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英雄奪還編 前編
五章 第二十一話 傲慢な天使
しおりを挟む「ジン、あの人まえに言ってたはなしかけてきた人。青いろのかみのけ天使」
そう言ってパールが指差した天使は確かに青い髪だった。でもこちらを見てくるだけで何もしてこない。
(ゲルオード、ここにも一人現れたよ。何もしてきてない)
(そうか、こちらも動いていないが一応警戒した方が良さそうだな)
(分かった、気をつけて)
疲れていた全員の顔はすぐに真剣になり警戒態勢で上空の天使を睨んだ。敵が一人だけだということを考えると今すぐに攻めてくる可能性は小さい。仮に攻め込まれてもクレースがいるのでここへの被害はゼロに抑えられるはずだ。でもひとつ気になるのは結界を張っているにも関わらずあっさりとここまで入って来られたことだ。
「少し様子がおかしいな。何か企んでるかもしれん」
クレースの言う通り少し違和感を感じた。空は雲に覆われておりその薄暗さが更に不安感を煽る。
上空に現れた天使はナフカという名の男の大天使であった。ナフカは他の天使達が帝王の治める国へと向かう中、ひとり帝王のいないボーンネルに行かされて少し腹が立ちその苛立ちは少しずつ溜まっていた。
ナフカは傲慢な男である。その傲慢さ故自信家な面があるナフカはひとりだけのこの状況においても焦りは一切無かった。
(下界の住民にしては····面白いな)
大天使であるナフカは自分の強さを疑わない。それは果てしないほどの魔力量に加えて大天使から直接受ける加護による。大天使が受ける加護は特別に女神から直接名前を授かり、それによりさらに強力さを増す。
ナフカが女神から授かった『傲慢の加護』の名はナフカのその気質からつけられた。加護は魔力に依存せず、その者自体が持つ力として与えられるいわば奥の手と言えるものなのだ。
(ソフィエル様が命じられたのは粛清の開始を宣言すること······それと同時に国力の見極め)
「私が殺やってこようか?」
「ううん、今こちらから攻撃してしまうと完全にこちらが戦いを始めたことになる。それに相手もその挑発に乗ってこさせようとしてるかもしれないし······あと、帝王の一人が操られたということを考えると無理に手を出さない方がいいよ。だから、そばにいて」
「あっ、ああ分かった」
メスト大森林で多くの魔物が操られたことと今回緋帝が操られたことを考えると、下手にこちらから手を出すわけにはいかない。だが敵が魔物を操ったのは魔法の干渉によるものだとは分かっている。
(全員、攻撃してくるまでこっちからは手を出さないで。分かった? 閻魁)
(分かった!)
(ゼグトス、全員をモンドに転移させられる?)
(かしこまりました。これを予期しての魔法陣増設だったのですね。流石です)
いや流石にタイミングが合いすぎて怖いくらいだ。モンドに通じる転移魔法陣を作っておいてよかった。
(各部隊は幹部を中心に住民のみんなを誘導してモンドへと転移させて。ゼグトスは魔力操作で状況に応じてモンドの位置を安全な場所に)
(お任せを)
(エルシア、そっちの上空に誰か来ていない?)
(上空にですか?······いいえこちらには誰もいません。どうされましたか)
(今こっちの上空に天使が現れたんだ。まだ動きはないけど念のため全員モンドの中に避難してもらうね)
(はい、こちらは住民達に呼びかけておきます)
(ギルバルト、商会の前に設置している機械兵で住民の避難はできる?)
(はい、問題ありません)
魔力波を聞いたギルバルトはすぐに椅子から立ち上がり商会前に設置していた機械兵を起動させ、一瞬にして百を超える機械兵が動き出した。
(ジンッ、シリスとダイハードから敵が動き出したとの報告が入った。どうやら話し合いに来ただけではなさそうだ)
(分かった。こっちもみんなの避難は大丈夫)
こちらが動き出したのに気づくと上空の天使は少し高度を下げてこちらに近づいてきた。間違いなく上級天使以上の魔力量は持っている。おそらく腰に携えている武器も意思を持ったものだ。
「下界の者よ。お前がこの国の国王か」
「うん。他の国に来た人も仲間?」
ナフカはパールの方を一瞥するとジンの目をジッと睨んできた。
「ああ、そうだ。情報が早いな。女神様はそこにいる天使の確保をお望みになられている。大人しく渡せ」
パール? どうしてパールが。
「ならどうして他の国に行く必要が?」
「我らにとって、帝王の存在が目障りだからだ。一人は既にこちらの手に堕ちている。大天使の力を持ってすれば魔法で操るなど容易いことだ。仲間同士で殺し合いたくなければさっさと渡せ」
不安そうなパールの掴む手には更に力が入る。
「じゃあギルメスド王国で魔物を操った時もあなた達が介入してたの?」
「まあそうなるな。聞きたいことがそれだけならさっさとこちらに渡せ。この私をこれ以上手間取らせるな。さあッ—!」
「ムリィ」
即答したジンにナフカは一瞬で頭に血が昇った感覚に見舞われる。
「なぜだ? 分からないのか、この私が命令してやっているんだぞ」
「パールは私のだから」
見せつけるようにして目の前で優しく抱きしめた。
「えへへぇ、そう。ジンの」
「お前達下界の民は頭が悪いようだな。貴様らは大天使という存在を甘く見過ぎている。私達天使族と女神様は古より遥か上位の存在なのだ。天界で全ての存在が女神様により淘汰された時、下界にお前達のような種族が堕ちていき私たちのような気高き存在が天界に止まることを許されたのだ。身の程を弁えろよ人間」
誰もがナフカの言葉に苛立ち強く睨んだがジンから待機命令が出ていたのでその場に押し止まった。
「パールをどうする気なの」
「天界のために役立ってもらう。ありがたく思え。天使族にとっては、天界にそして女神様のお役に立つことこそが存在意義なのだ。そのために死ねるのならば、文句はないだろう」
「なら尚更渡さない。私がこの子を幸せにするから、私の子を巻き込まないで」
「親にでもなったつもりか? その者は尊き御方のための犠牲となるのだ。この私がこれほど下界の民と話し合いに応じてやっているのだ。これ以上話し合うつもりはない」
ナフカはサッと手を前にすると同時に手から金色の魔力を放った。予備動作すらないその動きをほとんどの者が目で追うことすら出来ず、気づけば物理法則を無視した光速を超える魔力がジンに向かっていた。
「なッ—」
しかしその魔力は突如として現れた刀に弾き飛ばされ一瞬にして威力を殺された。
「私の前で、この子を傷つけられるとでも?」
クレースの身体はいつの間にかジンの前に来ており、激しい怒気を孕んだ顔でナフカを睨む。
「フンッ—だがもう遅い、上を見ろ」
ナフカの指した方向にはいつの間にか空全体を覆うような巨大な魔法陣が張られていた。商会の方まで魔法陣が展開されており、それでいて濃度の高い魔力は均等に広がり空中を満たしていた。
「言っておくが、結界如きでここが助かると思うなよ。この私の攻撃は全てを貫く」
「さっき私が弾いたのは?」
「黙れッ—数分後お前も穴だらけになって惨めに死んでいる」
ナフカが手を上に掲げると魔法陣は応えるように眩しく輝き出し、そして同時に無数の光り輝く矢が現れた。
「トキワ、行けるよね。ぼくにやったみたいにさ」
「ああ、ちっと範囲は広いが問題ねえ」
そんな中、ゼステナとトキワはナフカのすぐ下までゆっくりと歩いて行った。
「二人とも何するの」
「安心しててよジン。ここの他はゲルオード、シリス、ダイハード、それとネフティスのいるところだね」
ゼステナは少し目を閉じ、果てしなく枝分かれする思考回路であることを考えていた。
一方のナフカはこれから起こるであろう災厄に顔を歪めて笑いながら上げていた手をゆっくりと下に降ろした。そして無数の光り輝く矢の雨は恐ろしいほどの速度と威力を持って地上に降っていく。しかしナフカは少し表情が曇った。その場にいる誰からも恐怖を感じなかったのだ。それどころか、ナフカの視界には光の雨に正面から向かっていく二人の姿が入ってきた。ゼステナとトキワの二人だ。
「フッ—、血迷ったか下界の民よ」
しかし二人は興奮した笑みを浮かべ、凄まじい速度で空中を駆け上がっていく。
「タイミング合わせなよ」
「おう、任せろ」
そしてゼステナは空中で龍の翼を広げ、空気の抵抗で急ブレーキをかける。
「地に伏せろ!!」
ゼステナの詠唱とともにボーンネルの上空全体を覆う巨大な重力場が発生し、その力場は無数の矢の雨を全て取り込み更に速度を増加させる。
「フハハハハ!! 死に急いだか、下民!」
「効力反転」
空中にいたナフカはなぜか押し出されるように下から圧を感じた。そしてゆっくりと上を見上げ、驚きで目を見開く。
下に向かっていたはずの矢の雨が向きを変え上空を向いていたのだ。一度止まり、空中に留まった矢の雨は再び、今度は大きく向きを変えて飛んでいった。
「はぁあああッ—!?」
思わず叫んだナフカにゼステナは余裕そうな顔で話しかけた。
「お前がやったあの攻撃、これからどこに飛んでいくと思う?」
楽しそうな笑みを浮かべ話しかけてきたゼステナの言葉にナフカはすぐに勘付き、全身に鳥肌が立った。
「貴様······まさか」
「そう、その通りだよ。君のお仲間のところまで一直線さ。残念······殺し合うのは、君達の方だったね」
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