異世界賢者の魔法事件簿

星見肴

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2章 誘拐・融解事件

20話 第二王子

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「バルガス・ディオエドール伯爵、お目にかかれて光栄です。私はアシュレイ・リデル・エルヴァニアと申します」
「アシュレイ殿下ですか! こちらこそ、お会いできて光栄です!」

 和葉は酒場でよく会っているけど、一応頭を下げたがスルーされた。
 普段の仏頂面のお陰で威厳はたっぷり。バルガスの話を真摯に聞いたアシュレイは訊ねた。

「改めて確認させて頂いてもよろしいでしょうか。『駐在所の軍人に失踪を報告しても、誰も相手にしてもらえなかった』──事実ですか?」
「もちろんです! 一カ所だけじゃない、うちの護衛にも手分けして他の駐在所にも当たってもらったんだ。だが、どこも話すら聞いてくれずに追い返されてしまった!」
「申し訳ない。それは我らの落ち度です」

 話がスムーズにまとまっていく。
 バルガスには詫びとして王城に泊まっていくこと、捜査は帝国軍が全面的に引き受けること、毎日の捜査状況をバルガスへ連絡をいれるなどの高待遇。帝都の出入りを封鎖することも宣言した。

 王子に帝都の封鎖権があるのか疑問だったが、軍人達はアシュレイの指示でキビキビと動き出す。バルガスは軍人にご丁寧に連れて行かれてしまった。

「ルーベンと言ったな。お前の上司の名前は」
「わ、私は准士官であります!」
「そうだったか、なら今ここにいる同僚を全員連れてこい」

 尋常じゃないくらい顔を青くした後、ルーベンは脱兎の如く部屋を出て行った。

「その録音機を止めて、こちらに渡せ」

 和葉は言われた通り、録音機を止めて手渡す。レンタルしていた帝国軍の録音機だ。
 それを最初から再生して、内容に耳を傾けるアシュレイは、はぁ、と溜め息を零して、「ゴミ共が」と一言。

「お前達、事件性のある失踪事件は冒険者ギルドで調査は行えない。それは分かってるな?」
「分かっています」
「なら、問おう。冒険者ギルドが職業を斡旋していると言っていた後に失踪したという人間は?」
「怪しいですね。正直言って、逃げただけかも」
「えっ? 賢者サマ……」
「ヴォルグ、後で詳しく説明する。閉口していてほしい」

 アシュレイがじっとこっちを見る。

「単純に考えればそうだ。だったら、いちいち帝国軍のお伺いは立てなくて良い。好きなだけ聞き込みなり何なりしろ」
「ありがとうございます」
「その過程でが入ったら、直ちに連絡するように」
「帝国軍本部だと追い返されてしまいます」
「『ナハト』に寄越せ。どうせ連中はお前達の話を聞く気がない。頭が悪いからな」

 そう言ったアシュレイは、ついさっきまでルーベンが座っていたソファーに腰掛ける。 

「ついさっきも、何も考えずにお前達の落ち度だのと捜査権を明け渡している馬鹿だ。後から『そんなつもりはなかった』なんて、いくらでも言える。いつもお前は、そうやって『頭の悪い』奴の隙を突いて事件捜査に乗り出してる」
(やらなくて良いならやらないんだが)
「まぁ、アイツらが馬鹿過ぎてお前からすれば我慢ならないだけだろうが」
(いや、メンバーが冤罪かけられたまま解決させようとするからだが?)
「それに、今回の件はどう思う」
「どう思う、とは?」

 アシュレイが目を細める。

「本当に、トラッドがアルテミスを攫ったと思うか?」
「現在、冒険者ギルドは帝国軍と業務提携を結べていませんので、そういった調は冒険者ギルドの仕事として取り扱いしていません」
「そうか。なら、冒険者ギルドではなくに問おう、ギメイ」
(そこまで何も考える必要がないんだが……そもそも私の仕事じゃない)

 和葉は沈黙して、目を閉じる。

「そういえばお前は、そこら辺の馬鹿と違って憶測ですら言葉にしないんだったな」
「そう、ですね……滅多なことで、憶測を口にはしたくありません」

 一つ目。黙っていればいくら間違えた考えをしていても、他者に知られることはない。ちょっと賢く見える、というだけだ。
 二つ目。発言したことに固執する可能性。和葉が最も恐ろしいこと。冤罪を生む可能性があるからだ。
 和葉自身も発言の撤回するのは好きじゃない。だから、事件に関しては確実で間違いないと分かった時点で発言するようにしている……臆病者だ。

 それでも、それで良い──それで、間違いが少なく済むのなら。

「ただ、ずっと気になっていることはあります」

 約一週間前に見た、あの融けた死体。
 原形を失った、人間だった人。青いドレスの両袖がクロスしたその上に、白いユリ。

「何故、花を添えるんだろうと。しかも、弔花を」
「それは、彼奴が死者を馬鹿にしているからだろ」
「死者を馬鹿にするなら、私は薔薇の花を百本置きます。まぁ、百本も置いたら多いから花屋さんに怪しまれるか……なら、一本ずつかな。そうやって明るい花言葉の花を添えます。『君を愛してる』とか、より頭のイカレた意味合いを持たせるんじゃないかなと……──私の世界では、犯人が残す証拠品や行動から犯人像を割り出す『プロファイリング』というものがあります」

 和葉は「あくまでも真似事ですが」と後から付け足す。

(……ん? 花屋? ──トラッド、白ユリを自分で買ってるんだろうか?)

 和葉は、腕を組んで目を閉じる。

「その『ぷろふぁいりんぐ』というのは……」
「お待たせいたしました!」

 アシュレイの言葉を塗り潰すように、そう声を張り上げたルーベンがぞろぞろと軍人を引き連れてやってきた。ノックなしだったのは、それだけ彼が焦っているからだろうか。

 アシュレイからはお帰り願われた。その際、ダニエルが和葉達を送り出すように言われた。すれ違い様、ルーベンから忌々しそうに睨まれた。

「蛮族の奴隷風情が」
(あれ、私じゃない?)

 その視線は和葉ではなくダニエルへ向いていた。一方でダニエルは気にしていないようだ。
 こちらへ、とにこやかに案内される。ちょっと嬉しそうに見えるのは何でだろうか。
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