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2章 誘拐・融解事件
21話 ふろはいりんぐ
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「それで、その『ふろはいりんぐ』というのは?」
「『プロファイリング』ですね」
道中、素でボケてきたダニエルにちょっと笑いを堪えつつ、もう一度説明する。
さっきも言った通り、現場に残された証拠品や犯罪者が象徴的に取る行動から、犯人像を描き出し、そこから犯人に繋がる情報を集めるのだ。
「さっきも言った通り、ユリの花。私からすれば、死者を悼んでいる行為だと思う。だから、何故わざわざ置くのか……──本当は、その人を融かしてしまうことを嫌がっているのではないか、と」
「ですが、彼は他国で大量の貴族や一般人を融かして殺しました。これは事実です」
「事実でも本当に生きたまま融かせるのか。あるいは、遺体を融かしただけの可能性は?」
「生きたまま融かすことも可能らしいですよ。フリーの処理屋というだけで、ブレーメンとよくつるんでいると」
「えぇ、聞きました。でも『可能らしい』……つまり、憶測で止まっている。あくまで噂止まりなんですよ。それを『事実』とは言いません……──えっと、この説明で分かるでしょうか?」
「なるほど、確かに……」
考え込んだダニエルに対して、「あぁ、なるほど」とヴォルグは指を弾く。
「噂ってあくまでも妄想だもんな!」
「言い方は悪いが、その通りです。正確な情報ではない……──それが、事件が錯綜する要因の一つになります。それで、とても大事な話なんですが……帝国軍も実は『プロファイリング』を行っているんですよ。犯人像を想像して捜査しているんです」
「「あっ!」」
二人が口を揃えて反応する。
そうなのだ。帝国軍の人間達は何もふざけている訳ではない。彼らもまた、犯人像を抽出して捜査している。その、正しいかどうか分からない情報を使って。
和葉はまだトラッドの資料をしっかり見ていない。しかし、トラッドの犯人像はあくまでも彼のスキルがもたらした結果から、人々の勝手な想像が生み出した犯人像だと和葉は思っている。
「でも現状、その可能性を疑う理由がありませんよね?」
「……ブレーメンです」
和葉は視線を一度逸らして言った。
ブレーメンという人間の犯人像が煮詰まっている訳ではない。ただ少なくとも、彼の事件を解決してきた立場としては確実に言えることがある
「ブレーメンが抱いている犯罪劇への『美学』に反するんですよ。彼は犯罪者を遠回しに摘発している、ダークヒーローですから」
「だーくひーろー?」
正しい行いから悪に裁きを下すのを『ヒーロー』と呼ぶのに対して、悪事を持って悪を制裁する人物を『ダークヒーロー』と呼ぶ。
ブレーメンの場合は冤罪を作り上げ、その過程で別の事件の真実を掴ませることで、その犯罪者の摘発を行っている。和葉からすると『ダークヒーロー』の分類だ。
「ブレーメンは『犯罪者は牢屋の中で獄中死しろ』みたいに考えているような気がしています。そして彼自身、半殺しの暴行や恐喝は行っても『殺人』にまで手を染めないようにしている。殺害だけは、極力避けているんです」
和葉が事件を捜査する過程では、ブレーメンに恐喝されたという証言者はいるが、決して殺害という脅しはしていない。あくまで協力を取り付ける手段として暴行を用いている。
「なので、一般イメージのトラッドだとブレーメンの美学に反する。だから、彼はトラッドとは組みたがらないと思うんです」
和葉は続ける。
「でも、トラッドが融かした人を悼むような人間であれば……ブレーメンが脱獄事件に絡んでいた理由も分かります」
「脱獄事件って? トラッドは自力で脱出したんじゃないのか?」
ヴォルグがそう和葉に問い掛けると、ごほん! とダニエルが咳払いし「一応、ご内密に」と言う。
和葉は、一度目を伏せた。
「恐らく、ブレーメンも他の囚人を一時的逃がして混乱を呼ぶのは『予定外』だったんです。あの脱獄事件を本来なら起こす予定はなかった──トラッドが見付からないから、発生させたんじゃないかと思っています」
「え? ……えっと、根拠は?」
「ブレーメンが帝国軍の地下牢から脱獄する時、誰か死にましたか? あるいは、騒ぎって起きました?」
あっ、とダニエルは柏手を打つ。
「確かに、気付いたら牢屋からいなくなっていましたね」
「それに、アイツならトラッドを脱走させた牢屋に例の黒い封筒を置いて、『トラッド持っていきますね』と書いて挑発する方が私のイメージに合う」
「あ! 実際、そうでした! 『お邪魔しました。居心地は0点です』って書いてあったんですよ!」
「ぶっふ!」とヴォルグが噴き出す。
(大丈夫かな、ダニエルさん。さっきから軍内の情報ボロボロ漏らしてるんだが……)
ブレーメンにはこっそり抜け出す手段がある。協力者がいるのは間違いない。自分がその手段を使うのなら、トラッドにも使うはず……ならば、何で脱獄事件なんて騒動を起こしたか、だ。
「トラッドの脱獄幇助……トラッドを逃がす予定の日、彼が居るはずの牢屋にいなかった。ブレーメンからすると何の理由もなく、です」
ブレーメン自身も脱獄事件を起こす直前までトラッドが居ないことに気付かなかった。あるいは、侵入してから居ないと気付いた。だから脱獄事件を引き起こして、混乱に乗じてトラッドの行方を探そうとしたのではないか。
ダニエルは「えっと、それが?」と首を傾げた。
「帝国軍は今回の誘拐事件は、トラッドが主犯で起こしていると思っていますよね。恐らく違います。トラッドは元々『フリーの処理屋』ですから、今回も誰かに依頼されただけで、単純に協力しているだけかもしれない。そして、トラッドを『タイダス』から逃がした黒幕こそ、今回の事件を引き起こしている張本人じゃないかな……と、素人が考えています」
「すみません、許容オーバーです」
「え?」
爽やかで晴れやかな笑顔のダニエルは続けて、「難しい話、苦手なんですよね」と仰った。
和葉がきょとんとしていると、ヴォルグも途中から聞くのに徹していたと口にした。そんなに難しい話をしたつもりはないのだが。
「なので本日の夜、冒険者ギルドにお邪魔しますね。アシュレイ様をお連れしますから、アシュレイ様にお話し下さい」
「えっと……分かりました。ラザニアを作ってお待ちしています」
「『プロファイリング』ですね」
道中、素でボケてきたダニエルにちょっと笑いを堪えつつ、もう一度説明する。
さっきも言った通り、現場に残された証拠品や犯罪者が象徴的に取る行動から、犯人像を描き出し、そこから犯人に繋がる情報を集めるのだ。
「さっきも言った通り、ユリの花。私からすれば、死者を悼んでいる行為だと思う。だから、何故わざわざ置くのか……──本当は、その人を融かしてしまうことを嫌がっているのではないか、と」
「ですが、彼は他国で大量の貴族や一般人を融かして殺しました。これは事実です」
「事実でも本当に生きたまま融かせるのか。あるいは、遺体を融かしただけの可能性は?」
「生きたまま融かすことも可能らしいですよ。フリーの処理屋というだけで、ブレーメンとよくつるんでいると」
「えぇ、聞きました。でも『可能らしい』……つまり、憶測で止まっている。あくまで噂止まりなんですよ。それを『事実』とは言いません……──えっと、この説明で分かるでしょうか?」
「なるほど、確かに……」
考え込んだダニエルに対して、「あぁ、なるほど」とヴォルグは指を弾く。
「噂ってあくまでも妄想だもんな!」
「言い方は悪いが、その通りです。正確な情報ではない……──それが、事件が錯綜する要因の一つになります。それで、とても大事な話なんですが……帝国軍も実は『プロファイリング』を行っているんですよ。犯人像を想像して捜査しているんです」
「「あっ!」」
二人が口を揃えて反応する。
そうなのだ。帝国軍の人間達は何もふざけている訳ではない。彼らもまた、犯人像を抽出して捜査している。その、正しいかどうか分からない情報を使って。
和葉はまだトラッドの資料をしっかり見ていない。しかし、トラッドの犯人像はあくまでも彼のスキルがもたらした結果から、人々の勝手な想像が生み出した犯人像だと和葉は思っている。
「でも現状、その可能性を疑う理由がありませんよね?」
「……ブレーメンです」
和葉は視線を一度逸らして言った。
ブレーメンという人間の犯人像が煮詰まっている訳ではない。ただ少なくとも、彼の事件を解決してきた立場としては確実に言えることがある
「ブレーメンが抱いている犯罪劇への『美学』に反するんですよ。彼は犯罪者を遠回しに摘発している、ダークヒーローですから」
「だーくひーろー?」
正しい行いから悪に裁きを下すのを『ヒーロー』と呼ぶのに対して、悪事を持って悪を制裁する人物を『ダークヒーロー』と呼ぶ。
ブレーメンの場合は冤罪を作り上げ、その過程で別の事件の真実を掴ませることで、その犯罪者の摘発を行っている。和葉からすると『ダークヒーロー』の分類だ。
「ブレーメンは『犯罪者は牢屋の中で獄中死しろ』みたいに考えているような気がしています。そして彼自身、半殺しの暴行や恐喝は行っても『殺人』にまで手を染めないようにしている。殺害だけは、極力避けているんです」
和葉が事件を捜査する過程では、ブレーメンに恐喝されたという証言者はいるが、決して殺害という脅しはしていない。あくまで協力を取り付ける手段として暴行を用いている。
「なので、一般イメージのトラッドだとブレーメンの美学に反する。だから、彼はトラッドとは組みたがらないと思うんです」
和葉は続ける。
「でも、トラッドが融かした人を悼むような人間であれば……ブレーメンが脱獄事件に絡んでいた理由も分かります」
「脱獄事件って? トラッドは自力で脱出したんじゃないのか?」
ヴォルグがそう和葉に問い掛けると、ごほん! とダニエルが咳払いし「一応、ご内密に」と言う。
和葉は、一度目を伏せた。
「恐らく、ブレーメンも他の囚人を一時的逃がして混乱を呼ぶのは『予定外』だったんです。あの脱獄事件を本来なら起こす予定はなかった──トラッドが見付からないから、発生させたんじゃないかと思っています」
「え? ……えっと、根拠は?」
「ブレーメンが帝国軍の地下牢から脱獄する時、誰か死にましたか? あるいは、騒ぎって起きました?」
あっ、とダニエルは柏手を打つ。
「確かに、気付いたら牢屋からいなくなっていましたね」
「それに、アイツならトラッドを脱走させた牢屋に例の黒い封筒を置いて、『トラッド持っていきますね』と書いて挑発する方が私のイメージに合う」
「あ! 実際、そうでした! 『お邪魔しました。居心地は0点です』って書いてあったんですよ!」
「ぶっふ!」とヴォルグが噴き出す。
(大丈夫かな、ダニエルさん。さっきから軍内の情報ボロボロ漏らしてるんだが……)
ブレーメンにはこっそり抜け出す手段がある。協力者がいるのは間違いない。自分がその手段を使うのなら、トラッドにも使うはず……ならば、何で脱獄事件なんて騒動を起こしたか、だ。
「トラッドの脱獄幇助……トラッドを逃がす予定の日、彼が居るはずの牢屋にいなかった。ブレーメンからすると何の理由もなく、です」
ブレーメン自身も脱獄事件を起こす直前までトラッドが居ないことに気付かなかった。あるいは、侵入してから居ないと気付いた。だから脱獄事件を引き起こして、混乱に乗じてトラッドの行方を探そうとしたのではないか。
ダニエルは「えっと、それが?」と首を傾げた。
「帝国軍は今回の誘拐事件は、トラッドが主犯で起こしていると思っていますよね。恐らく違います。トラッドは元々『フリーの処理屋』ですから、今回も誰かに依頼されただけで、単純に協力しているだけかもしれない。そして、トラッドを『タイダス』から逃がした黒幕こそ、今回の事件を引き起こしている張本人じゃないかな……と、素人が考えています」
「すみません、許容オーバーです」
「え?」
爽やかで晴れやかな笑顔のダニエルは続けて、「難しい話、苦手なんですよね」と仰った。
和葉がきょとんとしていると、ヴォルグも途中から聞くのに徹していたと口にした。そんなに難しい話をしたつもりはないのだが。
「なので本日の夜、冒険者ギルドにお邪魔しますね。アシュレイ様をお連れしますから、アシュレイ様にお話し下さい」
「えっと……分かりました。ラザニアを作ってお待ちしています」
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