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英雄奪還編 後編

七章 第十二話 嵐の集会

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「女神を信仰する者達による暴動は各国で起こっていますが、機械兵によりその殆どが鎮圧完了です。加えて支援を受けた数国からこの国を支援するという名目で大量のお金が舞い込んできました。ほとんどの国が自身の国を最優先に守って欲しいという内容の書簡を同封しておりましたのでお金はあくまで交渉材料に過ぎないということでしょう。無視してこの国のために使いましょう」

「あははぁ。使い道はエルシアに任せるよ。機械兵は今配置している数で足りそうかな」

「機動力を考えるに避難させるだけならば十分な数がいますのでご安心を」

増産した機械兵は支援する国に構築した特殊結界上に設置され今ではその殆どが完了した。初めこそ一部の人から安全性を疑われ機械兵の導入を拒むような声も上がったが今となっては欠かせない存在となった。機械兵の意思は全てギルバルトに委ねらているため安全であるのは確かなのだ。

「······ジン様、この国の民は何の心配もしておりません。全員が私達を導かれるあなた様を信じてついてきております。国民は皆ジン様のことを心の底から尊敬しているのです。ですから····無理はなさらないでくださいね、私達にあなたの存在は不可欠です」

「うん、分かった。エルシアも無理しちゃ駄目だよ。最近働きすぎてない?」

正直に言ってエルシアの休んでいる姿はほとんど見たことがない。この国の財政面はエルシアに丸投げしてしまっているので言う資格なんてないかもしれないがこのままだといつか倒れてしまうほどだ。

「いいえ、他の者達とうまく役割分担をしていますので全く問題ありません。昨日はたっぷり9時間睡眠でしたから、フフッ」

「あはは、ならよかったよ」

「あっ、申し訳ありません。そろそろお時間でしたね」

「全然いいよ、話せてよかった」

今日はここを含め周辺国がバーガル王国に集まって話し合いをすることになっている。ここに招くのも良かったが他国からすればかなり辺境に位置するこの国は何かと不便なのだ。参加する国は支援する国が大半で何故か分からないがシリスも護衛という名目で来ることになっている。ベージュさんが許可したそうなのでいいらしい。

「ジン、ラルカが服を用意してたぞ。一緒に着替えに行こう」

「うん。またねエルシア」

「はい、お気をつけて」

そして何故か分からないが上機嫌のクレースに連れられラルカの洋服店に向かった。
ラルカの洋服店は改築されこの国のレストランと同様に他国からの人気も高い。しかし女神の粛清に備えるために今は一時的にお店を閉めその他諸々を手伝ってもらっているのだ。とは言っても本人は洋服を作ることが好きなので空いている時間には好きで何かを作っているということもよくある。

「ジン様! こちらへ、お手伝い致します」

「えっ、あっ、ちょっと待っ—」

扉を開けようとした瞬間、内側から扉が開くとラルカに手を握られ奥の試着室へと連れ去られていった。
それからあっという間に用意された服を着せてもらうと目の前に鏡が現れる。

「うわぁあ······」

着せてもらっていた時には気づかなかったが鏡に映る洋服を見て思わず声が出た。

「お似合いです······か、可愛い過ぎます」

白を基調としたその服にはクレースの毛並みのように存在感のある綺麗な黄金色の線が入っていた。胸元には対照的な黒色のリボンが施され同じ色の可愛らしいベルトも付いている。袖の部分は少しダボっとしており羽のようにひらひらとしていてとても動きやすい。それと背中には毛皮で出来たふわふわのマントが付いていた。着心地はとてもよく内側の生地はすべすべとした気持ちのいい素材で出来ていた。

「いつもありがとう、ラルカ」

「いいえ、何処かきつい部分はありませんか?」

「大丈夫だよ、行ってくるね」

「安心しました。それではお気をつけて」

気づけばあっという間に出発時間になっていた。しかしバーガル王国に向かう際にはゼグトスの転移魔法陣を使用するため移動にかかる時間はほとんどない。

「えぇ、クリュス姉さんはいいのにぼくは連れていってくれないの?」

「パールちゃんも今日は留守番しているのよ。すぐに帰ってくるわ、ボルさんの手伝いをしていなさい」

パールは寝てしまったので家でガルとお留守番だ。話し合いに行くだけなのでクレースとゼグトス、それに外交担当のクリュスのみがついてきてくれる。

「何かあれば知らせてね」

「ジン様、嵐帝がバーガル王国に到着したようでたった今報告が入りました。魔力波で送られてきた座標では少し城まで距離がありますがそこに転移されますか?」

「シリスが? じゃあそれでお願い」

出発する時にはまるで凱旋のように周りにみんなが集まっていた。でも多分簡単な話し合いなので数時間で帰ってこれる。そしてみんなからの見送りを受けながらゼグトスの転移魔法陣によりバーガル王国へと移動した。

「ッ———!?」

「キャッ—」

転移先に辿り着いた瞬間、視界にシリスの顔が入りこみ後ろにのけぞる。幸い後ろにいたクレースにもたれかかることで押し倒されずに済んだ。それはそうとクレースから「キャッ—」というあんなに可愛らしい悲鳴を聞いた。様子が気になり後ろを振り返ると何故か顔が火照っている。

「大丈夫?」

「あっ、ああ。大丈夫だ」

「お二人にご迷惑ですよシリス様。離れてください。ジン様、クレース様申し訳ありません」

「ちぇえ、分かっているわ」

「おはようシリス」

「おはようだな! 会いたかったぞ、可愛い服だな」

シリスはジンのほっぺたに自分のほっぺたをすり合わせて子どものように甘え始めた。

「えへへぇ、ラルカがつくってくれたの。そういえばシリスは今日どうして来てくれたの?」

「えっと····今日はぁ······」

「すみません、どうしても行くと言って聞かなかったので」

「あはは、そうなんだ」

転移した位置はバーガル王国に入る門の前だ。思えば初めてバーガル王国に行った時は国の中に入るのが一つの壁だった。門の前には話し合いに出席すると思われる国の馬車や要人達を迎え入れるバーガル王国の兵士の姿が目立つ。それに加えてかなりの厳戒態勢が敷かれてる。おそらく先日の暴動によりさらに緊張が高まったのだと思う。

「シリス様、やはりこのまま進んでは混乱が起こります。話し合いの場までは転移魔法で移動しましょう」

「イーヤーだッ」

「······はぁ」

ため息を吐きながらもシリスの意見を否定するわけにもいかない。一応はベージュも意見を述べてみるがその意見が採用されることはほとんどない。できるだけでもシリスに行動を自制させるためにそうしているのだ。
膨れっ面のシリスの言うことに渋々頷きベージュは後ろについた。

「ジン様、もう少し時間がありそうですので町の様子を見るのもいいかと」

「おお、流石だなクリュス! 私も行くぞ!」

「でもシリスは有名人だからみんなに気づかれない?」

「フッフッフ、大丈夫だぞ。背中の紋章を隠せば誰にも気づかれない!」

そう言ってクリュスは羽織っていたマントを空中に脱ぎ捨てる。
宙を舞うそのマントには大きな紋章が刻まれているのが見えた。
不思議なことに投げ捨てられたマントは空中で静かに消えていつの間にかシリスの服が変わっていたのだ。

「これで問題ない! 行くぞ!」

門の前では厳格な入国審査が行われていた。今日この門を通れるのはバーガル王国に招かれた各国の人に加えてここに住む住人と物資を運んできた商人のみ。それ故特別な理由がない限りは他の国から観光に来た場合等でも入れてもらえないほどだ。

「ジン様、少々お待ちを」

そう言うとクリュスは門の前にいた兵士に話しかける。
兵士の人はこちらをチラッと見ると首を傾げクリュスに向かって首を横に振った。
しかし隣にいた兵士がクリュスに気づくとすぐさま青ざめた顔で駆け寄り物凄い角度で頭を下げた。

「ジン様、お待たせ致しました。入りましょう」

門を入り視界に入ってきたのは高価そうな馬車や各国の要人と思われる人達。
それに加えて前来た時のようにお洒落なお店が所狭しと並んでいた。
他国に自国の魅力をアピールするためなのか並んでいたお店はかなり気合いが入っていた。

「喉が渇いたぞ!」

シリスはジンの手を掴み、走り出した。 
一見すれば小さな二人の女の子が嬉嬉として遊ぶ微笑ましい様子。
しかし正真正銘二人は帝王と国王なのだ。

「シリス様、あまり遠くに行ってはいけませんよー!」

シリスの予想も出来ないルートを高速で移動しクレース達四人は必死についていく。
途中で迷子になりながらも二人は無事元の場所へと帰還しついていっただけの四人は既に体力を奪われていた。
そうしてしばらくの間二人がお店を見ている間に時間が経っていた。

「シリス様、そろそろお時間ですよ」

「えぇもうなのか!? まだ遊んでたいぞ!」

「行こっ、シリス」

「うん!」

バーガル王国城に集まった国は総勢10ヶ国であり、そのうち大国と呼ばれる国は四つあった。
国力を示すという意味を込めて各国の要人にはその国最高峰クラスの者が護衛につけられている。
同じ場所にいると言っても親交的な関係を持つ国同士ばかりが集まっているというわけではない。
しかしこの際、関係の悪い国同士も距離をとっているわけにもいかないのだ。

「じ、ジン殿、既にお越し頂いていたとは。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。本日はご多忙の中遠路はるばるお越し頂き誠にありがとうございます。先日も助かりました」

指定の大部屋の前でブルファンが大急ぎで駆け寄ってきた。

「あはは、そんなに硬くならなくても大丈夫だよ」

「いえいえ、そちらの方は」

「わははは! 我こそは史上最強の初代嵐帝、シリス・スタームだぞ!」

史上最強の初代嵐帝というツッコミどころのある自己紹介だがブルファンはぽかんと口を開けて固まってしまった。
慌てて出席者が記載されている紙を見つめるが嵐帝の文字はない。
しかしシリスの羽織っていたマントに記されていた紋章を見て瞳孔が大きく開く。
その紋章はまさしく嵐帝の紋章であった。もし冗談でその紋章を使おうものならば、帝王の怒りを買い一国の国王でも死を免れない。それ故一般の者がわざわざそのような真似をすることなど絶対にないのだ。

「ッ——」

無意識に呼吸を忘れていたブルファンは息を止めたままもう一度紙をよく見る。
するとその紙には『ボーンネル』国王ジンと書かれた隣に護衛として「シリス・スターム」の名前があったのだ。

「ららららららッ—嵐帝様!?」

そして意識を取り戻したかのように大声でその名を口にした。

「しししょッ—少々お待ちを!」

ブルファンは足早に部屋の中へと向かい、少し経つと再び慌てた様子で駆け寄ってきた。

「た、大変申し上げにくいのですが、混乱を避けるためにも嵐帝様は正体を隠したままのご出席ということにしていただけないでしょうか······」

ブルファンはシリスの顔色を伺いながらごまをすって懇願してきた。

「ジンの隣に座っておくか? 黙っていればバレないだろう」

「ええ、私やクリュスもそれとなく話を合わせてもいいですよ」

「そうするぞ!」

「お、お心遣い感謝致します。それでは中へどうぞ、お二人の席は一番目立つ場所に置いております」

ジンたちが入る前から部屋の中にはかなりの緊張感が広がっていた。
それもそのはず、もしこの場で間違いを犯すということは国の滅亡を意味するからだ。それに加えて実際にジンの姿を見たことのあるものはほとんどないため、どのように接するのかも分からない。
各国にとっては国の存続が左右される大勝負なのだ。
ブルファンが扉を開き、入ってきた人物へ部屋にいた者達の視線が集まった。

しかしその空気は先頭に立っていた少女のニコッという笑顔により急激に緩まる。
誰も言葉ひとつ発することなくその姿に見惚れたまま席につく様子をただ見つめていた。
そして同時にその場にいた数名の顔がクリュスの姿を見つけ分かりやすく青ざめた。

「王よ皆様が揃われました」

「そ、そうか、分かった······えっ、わしが仕切るの?」

「いいえ、報告だけです。あとはジン殿にお任せします」

小さくそう呟きジンに頷くとブルファンは王の後ろに控えた。

「皆さん、今日は来てくれてありがとうございます。私のことは気軽にジンって呼んでね」

優しい声で発せられた言葉にその場にいた者達の緊張がさらに和らいだ。

「改めてだけど今回は皆さんの国に導入した機械兵と女神の粛清に対する具体的な対応策について話したいと思います」

ジンからのアイコンタクトを受け取ったクリュスが机の中央に手をかざすと空中に機械兵の立体図が映し出された。
そして同時にその場に座っていた者達の目の前に何かが書かれた紙が現れる。

「「おぉお!」」

「まず初めにこれは皆さんの国に設置した機械兵の立体構造です。目の前に現れた資料に詳しい機能などが記載されています。私の国にいるギルバルトとここにいるゼグトスが設計してくれました」

そして目の前に映し出されている立体構造はジンの声に合わせて変形し始めた。

「外装には数種の属性を組み合わせた魔力をガルド鉱石に流し込んだものを使用しています。これにより耐熱性、耐寒性、耐衝撃性に加えて魔力を使用することもできます。なので難しい状況での避難や敵が現れた際の大きな戦力としても活躍してくれます。手元の資料や今の説明から疑問点はありませんか?」

各国の者達は資料に注意深く目を通した。
そこで一人の者から手が上がり、同時にジンの後ろからゼグトスの舌打ちが聞こえる。

「ジン殿、私はネルランカ国、国王バランカと申します。国に設置なされた機械兵についてですが、その意思は何に基づき行動するのでしょうか。突然敵が現れた場合、即座に対応出来るのかが気になります」

「全てギルバルトの意思一つで動くことになっているよ。もしギルバルトが制御できない場合でも緊急時には機械兵が敵を自動で認識できるようになっているから安心して。緊急時でもその国の住民を記憶してるから誤認識をすることは無いよ」

資料に目を通しながら多くの者が頷き、各個人で疑問だった点が解決されていた。
その後もいくつか質問が出されたが特に問題なく進んでいき調子良く次の議題に移ると思われた。
しかしその時、何も言わず偉そうな態度で黙り込んでいたある者がその重たい腰を上げた。

「朕はスクルータ王国の国王、ラワーティオである。其方の国の機械兵を高額で買い取ってやろうと考えておるのだが、どう思う」

突然の爆弾発言に少し和らいでいたその場の空気は一瞬にして凍りついた。
スクルータ王国は豊富な鉱山資源に恵まれ商業面に置いて大成した大陸の中央付近に位置する大国である。
そして国王であるラワーティオはどこまでも傲慢な王である。その性格故、王としての評価もかなり低い。
今回の支援も後ろ盾になってくれていると思い込んでいた巨帝に見捨てられボーンネルに助けを求めるという形になったのだ。

「ごめんなさい、それはできないかな。機械兵の意思は全てギルバルトに共有されているから、たとえ渡したとしてもギルバルトの命令でしか動かないんだ」

「ならば代わりに機械兵の意思を全て朕に渡せば良いだろう。さすればさらに有効利用してやろうぞ。当然だが既存の機械兵は全て我が国のみに配置し、それに加え機械兵は其方の国の者に定期的に点検させてやろう、どうだ?」

あまりに理不尽な要求に周りにいた国王達の顔は青褪めた。
ジンの後ろに控えていた三人は既に限界を迎えていたがラワーティオは気にせず話し続けた。
黙って立っていたクレースの一歩目がラワーティオの方へと向かいその様子を見ていたブルファンとバーガルの国王は本日一番の緊張と恐怖に見舞われる。

——しかしその時だった。

ガンッ—という音と共に机の上にはシリスの足が乗せられていた。

「ごちゃごちゃうるせぇな、クソじじい」

瞼の下に煌めく宝石のようなその目は普段見られるものではない。
ただ一点、ラワーティオを見つめたその瞳は激しい怒気を孕んでいた。

「だ、誰じゃ貴様は」

ラワーティオは事の重大さに気づけていなかった。
その傲慢な気質が我が身を滅ぼしていることにも気づかず、シリスに反抗してしまっていたのだ。

「「ッ———!!?」」

「シリス様、抑えてくださいッ」

咄嗟にベージュが声を出すがその声は届かない。
幼く見えるその少女から放たれる凄まじい覇気で全員がすぐさまその危険性を理解する。
そして幼女の正体を知っているブルファンはラワーティオ以上に焦っていた。
もしこのまま帝王を怒らせたままでは女神の粛清を迎える前にこの国は滅亡してしまうのだ。

「シリス」

しかし嵐のように吹き荒れていたその怒りはただの一声で収まった。
目の前で起こるありえない出来事に呆気に取られたのはベージュだった。
一度ブチギレると誰にも止められないその怒りが一瞬にして抑えられる瞬間を初めて目の当たりにしたからだ。

「確かに、こんな状況が怖くて保身に走るのは分かるよ。でも安心して、私が生きている限りは誰も死ねせない。ここで約束するよ、私が女神の粛清を終わらせる」

シリスの威圧に呑まれていたラワーティオはその言葉に驚き、気づけばただ茫然とした様子で頷いていた。
そして何事もなかったように会議は続く。
後に『嵐の集会』と呼ばれたその話し合いはその後無事に終了した? のであった。
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