ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 後編

七章 第六十五話 祖母との再会

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 転移先の更衣室はクレースと二人で使うにはあまりにも広かった。洗面台やお風呂場がある上に数十着の洋服が用意されている。寝起きだったのである程度支度をするとクレースは温かいアップルジュースを用意してくれた。少しするとラルカがこの場に来るらしいのでまずはガルに帽子を被せた。服を着るのは嫌うからガルの正装は帽子だけだ。

「クレースは着替えないの?」

「私の分もラルカが持ってきてくれるみたいだ。起きたばかりだが身体は大丈夫か?」

「うん。それより数日空いてたからお母さんのお墓に行かないと」

 暫くすると扉が開く音がした。だけれど少し違和感がある。この違和感はさっきからずっと感じている。クレースが目の前にいても何も魔力を感じられない。今もそうだ。誰かが部屋に入ってきたのは分かっても顔を見るまでは誰なのか分からない。

「わッ——」

 そんなことを考えていると後ろから誰かが抱きついてきた。恐る恐る振り返ってみるとラルカが頬をすり合わせてきた。ラルカは既にドレスを身に纏い髪も綺麗に整っている。

「よかったぁ、ご無事で何よりです。美しいジン様に相応しいドレスを用意しました。クレース様、本当にドレスでなくてもよかったのですか?」

「ああ、ジンの着替えを手伝ってあげてくれ」

「ありがとう。ラルカのドレス綺麗だね。髪もサラサラ」

「えへへぇ、ジン様の方がお綺麗ですよ。さあ、着替えましょう」

 ラルカの用意してくれたのは綺麗な青いドレスだった。着方が難しくされるがままだったけれど、着替えてみると柔らかい感触が肌を覆った。ラルカが丁寧に手作業で作ったそのドレスには縫い目が見当たらない。魔法を使用して作成したようなので着心地も見た目も全てが最高品質だ。

「クレース、着替えたよ······」

 そう言うと同時にクレースはカーテンを開けた。ドレスでない場合クレースは何を着るのかと思ってたけれど見てみると黒いスーツを着ていた。髪は後ろで結びポニーテールにしている。言葉が見つからずラルカと私は数秒その姿を見つめていた。

「似合ってるね」

「ジンも似合ってるぞ。可愛いなぁ」

 お互い褒め合ったところで時間がないようなので会場へと向かった。モンド内にいつの間にか多くの会場が完成しており活気に溢れていた。そして通路に入るとすぐにゼグトスとボルが合流した。

「おはようジン。もう少しで開催の花火が打ち上げられるから見テネ」

「うん!」

「あちらで皆さんがお待ちです。さあ、どうぞこちらへ」

「モンドの中?」

「ええ。花火は外で打ち上げられますが、天井が透明になっていますので問題なくご覧になれます。気温もそちらのドレスで心地良い程度かと」

「そっか、分かった」

 ついていくとゼグトスは大扉の前で立ち止まった。大扉の先からはたくさん声が聞こえる。正直、大扉を開けた時の視線が怖い。数日間準備もせず自分の家で寝てしまってたんだ。後片付けを一人でさせられるかもしれない。

「あぁ———ッ!! ジン来たぁ!!」

 開いた扉に全員の視線が集まった。歓声が響き渡り同時に花火が打ち上がる。透明に加工された天井を通じ打ち上げられた花火は全員の目に映った。会場の活気は最高潮に達しその時を持って宴が開始が宣言されたのだ。

「パール連れてこようかな? 起きた時に泣いちゃったら可哀想」

「それなら私が連れて来よう。ジンに話があるやつがかなりいるみたいだからな」

「分かった、ありがとう」

 クレースと分かれたジンの周りにはすぐさま人が集まってきた。咄嗟にまずいと感じたゼグトスはその間に割って入り大きく咳払いをする。

「皆さん、ジン様は疲れていらっしゃるのです。一斉に話しかけるのはおやめください」

「あははぁ、私は大丈夫だよ」

「それならまずは俺の料理を食べてくれよ。数日もろくな栄養とってねえんだからまずは食べねえと」

 ヴァンはそう言うと料理の乗ったプレートを机に置いた。多くの者がジンと共に席につき、最終的には全員で夜ご飯を食べるという形になったのだ。
 帝王や祖龍などの錚々たる顔ぶれが席についてはいたが、そこに身分の差など関係はない。その場は活気で満ち溢れていた。

 ジンの隣を確保したゲルオードの表情は和らいでいた。普段の厳格な表情は消え去り、愛孫を見つめるような温かい目でジンを見ていた。

「ジン、もう身体は大丈夫か」

「大丈夫。何も心配しなくていいよ」

「そうか······何かあれば、いや何もなくてもいつでも話は聞こう」

「ゲルオード、一つだけ頼みたいことがあるんだ」

「何だ?」

 ジンの真剣な表情にゲルオードは一抹の不安を抱いた。ジンには珍しく耳打ちをしてきたからだ。

「全部食べきれなくて。残すのは申し訳ないから少し食べてくれない? こっそりね」

「ハッハッハ、何だそんなことか。嫌いな食べ物でもあったのか?」

「ううん。あんまりお腹に入らなくて。実はもう限界なんだ。こっそりお願い」

「ああ、こっそりな」

 ジンの食べていた料理はまだ半分以上残っていた。ゲルオードは特に気にすることもなく残りの食事に手を伸ばす。

「待て、ゲルオード」

 しかしその直前、クレースがゲルオードの手を止めた。パールを抱きかかえたままゲルオードを睨みつけにっこりと笑う。恐怖に駆られたゲルオードは何も言わずに立ち上がりクレースに席を譲った。

「す、すまん。ジンの食べ物だったな」

「ごめんクレース。ちゃ、ちゃんと食べます」

「いいや、ジンのことは怒ってない。このジジイが悪いんだ。起きたばかりで消化がよくないんだろう。ヴァン、すまないがお粥などの食べやすいものに変更してくれるか」

「あぁ~すまんッ! 気づいてやれなかった! すぐ消化にいいものにする。待っててくれ」

「ねえクレース、私少し歩いてくるよ。そうすればお腹が空くかもしれないから」

「そうか······ゆっくりでいいからな。私も風に当たってくる。外に出るなら寒いからコートを着るんだぞ」


 ガルを抱きかかえたままジンは席を立った。周りの者達は歩いて行くその姿を心配そうな表情で見つめる。数人が同時に席を立ちジンから少し距離を取り密かについていった。

 そしてクレースは立ち上がりパールを抱きかかえたままバルコニーに出る。クレースはバルコニーに出るとすぐ魔力波を繋げた。通信先は会場に到着していたゴールである。

(······どうした)

(ゴール、ジンの向かう場所は分かっているだろ。会ってこい。ジンがお前のことを恨んでいるわけないだろ)

(······ああ)

 *************************


 コートを身につけジンは外に向かった。国中のあらゆる場所が活気に溢れる中その場所だけは閑散としている。向かったのは母、ルシアの墓であった。離れた場所では宴を抜け出した者達が静かにジンの様子を見つめていた。

 月明かりが海を照らし微かに雪が降っていた。外は冷え込んでいたがガルを抱き締めマフラーやコート、手袋といった重装備を身に纏うことで寒さを凌いでいた。半分になった視界により多少の歩きづらさを感じつつジンは無事に墓の近くまで辿り着いた。

「あれ······誰だろ」

 しかし墓の前に見慣れない一人の人影が見え立ち止まった。不思議に思い近づくとその人物はゆっくりと振り返る。まるで覚悟を決めたかのように。月明かりの下で紅い髪が風になびいた。覚悟を決めていたゴールだったがジンと目が合いゴクリと唾を飲むと分かりやすく動揺した。

 二人は静かに見つめ合ったままその場には沈黙が流れた。

「··········ばあば?」

 ゴールが口を開こうとした瞬間、ジンの声で沈黙は破られた。

「······私は」

 ゴールが事前に考えていたセリフも用意していた質問の答えも全て一瞬のうちに頭から消え去った。目の前にいるジンは口をポカンと開けたまま、頬には大粒の涙が流れていた。

「駄目だ·····来るな」

 近づいたジンを制止させゴールは目を逸らすとルシアの墓に向き直った。

「どうして?······私のこと、覚えてない? 目の色は変わっちゃったけど私、ジンだよ。小さい頃、よく遊んでくれたこと私は覚えてるよ······忘れちゃった?」

「······忘れてない。初めて会った日からお前のことを忘れた日はない」

「それならどうしてッ····」

 ゴールは視線を墓に向けたまま小さく息を吐いた。

「やはり、私がお前に会う資格などない。お前の両親が殺されたのは私のせいなんだ」
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