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英雄奪還編 前編
五章 第一話 蒼炎の姉妹
しおりを挟むギルメスド王国から帰ってきた翌日の朝。目が覚めてから理由はわからないがずっと妙な違和感を感じていた。悪い予感などではないが、くしゃみが出たり誰かに念じられているような感じがする。変わったことと言えば昨晩は寝ている間にクレースの家に連れられ気づけば一緒に眠っていた。寝てて気づかないうちに外に連れ出されていると考えると少し怖いが、おそらく違和感の原因はこれではない。
しかし今のところ何も起こらないので取り敢えず集会所の自室に向かう。
部屋の中には朝早くから閻魁がソファで寝転んでいたがガルと席に座った。
「おはよう。どうしたの?」
「お主を朝飯に誘おうと思ってな」
閻魁はこう見えて食事を一緒に食べようとよく誘ってくる。どうやら誰かと食事を食べるとより美味しく感じるということに最近気づいたようなのだ。
「うん、他のみんなも誘ってくるね」
そう言って立ち上がった時だった。
「ッ——!」
まるで銃のように物凄い速度で部屋の中に何かが入ってきた。そして思わずのけぞるとともに入ってきた者からの凄まじいほどの感情の高ぶりが伝わってきた。その人物は目の前に跪き、一度深く頭を下げると満面の笑みでこちらを見つめてきた。
「ジン様! ただいま戻りました!」
「ゼグトスッ!!」
目の前に現れたのは知り合いを連れてくると言ってしばらく留守にしていたゼグトスだった。そして今わかった、違和感の原因は間違いなくゼグトスだ。そしてモヤモヤしていたのがパッと晴れると共にドアがバタンッ!と大きな音を出して開いた。
「「ジンッ!」」
レイとクレースが慌てた様子で入ってきたのだ。ゼグトスだとわかるとホッとしたが閻魁は目の前で起こったことが突然すぎて驚き、一人でソファをひっくり返してソファごと倒れ込んでいた。
「お前かゼグトス、魔力全開で移動するな」
「これは失敬。久しぶりのジン様に興奮しておりました」
「ゼグトス、おかえり」
「ハイッ!!」
ゼグトスは唇がピクピクと動いて笑みが溢れるのを必死に抑えてなんとか声を出していた。嬉しさがこちらにまで伝わってくる。
「一人か? お前の知り合いというやつはどこだ」
「少々お待ちください。魔力の抑え方に慣れていないものがいますので急に出すのは迷惑かと思いまして」
「ああ、お前もな」
「転移魔法で今すぐこちらに呼ぶことができますが、早速連れてきてもよろしいでしょうか」
「待て、本当に安全なんだろうな」
「······ええ、そう言われると少し不安要素がありますね。ジン様に危害が及ぶのは避けたいので場所を移しても良いでしょうか」
ということなので、いつもパールとの魔法の特訓に使っている海の上の特殊領域まできた。もちろん朝ご飯を終えてからだ。ちなみに閻魁はゼフじいのところへ遊びに行った。念の為ということでボルとトキワも一緒にきた後ゼグトスの転移魔法陣が展開された。
「それでは······」
「二つ?」
二つに分断された魔法陣の上には魔力の渦が巻き起こり、人の体ほどの大きさになった。
「これは····」
それと同時にゼグトスに匹敵するほどの魔力を感じた。それも反応は魔法陣の二つともから。とはいうもののスッと出てきてくれるはずだと少し安心していた次の瞬間
辺りを眩い光が照らし思わず目をつぶる。それとともに魔法陣の一方からは燃えるような紅い炎の熱気を、もう一方からは震えるほどの冷気を感じる。この時点で只者ではないということだけは間違いなく確信した。
その冷気と熱気は綺麗に二つに分断されて相殺することなくスッと消え、その後二人の人影が見えてきた。
「もうゼグトスゥ、転移魔法が雑だよ。やっぱりぼく飛んでこればよかった」
「ゼステナ、私たちが転移魔法を使用せず急に現れれば魔力濃度が大きく変動してしまうのよ。落ち着きなさい」
現れた二人の女性はそれぞれ魔力の質と同じく一方は真紅の髪、一方は冷ややかな薄い群青色の髪をしていた。どちらも少しだけ顔が似ていて美人だったが印象としては真逆の性格という感じがする。
「ジン様、この青い者がクリュス、赤い者がゼステナという名前です。名前は好きに呼んでいただいて結構ですので。それとちなみに姉妹です」
「雑ですよゼグトス、まあ構いませんが」
「ていうかクリュス姉さんどうしてあっさりとコイツについてきちゃったの?」
「ただの興味本位ですよ。貴方もヒマでしたでしょ?」
「そうだけどさぁ」
完全に二人で話す中、突然ゼステナはジンの方を見ると黙ってガン見した。そしてそのまま近づきすぐ近くまで来ると同じくらいの顔の高さになるようしゃがんだ。
「うっわ~本当にかわいいし美人だ。ゼグトスがあんなに言うのもわかるわぁ」
そう言って身体全体を舐め回すように見て何故か「うん」と頷いた。
「ねえ、一つぼくの頼みごとを聞いてくれないかい?」
「う····うん」
流石に距離の詰め方が急すぎて思わずそう頷いた。
「やったあ! じゃあ早速だけど、今から裸になって!!」
「えっ—」
「ぼくとの子をつくろうよ!!」
「「ッ——!!」」
「おいお前、殺されたいのか? メスだろてめえ」
耐えきれずいつになく口の悪いクレースとレイが間に入り、鋭い目つきで睨んだ。
「ジン様! 申し訳ありません!! 後でこの者のことは時空に閉じ込め、なぶり殺しておきますのでどうかお許しをッ!」
「は、裸になるのは嫌だけど、子どもはいいよ。でも魔法陣の描き方忘れちゃったなあ」
「「ッ——!!」
(おいクレース、お前ジンに何教えたんだよ)
(いやあの子は純粋だから。適当な魔法陣を教えて、そこから赤子が出てくるって)
(どこの世界だよ)
(だが私はそれでいいと思う)
(ウン。知らなくていいとオモウ)
「ジン、お前は何もしなくてもいい。ただこの変態からは離れような」
「だってだって! こんな可愛い子見たらもう他の者と子はつくれないし、そうでしょ!! じゃあ子はいらないからさ! せめてッ—」
「こら、ゼステナ失礼ですよ。貴方がジン様でしたか。どうか妹のご無礼をお許しください」
上品な立ち振る舞いで目の前に現れたクリュスはゼステナとは違い静かさと美しさを纏っていた。
「は、はい」
見た感じお姉さんには逆らえないような感じだ。
「ジン様、私たち姉妹はゼグトスに頼まれこの国のために働くように言われました。ですが種族の関係上、主の方にはそれなりの強さを求めたいと思っております」
「クリュス」
ゼグトスがブチギレそうな顔でクリュスを睨む。
「ええ、もちろんゼグトスからはジン様が如何に素晴らしいお方なのかはお聞きしました。ですが私の目で、実際に見てみたいのです」
それを聞くとクレースたちは武器に手をかけた。
「ご心配なさらず、戦うつもりはありません。ただ代わりに」
するとクリュスは静かに左手から手のひらほどの大きさの氷の結晶が出した。
「この氷の結晶は『ラテス』といい、触れるだけで人間でも魔物であろうとも大まかな強さを測定することができ、数字として反映されます。例えば魔物の大まかな値としましてはDランクですと五千、Cランクは一万から五万、Bランクは十万から五十万、Aランクは百万から三百万、Sランクは一千万から二千万程度。Gランクの魔物は残念ながら凶暴につき数値は測れたことがありません。では早速こちらに手を」
「うん、わかった」
ラテスに手を触れると一瞬だけ光り、同時に冷静だったクリュスは驚くように目を見開いた。そしてすぐにハッとなりラテスを引っ込めた。
「きっ、急に申し訳ありません。測ることはできました」
「クリュス、貴方も分かったでしょう?」
「えっ、ええ、問題ありません」
少し動揺した様子のクリュスだったが、すぐに落ち着いた。
「その、もしゼグトスに無理矢理連れてこられてるなら無理に言うことを聞かなくていいからね。その、私はただ友達になってくれれば」
「「ッ······」」
「どうしましたか二人とも。ここまで来て断ったりしませんよね?」
「いや、ぼく初めて人間から友達になって欲しいなんて言われたからさ」
「私たちは断るつもりはありません。お受け致します。ジン様」
かくしていきなりだがゼグトスの知り合いのクリュスとゼステナはここに住むことになったのだ。
そしてその後ゼステナはラテスに反映された数字が気になりこっそりと誰も聞こえないようにクリュスに聞いてみた。
「ねえクリュス姉さん。どうしてすぐしまっちゃったの? 結果は?」
「測定不能よ、一億オーバーね」
「へえ、あの状態でか。でも測定不能なら全開時のぼくや姉さんもなるのに、どうしてあんなにも驚いたの?」
「そうよね、光の色は私にしか見えなかったものね。実は、白い光のすぐそばに黒い光があったわ」
「えっ、黒い光って」
「ええ、通常黒い光は死人がラテスに触れた時だけ発生するわ。ただし白い光と混在する場合は生と死の間に存在するという意味になる。でもあれほどに元気なのだからもしかすると何か別の理由かもしれない。それともう一つ、一番問題なのは収束点の位置よ」
「しゅ、収束点?」
「収束点は混じり合った光の中でただ一つだけ存在するものよ。収束点が白側の中心にあるほど生存確率は上がり反対に黒側の中心にあるほど死ぬ可能性が高くなる」
「で、でもあの子はピンピンしてたよ! きっと、初めての例なんだよ」
だがそれでも、クリュスの顔は少し曇った。
「そうね、私も見たことがない例よ。他の可能性がある場合も十分に考えられるわ。でもね、ゼステナ。ただ一つ確かなのは、ジン様の収束点の位置は黒側のど真ん中だということよ」
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