ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

文字の大きさ
上 下
150 / 240
真実の記憶編

六章 第十三話 二回目の始まり

しおりを挟む

(この感情は、どこにぶつければいい····)

クレースの目の前でグレイナルは確かに消え去った。しかしクレースの心に残るのは抑えきれず行き場を失った怒りと虚無感は入り混じった複雑な感情のみ。そこには勝利の喜びも仇を取ったことのよる快感もなかった。数秒、そこで空っぽの頭の中茫然と立ち尽くした。そんな時、その空っぽな空間に一人の存在が浮かび上がる。

「······ジンッ」

そして再び走り出した。先程と変わらない光のような速度、走り出したクレースは僅か数秒で元の場所に辿り着く。だが、再び戻ったクレースは現実に叩きのめされた。

「ルシア····デュラン」

力なく二人で倒れ込むルシアとデュランは、死してなお光の消えた瞳で互いの顔を見つめ合っていた。そして二人の隣でジンは一人、その間に座り二人のことを見つめていた。七歳の少女が見るにはあまりにも残酷な死という現実。だが少女は両親の死というその現実と真正面から向き合い、涙を堪え歯を食いしばっていた。

そんな中、周りの者達は形容し難い後悔の念に駆られていた。バラバラになったコッツの骨を拾い集めるゼフの心には今まで無いほどに黒いもやが渦巻いていた。

「大丈夫か、コッツ」

「············」

骸族であるコッツはたとえその骨が粉砕し、バラバラになろうとも代替となる骨があれば再び再生することができるのだ。つまり物理的な攻撃で死ぬことはない。だがそんなこと今のコッツにとってはどうでもよかった。ゼフの問いかけにも何も答えず、ただ放心状態になっていた。生気を失い、ただ置き物のようにその場に座り込むコッツはまさに絶望のどん底にいたのだ。


ー行かないで


ゼフの頭にはジンのその言葉が何度も渦巻きその度に後悔が襲ってきた。強く握りしめたその岩石のようなゼフの拳はギリギリと音を立てている。行き場のないやるせなさは今となってはどこにも発散することなどできないでいた。

「っ······」

ただその存在が視界に入ってきた瞬間、身体が張り裂けるような感覚とともに胸に痛烈な痛みが走る。何故か無意識のうちに愛してやまないその子に目を向けることを拒んでいた。見ればきっとどうにかなってしまいそうだったからだ。しかしその予想は現実となりゼフの心は何かに呑み込まれた。後悔、屈辱、恥辱あらゆる負の感情が込められたその何かは確かにゼフの心を蝕んだ。だがその視線を逸らすことができない。別の場所に顔を向けようとしても、身体は動かず視界の中心にジンを捉えていた。

「······ジン」

立ち尽くしてクレースは、ぼそっとその名前を口に出したがその身体は動かない。

(私が····こんな私が、あの子に近づく資格なんて····無い)

たとえ、敵の大将をとったとしてもそこに勝利の感情などなかった。二人が死んだ時点で、敗北していたのだ。

「ジッ······」

もう、クレースはその声すら出なくなりかすれた声でその名前を呼ぶ。

(私のせいだ。デュランとルシアが戦っていたのに······あの子が泣いていたのに····何をしていたんだ。強くなっていた気がした、誰にも負けない強さを持っていると思っていた。何も守れない分際で、強くなった気でいた。私は最低だ。何一つ守れない、今あの子に、何もしてやれないッ—)

ただその感情は涙として現れ、頬を伝った。

「······ボル、さっきの魔族の女はどこ行った」

「······知らない、消えた。どうでもいい」

トキワに対してもボルの声は先程と変わらず、低く重たいままだった。全員が後悔の念で押し潰されそうなその雰囲気の中、インフォルの声が響く。

「すまんッ——! 全部ワイのせいやッ、ワイがあいつの転移魔法に気づかんかったせいでこうなった····」

置き物のように座っていたコッツはその声を聞いて立ち上がる。

「違います、インフォルさん。この場にいた私が何もできなかった、インフォルさんはお二人を呼びに行ってくださった。全ての責任は私にあります。皆さんには何の非もありません」

「違う、ボクが遅れたせいだ。あと数分はやければ、デュランは死ななかった。数秒はやければルシアを救えていた。ボクが悪い、ボクの力不足だ」

黙って立っていたトキワはボルの前に立ち激しくその目を睨む

「それなら俺もだろボル。お前だけ······お前だけ悪いみたいになってんじゃねえよッ!」

怒りを露わにし、ボルの胸ぐらを掴んだ。

「でも····あんな奴ら放っておけばよかった、ここを守れれば、他の国なんて、他人の命なんてどうでもいい。ボクにとっては命の重さに差はある。····間違ったんだよッ! 死なせたら何の意味もないッ!! もうジンに両親はッ——」

「「ッ——」」

その時、二人は顔面を殴られグラッと身体が傾いた。殴ったクレースの顔は怒りに満ち溢れ、地面に倒れ込んだ二人を強く睨んだ。

「頭を冷やせ、今一番辛いのは誰だ」

「······ごめん、馬鹿だった」

「······すまねえ」

しかし地の底のような絶望的雰囲気が漂う中、一人が立ち上がった。

「······ジン?」

クレースの方にジンは小さな歩幅で近づいていく。クレースはその顔を見ることができず、他の場所を向きそのまま地面に膝をついた。大好きな、何時間でも何日でも見ていたいその顔。だが俯き、必死に見ないようにした。ただ小さな足音だけが近づいてきて、その足音は次第に大きくなっていく。

(駄目だ····こっちに来たら)

クレースには心臓の鼓動がうるさいほど聞こえてきた。ジンに対して初めて抱く感情。それは紛れもなく恐怖だった。一歩ごとにその恐怖は増し心拍数が上がっていく。初めて顔を見たくないと思ってしまった。ゼフと同様、きっと顔を見ればどうにかなってしまいそうだったから。しかし俯いた視界に小さな足が入ったその時、急に頬に両手が触れられた。


「ッ———」


そしてそのまま俯いた顔は持ち上げられ、頬に優しい感触を感じた。一瞬何かは分からなかったが、その感触で身体の中で渦巻いていた真っ黒な感情は光のように消え去った。

思わず目を見開き、怒りと恐怖が入り混じっていたその感情は驚きで満たされる。とろけたような目で、今度はその顔を至近距離から見つめた。視界から無理矢理に外そうとしていたその顔から目が離せない。頬へのその柔らかな感触はゆっくりと離れ宝石のような真っ赤な瞳は真っ直ぐクレースの瞳を見つめた。

「なん······で」

「約束したでしょ、帰ってきたらほっぺにキスするの。無事に帰ってきてくれてありがとう」

その言葉に、クレースだけでなく全員の頭が真っ白になった。それぞれが勝手に自分を責めて、落ち着きを失っていた。それが七歳の女の子の言葉にハッとさせられたからだ。

「みんな、怪我してない?」

その声は必死に感情を抑え震えていた。その小さな背中にはあまりにも残酷すぎる現実。だがそんな現実を受け止め、全てを一人で抑えたのだ。全員がジンの方を見た、先程まで目も向けられなかったクレースも含めて。それに答えるようにジンは周りにいたもの達全員をゆっくりと見渡した。

「私のお母さんもお父さんも、最後までカッコよかった。私を愛してくれてた、それだけでもう十分なの。お母さんとお父さんは、命懸けで私を守ってくれたから、今度は私が守る番なの。私は強くなるから、もう誰も傷つけさせないくらい強くなるから」

ジンは涙を浮かべながら、だが必死に感情を抑え全員を安心させるように笑みを浮かべていた。

その笑顔は全員の心を覆っていた黒いモヤはあたたかな光に、全員が抱いていた自責の念をたった一人に捧げる愛情へと変える。

「今度は私がみんなを守るから、もう誰も傷つけさせない。だから、一緒に立って。もう一度······私の隣にいてくれないかな」

その言葉はそっと、ルシアの柔らかな声のように全員の耳に入る。クレースは立ち上がり、目の前にいたジンを抱き締めた。

「ずっと····一緒にいる。もう······離さないッ—絶対にぃ····」

その語尾は、溢れ出た涙で潰れてしまった。小さな身体を抱きしめたクレースはその日、初めてジンの目の前で泣いた。隠すこともなく大きな声を出して。ジンを抱きしめながら枯れ果てるまで涙を出し尽くした。行き場を失った怒りと虚無感はとうに消え去り、ただ一人のことを考えながらその泣く声は夜の空に響いた。



*************************************



 ルシアとデュランは海の見える場所に同じ墓の中で眠りについた。グレイナルの攻撃により、周りにあった家は半壊しそれぞれの家を修復した。ただジンの住んでいた家はそのまま瓦礫を撤去し、その場所は更地になった。話し合いの末、ジンはゼフの家に住むことになり全員が集まる場所はデュランの家からゼフの鍛冶場になる。少し静かになったその場所で、またいつもの日常が戻っていったのだ。

そして二人が亡くなってから一週間が経った日の夜。その場所に住む者にとってはいつもと変わらない日。

ただその日、確かにある者の止まっていた時間が動き出した。そして動き出した時計の針は確実にその”世界”に干渉を始めたのだ。

その夜、死んだはずの男は墓の前に立っていた。

「ここでも、お前はジンを守ってくれたんだよな····ルシア。あともう少しだけ待っててくれ。お前との約束を守ってから、俺もそっちに行くよ」

再び立ち上がったデュランの身体は完全に元に戻っていた。潰れたはずの片目も、傷だらけになった身体も元の通り。その人物は確かにデュラン本人だった。

「”ロスト”」

デュランのが自身にかけた魔法は確かにトキワの魔法だった。ロストにより自身の音と気配を完全に消し去りゆっくりと歩いていく。誰にも気づかれないまま、デュランはある場所で立ち止まる。デュランの足元にあるのは花が添えられた英雄が眠る墓。ただ愛おしそうな目でその一点をジッと見つめ、何も言わずその場所から立ち去った。

「もう、何も失わない。俺の持ち得る全てをこの世界に賭ける」

男は誓ったのだ。覚悟を決めたその顔、男はその日世界の禁忌に手を触れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スキルは見るだけ簡単入手! ~ローグの冒険譚~

夜夢
ファンタジー
剣と魔法の世界に生まれた主人公は、子供の頃から何の取り柄もない平凡な村人だった。 盗賊が村を襲うまでは…。 成長したある日、狩りに出掛けた森で不思議な子供と出会った。助けてあげると、不思議な子供からこれまた不思議な力を貰った。 不思議な力を貰った主人公は、両親と親友を救う旅に出ることにした。 王道ファンタジー物語。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...