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英雄奪還編 後編
七章 第七十三話 激化の兆し
しおりを挟むロングダルト国とギルメスド王国の国境付近。
グラムの大技により雲は開け、巨大な隕石は魔族の大軍へと迫っていく。
しかし隕石は衝突することなく、勢いを止め粉々に砕け散った。
「帝王が四人いてこの程度なの!? おっかしぃなぁ!」
隕石を破壊し軍の戦闘に立った魔族の女はニルギスを指差しニタリと笑った。
「おい龍帝! お前が一番強いだろ! このミレム様とたたか——ッ······」
ニルギスは返答もせず空気の斬撃を飛ばした。予備動作もない突然の攻撃はミレムの頬を掠める。
「見る目あるじゃん。でも俺、魔族嫌いなんだよ。気安く話しかけんじゃねえ」
「勝ってもないのに随分強気だよねぇ·····」
ミレムは魔族を進軍させニルギスは空中のミレムに高度を合わせた。
(ってことでみんな、他の奴等は頼むぜ。帝王三人もいんだから負けんなよぉ。メイちゃんは無理しなくていいぜ!)
(気色が悪い。さっさと終わらせるぞ)
(··········)
ニルギスは聞こえないフリをして戦闘モードに入った。刃物は持たず胸の前にはこぶし大程の宝玉が浮いていた。これがニルギスの武器である。ニルギスが最も強いというミレムの判断は決して間違いではない。強さはニルギスの圧倒的な個の力に加え、所有する武器に宿る"開闢の意思"の力に起因する。
「ニーズヘッグ」
ニルギスは龍の名を呼ぶ。宝玉を中心とし道は拓かれ戦場の空には一体の龍が出現する。その龍は深く黒い鱗に覆われ翼はまるで生気を吸い取るような邪気を払っていた。
「チッ、そんな化け物に頼って楽しいか? 帝王を名乗るくらいなら自分で闘いやがれ!」
「何ふざけたこと言ってんだよ。テメェらは呪いに頼ってるだけの魔物じゃねえか」
「アァ? だったら私を倒してみなよ!!」
ニルギスはミレムの拳を軽々と受け止め強力な握力で握り締めた。
「お前はたかが数万年程度生きたガキだろ」
ニルギスの意思により生み出されたニーズヘッグがミレムに攻撃することはない。その行動は全てニルギスにより制限されている。初めから呼び出した龍をミレムにあてるつもりはなかったのだ。
「さっさと魔王を出せ。お前らじゃ話になんねえよ」
「拳を受け止めたくらいで調子に乗るな。魔王様が出るまでもないっつうの。そもそも私達の目的分かってる?」
ミレムはニルギスから手を振り解き距離を取った。
「目的だ? んなもん知らねえよ」
ニルギスの返答を聞き、ミレムは得意げに続ける。
「この国の住人は天使や女神のクソ野郎どもを崇拝していた。ガキから老人まで一億人近くの住人全員が毎日狂ったように天界に向け祈りを捧げていた。だけれど今は誰一人としてここにいない。おかしな話だろう?」
「昔話でもしてるつもりか? 俺はこの国ができるよりも前に生まれてんだよ」
「まあそうだねぇ。話は後にしよう」
地上では激しい戦争が繰り広げられる中、空にいる二人の空間は静謐に包まれていた。しかし壮絶な闘いは既に二人の中で始まっていた。両者の頭の中で、数千数万通りの戦闘が起こっていたのだ。しかし想像される無数の戦いにおいて二人の勝敗は決まることがなかった。そしてミレムはニヤリと笑い動き出す。
「邪の闘神」
強化魔法によりミレムの肉体に黒い邪気が纏い始めた。ミレムのみが使えるこの固有魔法はその身体に無制限の肉体強化を与える魔法である。両者が睨み合う中、ミレムに付与される強化は大きくなっていく。しかしニルギスは酷く落ち着いていた。
「お前に使う時間はない」
(雰囲気が変わった·····)
そう感じた瞬間、ミレムは潜在的な危機を感じすぐさま動き出した。
強化された足の筋肉は空気を蹴りミレムは音速で移動する。
だが、縦横無尽に空中を舞うその姿をニルギスは確実に目で追っていた。
(———やはり隙が無い)
空中に静止したままのニルギスは全方位へ警戒と殺気を向け、高速で移動するミレムに無言の圧をかけていた。
「ウ”ッ———!?」
突然、ミレムは首筋を捕まれた。
視界には寸前まで離れた位置にいたニルギスの姿がある。
その表情は怒気を孕み、憎しみの視線がミレムへ向けられていた。
「魔族がいつまで経っても弱い理由が何か分かるか」
「あぁ?」
「一種族だけで強くなれる思ってるからだ。確かにそれを変えるのは難しい。だが最近、その難しいことを簡単にやってのける人間に会った。お前ら魔族はその子に勝てない」
「····何抜かしてんだ? この際だから教えてあげるよ。お前達が必死にどうにかしようとしている呪いはただの殺しの道具じゃない。呪いにより死んだ者の力は全て魔王様の力となるんだ。もちろん、君の兄もね」
「·······」
ミレムの言葉を聞きニルギスは心は静かに動揺した。
同時に魔王という存在に対し、未曾有の危機を感じ取る。
もしも、呪いによる犠牲者の力がたった一人の魔族に集約したならば。
魔王の力はニルギスの予想を遥かに上回る存在となるのだ。
***********************************
ボーンネルの北東部から攻め込む魔族に対し、迎え撃ったのは全戦力のおよそ三分の一。クシャルド率いる「骸の軍団」に加え、ギルバルトの機械兵である。そして残りの大半は南西に位置するジンの家を取り囲むようにして徹底的な警戒網が張られていた。
そんな中、殺気で満ちたその場所にある物体が向かっていた。魔族ラムバーンの”意思”から生み出された黒い液体は生物のように地面を這い前線にいたクシャルドを超え警戒網へと侵入する。その存在に最も早く気づいたのは地中にいたインフォルであった。
(おいみんな! 蟻が一匹入り込んだぞ! 魔力量は僅かやけど······何か変や!! 分離して広がっとる!!)
インフォルからの魔力波が伝わったタイミングで散らばった黒い液体は発光し始める。それらはボーンネルの中心部分に広がり小さな液体は地面で薄く広がると突如として強力な魔力を帯びた。
(転移魔法やッ、国中に転移魔法が展開されとる! 取り除かんと、中心部に魔族が侵入する!!)
(こちらゼグトス。インフォルさんお待ちを。発光している物体に攻撃を加えてはいけません。攻撃を加えれば大爆発を巻き起こします。魔法が展開されるまで待機を·····)
(———こちらトキワ。すまん、一足遅かった。閻魁が踏み付けて爆発した。今地面でのたうち回ってる)
(閻魁さんなら構いません)
(ボク達は転移されてきた魔族を殴り殺しながら非戦闘員を非難サセル。クレース、ジンの家にイテ)
(大丈夫だ、今いる。今ゼグトスとシリスが合流した。ゴールによればその液体は意思の能力のようだ。物体への魔法付与、魔法の付与は物体に対して一度のみ。転移魔法陣から出てきた敵をぶっ倒す方がはやい。付与される魔法は転移魔法とは限らん。注意しろ)
((了解))
魔力波を伝え終えたクレースはオリバを元の場所へと返し再び家へと戻る。すると中にはマニアの姿があった。
「どうしたマニア。ジンに何か用か?」
「預かってたパールとガルを届けに来たよ。ジンは寝てるんだ」
マニアはパールとガルを抱えたままジンの眠るベッドへ近付く。その直前で、マニアは不敵な笑みを浮かべる。その笑みを隣にいたゼグトスは見逃さなかった。
「お待ちをマニアさん。少し聞きたいことがあります。今日のクレースさんが履いている下着は何ですか」
「は、はい? 私にそんなことが分かるはずが」
「お前達、何の話をしているのだ?」
困惑するシリスを前にゼグトスは更にマニアを問い詰めた。
「普段のあなたならば嬉々として即答するでしょう。加えてクレースさんに話しかけられた際、あなたは顔色ひとつ変えなかった。普段ならば赤面し少し言葉に詰まるはずです」
「い、嫌だなぁ、忙しい時なんですから私も普段とは様子が異なりますよ。何か疑ってるんですか?」
マニアは立ち止まり、毅然とした態度で返答する。クレースは何かを確信したように二人に対してアイコンタクトを送った。しかしマニアに対し敵意を向けることはない。あくまで普段接するように笑顔で話しかける。
「マニア、お前が使用できる最も高度な結界魔法を出してみろ。そして自身に纏え」
「結界魔法? 分かりました」
マニアは言われるがまま、結界を作り出し自身の身体に纏った。
「お前の結界魔法は私の攻撃であっても防ぐ程の高度なものだ。だから試させてくれ。今から一撃だけお前に与える。いいな?」
「な、何故そのようなことを?」
「すぐに終わる」
動揺を隠せないマニアをおいてクレースは柄に手をかけた。部屋の中には一瞬にして殺気が立ち込め緊張が走る。殺気に当てられ、マニアは萎縮する。クレースが鞘から剣を引き抜いた瞬間、マニアの雰囲気が変わった。
「待てッ!」
突然人が変わったようにマニアは手に持っていたパールとガルに手刀を向けた。
「動くな。動けば先にこいつらを殺すぞ。大人しく寝ているガキを渡せ」
(ゼグトス、全員へ状況を報告だ。おそらく複製体は他にもいる。探して来い)
(了解。分かり次第皆さんに魔力波でお伝えします)
(ま、待て、私に状況を教えろ! 何が起こっているのだ)
(シリス、お前はジンを守ることだけ考えておけ)
ゼグトスはその場から消えるがマニアの視界にはクレースの姿しか映っていなかった。最大限の警戒を向け、一挙一動に対し敏感に反応する。人質のいる状況であっても”複製体”のマニアは息を忘れるほどに深く集中しなければならなかった。それほどまでに生命の危機を感じていたのだ。
「———雷震流、不知火」
「······?」
「残念だ。本物の結果ならば通っていなかったのかも知れないな」
”複製体”のマニアは状況を理解できないまま、クレースの手元に集中していた。クレースが動いた様子など全く見えない。しかし両手に持っていたパールとガルはいつの間にかクレースの手に渡っていた。
「······は?」
いつの間にか視点はクレースを見上げる位置に移動していた。痛みは一切感じない。だが、上半身を失った両足が静かに独りで立っていた。
「い、嫌ァアアアアア”ア”ア!!!」
「黙れ、マニアの姿で惨めに泣き喚くな」
最後の一撃は実に呆気なく、頭を突き刺された複製体のマニアはスッと姿を消した。
(聞こえるかマニア。今日の私の下着はなんだ)
(く、クレース? いきなりどうしたの!?)
(いいから答えろ)
(黒のレースパンツ)
(どうして知っているのかは疑問だが、お前は本物のようだな)
(ほ、本物?)
(突然すまなかったな。気にするな)
こうして複製体のマニアは消え去り、クレースはひとまず安心する。しかしこの複製体の存在により戦場は激化していくのであった。
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