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英雄奪還編 後編
七章 第三十六話 分岐点
しおりを挟むラウムとマニアの二人は天使や女神に自我が乗っ取られることを憑命と名付けるとともに各国への警戒を促した。そしてその後、二人はいち早く対応策を生み出すため研究所に籠もっていた。
二人が籠もって二日が経った日の朝。
「終わりましたぁ」
総合室の扉が開き気の抜ける声とともにマニアが入ってきた。
「あれ、誰も居ない?」
しかし辺りを見渡しても誰もいなかった。この広い部屋に誰もいないことに新鮮さを覚えゆっくりと部屋の中を歩き回る。整頓され埃ひとつない綺麗な部屋。ジンがいつも座っているすぐ目の前にある机にはラルカが作ったジンとガルぬいぐるみが置かれていた。
「可愛い······」
ジンのぬいぐるみを丁寧に手に取りその顔を眺める。
(やっぱり······気のせいかな)
手触りの良いそのぬいぐるみのほっぺたを優しくつつき机に置いた。
「あれ、マニアここにいたんだ」
「ッ———」
(この感覚は······なに?)
「どうしたのマニア?」
後ろから声が聞こえマニアは何故か自分でも分からないほど驚いていた。不自然な動作だったのか心配するように覗き込むジンの顔が目に入る。しかし目を合わせるのは苦手なのですぐに逸らした。
「あっ、いえ何もありません。ラウムさんとの研究が終わったので報告に来ました」
「おぉ、お疲れ様。ありがとう」
「そういえばラウムは休まず直ぐに帰っていったな。お前は休めよ、今から飯でも行くか?」
「えっクレースと。うん、行く······絶対に逝く」
向かおうとした時、ゼグトスが突然目の前に現れ膝をついた。
「ジン様、お伝えしたいことが」
「分かった。クレース、家でパールとガルが寝てるから一緒に連れていってくれない?」
「任せろ、頼むぞゼグトス」
二人が部屋を出ていった後ゼグトスは頭を上げる。
「どうしたの?」
「三つほどお伝えしたいことが。近頃、ギルメスド王国の西に位置するロングダルトという国で不審な動きが見られたため独自で調査をしておりました。調査が完了しましたのでひとつ目はそのご報告を」
「えっ、大丈夫? 天使が····」
「ご安心を。私の身体に天使の干渉は起こり得ません」
「そ、そうなんだ。でもロングダルトってほとんど聞いたことないなぁ」
「左様でございましたか。ロングダルトは天法皇と呼ばれる人間達が治めていた国であり民は天使を信仰対象としておりました。そのため現在民は存在しないものの粛清の影響は受けておりません。そしてご報告ですが粛清が開始してから突如としてロングダルトの地下に大量の魔力が溜まっておりまして。地下を確認すると大量の死体が。おそらくはロングダルトの民かと」
「大量の死体······天使を信仰してたのにどうして····」
「天使への信仰心を源とし発動される神級魔法が存在すると言われております。今までの粛清では見られなかった動きですが発動される可能性は高いと思われます」
「もし発動されたらどうなるの?」
「実際に発動されたことはありませんが、範囲は大陸全土。天から降り注ぐその光線は大陸が消滅するほどの威力かと」
「大陸全土、ロードの虚無の王を使ったとしても大陸を一緒に呑み込んじゃうか」
神級魔法。存在する魔法の中で最も高度かつ魔力消費が激しい。それに加えて魔法の構築があまりにも難しい。私が知っている中で使うことのできるのはゼフじいとクレースの二人だけだ。
「ええ。魔力源を取り除こうとしましたが既に魔力が天界へと繋がり同期しているため不可能と判断いたしました」
「どうしよ······発動されるまであとどれくらいかわかる?」
「天使と女神が地上にいる限りは発動されないかと。地上から敵が消えるタイミングを常時警戒しておきます。範囲は大陸全土に及ぶため各地に光線を跳ね返せるほどの者を配置し同時に押し返す方法が最善かと思われます」
「分かった。そうなるとまずはシリスとメイロードさんの協力も不可欠だね」
「ええ。そして二つ目のご報告として、嵐帝はその身を天界に置いているようです」
「シリスがッ——分かった。丁度マニア達の結界が組み終わったみたいだから、天界には私が直ぐに行く」
「いいえ、連れ戻すだけならば私にお任せください」
「ううん、私も行くよ。どうかしたの?」
「······以前、クレースさんにジン様を天界には近づけないように頼まれまして」
「クレースが······危ないからかな? でもシリスのためだから仕方ないし、一緒に来る?」
「ええッ——!! 是非ッ!!」
クレースの頼みだったがジンの頼みを前にゼグトスが断る理由などない。そのまま勢いよく快諾したのだ。
「マニアは休まないとだからクレースと一緒に休ませてあげよう。一日くらいならクレースも大丈夫だと思う。他に誰か手伝ってもらおうかな?」
「いいえ、三つ目の報告として近頃モンド内に他者の容姿を模倣できるイミタルという者がいるようです。魔力量は取るに足らない者のようなのであまり気にはしていませんが天使と繋がっていては厄介です。ジン様の安全を考えゾラとルドラに遠くから私たちを援護させましょう。あの二人ならば部隊に属してはいない上、私が偽物かどうか直ぐに判断できます」
「分かった。マニア達の結界が完成したから、部隊は再び各地への救援に向かってもらわないとだからね」
「ええ、ちなみにこのようにジン様の特殊防御結界領域に干渉できますのでご安心を」
ゼグトスが手を前にすると身体の周りに薄い膜のようなものが見えた。そういえば前に言っていた私を守ってくれるという結界だ。初めて見たけど今まで全く気にならなかった。
「うん、ちなみに私も大丈夫だよ」
「ええ、勿論理解しております。ジン様の美しさは容姿だけではありませんから」
食い気味な様子でゼグトスは頷きすぐさま動き出した。
(ベージュさん、今時間ある?)
ベージュさんからシリスの居場所が分かった時には教えてほしいと頼まれていた。完全に憑命される前にシリスの自我を取り戻さなければならないのだ。
(ええッ—シリス様の居場所が!?)
(うん。ゼグトスが見つけてくれて。急がないとだから、私が今から行くよ)
(私もついて行ってもよろしいでしょうか)
(もちろん。ただ天使や女神が地上に降りていると言っても天界は敵がいっぱいいるから、できれば少数で行きたい。来るのはベージュさんだけでもいい?)
(ええ、準備はいつでもできております)
(分かった。もうすぐゼグトスと転移魔法陣で迎えに行くから待ってて)
(はい、お待ちしております)
一度家に戻りロードを取りに行く。パールとガルはクレースに連れられ家にはロードしかいなかった。ロードに近づくとカタカタと動きすぐに声が聞こえてくる。
(ジン、どうしたんだい? 外は危ないよ)
(マニアとラウムさんが天使対策の結界をつくってくれたんだ。だから大丈夫だよ)
(そうなんだ。それで何処に行くんだい?)
(今から天界に)
「ッ——?」
ロードを持ち上げようとすると何故かいつもより重みを感じた。まるで刀掛けに固定されたように持ち上がらない。
(ロード? どうしたの?)
(天界には····行かないで)
いつも聞く柔らかく優しい声色とは違い真剣さが伝わる声。違和感を感じロードから手を離した。
(······どうして?)
(それは····)
今まで何処かへロードを連れて行く時一度も断られたことはない。これが初めてだ。何か悪いことをした····覚えはない。昨日の夜もきちんと磨いたし毎日話してる。それどころか今まで一度もケンカをしたこともない。
(ごめん······絶対に行かないで。お願い)
見たことないくらいロードは頑なだった。
(でもロード、今すぐ行かないとシリスが危険なんだ。お願い)
(今回だけは·······嫌だ)
「ッ———」
(どうして····嫌なの。私に悪いところがあれば言って、頑張って何でも直すから。ロードに嫌な思いをさせていたならごめんなさっ——)
(——謝らないで。絶対に僕なんかに謝らないで。君に悪いところなんてひとつもない。君と一緒にいて嫌だったことなんて一度もない)
ロードはジンの言葉を打ち消すようにそう言った。
(お願いロード。私がロードを大切なくらい私にとってシリスのことも大切だから。お願い、今行かないと絶対に後悔する)
(············)
長い沈黙をおいてロードはようやく口を開いた。
(········ならひとつだけ約束して)
(分かった)
(シリスをもとに戻せたらそれ以上は誰にも関わらないで。もし約束を破れば僕が無理矢理君のことをここに戻す)
(うん。約束する)
ロードを再び手に取ると、今度は軽く持ち上げられた。
これほどロードが拒絶した理由は分からない。
ただシリスは必ず取り戻さないと駄目なんだ。
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一章 十六話「守られた笑顔」に挿絵を挿入しました
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