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英雄奪還編 後編
七章 第三十七話 友の代償
しおりを挟むラウムさんから構築方法を受け取った結界をゼグトスに張ってもらい久しぶりにモンドの外に出た。とは言っても外はボーンネルではない。ゼグトスの転移魔法陣でイースバルトに直接転移してベージュさんを迎えに行った。
「お待ちしておりましたジン様。本当にありがとうございます」
「気にしないでいいよ。そう言えばマニアとラウムさんがつくった結界を教えておかないと。ゼグトスいい?」
「いいえ。それならばラウムさんが既に教えてくださいました。そのためこの国での防衛は他の者に任せられます。それはそうと、先程から何者かの視線を感じませんか?」
「ああ。ルドラとゾラだよ、私の仲間だから安心して」
魔法で空気の色に同化していた二人はベージュの視線の先に現れると笑顔で手を振り再び空気の色に消えていった。
「それでジン様、天界にはどのように行くのですか」
「ゼグトスの転移魔法陣は行ったことがあるところしか行けないけど、ゼグトス自身が飛べるから連れて行ってくれるって。本当にいいの? 飛べないからわくわくする」
「ええッもちろんですとも! 加えて二人と同じく周りの色と同化しますのでご安心を」
「ベージュ様ッ—お待ちくだされ!!」
その時、ベージュを呼ぶ声とともにザンカスが駆け寄ってきた。
「ザンカス、まだ怪我は治っていないでしょう。シリス様のことは任せてあなたはここで待っていなさい」
「ですが天界に赴くのは流石に危険でございます······? そちらの方は」
「ジン様にゼグトスさんです」
「おぉ、貴方様がジン様でございましたか。シリス様から話は常々聞いております。ザンカスと申します」
「おはよう。シリスのことは私に任せて」
「······うぅむ、ですが····」
「安心なさいザンカス。必ずシリス様と帰ってきます」
「······分かりました。お気をつけて」
ザンカスは暫く沈黙したが最後は受け入れた。
「では参りましょう」
ゼグトスの背中からは巨大な黒い翼が生え身体はゆっくりと巨大化し始めた。皮膚は黒く光沢のある鱗に包まれあっという間に巨大な龍へとその姿を変えた。ここまで完全な龍の姿は初めて見る。ゼステナやクリュスも同じようになれるとすると見てみたい。絶対にかっこいい。
「なっ、龍じゃと」
ザンカスは驚くがベージュから聞いていたゼグトスの情報を思い出し無理矢理納得する。
「さあ、背中にお乗りください」
ゼグトスは二人を乗せるとすぐさま空に飛び上がった。
と同時にその身体は空と同化しザンカスの視界から姿を消した。
「ゼグトス、これ私達だけ見えない?」
「いいえ、ご安心を。お二人の姿も周りからは見えません」
「おぉ、流石」
巨大な龍は空と同化しながら高速で上昇する。内に秘めたその魔力を完全に抑え込み天界にいた者達だけでなく地上にいた機人族にもその存在は認識されなかった。
そして遥か上空。天界は三人の前に現れゼグトスはシリスの元へと向かった。
(ここからは魔力波での会話をお願い致します)
(シリス様の魔力····よかった。まだ完全には憑命されていないようです)
天界には数多くの天使が存在したが三人の出現に気づいているものは一人としていなかった。ゼグトスが移動中女神の姿は見られないが魔力密度は地上の数倍程度にまで及ぶ。
(少々お待ちを。魔力密度が高いため発見に時間を要します)
(大丈夫。ところでシリスの行動意思はもう取り憑いた女神のものになってるのかな)
(おそらくはまだ嵐帝のものかと。ですが時間が経つにつれ感情を失っていきます)
(······感情を)
ゼグトスは暫く天界全体を飛び回りある場所で止まった。
(嵐帝の姿を発見しました)
(シリス······)
整然とした道が続き、地上とは対比的であり穏やかな自然が広がっていた。荘厳な雰囲気を醸し出す建物が並び、中でも一際目立つ宮殿のようなものが近くにひとつ存在する。多くの天使がいる場所から少し離れた位置、少女は一人で座っていた。
(シリス様······)
ベージュは押し止まりその姿を見つめた。間違いなくシリスの姿、しかしながら普段とは違いまるで感情を失ったかのように黙って座っていた。
(シリス様、本当に大丈夫なのでしょうか)
普段の無邪気さは微塵も感じられずベージュの中では見つけられた安堵よりもシリスに対する心配の方が勝っていた。
(できれば天使達には見つかりたくない。ゼグトス、誰にも気づかれないようにシリスを特殊結界内に連れて来れる?)
(ええ、お安い御用でございます)
シリスの視界は一瞬にして別のものへと切り替わった。何もない、終わりの見えないような広い広い空間。シリスはゆっくりと辺りを見渡した。
(ッ············)
(どうしたのゼグトス)
(申し訳ありません。どうやら嵐帝への侵食は私の考えていたものよりも深かったようです)
(深い······それではシリス様はもう)
(いいえ。まだ手はあります、ひとつだけ。嵐帝の心の中へと入り込み内側に眠っている自我を呼び起こすという方法ならば可能かと)
「あぁああア”ア”ア”ァああ”ッ——」
「シリス様ッ——」
猛獣のようなけたたましい雄叫びを上げ、シリスは自身の周りに暴風を巻き起こした。
「まずいですね。このまま暴れさせれば侵食は早まります」
「私が行きますッ——」
ベージュは暴風吹き荒れる中シリスへと近づいていく。
しかし今のシリスは近づいてくるベージュでさえ認識することなくその身体を吹き飛ばした。
「グッ——」
「ベージュさんッ——」
「現在嵐帝は憑命している女神からの魔力供給で無尽蔵に膨大な魔力を解き放っています。あなたでは近づいても直ぐに身体ごと消し飛びますよ」
「シリス様ッ——」
シリスに声は聞こえない。魔物のように暴れ回り雄叫びを上げながら結界内を暴風で満たしていた。
「まずい、女神の意識が侵食を始めました」
「どうすればッ——」
「私が行く。ベージュさん待ってて」
「ですがジン様、あまりにも危険です」
「大丈夫。ゼグトス、私を信じて」
真っ直ぐに見つめられた目。ゼグトスは笑みを浮かべ嬉々とした表情でその目を見つめ返した。
「失礼致しました。あなた様を信じることなどこの世界で最も容易いことであります」
「······ジン様。無邪気で幼い、可愛い可愛いシリス様を元に戻して上げてください。シリス様は、貴方様のことを大親友とお呼びになっておりました。だから······頼みます」
「任せて」
「ジン様、ベージュさんの安全はお任せを。お帰りをお持ちしております」
ゼグトスはベージュと自身の周りに結界を張り高度を上げた。それとともにシリスへ干渉し精神へと繋がる道を生み出した。ゼグトスの顔に一切の曇りなどない。世界で最も信頼する人物の背中を見届け、心配することと言えばただ一つ。
(さて、これほどの強度で足りるでしょうか)
「王の瞳」
その瞳は開眼し暴風を押し返すほどの重圧が結界全体を埋め尽くした。
ゼグトスの作った結界は割れ、壊れるたびに内側から新たに結果を形成しその重圧を防ぐ。ベージュは驚愕し、ただその背中を見つめていた。
(ジン、ちゃんと僕との約束は覚えてる?)
(うん。シリスをもとに戻せたらそれ以上は誰にも関わらない、だよね)
(その通り。さあ、行こう)
シリスにゆっくりと近づき精神世界へと繋がる深い深い闇の中へと入っていった。
************************************
ジンがシリスの精神世界へと入っていった頃。
ジン達がボーンネルを出発してからおよそ四半時が経っていた。家からパールとガルを連れマニアと共にヴァンのレストランに来ていたクレース。ゼグトスとの話が直ぐに終わり合流すると思っていたものの待ってもジンは来なかった。
「いやぁ、まだたべない」
「ジンも忙しんだろ。朝はしっかり食べないと駄目だぞ」
「パールちゃん、お口開けて」
クレースとマニアの二人はパールの口に食事を運ぶが頬を膨らませて一向に食べようとしない。
「ガルを見習え、しっかりと一人で食べてるぞ」
「ガゥ!!」
「いやぁあ、ジンと一緒に食べる」
「はぁ、仕方ないな。それよりブレンドは一緒に寝てなかったのか?」
「ブレンドはいつも早くおきる。トキワと特訓がんばってる」
「そうか、ならお前も頑張れ」
暫くしてレストランには人が増えていくがジンの姿は一向に見えないまま。クレースは疑問を感じつつも渋々朝食を食べることにしたパールの口にご飯を運んでいた。
「あれ、ジンと一緒にいなイノ?」
「わしも探しておったんじゃがのう」
「ゼグトスと総合室で話をしてる。確かに少し長いな」
「なっ、あいつ僕を差し置いてジンと二人きり! 僕呼んでくる!!」
「ああ、頼む」
ゼステナは朝食を置いたままその場から出ていきすぐさま総合室に向かった。
その後もレストランには増えていくがジンは入って来ないまま。パールが全て食べ終わるタイミングでゼステナが慌てて戻って来た。
「ねぇッ——ジンもう来てる?」
「ん? まだ来てないぞ。いなかったのか?」
「うん。何処行ったんだろ」
「ゼステナ様、ご報告が」
その時、ルドラが目の前に現れ跪く。
「ルドラ、お前ジン知らないか」
「今はゼグトス様とベージュ様、そしてゾラとともに天界に赴いておられます。そのご報告に参りました」
「はぁ?」
その言葉にルランの話を聞いていたクレース達は背筋が凍りついた。ルラン、いいやデュランに言われた禁止事項。ジンを天界に近づかせるなというその禁止事項はたった今破られていた。何よりも顔が青ざめていたのはルランである。ルランの話を聞いていたものはその場に全員いた。
「今から天界に向かう。トキワ、ボル来い。今日は他国に行かなくてもいい。他のヤツはここの防衛に専念しろ」
「待ってクレース、僕も行く」
「分かった。直ぐに出るぞ」
状況が理解できないままの者達を残し四人はすぐさま天界へと出発した。
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