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英雄奪還編 後編

七章 第十八話 鐘は再び鳴る

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モルガンの頭に内蔵されている微小なチップは精密なセンサと連動し、敵の強さを測定する。
しかし、その測定基準は非常に高く自身よりも格下の者ならばたとえ帝王が相手であろうとも反応することは無い。
だからこそ、聞いたことのないようなその警告音を聞きモルガンは焦りを隠せないでいた。
主に届き得るかもしれない、前に立つ存在を捉えた瞬間自然に頭を過ったその言葉はモルガンの焦りを最大限の警戒に変化させた。

「あ、あんたは······」

「ボル。ジンのナカマ」

「ボルッ—ジンからよく聞く名だ」

「····そ、そうナンダ」

「だがどうして····」

「サーベラから見えタンダ。全員怪我は酷そうだけど、まだ間に合いそうダネ」

「ああ、巨人族の生命力だ。簡単には死なん」

オーダリは父親の肩を持ったまま真っ直ぐボルの目を見つめた。

「一目で分かる、あんた強えんだろ······親父をッ—助けてくれ」

「よく耐えタネ。オツカレ」

今この時においては場違いな落ち着いた声の調子。だが絶望の淵に立たされたオーダリの心を落ち着かせるにはあまりに十分なものだった。

「······フン、この状況で何が出来る。相手を弁えろ」

「そうカナ。少なくとも質と量でなら負けてるのはそっちだけドネ」

「何?」

落ち着いたはずのオーダリの胸はいつの間にか高鳴っていた。

「あ····ああ」

地面に伏した数十万人の巨人族、現れた軍団の数は五百にも満たない。
だがそれでも、オーダリの胸の高まりは止まることなどなかった。
感情の高まりは目頭を熱くし、オーダリに立ち上がる勇気を与えた。

「ボルさん、隕石が来てます。先にあれをどうにかしましょう」

「俺の武器の力であの隕石は硬質化している。すまんな、俺しか硬度と大きさは変えられんが····もう身体が動かん」

「大丈夫、ゼグトスに頼ムヨ。転移魔法陣で宇宙にでも捨ててモラオウ」

「そ、そんなこと出来るわけッ—」

「任セテ」

(ゼグトス、座標は今送った通りで大きさはサーベラをミテ)

(了解ですボルさん。加えて数は限られますが私の特殊領域へ繋がる転移魔法陣も並行して構築します。癒す者ヒーリングズの皆さんが中に居ますので怪我人を転移魔法陣に避難させてください)

(オケ。アリガト)

(ボルさん、俺ら剛人族で巨人族を全員運び込む。敵は任せて構わないか?)

(リョウカイ)

クドルフとモルガンは動き始めた剛人族に攻撃を仕掛けることはない。両者とも、片手間のみで対処できるような相手ではないと理解しているからである。
そして身構えると同時に空を覆い隠すほどの巨大な魔法陣が展開される。
その様子を視界に捉えることは無い。僅か数秒という時間、しかし二人の耳に先ほどから鳴り響いていた轟音は消え去り辺りは何事も無かったように剛人族の声のみが聞こえてきた。

「真ん中の奴は確かに強敵だ。だが他はただの人間に過ぎん。大天使たる私も動くとしよう」

「おいおい聞こえてるよあんた。”今”の私達を侮辱するのは私達の王が侮辱されているようで腹が立つね」

「唯の人という分際で、大天使と戦えることを有り難く思え」

その場にいた傭兵の数は五十人。
だが相手が大天使である以上、必要なのは数の暴力などではなかった。

「来いッ——」

バンブルとナリーゼを先頭に走り出す。全員、姿勢は低くくし獲物を狩るかの如く鋭い眼光でクドルフを見つめた。
その速度は常人では到底辿り着くことの出来ない素早さである。
だがジンの強化魔法により極限まで引き上げられた身体能力がそれを可能にしていたのだ。

天流てんりゅうの構え」

動くことなくその場に構えたクドルフに全員からの猛攻が始まった。
長柄の武器も傭兵同士でぶつかり合うことはく、鍛え上げられた連携は数ミリまでの誤差すら生み出すことなどない。
クドルフが攻撃を受け流した瞬間僅かな間隙を縫うようにして次の一打が繰り出される。
その猛撃は反撃不可の監獄を作り出していたのだ。

「······人にしてはやりよる」

しかし四方八方からの攻撃は最低限の動作で受け流され直接当たることはない。
ボルとモルガンはその様子を遠目から見つめつつ動かないでいた。
誤差の無い猛撃と隙のない構え、僅かなミスによりその均衡は——

「ッ——!?」

崩れ去るのだ。

「グッ——」

クドルフの右肩に拳がぶつかり体勢が崩れた。
天流の構えは乱れるが誤差の無い追撃が止むことはない。
構えは解かれようと己が持つ動体視力と反射神経のみで演舞のように猛撃を回避し始める。

「——調子に乗るなよ人間下界の民

全員、クドルフの雰囲気が変化したことを察する。
一瞬のアイコンタクトで陣形を変えクドルフから距離をとる。
傭兵の中央にいたクドルフは魔力を凝縮させ強烈な引力を生み出した。

天引力ゼノヴァース

生み出された力場は渦を巻き周りの物体を引き寄せ始めた。

「早急に終わらせてもらおう」

クドルフが一点に魔力を集中させると引力の範囲は広がり傭兵達を包み込んだ。

(ゼルタス)

しかしその力場が傭兵達を呑み込む前にゼルタスがクドルフの目の前に投げ込まれた。

「何の真似だ······ なッ!?」

突然、渦巻いていた引力は逆回転を始めゼルタスの方向へと引力が働き始めた。
天引力ゼノヴァースの引力を超えるその力はクドルフの身体のみを強く引き寄せる。

(これは——)

「魔力だ、天使族」

モルガンの声にハッとなったクドルフはすぐさま天引力ゼノヴァースを解除させる。
するとゼルタスの引力は止み、空間の力場は消え去った。
戦闘は一度止み、暫しの静寂が訪れる——訳ではなかった。

「退いていろ天使」

(全員、下がっテテ)

モルガンの足は静かに地面から離れ、辺りに風を生み出す。
素早くかつ変則的な動きは傭兵達の目で追うことは容易でなかった。
ただ一点確かなのは、ボルのみを標的にしていたこと。
ゼルタスはクドルフの近くに置かれたままでボルは素手の状態である。

(見えるぞ、お前の動きが)

モルガンが持つ強さの一端はその観察眼である。
僅かな手の動きや筋力の入り具合、それらから一瞬にして行動を予測するのだ。

(右手でいなした後、死角からの回し蹴り)

モルガンは一打目から強烈な突きを放った。
一見すると単純な突き。だがボルにぶつかる直前モルガンの手は奇怪な音を立てた。
その突きは手先がドリルのように高速回転することにより威力を増す。
人の身で弾こうものなら致命傷は避けれない。

「なッ——!?」

——しかしであった。突き出した右手は動きを止め、回転力は失われていた。

(此奴、無理矢理止めよった)

「グゥッ——」

動揺した隙にモルガンの右頬に衝撃が走った。
久々に感じた痛み。頭が揺れ、視界が一瞬乱れた。

「消え去れッ——!」

焦燥感に駆られ、反射的に反撃をしていた。
すぐさま練り上げられた魔力の塊から光線が生み出され、至近距離からの攻撃を繰り出すがボルには当たらない。
焦りから一瞬冷静な判断が失われるがすぐに持ち直す。
周りから見れば何が起こったのかすら分からないような一瞬の攻防。
だが確実にモルガンは今すべき最善策を導き出した。

「退くぞ、天使族」

「な、何を言う。目的を忘れたのか。此奴らを倒して巨帝を支配下に入れる。それまでは帰れん」

「目的を前にして盲目になるな。彼奴と巨帝の持つ意思の能力が知れただけで十分だ」

「······ふむ、ならば仕方ない」

そしてモルガンは一度前に出てボルを見つめた。

「大陸にお前のような者がいたとはな。まだこの大陸と”繋がっていた”時にお前ほどの強さを持つ者は三人しかいなかった」

「ソウ。君達と戦うのは面倒くさそうダネ」

「····お前達にかかる強化魔法。お前と同等かそれ以上の者がいるようだな····面白い」

そう言い残し、二人は一瞬にしてその場から姿を消し去ったのだった。


*************************************


冬の冷たい風が吹き荒れ、外は極寒と言えるほどの気温。だが心は何故か安心感に包まれ、身体に痛みや疲労など感じない。ゆっくりと瞼を開けると、あたたかみのある光が差し込んでいた。

「······死んでしまったか」

自然とそう言葉が漏れる。それほどに心地が良く夢見心地のようだった。

「えへへっ、死んでないよ。ダイハードさん」

「······ジン?」

目覚めたばかりの狭いダイハードの視界にはジンの顔が見えた。

「親父ッ——」

「お、オーダリ、無事か」

「無事だ、他のヤツも全員怪我は酷いが死人は出てない。親父の怪我が一番酷かったんだからな」

周りの様子を見回すが見たことのないような場所だった。

「ここは」

「ボーンネルだよ。建物の修復は機械兵のみんなに任せてるからもう少しで元に戻ると思うよ。何処か痛いところは無い?」

「問題ない。何から何まで本当に感謝する。あのあと敵はどうなった」

「帰って行ったってさ。もう大丈夫だよ」

ダイハードさんの怪我はかなり重傷だったけど何とか傷はある程度回復したのだ。

「ジンさん、どう御礼を言えばいいのか。ほんッ—とうに····感謝する」

「ううん、大丈夫。私はもう行くよ。ゆっくりしてね」


ボルの報告では機人族が現れたということだった。
サーベラから見ていたゼステナの話を聞くと今の機人族は女神クラスの人がかなりいるらしいのだ。
第一陣はベオウルフとニルギスさんの元には未だ現れず他の場所は各部隊が支援に向かっている。第一陣でこれほど被害が出ているので外に出たいけどクレースが許してくれない。今は回復担当として働きまわるしかないのだ。ということで今はモンドの中にいる。死人が出ていないのが何よりもの救いだ。
一度外に出て辺りの様子を見るがここは第一陣が消えてからは静かなままでその後は何も起こっていない。

「クレース、他の場所の様子は分かる?」

「ネフティスのところにはトキワが向かったから、まあ大丈夫だろう。イースバルトには大天使が現れたようだが嵐帝軍とシリスで撃退したとのことだ」

「おぉ、流石シリス」

「それとゲルオードだが、援軍として閻魁を向かわせた。まあ何とかなるだろう」

「あはは。結局我慢できなかったんだね、閻魁」

「····何か聞こえないか」

「ん?······鐘の音?」

その時、何処からともなく不思議な音が聞こえてきた。
——と同時にクレースの顔つきが変わった。

不思議な鐘の音、上空から響くその音は徐々にその大きさを増していき地上へと近づいてきた。
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