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英雄奪還編 後編

七章 第四十四話 雷神 <挿絵あり>

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 現れた無数の敵はモンド全体に散らばり戦闘は既に始まっていた。

 レウスによって改造されたモンドは多数の空間を持ち全体としての広さは大国一つの大きさを遥かに凌ぐほど。中にいたものは突然の地殻変動により大混乱に見舞われギルバルトの機械兵は全て出動していた。
 機械兵に加えてモンド内にいた者達の戦闘能力は高い。
 だがそれでも全員が天使や機人族達に対応できるほどの能力を持ち合わせてはいないのだ。

「一体何が起こってるッ——」

 いつもの如くモンドにある空間で特訓していたレイは出口に向かって走っていた。木々は天井から生え始め地面は波のように動く。見慣れた地形が不自然に歪む中レグルスを使い道を切り開いていた。

(レイ、まずいぞ。俺に触れた魔力、感じたこともない)

(ん? どういうことだ、ボルのじゃないのか)

(いいや違う。今ここの地形に干渉している魔力はボルのじゃない。ゼグトスやインフォルさんの魔力も知っているが間違いなく他の何者かの魔力だ)

(つまり·····敵が干渉している)

(レイッ、出口だ!)

 レグルスの言う通り、視界には外へ繋がる光が見える。
 しかし樹木がその光を遮るようにして伸び出口を塞ごうとしていた。
 足元の地面は揺れ動き真っ直ぐに立つことすらままならない。

「クッ——間に合わな······」

「レイ殿、右だッ!!」

「こっち!」

 その時、すぐ隣からリンギルとブレンドの声が聞こえた。
 見るとリンギルの肩に乗ったブレンドが手を伸ばしている。
 咄嗟にブレンドの小さな手を掴んだのと同時にリンギルは出口に向かいゼーンを投げつけた。

「ッ———!?」

 身体全体を使った投擲による反動でレイの足は地面から離れ宙を舞う——
 しかしその瞬間、視界が途切れ再び光が広がった時に身体は部屋の外にあった。

「何が起こった?」

「話は······後にしよう」

 リンギルとブレンドは青褪めていた。

「······そうだな」

 理由は聞くまでもなかった。

 辺りに広がるのは異様な光景。メカによりモンド内の”動く建造物達”は破壊され機械兵の多くは倒されていたのだ。

「この量······リンギル、ブレンドッ——全員の命が優先だ! 行くぞッ」

(状況が全く読めない。ジンは今どこだ。無事か)

 傷だらけになりながらもヒュード族の者達がかろうじて逃げ遅れた者達を運んでいた。

 三人は凄まじい速度で移動しメカを標的に捉える。
 大陸で絶滅する以前はSランク、それも上位に位置する存在。
 だが三人はその場にいた数体のメカを瞬殺した。

「空間自体が······全く別物だ」

(ヒュード族······ガルミューラはいるか!?)

(レイ。私は大丈夫だ。無事か)

(分かった。今は状況をッ——)

「ッ————!?」

 再び走り出そうとしたその時、隣の壁が崩壊し強烈な風が吹き込んできた。
 と同時に視界には巨体が入り込む。
 妖力を全開にした閻魁は誰かと戦っていた。

「お前達離れろ!!」

 傷だらけになっていた閻魁だが未だ体力は有り余っていた。
 敵は二人の機人族。二人はレイ達の姿を見つけると一度攻撃の手を止めた。
 一人はモルガン、そしてもう一人はバルクと呼ばれる者である。

(ガルミューラ、避難誘導を頼む。私は大丈夫だ)

(了解)

「閻魁、助太刀するぞ」

「駄目だッ——我が止める、お前達は下がっておけ!!」

 鬼気迫る閻魁の声で余裕など一切ないことが分かった。
 日々抑えていた妖力を全て解放し戦っていても押されていたのが閻魁であるのは明らかだったのだ。
 それもそのはず、バルクは旧型であるもののモルガンは新型へとなっていた。

(よく聞けお前達。モンドの中は既に敵で埋め尽くされておる。だが我らの位置は分断されている故完全に敵に押されている。転移魔法陣も全て動かん)

「チィッ」

 レイは注意深くモルガンとバルクを観察した。特訓でクレースに勝利したことも、いいや一撃与えられたこともないのだ。だがそれはクレース相手での話である。故にモルガン達相手では勝敗は分からないのだ。

(閻魁、ジンは見ていないのか)

(いいや見ておらぬ。この場所以外の空間がどうなっておるのか見当もつかぬ)

「災厄と呼ばれるだけの実力はあるのだろう。だが我らの主が降臨なさった今勝敗は決している」

「貴様····この場所を破壊してただで済むと思わぬことだぞ」

「現実を見ろ。機械の島にいた機人族は既に全員到着している。メカは数万体、そして女神陣営からもそのほとんどの戦力がここに来ている。それでもまだ戦うのか」

「············」

 黙り込んだ四人を見てモルガンとバルクは勝ち誇ったような表情を浮かべた。

「——ん?」

 だが黙り込んだ四人は同時に笑った。まるで全ての不安を笑い飛ばすような笑み。

「クワァハハハッ!! 見誤るなよ若造。我らがこの戦いを諦める理由は同じ。たった一人、その者が諦めた時だ。貴様らが戦おうとしているのはこの世で最も敵に回してはならぬ存在であるぞ」

「せやで閻魁。よう言った」

 その時、インフォルが地面から顔を出した。
 小さなその存在に視線が集まりインフォルは地中から身体を出す。

「よっしゃ、無事みたいやな」

「インフォル、ジンは無事かッ」

「レイはん、安心しい。今のジンちゃんは心配するのも烏滸がましい」

「そうか······よかったぁ」

(こっからが本題や。全員聞こえるか)

 その時インフォルの声がレイ達の頭の中に聞こえてきた。
 いいやその場にいた者だけではない。接続先はモンド内にいる全ての味方。
 インフォルがすぐさま地面に埋めた細く繋がった魔力が魔力波を伝える媒質となっていた。そのため魔力妨害を受けることもなく魔力波が全員に行き届いたのだ。

(繋がったみてぇだなインフォル)

(オケ)

(ほな全員よう聞きや。ジンちゃんからの勅令や———)

 魔力波の聞こえていた者達はその言葉を食い入るように聞き胸に刻んだ。
 傷つき倒れていた者達は立ち上がり怪物達は武者振るいと共にその顔に笑みを浮かべる。

(何が起こっている)

「モグラの魔物が一体増えたところで戦況は変わらない。何があったかは知らぬがお前達では勝てぬ」

 モルガンとバルクの余裕な表情は消えない。
 モルガンの言う通りインフォルがいたとしても勝敗を決するほど戦力差は縮まらないのだ。

「まあ落ち着けや。お前らが負ける前におもろい話聞かせたるわ」

「······いいだろう冥土の土産に私達の時間をやろう」

 二人が焦りを見せることはない。
 インフォルはそんな二人を前にしても落ち着いたままゆっくりと話し始めた。


『昔々、そのまた昔。

 雷が轟き一面海が広がるこの世界に、ある神様は大陸を作りました。

 神様が世界をつくった理由はただ一つ。

 もう一度人生をやり直したかったからです。

 その神様は人生が退屈でした。

 何が起ころうとも、喜怒哀楽何も感じません。

 そんな自分が嫌で世界をつくり暫くした後この世界で生きてみよう、そう決意しました。

 肉体を作り上げ、自身の精神を全てその身体に移しました。

 そして再び目覚めた時、視界には満天の星空が広がっていたのです。

 初めて心から綺麗だと思いました。

 それから神様は自分の足で世界を見て回りました。

 世界は喜怒哀楽で溢れていました。

 世界は汚く不平等で、その分世界は綺麗で愛に溢れていました。

 神様は多くの人と巡り合い多くの友が出来ました。

 神様はいつの間にか自分が神様であることを忘れていました。

 通常の寿命を迎えようとも神様である自分が死ぬことはありません。

 なのでその分、多くの友を失ってきました。

 住んでいた国の最後をいくつも見てきました。

 しかし喜怒哀楽の内、どうしても哀しみだけは感じません。

 仲良くしていた友の最期を前にしても感情は揺れ動きませんでした。

 ある時、また新しく二人の友達ができました。

 神様にとって友は一時的に交流を持つ存在であり深い情を持つことはありません。

 しかしながら神様は二人の知り合いである女性を見た瞬間驚愕しました。

 神様である自分が感じたことのないその感覚。

 この世界でそれは恋と言いました。

 それだけではありません。女性の子どもにもまた神様はぞっこんでした。

 毎日、喜びと楽しみその二つの感情が心の底から込み上げていました。

 しかし今までそうであったように初めて恋をしたその女性と別れる時が来ました。

 覚悟をしていたはずが、今まで幾度となく経験し慣れていたはずが到底耐えられるものではありませんでした。

 その時、初めて哀しみを感じました。

 だがそれでも立ち上がることができたのはその子のおかげです。

 だから神様は自身の持ち得る全てをその子に捧げようと決めました。

 しかしその少女とも別れの時が近づいてきました。

 その時を迎えればもう神様を立ち上がらせる存在はいません。

 その時に込み上げる哀しみを耐えられるとは到底思えません。

 退屈だった人生を喜怒哀楽に満ちた人生に変えてくれたこの世界。

 だがこの世界よりも神様にとって大事なのは少女の方でした』


 話を終えたインフォルは口角を上げモルガン達を睨みつけた。

「それで、その神とやらがどうした。時間稼ぎならばうまくいっているぞ。まあ楽しめた」

「······モルガン」

 しかし一方でバルクは何かを感じ取り顔が青褪めた。

「時間稼ぎか。まあそうなるな。ほなこの国の情報屋であるワイが教えたろ。ここに入り込んだお前らの同族は半分も残っとらんで」

「······何?」

「今からここに来るんは、その神やぞ」

 モルガンの視界には黒雷が入る。

 見透かすような冷たく虚ろなその金色の瞳。

 枷が外れ解放されたその表情には余裕そうな表情が浮かんでいた。

 黒い雷を纏ったその姿は黄金の獅子の如く。

 身に纏う神々しいオーラはその美しさを際立て不意に見える紅い髪は静かに怒気を孕んでいた。


                 

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