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英雄奪還編 後編

七章 第七十八話 神と人の子

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 ボーンネルにおける複製体の出現。龍人族への対応に向かった閻魁は苦戦を強いられていた。一体が小国を滅ぼすほどの龍人。全開の力を出さずとも龍人による閻魁のダメージは蓄積していた。

「フハハハ!! 面白い!! そういえば最近身体が鈍っておったな!!」

「閻魁さん、お遊びではないんですよ」

 ラルカはため息を吐きつつも未だ体力の有り余る閻魁の様子に安心していた。

「そういえば、エルバトロスはどこだ?」

「お父様は負傷して戦線を離脱しています。各地に複製体が出現しているため援軍を呼ぶのは難しいですね」

「うむ、そうであったか! 心配するな! 我が全員蹴散らしてくれよう!」

 そして閻魁は雄叫びと共に龍人の顔面を地面に叩きつけた。敵の残数は五十体。ラルカと閻魁以外に動けるものは数える程しかいなかった。

「———!?」

 しかし再び閻魁が顔を上げた時、視界にはありえない光景が広がっていた。先程までの殺気は消え去り地面には複製体達が倒れ込んでいた。わずか数秒の間に起こった出来事。敵はいなくなり代わりに二人の前に現れた魔物は丁寧にお辞儀をした。

「お待たせしました」

 状況を呑み込めない二人は現れた魔物を前にたじろいだ。真っ先に二人が考えたのはこの魔物が敵か味方か。本能で勝てないと悟った二人にとってこの判断は命運を左右するものだった。

「私の名はグリン、ジン様からこの名を頂きました」

 ジンの名前を聞き二人の緊張は一気に和らいだ。

「あっ、そういえばレイが何か言っていたな。もしやお主、モンドにおる魔物か。どうやって外に出たのだ」

「空間への干渉が確認されていたため消しました。レイさんに避難は頼んであります」

「あなた····Gランクの魔物ですよね。まさか本当に実在するなんて」

「ランクなど知らぬ者が決めた基準に過ぎません。私は急ぎますので、それでは失礼」

 グリンはそう言うと音もなく姿を消した。


 **********************************


「はぁ、久々にメンドイ」

 ボルの前に現れた複製体。自身とトキワの複製体を中心にした敵の連携にボルは苦戦していた。二人の実力はオリジナルの五割程度。しかしボルを足止めする程の実力を誇っていた。

(ボルさん、おそらく複製体に体力の限界はありません。消耗戦に持ち込まれれば不利です)

(問題ない。体力が無限なのはボクモダ)

 ボルの立つ場所は巨大な窪みの中心部分。地形も上手く利用されボルは思うような立ち回りができていなかったのだ。しかし敵の数は減り魔族の掃討は完了していた。

「戦ってると落ちツク」

 再び動き出したボルは地面を叩き自身の足場を隆起させる。足元へ移動した敵に空気の塊を飛ばし直撃した複製体は身体に風穴を開けた。迫ってきたトキワの複製体には空中で身体を捻り地面に投げつける。しかしダメージを受ける素振りはなかった。

(戦闘が終わらないのはボクの甘さダ)

(ボルさん?)

(昔のボクならもっと早く終わってイタ。敵が仲間と同じ顔をしている、それだけで力が入らナイ)

(なるほど。お優しいんですね。確かに普段よりは手加減されているような気がしました。ボルさんも人の心を持ったお優しい方ということです)

(····そうカモネ)

 複製体のトキワとボルは意思の武器を所有していない。しかし隙を作るのは容易ではなかった。そこで取れる一つの手段。

(ボルさん? 何を)

 ボルはゼルタスを地面に置くと両手に力を込めた。盛り上がった筋肉は黒い瘴気を纏い身体全体から異質なオーラを放つ。それはおよそ人から発せられるものではない。

(ボルさん、あなたは····一体)

(正確に言うとボクは人じゃナイ。人と神から生まれたこの世では割と珍しい存在ダ)

(人と神の子?)

 突然の告白。しかし目の前のボルを見てそれを否定することなどできなかった。       

(魔力には恵まれなかった。ただ、生まれ持ったこの怪力は誰にも負けない) 

 武器を手放したボルに複製体達は一斉に飛び掛かった。全方向から迫り来る攻撃をボルは生身で受け止めた。
 だがダメージを受けたのはその身体ではなく攻撃を仕掛けた複製体。その場に立っているだけでボルとトキワの複製体以外を全て戦闘不能にした。

(ゼルタス、応えてクレ。ボクのチカラニ)

(勿論。一撃で終わらせましょう)

 ゼルタスはボルの纏う瘴気と馴染み未曾有の力を生み出す。本来ならば複製体の中に存在しない恐怖という感情。しかし生き残った複製体の本能が恐怖という感情を作り出していた。背中を向け逃げる二人をボルは鋭い眼光で睨みつけた。

「友達の姿でそんな惨めな真似をすルナ」

 ゆっくりと振りかぶった一撃。空気を切り裂き空間を抉り取るほどの怪力。

神の一打ブラハム

 その一撃は二人の身体を抉り取り複製体は跡形もなく消え去った。

「フゥ、時間カカッタ」

 ボルの身体に疲労は見られなかった。
 勝利し息つく間も無く、戦闘を終えたボルの元にトキワからの魔力波が届く。

(トキワ、どうシタ?)

 多少の達成感を感じていたボルは明るい口調でそう答えた。だがトキワの様子は普段と違い話し方からは焦りが感じられた。

(敵の掃討はほとんど完了している。ただジンが敵の攻撃を受けた)

(ハ? どういうことダ。今の状態ハ)

(ついさっき、心臓が止まった)

(·······)

 走り出したボルの顔は青ざめる。
 およそその顔は勝者がみせるものではなかった。
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