異世界賢者の魔法事件簿

星見肴

文字の大きさ
上 下
54 / 146
1章 魔法とスキルと、魔法ポーション

53話 誰かの強さと優しさの中で

しおりを挟む
 だけれど、そんなメメルを応援してくれる人がいる。
 タジトラ村の人々、タタ、カズハ、冒険者ギルドの人達。

 その人達のお陰で今ここにいることを忘れなければ、権力者の言い分を棄却することも可能だろうと彼は穏やかに言った。

 何せ、メメルが魔法ポーションを作ろうと思った理由は、村のみんなを守りたいからだ。

 スタンピートが起きた時、見殺しにされてきた村のみんなを。

 それは、帝国からの攻撃に対応する盾である。
 それは、帝国の国政に対する不満である。

 声をきちんと上げて良いことだとカズハは言った。

 メメルの村人達を想う気持ちの結晶である魔法ポーションが、完成しているのだから。

 だって、理不尽がなければ魔法ポーションなんて作らなかっただろう?

 これは、帝国側からすれば、致命的な理由だ。

 国は助けてくれない、助けてくれるのは村のみんなだけだった。だから、メメルは作り始めたのだ。

 いくらでも、命を懸けて。
 きっと、村のみんなを助けられると信じて。

 そして、ベナードという国を守護する立場の貴族に裏切られた。

 それは立派に、

(タジトラ村のみんなのことは、カズハさんが何とかしてくれるって言ってた……)

 メメルは眼下の惨状に向き直る。
 多勢に無勢、本来なら劣勢な場面。
 それでも、たくさんの人の思いで、敵は数を減らしている。

「ちょっと、私も行ってくるね」
「分かりました。サポートはいたしますので、お気を付け下さい」
「ありがとう!」

 メメルは飛び降りながら、腰にある小さなマジックポーチから双剣を取り出す。
 右手は攻撃、左手は防御用。

 タジトラ村は、小さな頃からスキルと魔法を教えられた。戦えなければ死ぬしかなかったから。
 弱かった自分を守って、父と母は亡くなった。

 これは私達タジトラ村の皆の、人間としての尊厳を守るための戦い。

 メメルが生き残らなければ、それも叶わない。

 少女は、その小さな体躯で応戦する。

 ■□■□■

「それにな。アドルフさんが大層お怒りでブレーメンの所に乗り込んで行った」
「はあ?! アドルフさんって、『聖剣』のアドルフ・ルーズベルトのこと?!」
「そうよぉ?」とカズハの処置を終えたキーラが戻ってきた。その手にはスキル封じの枷を持っている。備品として追加する気だ。

「でも、アドルフさんは、あと二、三週間ぐらいじゃ……」
「あぁ。だから、りゅうせんできたらしい」
「はっ?! 何で??! 応援にしちゃあ、気合入り過ぎじゃない?! あの人、帝国嫌いだよね??!」
「旅路の途中でカズハ君の料理を食べた冒険者が、帝国は好きじゃなくても行くべきだって大層オススメされたんだって。それはもう、美味しそうに語るものだから気になって気になって。だから、龍飛船使ったって」
「あれ金貨クラスの乗り物だけどぉ??」

 キーラが招集をかけていた丁度その時にやって来たアドルフ達は、お目当ての料理を作ってくれるはずだったカズハが連れ去られて大激怒。
 参戦に名乗りを上げ、他の冒険者達の士気まで爆発的に上がった。

 デイヴィスと連携して、それはもう酷いことになっているだろう。ブレーメンは誰彼構わず、気になる人間にちょっかいをかける癖がある。
 面白いかどうかという何とも子供らしい理由で対象が中心になるような事件を作り上げる。デイヴィスも一時期苦渋を舐めさせられた。恨み辛みなら山とある。何せ、ブレーメンが引き起こした事件が冒険者ギルドの不評に繋がってきたからだった。

 そんなこともあって、デイヴィスはとくにブレーメン相手になるとキレがちだ。フェアリーテイルも毛嫌いしている。カズハの伝言がなければハウルなんて放っておけと言っていただろう。

「あそこに残らなくて良かったな、ハウル。間違いなく血祭りに挙げられてたぞ」
「うん……」

 思わずという風に、ハウルがぷるぷる震えている。アドルフがどれだけ大暴れしているか、ケイとしては見てみたかったが。

「それぐらいブレーメンもピンチだ。他のメンバーも応戦するしかないだろう。ハウル、チャンスは今しかない」

 ハウルは顔を上げる。
 その手に、ケイの所持品であるマジックバッグを差し出す。
 
「お前はきっと、フェアリーテイルにいる間に、多くの罪を重ねてきただろう。罪を償うことは犯罪から足を洗うというなら重要なことだ……でも今は、逃げろ。逃げた先で、今まで犯した罪を清算するつもりで善行を重ねるんだ」

 命を奪ってきたのなら、手に掛けた人々の分まで助ける。その分まで助けられたら、今度は倍の人々を。また、その倍以上の人をどんどん助けていくのだ。
 それはきっと、途方もない贖罪行為だ。それでも、これまで犯した罪は決して洗い流せない。

「だからこそ、たくさんの人を助けに行け。どんな小さな事でも良い。些細なことでも、困っている人がいたら、迷わず手を差し伸べるんだ……――カズハのように。それはもちろん、お前のできる範囲で良い。彼もきっと、そう願っている」
「……」

 ケイは手を差し出す。

「そろそろ行こう」
「…………ず」

 小刻みに震えて、途切れて聞こえていたハウルの声が、


「必ず、この恩は返しに来るから!」


 ボロリと、瞳から涙が一粒溢れ落ちる。

 何があっても笑っていた青年が、いつも近くで、友人のように過ごしていたこの青年が、こんな表情を浮かべる事を知らなかった。

 もし、カズハが気付かなかったら……彼が冒険者ギルドフェアリーテイルの狭間で苦しんでいることを、知らないまま犯罪者と見てしまっていただろう。

「ああ、分かった。気長に待とう」
「えぇ。だから、行ってきなさい」

 カズハが書き記した紙を持たせ、ケイは再びハウルを抱きかかえて帝都の空を舞い上がる。
 未だに派手な魔法戦が繰り広げられている一角があったが、目もくれずに帝都の外へ。

 月すら浮かんでいない闇夜は、逃走をアシストしてくれるだろう。
 かつての職場の遥か上空を抜けて、ケイは飛行した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

異世界で捨て子を育てたら王女だった話

せいめ
ファンタジー
 数年前に没落してしまった元貴族令嬢のエリーゼは、市井で逞しく生きていた。  元貴族令嬢なのに、どうして市井で逞しく生きれるのか…?それは、私には前世の記憶があるからだ。  毒親に殴られたショックで、日本人の庶民の記憶を思い出した私は、毒親を捨てて一人で生きていくことに決めたのだ。  そんな私は15歳の時、仕事終わりに赤ちゃんを見つける。 「えぇー!この赤ちゃんかわいい。天使だわ!」  こんな場所に置いておけないから、とりあえず町の孤児院に連れて行くが… 「拾ったって言っておきながら、本当はアンタが産んで育てられないからって連れてきたんだろう?  若いから育てられないなんて言うな!責任を持ちな!」  孤児院の職員からは引き取りを拒否される私…  はあ?ムカつくー!  だったら私が育ててやるわ!  しかし私は知らなかった。この赤ちゃんが、この後の私の人生に波乱を呼ぶことに…。  誤字脱字、いつも申し訳ありません。  ご都合主義です。    第15回ファンタジー小説大賞で成り上がり令嬢賞を頂きました。  ありがとうございました。

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

処理中です...