てて、すごく苦しい。
神様はここを愛してる。人間が山に訪れ、楽しむ様子を知ってる。
土地に由来したものを褒められて、こんなに喜んでくれるんだ。
山彦は怒ってるって言ってたのに。
本当は優しい山神様なのに、こんな風にしてしまったのは人間だ。
酷いよな、何て事したんだ…。
山が噴火して、カルデラができて…湖になるまで何千年とかかっただろう。清庭の森が育つまでどれだけかかっただろう…。
悠久の時をずっと守ってきた山神…あなたの大切なものを汚して、本当にごめん。
「泣かないで。真幸のせいじゃない」
「俺達が…あなたを荒神にしてしまった。それなのにあなたは土地を、人を愛している。それが切なくて、申し訳なくて…」
瘴気が収束して、空が少しずつ青を取り戻してくる。
黒がシュルシュルとまとまって、着物姿の女性が現れた。
戦国時代の姫様みたいな髪型。豊かな黒髪が優しく風にたなびく。
煌びやかな振袖姿で真っ白な肌、口紅だけを引いた優しげな顔…。
一緒に姿を現した山彦の手を握り膝に乗せて、正座で俺に向き合ってくれる。
これが本当の姿なんだな…綺麗な神様だ。
「お召しになっているのは桐生の織物でしょうか?美しいですね」
「真幸の言葉でお話しして。…桐生の織物を知ってるの?」
「では…本物は初めて見たよ。細かい刺繍なんだな。すごく綺麗だ。」
「そうでしょう、そうでしょう。桐生の生糸は日本一なのよ。帯も、着物も、全部そう。」
「神様が人の作ったものを着てくれるなんて…嬉しいよ」
は、と気づいたように山神が口に手を当てる。
「そう…そうね。私はこの織物が好き。ここに暮らす者たちも、それが作り出す物も、好きよ」
「温泉もお好きですか?」
「えぇ…山の温泉は鉄分が豊富でとても温まるの。人に紛れてよく浸かるのよ。
可愛い子達がそこにいるわ…お風呂上がりにお饅頭とお茶を、お漬物を手の甲に乗せてくれるの。ニコニコして沢山お食べ、って言うのよ」
「優しい人が沢山いるんだな」
「うん…そう。優しいわ。シワシワの子達だけじゃなくて…うるさい鉄箱に乗った若い子も、ちゃんと神社に来て祈ってくれる」
「それなら、赤ちゃんも来るんじゃないか?あなたは除災招福だけでなく学問や芸術の神様だ。
ずっとずっと、そうして俺たちを守ってくれてたんだな」
言葉が、途切れる。
山神が俺を見つめた後、目を伏せた。
「……うん、もういいわ。あなたが真摯な気持ちで私を鎮めたいのはわかった。
さっきまでどう言い返すか、試していたの。私の事まで勉強してきてくれたのね」
「うん、それが礼儀だと思ったんだ」
「人を殺した荒神なのに、初めから鎮める気でいたの?」
「俺は神様を殺さない。陰陽師なんて言われてるが、まだなりたてほやほやの一年生で祝詞も散々間違えた。ごめんな…ちゃんとできなくて」
「ううん。私に祝詞をくれるのは神主だけだった。荒神になった私に向かって謳ったのはあなただけ。私を殺しにきた陰陽師を何人も消したわ。
初めから、憎しみを私に向けていたからそうするしかなかった。」
「そうか…」
「ヒルコは、あの子が好きなのかしら」
後ろに控えたヒルコオオカミをじっと見つめる山神。彼はそのちゅるちゅるした体で鈴村さんを抱いている。
まるで、母親のように。
「彼は優しい神様です。人間をみんな愛してくれる。鈴村さんは…そうだな、俺が直接教えようかな。」
「ならぬ」
颯人がヤンキー座りでしゃがんで、顔を近づけてくる。
「我らの棲家には入れぬぞ」
「なんでだよ」
「ばでぃの巣に邪魔者を入れとうない」
「じゃあどうすればいいんだ?」
「スクナビコナと契約して真幸を依代にすればよい。鈴村は修行のやり直しだ。スクナビコナには不相応だろう。霊力が低いからヒルコのままなのだ」
「俺が二柱抱えるの?それこそ相応しくないんじゃないか?あんなに…鈴村さんを大切にしてるのに」
「あれは真幸が言ったように元々が慈悲深いのだ。離れた方がよい。そのうち依存してしまう」
「そうね、あの子には御しきれないわ。ヒルコのまま成長できずに依代を飲み込んでしまう」
「それは良くないな…一時預かるしかないのかな…」
「うん、そうしてちょうだい。ヒルコもいじめられずに済む。それなら私も納得できるわ」
「えぇ…マジかぁ」
「うむ。約束を反故にせぬうちに契約しよう。スクナビコナ、近う」
えっ?マジなの?これ伏見さんに聞かなくていいの?ていうか依代って1:1じゃないのか!?
「伏見に聞いたらいかんと言うに決まっている。やって仕舞えばいい。既成事実というものだ」
「えぇぇ…」
鈴村さんを鬼一さんに預け、ヒルコオオカミが近づいてくる。
「あなたは俺でいいのか?」
ぷよぷよした体に触れる。すごく名残惜しい。俺が預かったらぷよぷよじゃなくなる気がする。こんなに気持ちいいのに勿体無い。
「よい。颯人がスクナビコナというならワシはその体を成せる。お前には資格がある。ヒルコのままでは不自由だし、鈴村もワシを使えんのじゃ」
「そうか…」
俺の手をぎゅっと握り、ヒルコオオカミはその姿を変えた。
山彦と同じ、水干姿の少年だ。
頭の上で丁髷に結った黒髪が跳ねている。目の色が優しいな…綺麗な空色をしてる。
「さぁ契約だ。仮契約とは訳が違う。心して受けるのじゃぞ。いかな陰陽師とて二柱目はしょっくが来る」
「う、はい…」
「鈴村妃菜を依代から外す。継ぎの依代として芦屋真幸を指名しよう。ワシの神力を与え、新たな主とする」
「…っ、あ…」
頭のぐるぐるがまた蘇ってきた。
蹲る俺をスクナビコナが抱えてくれる。
すごい…眩暈と癒しの力の応酬が頭の中で繰り広げられてる…うぅ…。
「あ、そうだわ!山彦も連れていってちょうだい。あなたの役に立つから」
「へ…?」
待って…俺もう限界なんだぞ…山彦まで来たら…。
ぐるぐるのままの頭の中で羽の生えた少年が眉を下げ、手に持った錫杖を山肌に叩きつける。
『しゃん』とその音が鳴って、俺は人生何度目かの気絶を果たした。
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