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大根踊り

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秋たけなわの一日。狸の学校・徳島県立太刀野山農林高校(通称タチノー)野球部は一、二年生主体の新チームに衣替え、春の甲子園目指してあらたなスタートを切った。
引退した三年生は、実習の合間に部室や練習場に顔を出し、裏山のサルナシの実を差し入れたりしておった。

その日は雲ひとつない秋晴れの一日じゃった。三年農業科3組は真鈴峠を越えて讃岐勝浦の長善寺住職の元にタチノー汗と涙の結晶・刻みタバコを届けに行き、代金の代わりに頂いた白米を背負子に担いでもと来た道を引き返す。

途中、大屋敷の集落で背負子を下ろし、しばし休憩をとる狸たち。

竹筒に入れた真鈴川の水を飲み、たわいないおしゃべりを交わししているうちに、夏に引退した野球部員の狸が、週末に新人戦がある、と言いはじめた。それを聞いた仲間たちが

「新人戦? どこでやるん? ほうか、わいら暇やし、応援行こか?」
と言い出した。

目の前には大根畑が広がり、そのすぐ先には大屋敷の地名にふさわしい立派な瓦葺きの家が見える。

「そや、応援行かへん?」

「行こ、行こ!」

「9月の秋季大会、一回戦負けやったしなー。今度は頑張ってもらわんと!」

「そやそや、うちらも応援したらな、なあ!」

もらった白米のせいなのか、陽気のせいなのかはわからない。妙な勢いで盛り上がる3年農業科3組。

「あんな、東京農大応援団の大根踊りって知っとるで?」

「なんやそれ?」

「聞いたことあるなあ」

「どないして踊るん?」

「何か、大根両手に持ってどないやらこないやらするみたいやで」

「東京の大学生ってけったいなことするんやなー」

「大根、ひとり二本やな」

「なあ、あれで少し練習してみんで?」

野球部狸が指差した先ーそれは目の前の大根畑。

ここで全員のイタズラスイッチが、一気にばちこーん! と入りよった。

野球部狸が先頭切って大根畑に侵入すると、ええ具合に育った大根二本をずぼっと引き抜いた。他の狸どもも背負子を置いて畑に入り込む。

思い思いに大根を引き抜いて、さてどないして踊るん?

ーこないするんちゃう?と日体大のエッサッサを歌いながら大根をぐるぐる振り回すのは陸上部狸。

やっぱ野球やったらこれしかないやんか!と
♪アウト!セーフ!ヨヨイのヨイ!♪
と来るのは愛媛の松山農業高校からの留学生。

♪友達ができた、タバコの名産地 段々畑の タバコの名産地 タバコの名産地 すてきなところよ タチノー健児の晴れ姿 タバコの名産地♪
と半ばやけのやんぱちで大根も尻尾もブンブンさせながら、調子っぱずれに歌う者。
 
♪たんたん狸の◯◯は~ 
と歌いかけて大根でおもくそ雌狸にしばかれる者。

はたまた 
♪しょ、しょ、証城寺~ みーんな出てこいこいこい♪ 
と大根振りかぶったところではたと気づいてーこれ千葉の木更津の歌やん!方向違い過ぎや!もといもとい!と自分の頭をその大根でコツンとひっぱたく者。

やっぱりわいらは「阿波の狸」やん、なあー、とうろ覚えの歌詞をあーでもないこーでもないしながら大根を上下に振り回し、ついでに畑を踏み荒らし、おやつ代わりに抜いた大根をがぶりとかじる。

歌い踊って盛り上がっているうちに、秋の日は釣瓶落とし、空が茜色になり始めたのに気づいた狸どもは、手にした大根を放り出し、大慌てで背負子を担いで学校に戻っていった。

二日ほどして、急に午前の化学(バケガク)授業が全校集会に変更になると朝のSHRで知らされたタチノー生徒たち。
ソバ収穫が終わったばかりの傾斜畑に全校生徒が集められた。沈痛な面持ちの校長は、畑の上から開口一番こう言った。

「一昨日、大屋敷の大根畑におったもんは誰や。話聞くけん、このあと校長室に来るように」

3年農業科3組の狸たちは互いに顔を見合わせた。観念した生徒たちは校長室にすごすご現れた。

「おまはんら、大屋敷で何しよった?」

校長の表情は固い。

「長善寺からの帰り、休憩してました」

「それで?」

「大根抜きました」

「なんしに?」

「遊んびょったんです。すみませんでした」

留学生が頭を下げる。つられるように、生徒全員が床に擦り付かんばかりに平身低頭する。

「おまはん、うちの学校に遊びに来よるんか?そんなんやったらもう松山にいんでもうたらどうで?」

担任が口を挟むと、校長はそれを手で制した。

「楽しかったか?」

校長は3年3組ひとりひとりの顔をまじまじ見つめながら言った。

「…」

「楽しかったか。そらよかったな」

「…すみませんでした…」

「わしに謝られても困るな」

「…」

「辺見さんー大屋敷の大根畑の人やけどな、ヤマ降りる言うておいでる!」

「…」

「わしがお詫びに行った時、そないに言うてたんじゃ。おととし連れ合いが亡うなって、葬式ん時、もうヤマ降りんで?と神戸におる息子に言われて、そん時はよう降りんかったそうじゃ」

「…」

生徒たちの顔がみるみる青ざめていく。

「畑がある限りはここにおる、息子にそう言うたそうじゃ。ーおまはんらは、その畑をどないした?」

「…」

「どないしたんで!」

「…大根抜きました…」

「それだけか!」

「…畑の畝壊しました…」

「おまはんら、農業科やったら、それがどういうことか、わかるやろ」

「…」

「畑がある限り、いうんは、畑で大根が取れる限り、いうことぐらい言わいでもわかるな。おまはんらのしたことはな、人間の言葉で「獣害」言うんや。この獣害で、県内でどれだけの百姓が田畑捨てさせられとるか、わかるか!」

「…辺見さんに…謝りに…行かせて下さい…」

野球部が口を開くと、3組生徒は一斉に「お願いします!」と声を揃えた。

「ほうか。ほなら、今度の日曜にわしと行くことにしよう。…それまではおまはんらは、実習も授業も中止や」

ポカンとする生徒、そして担任。

「それまではクラスで、このことについてしっかり考えなさい。中途半端な気持ちで謝られても、わしも辺見さんも困るけんな!」

次の日から、3組はホームルームにこもって、あの日のことを話し合った。
野球部の狸が、皆が応援してくれるいう気持ちでしたことやけん…それに、真っ先に畑に入って大根抜いたのわいやきに、みなわいのせいや、と言うと、陸上部はそれは違う、尻馬に乗ってふざけたわいらが悪いんや、と言う。

留学生は、徳島に来て、わいは初めて皆とおもっしょうに歌って踊って羽目外せてほんまに嬉しかった、そやのに…とあとは涙で声にならない。

何も考えんと、一時のノリでえらいことをしてしもうたな、と担任が言葉を挟む。

下を向いたままの生徒たちが少しずつ口を開きはじめる。

タバコ葉の栽培と収穫で、毎年嫌というほど思い知らされとるくせに、何であんなひどいことができたのか、人が育てた大根を引っこ抜いた挙げ句、そのまま放ってよう帰れたわ、あの時の自分マジでひっぱたきたい!

うちらのせいで、ヤマからだんだん人がおらんようなる…。

あんなぁ野球部、ほんまはあれな、おまはんの後輩を応援する気持ちとかいうんとちゃうねん。理屈と膏薬とタバコのヤニはあとからなんぼでもつくんや。あんなん、野球部の応援とは何も関係ないんじゃ!

うちらただイタズラしたかっただけなんや!


その日の午後、3組は鋤や鍬をかついで大屋敷に向かった。荒れた畑と散らばった大根を見て、狸どもはしばし茫然としておった。

「ごめんください」

声をかけたが、辺見さんはおらんようだった。

散らばった大根を集めて背負子に乗せ、荒れた畑を耕し直す。雑草を除き畝を寄せ、畑に残った大根に土寄せする。

大屋敷から戻った3組を、校長が校舎の外で迎えた。校長は背負子を見て、沢庵や切り干し大根に出来そうなものを別にして加工し、残りは夕飯で食べ切るよう言った。そして、わしも今晩は大根じゃ、と歯形のついたやつを三本抜き取った。

日曜日、校長と3組は再び大屋敷に向かった。前庭に見慣れぬバンが止まっている。神戸ナンバーだ。

「ごめんください」と声をかけると、辺見さんが五十がらみの男と出てきた。
校長が詫びの言葉を言い、刻みタバコの包みを差し出した。それを胡乱なまなざしで見る男と、ごつごつした手で受けとる辺見さん。

「この度はわが校の生徒が、大変なご迷惑をおかけして…」と校長が言いかけると、男は切り口上でこう言った。

「長いことお世話になりました。明朝、父はここを発ちます」

狸生徒たちは、冷たい水を浴びせられたようにはっとした表情で男を見つめた。

「ごめんなさい! もうしません!」

数匹の生徒が鼻をすすり上げた。

「おまはんら、泣かいでもええ。わしも、ほんまは今年、連れ合いの三回忌が終わったら、ってずっと考えとったんじゃ」

「お父ちゃん、今日が最後じゃけん、誰ぞ挨拶せんならん人、まだおるで?」

「挨拶の方は大方すんだわ、あとはこの子らだけじゃ」

狸生徒たちはわっと泣き出した。

辺見さんは
「おまはんら狸は、ほんま、イタズラが身上じゃけんな。ほなけんど、あんまりし過ぎんようにしいや。畑の大根はいつでも取っていき。今年はほんまにようできとるけん、学校の皆で分けて食べない」

「お父ちゃん、お仏壇だけが問題やな」息子が家の中から声をかける。

「せやな。年明けにでもいっぺんここにもんて、長善寺のおじゅっさんに魂抜き頼むようにするわ」

翌日、夜が明けるや3組の狸生徒たちは、誰言うことなしに校舎前の狭い前庭に集まると、そのまま大屋敷に向かった。

朝の光に照らされて、辺見さんの畑と家が見えてきた。

神戸ナンバーのバンから、エンジンをかける音が響いてきた。

「ごめんなさい!」

「もうしません!」

狸たちが走りながら涙声で叫ぶ。

その声が届く前に、バンは前庭から道路にすべり出た。後の窓から辺見さんの白髪頭がちらりと見えた。

畑には、収穫を間近にした大根が、朝日をいっぱいに受けていた。
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