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不愉快な時間

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 放課後の生徒会室では剣技会についての会議が開かれていた。
毎年ある王立学園の年中行事といっても年度によって細かい変更はあるから詳細な打ち合わせが必要だ。
王室来賓が国王から別の人物に変わった事も今年の変更点の一つである。


(それにしてもアニエスが今回の王室来賓とはな……)


 尤も、「受け持ち時間」に本人から聞いた時は特に意外と思わなかった。
この国はエルヴィンの母が亡くなって以来、正妃が不在だ。
必然的に側妃がその役割を分担していたから今回学園に来る王室来賓がアニエスだと知った時も王室の一員としての仕事デビューなのかと思ったくらいだ。


(時々私の相手をしているだけの状態が続くとも思ってなかったが)


 有能なエルヴィンは会議以外の事も考えつつ滞りなく生徒会の一員として会議をこなしていた。
そんなエルヴィンに時折視線を止める女子生徒が居る事を本人は知らない。
会議がひと段落して休憩に入るとその生徒は内心で一番心を込めて入れた紅茶を差し出した。
用意するのは生徒会に入ったばかりの新入生女子の仕事だ。


「殿下、どうぞ」

「ありがとう。頂くよ。」


 微笑んで礼を言ってエルヴィンはレッシュ侯爵令嬢が用意した紅茶に口を付けた。
アニエスが見たら大した猫かぶりだと思うかもしれないがエルヴィンの女子生徒の人気は極めて高い。
なにせ王立学園に在籍する久々の王族であり、見た目が完璧な王子様だ。
人気がない訳がない。

 女子生徒に対するエルヴィンの立ち振る舞いも紳士的で完璧だった。
エルヴィンからすれば人目の多い学園はかえって女子との露骨な接触などないと分かっている。
猫を被るのは難しくない。

 休憩後、本日の生徒会活動が終了してレッシュ侯爵令嬢・ラウラにとっての貴重な時間は終わった。
同じ新入生として生徒会に所属した唯一の女子としてはエルヴィンとの距離を縮めるいい機会だ。
もしかしたら今日こそ生徒会室を出た後、帰りに少しでも一緒になる機会があるかもしれない。
だがそんな淡い期待も消滅した。
別の人物が去ろうとするエルヴィンに声を掛けたからだ。


「殿下、少し話さないか?」

「何でしょうか」

「まあ、とにかく座りなよ。君と僕の仲じゃないか」

「……手短にお願いします」

「つれない言い方だなあ。あ、君達は帰っていいよ。ちょっと二人きりで話したいのでね」


 そう云われてしまうとラウラもどうしようもない。
今日の所は素直に帰るしかなかった。
エルヴィンが居てもその人物についてあまり一緒に居たくない意識が働いたからだった。
執行役員達とラウラ、同じく生徒会に入ったエルヴィンの側近も居なくなった。
二人きりになった生徒会室でエルヴィンがその人物に口を開く。


「私はライバルですか?」

「そうさ、今年の顔ぶれを見れば順当に最後に残るのは僕達だろう?」

「他にも有力な候補はいます。油断はなさらない方がいいと思いますが。ゲルハルト先輩」


 素っ気なくエルヴィンは返した。
二年年長の侯爵令息ゲルハルトは幼少期、かつての側近候補の一人だった。
しかし今は外されている。
さりげなく遠ざけられたのは能力面ではなく人格面に不安が見られたからであった。

 
「模範的回答だね」

「……」

「今年こそ私は優勝するよ。君を破ってね」

「なんでわざわざそんな事を私に云うんですか?」

「別に……ただ、私はに負けて面目を潰し続けたからね。
彼女がここを卒業して王室入りした今、私の雪辱機会がない。
同じ王族の君にせめてもの決意を聞いて欲しかったのかもしれないな」


(私だってまだ一年なのにわざわざそんな事を。器量の小さい奴だ)


 実力があれば二年生からでも生徒会長になれる。
王族の居ない隙間世代である去年までの間、在籍生徒でたまたま侯爵以上の上級貴族子息はゲルハルトだけだった。
その事を知っている者は知っているが実情に疎い者も勿論、いる。

 「王立学園の生徒会長」は卒業して社会に出てもそれなりに重みがある肩書だ。
ゲルハルトとしては生徒会長になって華々しく実力を示す絶好の機会だった。
ところが彼のその夢を二年連続で破ってしまったのがアニエスである。
そのせいで彼は肩書のないその他大勢の優秀な一人の三年生として卒業する事になった。


(大した劣等感だ)


 貴族男子の嗜みとして幼い時から剣の修練を続けていた貴族令息達。
才能に目を付けられて貴族に援助を受けて入学した優秀な平民男子達もいる。
生徒会長はそのいずれもほぼ退けた上で勉学の成績も加味した総合成績でトップになった証だ。

 基本的に力が強く戦闘能力が上の男子達を退けて会長の座に就いたアニエスが異質なのである。
女性が生徒会長に就任したのは長い学園の歴史上数える程しかいない。
だから逆に劣等感など感じる事は無い。ただアニエスを称えればいいだけの事だ。


「話はそれだけですか」

「いや、もう少しある」


 そう云ってゲルハルトは皮肉っぽく口角を上げた。
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