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英雄奪還編 前編

五章 第十話 いつかきっと、この日を思い出す

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海面のモンドのお披露目会をした後、毎日のようにモンドの中に入っていたインフォルとボルが点検を終了し、いよいよ全員が中に入れるようになった。海の近くに設置された魔法陣から転移するとモンドの中心部分まで移動することができる。外側から内側、逆に内側から外側の様子を見ることはできない不思議なその空間に転移すると中央に巨大な噴水がありベンチやくつろげる場所が用意されている。空間の中には扉がいくつも用意されているおりそこから広い空間に繋がっている。現在はなんと五階層も存在し、後々から変更もできるらしい。ちなみに転移先は三階層だ。階層の移動は転移魔法陣を使用する。球形というものの内部の構造は特殊で、階層が変わっても空間の広さが変化することがない。

「すごいね! ボル! インフォル!」

「そやろ、ジンちゃんにそう言ってもらえて嬉しいわ。後はこれからモンドの中へ必要なもんを運ぶだけやな」

「自由にミテネ。ちょっとお腹空いたからご飯食べてクル」

「うん、じゃあ行ってくる!」

ボルもインフォルもすっかりお疲れのようだ。思う存分休んでもらおう。

それからモンドの中をしばらく歩き回った。広くて楽しい、それに扉が多くて扉の先にある部屋にはまだ何も置かれていないもののワクワク感がある。歩いていると時より自分が今どこにいるのかが分からなくなってくる。同じ扉を開けつつ、おそらく何階層かを歩いている。そういえばどこの転移魔法陣がどこの階層に繋がっているのかを聞いていなかった。三階層と違い辺りには誰もいない。今はたまたまパールもガルも家の中で、クレースもレイとの稽古中だ。出口を聞くのをすっかりと忘れていた。冷静に今の自分の状況を考えてみよう。初見の場所を一人で行くものではない。散策に夢中で自分の通った道を全く覚えていなかった。多分大丈夫、歩いていれば三階層へと続く転移魔法陣に出会うはずだ。そしてしばらく歩き回った。

(どうしようロード)

(大丈夫、僕が一緒にいるさ)

気を紛らわすためロードと話をしつつも一度近くにあったベンチに座った。

(もしかしてさ)

(うん)

(私たち迷子だったりする?)

(い、今気づいたんだね)

そしてベンチに座ったまましばらく考えると急に閃いた。

「そうだ魔力波!」

(そうだった、僕もすっかり忘れてた)

(クレースは今レイと稽古中でインフォルやボルは休憩中だから······)

するとその時魔力波が飛んできた。

(ジン様、今どこに!?)

焦った様子のゼグトスが魔力波を飛ばしてきたのだ。

(モンドの中で迷子になっちゃって、助けてくれない?)

(ええもちろんですとも! すぐに向かいます)

「よかったぁ」

しばらくベンチに座っているとゼグトスが目の前に突然現れ、こちらを見るとホッとした表情を見せた。

「お待たせして申し訳ありません」

「ううん、助かったよ~。気づいてくれてありがとうね」

「いえいえ、私はただ一日中ジン様のことを考えているだけですので。どうかお気になさらず」

また誰か迷ってしまうかもしれないので、一人で出歩く際は緊急用に魔力をガルド鉱石に流し込んだ転移魔法石を持ち歩くことがルールとなった。このルールが導入された理由は三人しか知らない。その数日後、クレースから『抜けているやつもいるものだな』と言われたが、笑って誤魔化しておいた。ともあれモンドの中は他国の誰にでも自慢できる流石の出来だ。今度誰かを連れてこよう。



しばらく経って集会所の総合室に行くと珍しくクレース、ゼフじい、コッツ、ボル、トキワの五人が集まって円卓に座っていた。部屋に入った瞬間、全員が「あっ」という顔をしてこちらを見た。どこか様子がおかしい。しかし今日はそれに加えて一人初めて見る人がいたのだ。その男の人はこちらに気づくと近づき手を出してきたので応えるように握手した。

「初めまして国王様、ルランと言います」

「初めましてルランさん。あっ、でも国王様じゃなくてジンでいいよ」

後ろに座っていたクレースたちは何故かなんとも言えない顔でこちらの様子を伺っている。トキワやボルと同じくらいの年齢の人だろうか。あまり魔力量は感じられない。

「どうしたのみんな、もしかしてルランさんは誰かの知り合いだったりする?」

「いいや、初めて会う。どうやらこの国が気に入って住みたいとのことだ」

「ほんと!? 嬉しいなあ。大歓迎だよ」

自らこの国に移住したいという人は初めてだ。この国を気に入ってくれて単純に嬉しい。この調子でさらに移住してくれる人が増えていけばきっとここはもっと楽しい場所になる。

「疲れてない? ここの階に食事できる場所があるよ」

「ええ、お気遣い感謝致します」

「ジン、すまんが少しルランと話があるものでな、ここを借りても良いか?」

ゼフじいは笑顔でそう言ったもののいつになく真剣な顔だった。こんな顔は本当に久しぶりに見る。

「うん、クレースのこと探してたんだ」

「本当か!?」

「本当だよ、渡したいものがあるんだ」

そしてゼフしいとルランさん以外のみんなはそのまま部屋から出て、クレースと一緒に外に出た。

「みんな様子が変だったよ、何話してたの」

「そうか? 別に大したことは話していないぞ。そういえば渡したいものっていうのはなんだ?」

「そうそう、これだよ」

歩きながらポケットに入れていた箱を取り出した。手のひらに収まるくらいの大きさの箱だ。

「これ、誕生日プレゼント」

「······あっ、ありがとう」

本人は驚きつつも顔を真っ赤にして受け取ってくれた。そう、今日はクレースの誕生日なのだ。この国では誕生日の時に特に大きなお祝い会などは開かない。その代わり何か誕生日プレゼントを渡すのだ。

クレースが箱を開けると中には金色の石が中央にはめ込まれたペンダントが入っていた。

「クレースの毛並みの色に似てる鉱石を探してゼフじいに加工してもらったんだ。いつもありがとう、大好きだよ」

「私の方が好きだ、一生大切にするよ。今つけるのは何か勿体無いな、一度家に置いてきていいか?」

そう言ってクレースは嬉しく思ってくれたのだろうか、歯を食いしばって感情を抑えるようにしていた。

「うん分かった。この後一緒に温泉入ろうよ。みんなも誘って待ってるね」

「ああ、本当にありがとうな」

西日が差していたクレースの綺麗な顔は私の大好きな笑顔だ。目頭が熱くなっているようで光に照らされた目は涙が反射して綺麗に輝いていた。こんな嬉しそうにしてくれるなら毎日贈り物を渡すのもいいかもしれない。

クレースはペンダントを再び丁寧に箱の中にしまうと自分の家に向かって歩いて行った。

(本当にかわいいやつだな)

ペンダントを嬉しそうに見つめながら触ってジンの温もりを感じる。家までついて戸棚に箱をしまうと縁側の扉も何もないところから気配を感じ取った。

「おいトキワ、勝手に家に入ってくるな」

壁にもたれかかっていたトキワは壁から離れてクレースの方を見た。

「お前からの贈り物など受け取らんぞ」

「まあジンの後なら誰から渡されてもお前は嬉しくねえよな······それと」

雲で隠れていた橙色の西日の光が再びクレースの顔を照らし出した。

「いつまで泣いてんだよ」

気づかないうちにクレースの頬には涙が伝っていた。その顔は暗く、無意識に歯を食いしばっていた口からは真っ赤な血が出ている。

「皮肉だな、今日がお前の誕生日なんてよ」

「ああ······最高で、最悪の日だ」
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