上 下
121 / 240
英雄奪還編 前編

五章 第八話 シリス・スターム

しおりを挟む
気が付けばゲルオードの連絡から二日が経っていよいよ会談を明日に控えていた。会談といっても堅苦しい感じはなくゲルオードが言うにはただ交流を深めるためのお喋り感覚で来てほしいとのこと。ギーグに行くのもゲルオードに直接会えるのも久しぶりで楽しみ。そんなことを考えながらまだ日も出ていないほど早くに一人で走っています。
秋が近づき少し涼しくなってきた中、珍しく朝からランニングしているのはラルカの作ってくれた運動用のジャージを早く着たかったという理由だけ。ラルカの作る服は本当に着心地がいい上に機能性もよく何より可愛いのだ。ちなみにパールの抱き枕として今はガルに頑張ってもらっている。すると後ろから気配を感じた。

「おはようゼグトス」

「お気づきでしたか。あまりにも可愛らしいお姿に見惚れておりました。申し訳ありません」

現れたゼグトスは寝起きとは思えないほどにいつもと何一つ変わらない様子だった。そういえばゼグトスが眠そうにしている姿は見たことがない。

「ゼグトスはきちんと寝てる?」

「問題ありません。そもそも私は睡眠という行為は出来はしますが、しなかったからといって生命活動に支障をきたすということはありません。むしろジン様とこうして会話をしたりお姿を拝見することが私にとって最大の休養になりますので」

睡眠が必要ないとは初耳だ。本当にこれだけで休養になっているのだろうか。

「運動をしていらっしゃるところ申し訳ありません。どうぞ続きをおやりになってください」

ゼグトスは視界から一瞬で消え去ったがまだ視線は感じる。気にせずその後もしばらく走って再び家に戻ってくると、家の前にある小さな墓が視界に入ったので側にある花に水をあげる。

「このお墓、誰のお墓なんだろう」

いつも一番近くにあるこのお墓には誰が眠っているのかは分からない。クレースが言うにはこの国の英雄らしい。
なぜ私の家の前にあるかは分からないが眠っている人が居心地悪く感じないようにしなければならない。

家に帰り寝室に戻ると気持ちよさそうにガル達が眠っている。パールは気づいていないようだ。
エプロンを着てキッチンに立ち今日は朝からガルもパールもそれにブレンドも好きなアイスミルクを作る。冷たすぎるのは朝からしんどいので、丁度いいくらいに温度を調整するといい匂いが漂ってきた。匂いに気付いて寝室からオオカミさんパジャマを着たパールとガルがやってくる。ブレンドは嗅覚が弱いのでガルの背中で眠ったままだ。

「おはよう、アイスミルクできてるよ。おいで」

「やった~!!」

「バゥ!!」

ガルもパールも顔がほころびとても幸せそうな顔をしている。この顔を見られるだけで満足だ。そんなことを思っていると朝から魔力波が飛んできた。

(ジン、時間は空いているか)

(うん、おはよう。どうしたの?)

ゲルオードからは急いでいるような雰囲気を感じる。

(実はだな、嵐帝の治める地において大災害級の大嵐が引き起こった。奴の治める土地は気候の変動が激しいのだがどうやら数百年周期で起こる嵐が昨日の夜に出現したらしい。対応するために嵐帝が来れなくなったのだが、お主に会うのを楽しみにしておったのでな。明日の会談は延期ということになった)

(······分かった)

(また決まれば連絡する。すまぬな)

(全然いいよ、気にしないで)

するとその時、扉がノックされる音とともにクレースの声が聞こえてきた。

「ジン私だ。入っていいか」

「うん!」

上機嫌な顔のクレースは椅子に座るとジンの顔をジッと見つめた。

「ねえクレース、嵐帝の住む場所って分かる?」

「ああ、分かるぞ」

「今から連れていってくれない?」

「ん? どうした、何かあるのか」

「嵐を止めに行く」

「····分かった、ならばレイに今日の稽古は休みだと伝えてくる。それとついでに他の者にも伝えるように言っておく」

「ありがとう。パール、少しの間お留守番しててね。ガル、お願いできる?」

「バゥ!!」

「····うん。すぐにかえってきて」

ということで、朝早くに久しぶりのクレース号に乗ってボーンネルから出発した。クレースが言うには嵐帝が治める国はギルゼンノーズの西に位置する「イースバルト」という国らしい。そして嵐帝の名前は「シリス・スターム」という名前でかなり子どもっぽいところのある帝王とのこと。

クレースに抱っこされた状態で竜の草原を突き抜ける。久しぶりに通る場所だ。魔物もいるが一体も近寄ろうとはしない。というか速すぎて近づけないのだ。すると遠くの空から真っ黒な雲と紫色に光る雷が禍々しい雰囲気とともに広がっているのが見えてきた。

「あれだな、雑魚そうな雷だ」

クレースはそういうものの近づくとより一層禍々しさが伝わってきた。あれが数百年周期で起こるのだから大変なのだろう。周りに警戒しつつ前に進んでいく。

「クレース!」

「問題ない」

突然、目の前から拳銃のような速さで大岩が吹き飛んできた。難なくクレースは避けたが後ろを振り返ると激しい轟音とともに硬そうな大岩が地面にぶつかり粉々に砕け散った。

「誰かいれば大変だね」

クレースから降りてロードを握った。周りからは気配を多く感じる。

「割と避難させたのだろうが、まだ逃げ遅れた奴がかなりいるな。無理はするなよ?」

二人は一瞬にしてその場から消え去り、立っていた場所に風が舞った。そして同時にイースバルトの国中を交差する二つの光が凄まじい速度で駆け巡る。

その日、イースバルトに住む多くのものがありえない光景を見た。皆が口を揃えてその日起こった信じられないような出来事を同じような内容で話す。高速で飛来する大岩を目の前に現れた小さな少女が粉々に砕き、気づけば持ち上げられ国の中央へと運ばれていた。金色の尻尾を生やした獣人が異常気象により引き起こったいくつもの嵐を刀で切り裂き消し去った。怪我していた傷がいつの間にか治っていた。中心にあった大嵐が瞬きをする間もなくどこかに消えていった。などという内容の話を一人や二人ではなく何百何千もの助けられた者たちが口を揃えて言った。

それは一時間も経たない僅か間の出来事。そのどれもが信じられないような内容で、終いにはその人物二人を神として崇め始める者たちも現れた。負傷者こそいたが、数百年に一度の大嵐でこの日初めて死者が出なかったのだ。しかしその二つの光は嵐が完全に消え去るとともにイースバルトから姿を消した。

「これで明日はきっと大丈夫だね」

「そうだな。私の速度についてこられるのはジンくらいだ、カッコよかったぞ」

ゆっくりと歩いて二人はボーンネルに帰っていた。しかしその道中、歩く二人の後ろから慌てた様子の声が聞こえてきた。

「待てー!! 止まれーッ!!」

誰かが大声をあげながら凄まじい速度で二人に近づいてきた。

(はやいな)

地面を抉り、激しい地響きを響かせながら着地するとジンとクレースの前に現れた人物は土埃を振り払い興奮した様子で二人の目の前まで近づいてきた。

「おッ、お前たちは誰なんだ!?」

ジンと同じくらいの背格好をし、美しい宝石のような緑色の髪の少女は二人のことを興味津々な様子で交互に見た。

「私はジンだよ、こっちはクレース。シリスちゃんでいいのかな?」

「いかにも!! 私は誰もが恐れ慄く風神にして史上最強の嵐帝である!! もしかしてお主はゲルオードの言っていた人間か!?」

「多分そうだよ。初めましッ—!?」

言い終わる前に勢いよく抱きつかれた。ゼステナと同じく距離の詰め方が分からない相手だ。

「私だけでは正直難しかったのだ、礼を言うぞ! ジン、クレース!!」

「ああ。それはいい、ジンから離れろ」

「シリスちゃん、明日来られる?」

「もちろんだぞ! ジンとクレースの功績を明日全員に言いふらしてやる! それと私のことはシリスでよい」

「あっ、そうだ。遠くから連絡が取れるように魔力波を教えておくね」

「魔力波?」

(どう? 聞こえる?)

(お、おう!? なんだこれはー! すごいじゃないか!!)

(考えたのは、トキワっていう私の友達だよ)

「それじゃあまた明日ね。会えてよかった」

「うむ。私は今から即行でやるべきことをやってくる! 明日会うのを楽しみにしているぞ!!」

そう言うとシリスは風を巻き起こし再び空を舞い一瞬でもといた場所へと消えていった。

(ジン様!? ご無事ですか!?)

クリュスからだ。

(うん、今から帰るよ。どうしたの?)

(い、いえ無事でしたら構いません。レイさんからクレースさんとお二人でイースバルトに向かわれたと聞きましたので。お気をつけて、待っております)

それだけ言ってクリュスからの魔力波は終わった。

「クリュスってどうかしたの?」

「いいや、何も知らないぞ」

今ではクリュスとゼステナも初めて出会った時より親しくなったというふうに感じる。姉妹ともに出かける時によく誘われるようになったのはかなり嬉しい。二人ともとっても優しいのだ。そして帰ってからはクリュスと外交について話し合うことにした。

「ジン様、よくぞお戻りになられました。実は私が来る前にジン様宛に届いた各国からの書簡を拝見させていただいたのですが······」

「く、クリュス?」

クリュスから怒りとともに圧を感じた。

「ほとんどの国が極めて腹立たしいジン様に対する無礼な内容。無礼な書簡が届いた国から適当に選んで滅ぼしてきましょうか。ジン様はお優しい御方ですのお許しになられますが帝王にこのような書簡が届いた場合は地図からその国は姿を消しておりますよ。ジン様はこの国をまとめ上げられ、二人の帝王に認められた。それだけでも素晴らしい功績なのです」

「いやでも私はまだ王様になって日も浅いからさ、下に見られるのは仕方ないよ。まだまだ小国に見られるかもしれないけど頼むよ」

「はい、お任せくださいませジン様。その意味では明日の会談は帝王達にジン様の素晴らしさを知らしめる絶好の機会になります。頑張りましょうね」

「うん!」

その後、あっという間に夜になって温泉に浸かった。今日は柑橘系の湯でかなりいい匂いがする。みんなで気持ちよく入っているとゲルオードから再び魔力波が飛んできた。

(ジンよ、シリスから聞いたぞ。先程まであいつからうるさいくらいに聞かされた。
流石は我が友だ。お前のおかげで明日の会談は予定通りに行われる。緊張はしなくていいからな、今日は早く眠れよ。それと、明日はこちらから迎えに行こうか?)

(大丈夫、ゼグトスの転移魔法で行くから)

(そうか。気をつけて来い、待っているぞ)

最近ゲルオードから子どものような感じで見られている気がする。まあいいや。

「ジ~ン~、明日は頑張ろうねえ。うるさい帝王がいてもぼくがいるからね~」

「うん、大丈夫。実は今日シリスと仲良くなったんだ」

「イースバルトに行かれてもう嵐帝と仲良くなられるとは流石ですわ。私も明日を楽しみにしております······ですが、呪帝は大の人間嫌いで有名です。ジン様に失礼が無いかが心配です」

「ただの話し合いだからな。まあ敵対視されないくらいにしておけよ」

「いやいや、ただ話すだけだから」

そして明日を楽しみにしつつもパールを抱き枕にして眠りについた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。

黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。 実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。 父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。 まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。 そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。 しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。 いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。 騙されていたって構わない。 もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。 タニヤは商人の元へ転職することを決意する。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断罪される1か月前に前世の記憶が蘇りました。

みちこ
ファンタジー
両親が亡くなり、家の存続と弟を立派に育てることを決意するけど、ストレスとプレッシャーが原因で高熱が出たことが切っ掛けで、自分が前世で好きだった小説の悪役令嬢に転生したと気が付くけど、小説とは色々と違うことに混乱する。 主人公は断罪から逃れることは出来るのか?

へぇ。美的感覚が違うんですか。なら私は結婚しなくてすみそうですね。え?求婚ですか?ご遠慮します

如月花恋
ファンタジー
この世界では女性はつり目などのキツい印象の方がいいらしい 全くもって分からない 転生した私にはその美的感覚が分からないよ

処理中です...