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真実の記憶編

六章 第十四話 死へと収束する

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「これが、十二年前起こったことの真相だ」

話を終えたデュランの表情は何一つ変わらない。全員それに不自然な感覚を覚えつつもトキワは口を開いた。

「でも待てよ。あの時俺は見たぜ、お前はとても生き残れるような身体じゃなかった。その身体はどうしたんだよ」

「まあそうなるよな。簡単に言うと、俺はお前達の知っているデュランじゃない。少し時間の進んだもう一つの世界線から来た」

「「··········ん?」」

突然のデュランの言葉に、全員首を傾げた。だがデュラン本人の顔は至って真剣で何一つ冗談のようには聞こえなかった。

「ちょ、ちょっと待て。別の世界線? どういうことだ、話が急過ぎるぜ」

「確かにこの身体はこの世界にいた俺のものだ。ただ魂は違う。魂が存在すればたとえ肉体が酷く傷つこうとも生き返ることは可能だ。流石に潰れた片目は義眼だがな。それと、魔力もかなり少なくなっちまった」

デュランは髪を上げて片目を見せると、その義眼は自然に動きまるで本物のようになっていた。だがその顔は歳の割にはかなり老けて昔のデュランのような覇気はなかった。

「その違う世界線から来たお前さんの魂はいつここに?」

「俺の意識自体はこの世界での俺が亡くなるよりも前から存在した。もっと言えばジンが生まれる前から今まで実体の無い者としては存在し続けた。ただ直接この世界に干渉できるのはここでの俺が亡くなってからだ。今まではただやるべきことをやっていた」

「世界線はどうやって移動シタノ?」

「そうだな····大雑把に言えば俺のいた世界線の一部分を切り取ってその始点を過去の一点に置いた。流石に大変だったがな」

それぞれが質問を出し、次々と繰り出されるデュランからの言葉に全員はさらに困惑する。ボルはいつにない切なそうな顔でデュランの顔を見つめ、ゆっくりと俯いた。

「父親として会ってあげテヨ。お願いだから、記憶も戻シテ」

ボルは絞り出すように声を出した。ボルだけでなく言いたいことは皆同じだった。心の底から出たボルの本音にデュランは頷くことなくその顔をじっと見つめる。

「ありがとうな、ボル。お前もずっとジンのことを一番に考えてくれている。だがすまない。ジンには会うつもりだが、俺は父親としてではなく他人として接するつもりだ。だから今は理由も聞かずお前達もそれに合わせてほしい。······頼む」

デュランの言葉に全員その理由を聞くことなく黙り込んだ。

「じゃが、その世界線はここと何が違うんじゃ。ルシアは」

「もし時間軸が同じなら、今の時点まではこの世界との違いはあまりないのかもしれない。向こうの世界線でもルシアは死んだ。ただ俺は奇跡的に生き残った。だがそんなこと、ほんの少しの差だ。そして次にお前達に話しておくことの二つ目だ」

「おっ、おいデュランそんな急いで話さなくてもよう。俺たちだってその世界について聞きたいことがあるんだ····そうだな、その世界線ではジンにお前がいるんだろ。どんな感じなんだ、まさかまだお前にべったりとか——」

「ジンは死んだ」

トキワの声は急に途切れるように止まった。

「は····はぁ? 何言ってんだよお前」

「·····それが、最も大きな違いだ」

そう言い切ったデュランの前にクレースは立ち上がり、その胸ぐらを掴んだ。

「お前····本当に何言ってる。違う世界線から来た? そんな奴の言うことッ——」

だがその一瞬、デュランの全てを悟ったような表情を見てクレースのその手から力が抜けた。全員口を開くことなくしばらく放心したように黙り込む。そしてすぐにクレースの顔色が悪くなった。

「待てデュラン····お前今、何歳だ。世界線を移動したら若返るのか」

「いいや、この世界で俺は歳を取ることはない。向こうで移動した時点のままだ」

「じゃあ····ジンはいつ死んだんだよ」

「······」

全員その言葉の意味を理解し、一気に血の気が引いた。

「······二十歳の誕生日を迎えて、その一ヶ月後に亡くなった」

「「············」」

クレースは口を小さく開けたまま静止し、全員は再び黙り込んだ。部屋の雰囲気は暗闇のようになり真っ黒な静けさがその場を包み込む。聞いたクレース本人は全身の力が脱力するように椅子に座り込んだ。

「····そちらの世界線では死んだ、そういうことか」

そんな中ゼフはゆっくりと確かめるように聞いた。だがその顔にいつものような落ち着きはない。

「ああ、確かにそうだ。だがその死はこの世界にいるジンにも影響を及ぼす」

「······どうしてだ。ここにいるジンが何故巻き込まれる」

「俺も初めは確証がなかった。ただあの子がいない世界は····耐えきれなかったんだ。あの子が亡くなってから誰一人笑わない、何を食っても味がしない、寝ようと目を瞑れば、後悔で自分を殺したくなる。気づけば逃げ出すようにここまで来ていた。正直に行って俺のいた世界線とこの世界線でジンの生死がどちらに収束するかは二分の一だ。だからこの世界に来てジンに何もなければ、死人らしく消えて行くつもりだった。だがここの世界に来て調査を続け、その可能性は高いことが分かった。そして····最近になってようやく確信できる証拠が出た」

淡々と話すデュランの顔は魂が抜けたようで到底生きている人間から感じられる雰囲気はなかった。

「この世界のジンは····その影響でどうなるんだよ」

「ここでのジンは今、言わば生と死の狭間にいる。ここでジンを助けられれば向こうの世界に影響を及ぼすかもしれない。だが現状態ではいずれ死へと収束し······ここでも、全く同じ時に死を迎える」

「ではもう、半年ほどしか無いということですか······」

「····そうだ」

デュランの返答に迷いは無い。まっすぐコッツを見て淡々と答えていた。

「どうして、死んだんだ」

クレースは小さく震えていた。聞きたくはなかったが、聞かなければいけない。そんな葛藤がクレースに恐怖を与え得ていた。

「具体的な死因を言えば何らかの影響が出てしまうかもしれない。だから今はまだ言えない。ただ直接殺されたわけじゃない」

「その世界で····私は何をしてたんだ。あの子が死ぬのを黙って見てたのか」

デュランはゆっくりと首を横に振る。その表情はどこか満ち足りたものだった。

「それは違う。お前達は全員、最後の最後までジンの側にいてくれた。本当に、お前達のような仲間がいてくれて誇らしい。本当に、心の底から感謝する」

デュランは立ち上がり、全員に向かって深々と頭を下げた。

「だから、絶対に自分を責めないでくれ。それにな、あの子は最後まで生きることを諦めなんてしなかった。どんなに苦しくても全て一人で耐えてただ俺たちに笑顔を見せ続けていた。最後の最後まで····生きようとッ—必死だった······だから最後のお願いだ、どうか力を貸してくれ」

全員、何も言わず頷いた。そしてその時に扉がノックされる。全員ハッとし扉の方を向いた。

(お、おいインフォルどうなってる)

その刹那、魔力波でインフォルに話しかけると、小さく(えっ)という声がデュランの頭に中に聞こえた。入ってきたジンを見て全員無意識に「あっ」という顔になったが、デュランは覚悟を決めたかのように静かに息を吐いた。そして立ち上がり、ジンに向かってゆっくりと近づき手を伸ばす。全員、何も言わずにその様子を見つめていた。

デュランの心の中で何かが震えていた。しかし無理矢理自身を抑え、何とか落ち着かせた。

「初めまして国王様、ルランと言います」

「初めましてルランさん。あっ、でも国王様じゃなくてジンでいいよ」

(そう言えば、手を握ってあげられなかったな。こんなに大きくなってたのか)

デュランは必死に感情を抑えつつもジンを愛おしい目で見つめた。

(今度は、”今度こそは”俺に助けさせてくれ)
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