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英雄奪還編 後編
七章 第二十四話 広がる戦場
しおりを挟む意思の宿る地——ウィルモンドに存在するニュートラルド、アルムガルド、そしてユーズファルドの三つの世界。
これらの世界を行き来することは限られた者にしか許されていない。
その内の二人は数多ある意思の信頼を得てウィルモンドの守護を任されこの権利を有していた。
しかし両者共に初めは守護という存在からはかけ離れた存在であった。
一方は鬼幻郷を侵略し、もう一方に関してはニュートラルドに侵攻し一度は命を失った。
二人の共通点は同じ者に救われまたその者に返しきれないほどの恩を抱いているということ。
二人の名はヘリアルとヘルメス、龍人族の兄弟であった。
「兄者、どうやら外の世界では女神の粛清が始まったようだ。我の元に先程魔力波が入ってきた」
「······そうか。それよりも以前言ったであろう、その”我”という一人称はやめろヘルメス。何処かのバカ鬼と同じだ」
「な、ならばどうすればよい。ヘルメスの元に先程魔力波が入ってきた····これでいいのかッ—」
「やめろ気色悪いッ——その歳にまでなって自分の名前を言うやつがおるか。”俺”でいいだろう」
「そうか、俺だな。まあいい、それよりもジンからの魔力波だ。”俺に来た”ジンからの魔力波だ」
「瞑想するために魔力を遮断していただけだ。そうでなければ兄である俺に来ていた。ジンはお前よりも俺のことを信頼しているからな」
「フンっ、まあいい。ゼフさんがもうじきユーズファルドに来られるはずだ。敵は何処に現れると思う」
「そうだな······もし低リスクで意思を手に入れたいのならばニュートラルドか」
武器でも道具でもない無垢の意思のみが存在するニュートラルド。
他二つの世界と比べれば意思の持つ戦闘力は低く確実性を求めるならば明らかであった。
——だが
「俺の見立てでは攻め込まれるのはアルムガルドだ」
ヘルメスの予想は全く異なった。
「アルムガルド? 敵が何故それほどの危険を犯す必要がある。アルムガルドの意思は一人一人がかなりの強さを持つ。それに武器の王との戦闘は女神であろうとも避けるはずだ」
「いいや、敵には機人族もいる。あの者達は別格だ。性格上強い者を求めアルムガルドを攻め落とすはず、さらに言えば質の高い意思を手に入れることを優先するだろう。だから俺達はアルムガルドに向かって防御陣営を張る。一時的にニュートラルドの意思をユーズファルドに避難させたのはそのためだ」
「そうか、了解だ······だがウィルモンドに侵入することはそう簡単ではない。まだ時間がかかるはずだ。今のうちに結界の構築と戦力の確保を行う」
「戦力の確保?」
「ああ、戦える意思に協力を仰ぐ。外の世界から協力を仰ぐわけにもいかない」
「必要ならばボーンネルから戦力を割いてくれるそうだぞ」
しかしヘリアルは首を横に振る。
「それは無しだ。俺達はこの場の守護を任された者。ジンにこれ以上手間を取らせるわけにはいかない。急ぐぞ」
二人は龍化しウィルモンドの上空を飛ぶ。
空を舞う二体の守護龍の下、数多の意思がその姿を見上げていた。
この世界でも戦争の始まりは確実に近づいていたのだ。
*************************************
バグの転移魔法によりトキワやゼステナとは別の場所に飛ばされたヒュード族。
強く瞼を閉じていたミルは何かを抱きしめ顔を埋めていた。
落ち着く香り、直ぐに聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ミル、大丈夫か?」
「うん。大丈夫。お姉ちゃん、ここはどこ? トキワお兄ちゃんがいない」
「恐らくあの場にいた全員が転移させられた。戦力の分断が目的だろう」
「まずは安否確認だ。スタンク、ドルトンいるか?」
「いるっすよードルトンもここにいます。どうやらヒュード族の全員ここに飛ばされたみたいでッ——」
「ッ——スタンク!!」
スタンクはその一瞬、背後から自身に向かう殺意を感じ取った。
「伏せろッ——!!」
その殺気は的中し、突如二人の視界にその顔が映った。
長く鋭利な刀身がスタンクの首に迫りミルから血の気が引く。
(間に合わッ——)
しかしその刹那、ガルミューラの『水麗』は刀身へと伸び向きを変えた。
スタンクの髪は少し切れ、すぐさまガルミューラに掴まれ後ろに投げ飛ばされる。
「あら。残念」
「敵だッ——全員警戒しろッ」
その言葉に全員ハッとし武器を構える。
天使の大軍は音も無く現れた。目の前にいた敵はおよそ百人程度。
戦いに来ていたヒュード族の数は五十人程であり戦力差は大きかった。
「お姉ちゃん、トキワお兄ちゃんに魔力波が届かない」
(·····結界が張られているようだが、この中では使用可能なようだ)
周囲を確認すると薄い紫色の結界が周りの空間を囲んでいた。
ガルミューラから距離を取り、女は整った顔に妖艶な笑みを浮かべる。
「ふ~ん、よく気づいたわね。あなたやるじゃない。でもあなたを倒してしまえば他はそうでもなさそうかしら」
(コイツから感じる魔力量、間違いなく大天使だな。横にいる二体は特級天使。下級天使も見られるが全員練度は高い)
その大天使——リューリアはガルミューラの見立て通り大天使である。
だが大天使という存在とは裏腹に妖艶な雰囲気を醸し出した、ガルミューラとは正反対の者であった。
(ガルミューラ様。ジン様の強化魔法があるとはいえこちらが少々不利です。外に出て応援を呼んで来ます)
(分かった)
ドルトンはガルミューラにそう伝え静かにその場から立ち去ろうとした。
「くふふっ、待ちなさい。あなた達はもうここから出られないわよ」
リューリアの言葉にドルトンの足が止まる。
「······どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。私がいる限り結界内にいるあなた達は死ぬまで出られないわ。ここはカモフラージュされているから結界の外からあなた達のお仲間は助けに来れない。戦う前から勝負は決まってるの。ざ~んねん」
「つまりお前を倒せばいいんだな」
「くふふっ、あなたに出来るならね。さっき見た中だと私と互角で戦えるのは、呪帝と女の祖龍、それと······あのイケてるお兄さんかしら」
「············い、イケてる奴なんていたか。イケてるぅ······イケてるぅだよな····うん、イケてるってイケメンみたいな····その顔がうん、イケてる奴····いけめん······いけ····」
ガルミューラの頭にはただ一人の顔が浮かぶ。
突如顔に熱を感じ、真っ白な顔は少し赤みを帯びた。
「そ、そうか。お前もイケていると····思ったのか。そうだよな、客観的に見た結果だから。主観的でなく····あくまで客観的な······うん」
「はぁ····お姉ちゃん」
その様子を見てリューリアは悟ったように小さく笑みを浮かべた。
「あらあら。もしかしてあなた、あのハンサム君のことが······好きなのかしら」
核心をついた質問。
周りにいたヒュード族の者達は戦場ということを忘れ、ガルミューラを見つめた。
数秒の沈黙、そしてその重たい口は開かれた。
「今はまだ、好きになれない」
(はぁ)
(はぁぁ)
(はぁああ——)
ミル達の心の中では深い溜め息が響いた。
「······ふーん。つまらないのぉ。まあいいわ、もう一生逢えないんだから。あなた達、相手の生死は気にしなくてもいいわ。始めましょう、粛清を」
(ミル、スタンク、ドルトン。お前達三人で特級二体の相手を。こちらの方が数は不利だ。一対複数の状況を作らされるな。必ず協力して戦え)
((了解ッ–—))
ガルミューラの的確な指示が飛び飛空部隊は陣形を取る。
全員、強化魔法がかけられたことによりその身体能力は普段の数倍程度まで引き伸ばされていた。
そして巨大な翼を持つヒュード族は天使族との空中戦に対抗できる数少ない種族でもあるのだ。
リューリアは手を前に翳しそれが出撃の合図となる。
「ッ——」
ガルミューラの視界は確かにその様子を捉える。
しかし気づけば、鋭い剣先が目の前を通過し咄嗟に仰け反っていた。
「———?」
そして空を切ったリューリアは違和感を感じた。
(リューリアさんっ何かがわたくしを)
右手に持つ剣には『シーラ』という意思が宿る。
その意思が咄嗟に危険信号を知らせた。
「紫色の魔力······」
いつの間にかシーラを纏うようにして紫色の魔力が出現していた。
それはガルミューラ特有の弱体化魔法。
斬撃を避けたその一瞬、ほんの僅かシーラに触れていたのだ。
「効かないわよッ——」
だがリューリアは続け様に正確無比な突きを繰り出す。
弱体化されているとはいえその鋭い剣先はガルミューラの肌を貫通するには十分である。
(速い、それに重たいッ)
長柄の『水麗』で細かい突きを捌くのは容易ではない。
激しい突きを瞬時に認識し、考える前に水麗を振りかざす。
僅かなミスも許されない攻防に深い思考は許されない。無意識の内に視界には火花が散っていた。
「———?」
だが突然、突きは止みシーラの剣先は地面につく。
「効いてきたようだな」
先程までシーラを纏っていた紫色の魔力は増大しその刀身を蝕んでいた。
「なッ——」
地面に向かったシーラの重みにリューリアの重心はブレ身体が傾いた。
そしてガルミューラはこの一瞬を見逃さない。
血の気の引いたリューリアの顔が視界に入り、勝敗を確信した——
「——!!?」
はずであった。
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