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英雄奪還編 後編
七章 第二十五話 幻想の加護
しおりを挟む(お姉ちゃんッ——)
完全に隙をつきガルミューラは『水麗』を突き刺した。
その矛先がリューリアに触れる直前、ガルミューラの頭にミルの声が響く。
「——!?」
突き刺したはずが、一切感触が無い。
矛先はリューリアの肌を透過したのだ。
視界に映ったその肌は透明化しその後直ぐに霧散していった。
「がはっ······」
目の前で起こったことを処理する間もなく腹部に激痛が走り吐血する。
「死になさい」
完全なるガルミューラの死角。
地面に顔を向けていたその上からリューリアの踵落としが迫った。
(お姉ちゃんッ——)
ミルの魔力波はその身体を突き動かす。
咄嗟に地面へと水麗を突き刺し反動で踵落としを避けた。
空中で翼を大きく広げ衝撃を逃しようやく地面に止まる。
「必死ねぇ、可愛らしいこと」
「お前····今何をした」
「さあ、何をしたのかしら。でも少なくとも私に敵わないことは理解できたかしら」
(水麗、何か違和感は感じなかったか)
(ええ、私にもよく分からなかったわ。あなたの狙いは正確だった。あのままいけば確実に致命傷を与えていたはずよ)
落ち着いた性格の水麗は激しい戦闘においても冷静な判断を下す。
その冷静さを信じているガルミューラだからこそ、リューリアに抱いていた違和感は更に増大した。
「戦闘中に敵の行動を冷静に判断することは大切よ。でも考え過ぎていてはあなたのお仲間が持たないかもしれないわね」
そう言われ周りの状況を確認する。
一見すると互角のように見える戦いも数の差があるため長期戦は不利である。
加えて特級天使二体と戦っていたミル達に関してはかなり苦戦を強いられているようだった。
(魔法による強化にも限界がある。コイツを倒さないことには勝利への糸口は無い)
「まだやる気なようね。いいわ、もう勝負は決まっているけれど最後まで付き合ってあげる」
(ガルミューラ、敵の武器を)
(········いつの間に)
何故かシーラを纏っていた紫色の魔力は完全に消え去っていた。
勿論、リューリアには一切のダメージが見られない。
「時間をかけるつもりはない。早急に終わらせる」
ガルミューラは翼を大きく広げ、空中に上がる。
早急な決着のためには得意とする空中戦を仕掛けるほかないのだ。
察したようにリューリアも空を飛ぶ。
両雄睨み合い、同時に空高く舞い上がった。
「さぁ、来なさいッ——」
ガルミューラの持つ紫色の魔力とリューリアの持つ藍色の魔力が空に軌道を描き交差する。
軌道は雷光の如く枝分かれし交差するたびに火花が散った。
「水天狼ッ——!!」
空中でリューリアが真下に位置する状況。
ガルミューラは空中で急停止し水天狼を放つ。
「下界の技にしては美しい」
重力と共に急降下した水天狼はリューリアを覆い鋭い牙が迫った。
水で構成された水天狼は魔力を帯びているためその硬度は鋼鉄の剣を遥かに凌駕する。
「ッ——!?」
しかしガルミューラの視界からリューリアの姿が消えた。
直後、背後からの殺気を感じ取り回し蹴りをする。
だが予期していたようにリューリアは蹴りを掴み取り回転の勢いのまま地上に投げ飛ばした。
「甘いのよ、あなたは」
投げ飛ばされ急降下する中、耳元に声が聞こえる。
「グハァアアッ」
背中に蹴りを受け、骨の砕けた音が聞こえた。
激しい痛みは波打つように伝播し更に急加速した身体は地面に叩きつけられる。
「ブハァあ"あ"ッ———」
背中から強く叩きつけられ鈍い音が耳に入るとともに大量に吐血する。
痛みで視覚や聴覚が鈍りただ感じるのは大量に吐いた血の味。
意識が朦朧とし視界が白くなってきていた。
(ガルミュー······、しっか······しな···さいッ——)
頭に聞こえてくる水麗の声までも途切れて聞こえるほど意識は遠のいていた。
リューリアは冷たい瞳で見下ろしシーラの剣先をガルミューラの顔に向けた。
「楽しかったわ。ありがとう」
避けようとその剣先を目で追うが視界が暗くなりはっきりと見えない。
(お姉······ちゃんッ——)
「ッ———」
その声が聞こえ上半身を無理矢理突き動かし迫る剣先を避けた。
(み、ミルカか!? お前こそ大丈夫なのか!!)
(私は····全然······大丈夫。お姉ちゃんなら、きっと勝てる)
先程より弱々しいミルの声。
身体全体の痛みよりも妹に対する心配が勝っていた。
(どういう状況だ。私ならッ······心配ない。すぐに助けに行く)
(············)
だがミルの声は聞こえてこない。
(スタンク····ドルトン····誰か返事しろ)
(············)
だが誰からの返答もなかった。
焦燥感に駆られつつ水麗を地面に突き刺し何とか立ち上がる。
「はぁ····はぁ····はぁぁはぁ」
呼吸は乱れ身体の各部分で骨が砕け変形しているのが分かる。
血は流れ水麗を握る力は確実に弱まっていた。
(ミル····ミル······大丈夫····なのか)
耐え難い痛みよりもただ妹の心配が頭を過ぎっていた。
リューリアは攻撃を仕掛けることもなく、辛うじて立つガルミューラを見つめる。
「頑張ったあなたにいいことを教えてあげる」
「———?」
「周りの様子を見ていなさい」
そう言われ周りの様子を見渡す。
だが広い結界内を飛び回っており元いた場所からは遠く離れていた。
そのためか誰の姿も見当たらない。
「どういう····意味だ」
その問いにリューリアは何も答えず小さく笑みを浮かべる。
すると隣から二つの転移魔法陣が出現しガルミューラの顔は青ざめた。
「こういうことよ」
現れた二人は先程の特級天使であった。
疲弊により思考は鈍るもその意味は理解できる。
「ミル······」
顔は絶望に染まり全身の力が抜けるように膝から崩れ落ちた。
「あぁ····あぁあ」
(ガルミューラッ、しっかりしなさい。ジン様の強化魔法がかかっている、きっと大丈夫····きっとッ)
水麗の言葉すら入ってこず、頭の中は真っ白になっていた。
そしてリューリアはあたかもその顔を見て愉悦に浸る様子であった。
「私の持つ加護はね、『幻想』の加護。途中からあなたの目に入っていたお仲間は私が作り出した幻よ。あなたのお仲間は随分前に倒れているわ」
正直、リューリアの言っていることがよく分からなかった。
「随分····前······」
「あら、どれくらい前か気になるの? そうね~あなたが得意げに私の幻を突き刺そうとしたときくらいかしら」
「嘘を····つくな。ミルは····ずっと····私を」
「あら? もしかして妹ちゃんの声が聞こえていたの? 凄いわね、それだけあなたのことが心配だったんでしょう。倒れてもなお····ね」
「············」
「でもあなたは、妹ちゃんの期待に応えられなかった。全てあなたの弱さが原因よ」
水麗は手から離れ音を立てて無機質な地面に落ちる。
地面に手をつき絶望の淵に立たされた。
「でも強かったわよ、あなたのお仲間。あなたと戦いながら幻を通じて様子を見ていたの。この子達だけなら、もしかすると負けていたかもしれないわね。これで分かったかしら、大天使の強さが」
無防備なガルミューラに近づき蔑むような目でガルミューラを見下ろす。
「はぁ····」
小さく溜め息が聞こえた。
「グぁあッ——」
折れた肋を狙うようにリューリアは蹴り上げ受け身も取らずに数メートル吹き飛ばされた。
(あの子は······最後まで····)
「クフフ、やっぱり下界の民を痛ぶるのは面白いわね」
「あぁああッ」
悲痛な叫び声が響く。
ガルミューラに再び近づき今度はその肩にシーラを突き刺した。
痛みを感じさせるようにシーラをゆっくり動かし更にその笑みを深くする。
「こんなに弱いお姉ちゃんを持って、妹ちゃんは不幸ねぇ~」
「ウァアアぁあ”あ”——ッ」
(ガルミューラッ——しっかりしなさい!!)
水麗の叫びは届かず胸が引き裂かれるような悲しみに打ちのめされていた。
(全部······私のせいだ)
足で仰向けにさせられ、その視界には紫がかった曇り空が広がっている。
虚ろな瞳は焦点が合わず完全に生気を失っていた。
(私がもっと強ければ····)
「アハハハッ!!」
リューリアは突き刺した部分を強く踏み付け愉快に笑う。
ガルミューラは痛みよりも後悔に駆られていた。
「あなた、どうしてそんなに弱いのかしらぁ。可哀想ねぇ」
リューリアは笑いながら傷だらけの身体を幾度となく痛めつけた。
致死量に達するほど吐血し肉体は既に限界。
必死にかけてくる水麗の言葉を聞き取ることさえもできない。
「助け····ミ·····を」
「くふふっ、あなたもしかしてまだ生き残れると思ってるの? もうあなたの肉体は限界を越えているわよ。仲間が来ても助からない」
冬の時期、ガルミューラの命を削るのはリューリアの攻撃だけでなく凍えるような寒さも同様であった。
体温は徐々に低下し呼吸は小さくなっていく。
ガルミューラの命は徐々に終わりへと近づいていた。
「ミル····ミル·····を助け····」
ガルミューラの掠れた声にリューリアは苛つき舌打ちをする。
「聞きたくないのよ、あなたみたいな偽善者の言葉は。痛いなら苦しみなさい。感じるでしょ、もうすぐ来る自分の死を。この状況になってまで妹の心配? 鬱陶しいのよッ—」
「あぁああア”ア”ッ——」
僅かな命の灯火。
それを途絶えさすように無防備な腹部を踏みつけた。
(助けて······)
「············」
涙は頬を伝い命の終わりを示すようにゆっくりと地面に近づいた。
(トキワ····)
———その時、鈍い音が地面に響きガルミューラは優しく持ち上げられた。
感じたことのないような安心感、痛みを忘れ暖かさに包まれる。
「これも······幻か」
その顔が視界に入り、笑みが溢れた。
「幻じゃねえ。側にいる」
「······」
「これから先、死ぬまでな」
「······フッ、なら····もう······すぐ····」
「······安心しろ、必ず助ける」
言葉を聞きトキワの目を真っ直ぐ見つめる。
そしてガルミューラは安心したように目を閉じた。
「······あなた、どうやって結界を」
リューリアは息を呑み、必死で平静を保っていた。
目の前にトキワが現れた瞬間、両隣に居た二人の特級天使は地面に倒れ伏していたのだ。
(見えなかった、何も)
身体は硬直し、魔法を発動させることにすら恐怖を覚えた。
そしてすぐさま、その場にもう一人現れる。
「トキワさん、ミルさん達は無事に保護しました」
落ち着いた様子でトキワに報告したルドラはパチンッと指を鳴らす。
「そ、そんなはずはッ——」
地面にドサッと音が鳴り、その場には大量の天使達が倒れていた。
(戦ってはいけない、この男だけはッ——)
「ジン様は殺しを好まれませんので。全員気絶させています」
(勝てないッ)
一瞬で悟ったリューリアはすぐさま転移魔法陣を地面に展開した。
「ッ———」
同時に感じたのは、悍ましいほどの殺気。
トキワの顔を見た瞬間、血の気が引いた。
かつてないほどの恐怖は身体を震わせ、鼓動が鳴り響く。
「今は逃げてもいい。だがよ、まともな死に方は望むな。てめぇの魂は天界に帰らない」
トキワの言葉を聞き青ざめた顔のままリューリアは姿を消した。
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