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英雄奪還編 後編

七章 第七十七話 呪いの暴走

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 ロングダルト国上空。魔族の大半が撤退した後、上空からは二発目の光線が放たれようとしていた。迎え撃つはダイハード率いる巨人族が作り上げた岩壁。暑さ4キロ、天を覆う巨大な岩壁に光線は降り注ぐ。巨大なその岩壁は粉々に砕かれ威力の弱まった光線をダイハードがかき消した。

「親父。消費魔力から考えてあと2回が限界だ。これから威力が上がれば相殺はできない」

「分かった。ベオウルフ、マニアに連絡してくれ。結界の構築が最優先だ」

「丁度やってる。耐えてくれよ」

「おう!」

 三発目の光線、巨人族は再び岩壁の構築を開始する。光線が発射される瞬間の緊張感。

「間隔が····」

 しかし岩壁の構築前に光線は発射された。

「——超克流、臥薪嘗胆」

 岩壁との衝突前。飛び上がったメイロードは拳を突き上げる。
 闘気を纏った拳は天へと向かい光線を軽々と掻き消した。

「その岩壁は時間がかかるんだろ? 私が数発くらい止めてやるよ」

「おう! 頼もしいなメイロード」

 放たれる光線は更に凄まじい威力へと昇華し発射間隔は短くなっていった。その後メイロードと巨人族による岩壁を交互に繰り返し四回の光線を防衛する。そして次なる光線。突如として間隔が長くなり天へと集約する魔力は密度を増した。

「そろそろまずいな。メイロードちゃんと岩壁だけじゃあ防ぎ切れねえ」

「あぁ? やってみないと分かんねえだろ」

 光線の相殺。それはメイロードの予想よりも体力を削られるものだった。体力は自動的に再生するものの蓄積するダメージはどうにもならないのだ。

「しばらく交代だ。俺とベオちゃんで耐える」

 すぐさま二人の帝王は前線を後退しニルギスは武器を行使する。

「八岐大蛇」

 召喚により八つの頭を持つ龍が出現する。ニルギスの持つ意志のある武器。その能力は龍の召喚である。一度に召喚できる数は二体。だが存在した全ての龍が召喚可能である。

「ニルギス。マニアに連絡が取れた。結界の構築まで最低でも一時間だ。それに今、ボーンネルでの敵戦力が多くこちらに増援は見込めない」

「一時間······まあやるしかねえな。来るぞッ!!」

 白い光線は赤く変化し再び天から降り注ぐ。立ちはだかった八岐大蛇は八つの頭から爆炎を放射し光線へと向かっていった。

「なッ——」

 しかし爆炎は掻き消され八岐大蛇の胸に大きな風穴を開けた。光線は地面に衝突する寸前にニルギスが掻き消し直撃は回避される。

(今の感触。何かおかしい·······まさかッ)

 その違和感に気づいた時、次なる光線は放たれ既にベオウルフが飛び上がっていた。

「ベオちゃん! 直撃はするなっ!!」

 咄嗟にベオウルフは剣を翻し光線の向きを天へと変えた。

(なるほど、当たれば即死だな)

 二人が触れて初めて感じた違和感。光線に直接触れたニルギスの手は白い炎を纏い消えずにいた。

「なんだこの炎、俺が熱を感じるくらいだから相当だな」

「どうしたニルギス? 次が来るぞ······? お前その左手」

「どうやら触れただけでまずいな。俺は武器に魔力を纏わせたから何ともなかったが見たこともねえ。どうだ、消せるかッ——て、おい」

 ニルギスは手首を断つと燃えていた部分は地面に落ちる前に灰となり消えていった。そしてすぐさまニルギスの手は再生する。

「原理はよく分かんねえけど地面に触れればゲームオーバーだな。全員、触れるときは必ず魔力を纏えよ。この先さらに厄介になる」

(無理承知で······聞いてみるか)

 ニルギスは危険を感じボーンネルにいるラウムに魔力波を繋いだ。

(ラウムちゃん今······)

(黙りなさいっ——今はそれどころではないの)

 ラウムは珍しく焦った様子で応えた。

(ご、ごめんよぉ。ボーンネルは今大変なんだってな。そっちは戦力足りるか?)

(そうじゃない!!————·······)

(ジンちゃんがッ、分かった、俺はこっちを何とかする、頼むぞ)

 ニルギスは周りを混乱させないよう言葉を呑み込んだ。


 **********************************


「クレース、本当に外に行かなかくても大丈夫?」

「何も心配しなくていい。ラウム、お前は出ていてもいいぞ」

「嫌よ、この子に会うために来たんだもの」

 マニアと入れ替わるようにして入ってきたラウムとネフティスはジンの呪いを解読しつつ周囲の警戒に当たっていた。外は激しい戦闘に見舞われる中、ロストによって囲まれたジンの家はゆったりとした時間が流れていた。

「それにしてもこの部屋、いつもと違う感じがするのだけれど」

「うむ。わしも先程から感じておった。魔物の死骸から出る特有の臭いがする」

「外は戦闘中だ。魔族が多くいる分仕方ないだろ。それにこの中に複製体がいないのは先程確認済みだ」

「———ゴホッ、ゴホッ」

「どうした!? 大丈夫か」

「ジン?」

 心配し覗き込んだクレースとパールにジンは笑顔で答えた。

「うん、心配してくれてありがとう」

 何もなかったようにジンは布団を被りゆっくり壁にもたれかかった。しかし咳は止まらずクレース達は心配そうに見守る。その状況がしばらく続き、口を抑えていたジンの手には真っ赤な血がついていた。

「あ、あれ、どうしたんだろ」

「ッ——ジン、すぐに治癒魔法を」

「ラウム、窓を開けるんじゃ!」

 何かに気づいたネフティスはそう指示しジンにではなくその場の空気に対して治癒魔法を使用した。すると部屋の空気は赤黒く変色し逃げるようにして窓の外へと出ていった。

「今のは何····もしかしてさっきの違和感」

「·······ジンッ!!」

 ジンは布団に頭を突っ伏すと苦しそうに胸を抑え、同時に大量の血を吐き出した。呻き声をあげ布団の上でのたうちまわり目は赤く充血していた。

「ネフティス、どうなっている!! ジン、しっかりしろジン!!」

「まずい。先程の空気、もしや呪いを活性化させる何か。敵が瘴気だけを送り込みおったんじゃ」

「ジン!! しっかりして!!」

「バゥ!!」

「みんな下がって!!! 私が治す」

 ラウムは両手を合わせ集中した。ラウムの専門は治癒魔法である。祖龍の中でも群を抜くその治癒力。しかしジンにとってはその強大な治癒力が仇となるのだ。

「ラウム、此奴の身体はほとんど魔力を受け付けん! 逆に大量の魔力を流し込めば肉体が持たんぞ!!」

「分かってる」

 ラウムの魔力は細く長い線となり二つに枝分かれすると一方は部屋の空気を取り込みもう一方はジンの体内へと侵入した。

「さっき吸い込んだ空気から原因物質を全て浄化して綺麗な空気を送り込む」

 その場にいた全員が驚くほどに緻密な魔力操作。しかしラウムの表情は曇っていた。

「厄介ね、既に体内の細胞と融合して身体の一部になろうとしている」

「あぁ·····アアアアア”ア”ア”」

「安心してジン、大丈夫、大丈夫だから。 私がすぐに助けるから」

 誰もがジンに気を取られているその瞬間。狙ったようにしてその男は現れる。

「ブグォ——ッ!!」

 ネフティスは後ろから胸を突き刺され真っ赤な血を吐き出した。

「困るな。祖龍がいては面倒だ。今ここで全員殺すか」

 音もなくその男は現れた。魔王、ルシフェル・カーン。魔族の王たる威圧感でその場の空気を圧倒する。しかし同時に訪れたカーンにとって初めての感覚。目的は手を伸ばせば届く距離にいる無力な少女の殺害。しかし少女への注意は全て、目の前にいるクレースへの警戒へと変化した。

(·····ほう、ここまでとは)

 クレースは驚くような表情も見せず、憎悪に満ちた瞳でカーンを睨んでいた。魔王が初めて体験するその感情は恐怖。ラウムは魔王に目を向けることなくジンの治療に専念する。クレースは威雷を握るとカーンに剣先を向けた。

「何故貴様が戦場に出ておらぬ。戦場に出れば我が配下も敵では無かろう」

「お前の配下と違ってうちは全員強い」

「フンッ——戯けが」

「ジン様——ッ!!」

 睨み合う二人。その緊張感を一切介すことなくゼグトスは窓から部屋に入ってきた。カーンの睨みに対しゼグトスは一瞥だけし何もなかったようにジンへ向き合う。

「ゼグトス、説明している暇はないわ。特殊結界の構築を」

「ジン様、お気を確かに。ラウム、失敗は許されないぞ」

 クレースはゼグトスと一瞬のアイコンタクトを交わし転移魔法を使用する。クレースとカーンのみを別の空間に移動させる。そして入れ替わるようにして今度はデュランが部屋の中に駆け込んできた。

「どうなっている!···ってネフティス、お前も大丈夫か」

「構わん。此奴は瘴気に当てられたんじゃ。上手く対処せねばここで死ぬ」

(クソッ——こんなところで失ってたまるか。何か、何か手は····)

 多くの手を用意していたデュランにとっても不測の事態。死が現実味を帯びて襲いデュランの思考は焦りにより徐々に失われていた。

「······?」

 狭く暗くなった視界に映る一本の剣。壁に飾られていたロードは細かく震え確かな意思を持って何かを伝えようとしていた。
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