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第一章:下野国宇都宮広綱
第1話:発端
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時は元亀三年(1572年)の下野国皆川城。
年も明けて間もない1月の初頭。
次々と腕に覚えがある者たちが風の噂を聞いて集まっていた。
人相の悪い山賊崩れや浪人たちの中に1人、異彩の雰囲気を身に纏う若者がいた。
左腰に帯刀するのが常識という中、背中に巨大な太刀を背負っている。
「なんじゃい!! こやつの刀は奇妙じゃ。」
「あんな馬鹿デカイ代物をあの華奢な若造が振り回せるんか?」
柄の悪い者たちに絡まれながらも穏やかに表情を変えない立ち姿。
「なんじゃ・・・あの若造は?」
下野国の大名宇都宮家家臣にして皆川城城主である皆川俊宗は隠れて集まった者たちを見定めていた。
その中で一際目立つ若者が気になったのだ。
「ひとまずここへ連れて参れ。」
思わず、家来を使ってその若者を呼び寄せてしまった。
「名臣と誉れ高き皆川俊宗様・・・私のような者をお呼びなさるとは・・・いかに?」
その若者は俊宗の前で平伏する。
「面を上げい・・・。」
「ははッ!!」
俊宗は若者の顔を見ると大きくうなずく。
「そちの名は何と申す?」
「師影と申します。」
「齢は?」
「十六でございまする。」
「その名・・・草の者か?」
「違いまする・・・ただ・・・」
そう言うと師影は俊宗の眼をじっと見つめた。
「ただ・・・何じゃ?」
「我が血筋を誰も信用してはくれませぬ。我が姓を信じてくれませぬ。」
「名乗ってみるが良い。」
「我が名は高師影と申します。」
「こうの・・・高・・・まさかな・・・」
俊宗は思わず言葉に詰まる。
「私は高師直の末裔・・・そう聞かされ生まれ育ってきました。」
「ほほう・・・なるほどな。それが嘘か真かはワシにはわからんが、そなたの全身から醸し出すモノは他の者とは違う。この皆川の家にはおらぬわ。だが高師直の末裔ならば合点がゆくわ、ワハハハ!!」
師影は皆川俊宗が自分の言うことを受け入れてくれたことに驚きを隠せなかった。
これで二人目か・・・私の言うことを信じる者は・・・
「おぬしは若き日の殿にそっくりじゃ。同じような才気を感じるぞ。」
「・・・」
「殿が御身体が弱くなければ北条に気圧されることもなかった。だが・・・生きるためじゃ・・・下野が生き残るにはこうするしかないのじゃ・・・」
独り言をつぶやく俊宗。それをただじっと見つめる師影。
この者に対し・・・今の宇都宮の御家では勝てぬ・・・
殿・・・殿がその有り様では皆川俊宗には勝てませぬ。
「ワシは近々な、兵を起こす。おぬしならばわかるじゃろう。あの高師直の末裔ならば。」
「ははッ・・・」
「おぬしにはワシの護衛を任せようぞ。おぬしが腕が立つのはわかるからのう。」
「身に余る光栄・・・」
俊宗の言葉に師影は再び平伏するのだった。
翌日の晩、下野国宇都宮城。
本丸御殿で病の床に伏しているのは宇都宮広綱。
知勇兼備でありながら病弱の身により既に自分の命が長くないことを自覚していた。
「者共・・・下がれ。」
突然、人払いをする広綱。
誰もいなくなったことを感じると体をゆっくりと起こす。
「殿、失礼いたします。」
そこに姿を現した一人の少女。
粗末な身なりではあるが、蝋燭の灯りに照らされてその美しい顔が露わになる。
「蓮華か・・・師影はどうじゃ?」
広綱の言葉を受けて蓮華は懐から文を取り出した。
それを受け取って目を通す広綱。
「ハハハ・・・正直な奴よ。まさしく高師直の末裔にふさわしいぞ。」
広綱は蓮華に文を渡した。
「これは・・・師影様は何を・・・?」
蓮華には信じられないことが書かれていた。
『まもなく皆川俊宗が挙兵。殿への謀反也。すみやかに降るか、落ち延びるかを選択されるべきに候。』
「何をしに師影様は皆川俊宗の下へ行かれた・・・」
「それはワシのためじゃ。今までもワシの害になる者共を始末してくれおった。だが皆川俊宗は師影めにとっては違うようじゃ。」
「私にとっては師影様は命の恩人。しかしその師影様にとって殿は恩人でございましょう。」
「故にワシに生き延びよという選択肢しか求めないという訳じゃ・・・」
そう言うと広綱は立ち上がった。
「家中にて師影とお前の存在を知る者はワシと宗慶らごくわずかじゃ。」
広綱の声と共に戸が開く。
部屋の中に入ってきたのは宇都宮家筆頭家臣岡本宗慶。
「後はお任せくだされ。皆川俊宗には兵を上げさせませぬ。既に使いを送りまして、近日中に登城するとのこと。
殿を交えて近習による評定があると伝えております。」
岡本宗慶は関東管領上杉謙信との外交を担っていた。
そして皆川俊宗は故北条氏康との繋がりから親北条派である。
両者が互いに反目するのは必然であった。
元亀3年(1572年)1月14日、皆川俊宗は数人の共を従えて宇都宮城へ登城した。
「殿・・・お身体は?」
「まあ寝ておるだけじゃがら良くも悪くもないぞ。」
広綱の軽口に対して俊宗は沈痛な表情を見せる。
この御方が・・・謀反・・・?
侍女に扮して広綱の正室の側に控えていた蓮華には信じられなかった。
「ご自愛くださりませ・・・」
俊宗は深く頭を下げた。
「皆川殿、明日の評定・・・よろしく頼みます。」
「わかっておりますぞ。岡本宗慶殿。」
宗慶の言葉に俊宗は答える。
なるほどな・・・今宵・・・
宗慶は俊宗を一瞥すると含み笑いを浮かべるのだった。
そしてその日の夕刻。
「行け・・・」
岡本宗慶の屋敷に集った30人の忍び達が姿を消した。
それは皆川俊宗暗殺の為の刺客であった。
まだか・・・
晩になっても刺客からの朗報は届かなかった。
そこに宗慶にとっては信じられない来客である。
「皆川俊宗様が参られました。」
「なんだとォ・・・」
驚愕の表情を見せた宗慶はそのまま固まった。
襖越しの刀で胸を貫かれていたのである。
それは俊宗の刀であった。
「ふう・・・」
俊宗はそのまま襖ごと岡本宗慶の亡骸を蹴り倒す。
全てはこの下野の民の為じゃ・・・
既に宇都宮城下に皆川軍が集結していた。
そして皆川俊宗の屋敷では・・・
「・・・」
月明かりの下、30人の忍び達の屍が転がっていた。
太刀を地面に突き刺し立ち尽くす師影。
これが今の下野の為だ・・・
翌日、元亀3年(1572年)1月15日のこと。
「殿・・・お許しくだされ・・・」
皆川俊宗の言葉に宇都宮広綱は寂しげな笑みを浮かべた。
宇都宮城は皆川俊宗の兵によって占拠されたのである。
年も明けて間もない1月の初頭。
次々と腕に覚えがある者たちが風の噂を聞いて集まっていた。
人相の悪い山賊崩れや浪人たちの中に1人、異彩の雰囲気を身に纏う若者がいた。
左腰に帯刀するのが常識という中、背中に巨大な太刀を背負っている。
「なんじゃい!! こやつの刀は奇妙じゃ。」
「あんな馬鹿デカイ代物をあの華奢な若造が振り回せるんか?」
柄の悪い者たちに絡まれながらも穏やかに表情を変えない立ち姿。
「なんじゃ・・・あの若造は?」
下野国の大名宇都宮家家臣にして皆川城城主である皆川俊宗は隠れて集まった者たちを見定めていた。
その中で一際目立つ若者が気になったのだ。
「ひとまずここへ連れて参れ。」
思わず、家来を使ってその若者を呼び寄せてしまった。
「名臣と誉れ高き皆川俊宗様・・・私のような者をお呼びなさるとは・・・いかに?」
その若者は俊宗の前で平伏する。
「面を上げい・・・。」
「ははッ!!」
俊宗は若者の顔を見ると大きくうなずく。
「そちの名は何と申す?」
「師影と申します。」
「齢は?」
「十六でございまする。」
「その名・・・草の者か?」
「違いまする・・・ただ・・・」
そう言うと師影は俊宗の眼をじっと見つめた。
「ただ・・・何じゃ?」
「我が血筋を誰も信用してはくれませぬ。我が姓を信じてくれませぬ。」
「名乗ってみるが良い。」
「我が名は高師影と申します。」
「こうの・・・高・・・まさかな・・・」
俊宗は思わず言葉に詰まる。
「私は高師直の末裔・・・そう聞かされ生まれ育ってきました。」
「ほほう・・・なるほどな。それが嘘か真かはワシにはわからんが、そなたの全身から醸し出すモノは他の者とは違う。この皆川の家にはおらぬわ。だが高師直の末裔ならば合点がゆくわ、ワハハハ!!」
師影は皆川俊宗が自分の言うことを受け入れてくれたことに驚きを隠せなかった。
これで二人目か・・・私の言うことを信じる者は・・・
「おぬしは若き日の殿にそっくりじゃ。同じような才気を感じるぞ。」
「・・・」
「殿が御身体が弱くなければ北条に気圧されることもなかった。だが・・・生きるためじゃ・・・下野が生き残るにはこうするしかないのじゃ・・・」
独り言をつぶやく俊宗。それをただじっと見つめる師影。
この者に対し・・・今の宇都宮の御家では勝てぬ・・・
殿・・・殿がその有り様では皆川俊宗には勝てませぬ。
「ワシは近々な、兵を起こす。おぬしならばわかるじゃろう。あの高師直の末裔ならば。」
「ははッ・・・」
「おぬしにはワシの護衛を任せようぞ。おぬしが腕が立つのはわかるからのう。」
「身に余る光栄・・・」
俊宗の言葉に師影は再び平伏するのだった。
翌日の晩、下野国宇都宮城。
本丸御殿で病の床に伏しているのは宇都宮広綱。
知勇兼備でありながら病弱の身により既に自分の命が長くないことを自覚していた。
「者共・・・下がれ。」
突然、人払いをする広綱。
誰もいなくなったことを感じると体をゆっくりと起こす。
「殿、失礼いたします。」
そこに姿を現した一人の少女。
粗末な身なりではあるが、蝋燭の灯りに照らされてその美しい顔が露わになる。
「蓮華か・・・師影はどうじゃ?」
広綱の言葉を受けて蓮華は懐から文を取り出した。
それを受け取って目を通す広綱。
「ハハハ・・・正直な奴よ。まさしく高師直の末裔にふさわしいぞ。」
広綱は蓮華に文を渡した。
「これは・・・師影様は何を・・・?」
蓮華には信じられないことが書かれていた。
『まもなく皆川俊宗が挙兵。殿への謀反也。すみやかに降るか、落ち延びるかを選択されるべきに候。』
「何をしに師影様は皆川俊宗の下へ行かれた・・・」
「それはワシのためじゃ。今までもワシの害になる者共を始末してくれおった。だが皆川俊宗は師影めにとっては違うようじゃ。」
「私にとっては師影様は命の恩人。しかしその師影様にとって殿は恩人でございましょう。」
「故にワシに生き延びよという選択肢しか求めないという訳じゃ・・・」
そう言うと広綱は立ち上がった。
「家中にて師影とお前の存在を知る者はワシと宗慶らごくわずかじゃ。」
広綱の声と共に戸が開く。
部屋の中に入ってきたのは宇都宮家筆頭家臣岡本宗慶。
「後はお任せくだされ。皆川俊宗には兵を上げさせませぬ。既に使いを送りまして、近日中に登城するとのこと。
殿を交えて近習による評定があると伝えております。」
岡本宗慶は関東管領上杉謙信との外交を担っていた。
そして皆川俊宗は故北条氏康との繋がりから親北条派である。
両者が互いに反目するのは必然であった。
元亀3年(1572年)1月14日、皆川俊宗は数人の共を従えて宇都宮城へ登城した。
「殿・・・お身体は?」
「まあ寝ておるだけじゃがら良くも悪くもないぞ。」
広綱の軽口に対して俊宗は沈痛な表情を見せる。
この御方が・・・謀反・・・?
侍女に扮して広綱の正室の側に控えていた蓮華には信じられなかった。
「ご自愛くださりませ・・・」
俊宗は深く頭を下げた。
「皆川殿、明日の評定・・・よろしく頼みます。」
「わかっておりますぞ。岡本宗慶殿。」
宗慶の言葉に俊宗は答える。
なるほどな・・・今宵・・・
宗慶は俊宗を一瞥すると含み笑いを浮かべるのだった。
そしてその日の夕刻。
「行け・・・」
岡本宗慶の屋敷に集った30人の忍び達が姿を消した。
それは皆川俊宗暗殺の為の刺客であった。
まだか・・・
晩になっても刺客からの朗報は届かなかった。
そこに宗慶にとっては信じられない来客である。
「皆川俊宗様が参られました。」
「なんだとォ・・・」
驚愕の表情を見せた宗慶はそのまま固まった。
襖越しの刀で胸を貫かれていたのである。
それは俊宗の刀であった。
「ふう・・・」
俊宗はそのまま襖ごと岡本宗慶の亡骸を蹴り倒す。
全てはこの下野の民の為じゃ・・・
既に宇都宮城下に皆川軍が集結していた。
そして皆川俊宗の屋敷では・・・
「・・・」
月明かりの下、30人の忍び達の屍が転がっていた。
太刀を地面に突き刺し立ち尽くす師影。
これが今の下野の為だ・・・
翌日、元亀3年(1572年)1月15日のこと。
「殿・・・お許しくだされ・・・」
皆川俊宗の言葉に宇都宮広綱は寂しげな笑みを浮かべた。
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