上 下
188 / 237
英雄奪還編 後編

七章 第三十七話 友の代償

しおりを挟む
 
 ラウムさんから構築方法を受け取った結界をゼグトスに張ってもらい久しぶりにモンドの外に出た。とは言っても外はボーンネルではない。ゼグトスの転移魔法陣でイースバルトに直接転移してベージュさんを迎えに行った。

「お待ちしておりましたジン様。本当にありがとうございます」

「気にしないでいいよ。そう言えばマニアとラウムさんがつくった結界を教えておかないと。ゼグトスいい?」

「いいえ。それならばラウムさんが既に教えてくださいました。そのためこの国での防衛は他の者に任せられます。それはそうと、先程から何者かの視線を感じませんか?」

「ああ。ルドラとゾラだよ、私の仲間だから安心して」

 魔法で空気の色に同化していた二人はベージュの視線の先に現れると笑顔で手を振り再び空気の色に消えていった。

「それでジン様、天界にはどのように行くのですか」

「ゼグトスの転移魔法陣は行ったことがあるところしか行けないけど、ゼグトス自身が飛べるから連れて行ってくれるって。本当にいいの? 飛べないからわくわくする」

「ええッもちろんですとも! 加えて二人と同じく周りの色と同化しますのでご安心を」

「ベージュ様ッ—お待ちくだされ!!」

 その時、ベージュを呼ぶ声とともにザンカスが駆け寄ってきた。

「ザンカス、まだ怪我は治っていないでしょう。シリス様のことは任せてあなたはここで待っていなさい」

「ですが天界に赴くのは流石に危険でございます······? そちらの方は」

「ジン様にゼグトスさんです」

「おぉ、貴方様がジン様でございましたか。シリス様から話は常々聞いております。ザンカスと申します」

「おはよう。シリスのことは私に任せて」

「······うぅむ、ですが····」

「安心なさいザンカス。必ずシリス様と帰ってきます」

「······分かりました。お気をつけて」

 ザンカスは暫く沈黙したが最後は受け入れた。

「では参りましょう」

 ゼグトスの背中からは巨大な黒い翼が生え身体はゆっくりと巨大化し始めた。皮膚は黒く光沢のある鱗に包まれあっという間に巨大な龍へとその姿を変えた。ここまで完全な龍の姿は初めて見る。ゼステナやクリュスも同じようになれるとすると見てみたい。絶対にかっこいい。

「なっ、龍じゃと」

 ザンカスは驚くがベージュから聞いていたゼグトスの情報を思い出し無理矢理納得する。

「さあ、背中にお乗りください」

 ゼグトスは二人を乗せるとすぐさま空に飛び上がった。
 と同時にその身体は空と同化しザンカスの視界から姿を消した。

「ゼグトス、これ私達だけ見えない?」

「いいえ、ご安心を。お二人の姿も周りからは見えません」

「おぉ、流石」

 巨大な龍は空と同化しながら高速で上昇する。内に秘めたその魔力を完全に抑え込み天界にいた者達だけでなく地上にいた機人族にもその存在は認識されなかった。

 そして遥か上空。天界は三人の前に現れゼグトスはシリスの元へと向かった。

(ここからは魔力波での会話をお願い致します)

(シリス様の魔力····よかった。まだ完全には憑命されていないようです)

 天界には数多くの天使が存在したが三人の出現に気づいているものは一人としていなかった。ゼグトスが移動中女神の姿は見られないが魔力密度は地上の数倍程度にまで及ぶ。

(少々お待ちを。魔力密度が高いため発見に時間を要します)

(大丈夫。ところでシリスの行動意思はもう取り憑いた女神のものになってるのかな)

(おそらくはまだ嵐帝のものかと。ですが時間が経つにつれ感情を失っていきます)

(······感情を)

 ゼグトスは暫く天界全体を飛び回りある場所で止まった。

(嵐帝の姿を発見しました)

(シリス······)

 整然とした道が続き、地上とは対比的であり穏やかな自然が広がっていた。荘厳な雰囲気を醸し出す建物が並び、中でも一際目立つ宮殿のようなものが近くにひとつ存在する。多くの天使がいる場所から少し離れた位置、少女は一人で座っていた。

(シリス様······)

 ベージュは押し止まりその姿を見つめた。間違いなくシリスの姿、しかしながら普段とは違いまるで感情を失ったかのように黙って座っていた。

(シリス様、本当に大丈夫なのでしょうか)

 普段の無邪気さは微塵も感じられずベージュの中では見つけられた安堵よりもシリスに対する心配の方が勝っていた。

(できれば天使達には見つかりたくない。ゼグトス、誰にも気づかれないようにシリスを特殊結界内に連れて来れる?)

(ええ、お安い御用でございます)

 シリスの視界は一瞬にして別のものへと切り替わった。何もない、終わりの見えないような広い広い空間。シリスはゆっくりと辺りを見渡した。

(ッ············)

(どうしたのゼグトス)

(申し訳ありません。どうやら嵐帝への侵食は私の考えていたものよりも深かったようです)

(深い······それではシリス様はもう)

(いいえ。まだ手はあります、ひとつだけ。嵐帝の心の中へと入り込み内側に眠っている自我を呼び起こすという方法ならば可能かと)

「あぁああア”ア”ア”ァああ”ッ——」

「シリス様ッ——」

 猛獣のようなけたたましい雄叫びを上げ、シリスは自身の周りに暴風を巻き起こした。

「まずいですね。このまま暴れさせれば侵食は早まります」

「私が行きますッ——」

ベージュは暴風吹き荒れる中シリスへと近づいていく。
しかし今のシリスは近づいてくるベージュでさえ認識することなくその身体を吹き飛ばした。

「グッ——」

「ベージュさんッ——」

「現在嵐帝は憑命している女神からの魔力供給で無尽蔵に膨大な魔力を解き放っています。あなたでは近づいても直ぐに身体ごと消し飛びますよ」

「シリス様ッ——」

 シリスに声は聞こえない。魔物のように暴れ回り雄叫びを上げながら結界内を暴風で満たしていた。

「まずい、女神の意識が侵食を始めました」

「どうすればッ——」

「私が行く。ベージュさん待ってて」

「ですがジン様、あまりにも危険です」

「大丈夫。ゼグトス、私を信じて」

 真っ直ぐに見つめられた目。ゼグトスは笑みを浮かべ嬉々とした表情でその目を見つめ返した。

「失礼致しました。あなた様を信じることなどこの世界で最も容易いことであります」

「······ジン様。無邪気で幼い、可愛い可愛いシリス様を元に戻して上げてください。シリス様は、貴方様のことを大親友とお呼びになっておりました。だから······頼みます」

「任せて」

「ジン様、ベージュさんの安全はお任せを。お帰りをお持ちしております」

 ゼグトスはベージュと自身の周りに結界を張り高度を上げた。それとともにシリスへ干渉し精神へと繋がる道を生み出した。ゼグトスの顔に一切の曇りなどない。世界で最も信頼する人物の背中を見届け、心配することと言えばただ一つ。

(さて、これほどの強度で足りるでしょうか)


ロード・オブ・マティア


 その瞳は開眼し暴風を押し返すほどの重圧が結界全体を埋め尽くした。
ゼグトスの作った結界は割れ、壊れるたびに内側から新たに結果を形成しその重圧を防ぐ。ベージュは驚愕し、ただその背中を見つめていた。

(ジン、ちゃんと僕との約束は覚えてる?)

(うん。シリスをもとに戻せたらそれ以上は誰にも関わらない、だよね)

(その通り。さあ、行こう)

シリスにゆっくりと近づき精神世界へと繋がる深い深い闇の中へと入っていった。


 ************************************


 ジンがシリスの精神世界へと入っていった頃。
 
 ジン達がボーンネルを出発してからおよそ四半時が経っていた。家からパールとガルを連れマニアと共にヴァンのレストランに来ていたクレース。ゼグトスとの話が直ぐに終わり合流すると思っていたものの待ってもジンは来なかった。

「いやぁ、まだたべない」

「ジンも忙しんだろ。朝はしっかり食べないと駄目だぞ」

「パールちゃん、お口開けて」

 クレースとマニアの二人はパールの口に食事を運ぶが頬を膨らませて一向に食べようとしない。

「ガルを見習え、しっかりと一人で食べてるぞ」

「ガゥ!!」

「いやぁあ、ジンと一緒に食べる」

「はぁ、仕方ないな。それよりブレンドは一緒に寝てなかったのか?」

「ブレンドはいつも早くおきる。トキワと特訓がんばってる」

「そうか、ならお前も頑張れ」

 暫くしてレストランには人が増えていくがジンの姿は一向に見えないまま。クレースは疑問を感じつつも渋々朝食を食べることにしたパールの口にご飯を運んでいた。

「あれ、ジンと一緒にいなイノ?」

「わしも探しておったんじゃがのう」

「ゼグトスと総合室で話をしてる。確かに少し長いな」

「なっ、あいつ僕を差し置いてジンと二人きり! 僕呼んでくる!!」

「ああ、頼む」

 ゼステナは朝食を置いたままその場から出ていきすぐさま総合室に向かった。
 その後もレストランには増えていくがジンは入って来ないまま。パールが全て食べ終わるタイミングでゼステナが慌てて戻って来た。

「ねぇッ——ジンもう来てる?」

「ん? まだ来てないぞ。いなかったのか?」

「うん。何処行ったんだろ」

「ゼステナ様、ご報告が」

 その時、ルドラが目の前に現れ跪く。

「ルドラ、お前ジン知らないか」

「今はゼグトス様とベージュ様、そしてゾラとともに天界に赴いておられます。そのご報告に参りました」

「はぁ?」

 その言葉にルランの話を聞いていたクレース達は背筋が凍りついた。ルラン、いいやデュランに言われた禁止事項。ジンを天界に近づかせるなというその禁止事項はたった今破られていた。何よりも顔が青ざめていたのはルランである。ルランの話を聞いていたものはその場に全員いた。

「今から天界に向かう。トキワ、ボル来い。今日は他国に行かなくてもいい。他のヤツはここの防衛に専念しろ」

「待ってクレース、僕も行く」

「分かった。直ぐに出るぞ」

状況が理解できないままの者達を残し四人はすぐさま天界へと出発した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。

hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。 明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。 メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。 もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

処理中です...