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中央教会編

四章 第二十四話 地上の地獄

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(どこかおかしい。天使族がたかがこんな戦力で攻めて来るはずがねえ。何かある、何か来るそう考えるべきか。多分ここにいる天使族は単なる時間稼ぎ、なら目的は······)

そう思いつつ、地上で戦闘していた者達を一瞥した。かなり難しい戦いになるとは思っていたが、それよりも予想以上に地上戦は激しく熾烈を極めていた。しかしながらベオウルフの防衛により天使族からの攻撃で城下が火の海になる、ということはなかったのだ。

ベオウルフが上空から見た大まかな戦況としてはギシャル対バルバダ、キャレルはギシャルの「黒い空間」の能力が上手く使われていた上に少し実力差が響いたためか二人が少しおされていた。しかしながら徐々に連携は合っていき若干ながら反撃もできているという状況だったため、一旦は様子見と考えた。

一方、ストレアとルーベル対ミルファ、シャドの一戦はギシャル達の戦いよりも見ていて不安だった。というのもシャドとミルファの二人は日頃から二人で戦うという機会がほとんどなかったのだ。見るからに連携が取れておらず互いに互いの足を引っ張っているというのが今の二人を表す言葉だった。攻撃をすれば剣が交わりかわされ、防御をすれば互いにぶつかりこけてしまう。側から見れば初めて戦場に出てきた者のようであった。

それに対してストレアとルーベルの二人の連携はさすがというべきものだった。近距離での戦闘をストレア一人だけで抑え、ルーベルの魔力銃は僅かな間隙を縫うようにして二人にダメージを与える。ミルファの二人で戦えば、という予想は見事に外れてしまいかなり一方的にやられていた。

(クソッ、俺のせいでミルファちゃんが。俺の、せいで······)

「シャド、私に遠慮しなくていいから」

「えっ、俺は別に。それよりもごめん、俺のせいでッ——」

「あなたのせいじゃない。まだ二人だけの戦いに慣れていないだけよ」

シャドの言葉を打ち消すようにしてミルファはそう言った。

(そうじゃない。ミルファちゃんだけなら一対一の近距離戦にまだ勝機はある。どう考えても俺が足を引っ張ってるんだ。もっと自覚しろよ。弱いんだよ、俺は、ミルファちゃんよりキャレル君よりバルバダ君より)

「ダーリン、どうしましょう。私はもう終わらせても良いと思うのだけどぉ」

「ああ、構わない。痛ぶるのはあまり趣味ではない」

「あらあら、優しいわねダーリンは······それじゃあ、終わらせましょうか」

妖艶に笑ったストレアは再び強く剣を握った。その動作に二人は息を呑む。感覚的に、本能的に、二人とも同じ嫌な予感がしたのだ。

そんな二人に対して、ゼーラ対ベイガル。そしてラグナルク対グラムは共に戦場の中でも一際目を引く激しい戦闘だった。
ベオウルフが少し見た感じではどちらともほぼ互角の戦いだった。強いてゆうならゼーラの攻撃が時よりベイガルに当たる様子が見えたがそれでも戦いが大きく左右するような変化は見られなかった。

ゼーラ対ベイガルは確かに凄まじい戦いであった。だがそれでも、ベオウルフから見るとゼーラたちの戦いは単なるそれなりの強さを持つ実力がほぼ同じ者同士の戦いに見えてしまった。
ラグナルク対グラムの戦いがあまりにも別次元だったのだ。
周りの騎士からは二人の剣筋は疎か正確に二人の姿を認識するということ自体不可能なことだった。ただ高速な光が剣と剣がぶつかる音と紅い火花とともに衝突するという光景が続いていた。

(このご老体、かなり動けるみたいだね。この僕についてこられるなんて······——ッ、素晴らしい!!)

グラムは久しぶりに対等な強さの相手と戦えて気分は最高潮まで来ていた。

(スターちゃん、君も久しぶりに気分が舞い上がってるんじゃないのかい!?)

(グラっちほどじゃあないけどさあ······上がりまくってるよ!!)

(流石!!)

スターとはグラムと契約している『意思のある武器』だ。スターはグラムのテンションについてこれるほどの明るい性格なためお互い気が合う。

グラムの剣は通常の長さをしており、一方ラグナルクは昔から変わらず長剣を携え片腕に装甲を取り付けている。そのため一般的に言えばリーチと力はラグナルクの方が有利となる。それでも互角の戦いになっていたのはグラムとスターとの相性が良いということもあるのだ。

ラグナルクの装甲はグラムの予想よりも厄介だった。何度も装甲の同じ部分を攻撃して破壊を狙っていたが未だ傷一つつかないのだ。

「ねえおじいさん。その装甲、硬いね」

「硬いのではない」

「ん? どういうことだい?」

「いずれ気づくだろう」

「ふ~ん、確かにおじいさんは全くダメージをくらっている感じがしないね」

(スターちゃん、どう思う?)

(確かに様子は変だけど、魔法ではないのよね。意思······かな?)

(······それは····厄介だね)

一つの可能性を考えグラムの顔が少し曇った。

(少し、観察をしようか!!)

(オッケー!!)

「ッ——」

少し空気が変わり、ラグナルクは動きを止めた。訝しげな顔でグラムを見つめる。すると剣を持っていた右手に魔力が集まっていき、スターは眩くほどに輝き出した。

「凶星よ、この剣に纏い糧となれ。己が使命を全うせよ。
星の真理は神さえ知らず、ただ我が身に宿りしこの魔力は星雨とともに降り注がん
震えろ、星震の如く」

その攻撃はグラムの魔力をスターに流し込み対象の位置に強力な重力空間を発生させる。そして吸い込まれた敵に無慈悲なほどの威力の攻撃を与えるのだ。その威力は極級魔法の威力をも越えて当たれば間違いなく即死である。そのため避けるには重力空間をまず対処しなければならない。つまりグラムは辺りのことを全く考えていなかったのだ。

しかしその状況でもラグナルクは冷静だった。顔色ひとつ変えず、ゆっくりと眺めるようにしてグラムの動作を見つめていた。

「ハァアアアああッ!!!」

ラグナルクは抵抗することなく吸い込まれるようにして重力場の中に入っていった。

凶震大星雨 ノヴァーズ・レイン!!!」

ラグナルクを確実に捉えスターの剣先が身体に突き刺さる。騎士になって幾度となく経験してきた魔物の肉を斬った時のような感覚。

——だが

「······これは、困ったね」

そう言うグラムの目の前にラグナルクは何事もなかったように立っていた。

「これが現実だ。威力は悪くなかったぞ」

「一体何をしたんだい? 僕の愛する剣は確実に君を斬ったはずだけど」

「やっていることは、先ほどから変わらない。そして十分に目標も達成できた」

「目標?」

ラグナルクはそう言ってギシャルの方を見た。
するとギシャルは「クシャシャ!!」と笑いラグナルクの横に黒い空間を発生させた。そして中から何かが出てくる。

それを見てグラムは、いやグラムだけでなくベオウルフも含め、その場にいた騎士たちは感じたことのないような寒気とともに息が詰まった。

「ハルト君ッ!!!」

そこには血だらけで今にも意識が落ちそうな弱りきった様子のハルトが横たわっていたのだ。
ハルトは途切れそうな意識の中、目の前にいたグラムの方を見て、安心させるように笑顔を見せた。

「大丈夫だ······問題ない」

「!!!」

グラムはその日、初めて怒りというものを体験した。初めて知ったその感情は形容し難く、胸の奥がひどくあつい。それと同時に目の前の人物に強烈な殺意が芽生えた。しかしグラムの精神力は強く、硬い。一時の感情に流されて狂人化するほどの性格ではなかった。そしていつになく真剣な目でラグナルクを睨んだ。

しかしラグナルクはその視線を振り払い、グラムに軽く笑いかけた。

「天が、我らの味方をした。我らの勝ちは今決定する。見てみろ、周りを」

「ッ——」

グラムの見た光景は信じたくはないものだった。騎士長たちはほとんどが倒れ、ミルファ、シャド、バルバダ、キャレルの四人も既に地面にうつ伏せで倒れていた。かろうじてゼーラが立っていたが持久戦に持ち込まれ苦戦を強いられていた。そして天使族は無尽蔵に出現し、ベオウルフさえ城下が攻撃されずに守り抜くという状況に手一杯だった。

「こいつにつけられた鎖は時間と共に生命力を奪っていく。鎖は私すら解くことができない。触ればその者の生命力も削られる。このハルトというものの命も長くは続かんぞ」

(僕の身体はまだ完全状態さ。焦るな····焦るな)

そう自分に言い聞かせつつも、スターからも少し感情に起伏が感じられ、グラムは内心焦っていた。
そしてスターを再び握り、いつも通り決めポーズをとる。

「だが!! 僕は無傷だ、負けてない!」

「褒めてやろう、この状況でもまだ絶望しないとはな······上にいるアイツも、お前も、コイツが死ねば多少は絶望するか?」

そう言ってラグナルクはハルトの胸の辺りに剣を立てた。

「貴様も分かるだろう戦場とはこういうものだ。必ず誰かを失い、痛みの悲鳴が聞こえてくる。地上に存在する、地獄だ」

「やめろ!!!」

人間離れした脚力はグラムの速度を一瞬にして最高速度まで持っていった。そして確実にラグナルクの長剣を捉え、一直線に伸びていく。

しかしそれを阻むようにしてギシャル、ストレア、ルーベルの三人が止めるようにしてその線に立ちはだかる。

だがグラムの勢いは凄まじく先頭にいたストレアを吹き飛ばし、ルーベルの魔力銃を素手で弾いた。

「化け物······ね」

しかしほんの少し勢いが落ちてギシャルが黒い空間を発生させる。

「クシャシャシャ!! 消えろ!!」

グラムは再び最大速度まで自分の足を回転させ、黒い空間に真正面からぶつかる。
しかし黒い空間はグラムを呑み込むこと無く凄まじい衝撃波とともに爆風を巻き起こした。

(······消えろ)

「なッ!!?」

黒い空間はグラムを呑み込むことなくスターによって掻き消されたのだ。
だが、ラグナルクまでの距離はまだ遠く、全く届かないように感じてしまった。

(ハルト君!!!)

「届け!! 届いてくれ!!!」

ラグナルクの剣がゆっくりに見えた。だが同時に自分の動きはまるで時間が止まったようにして全く動かない。

(間に合わッ!!)

「——!!」

しかしその驚きはラグナルクから発せられた。グラムから見れば無限に伸びたように感じられるその空間に、そしてグラムの少し暗くなっていた視界に、銀色の何かが光のような速さで飛び込んできたのだ。

そして現れた人物は、ぐったりとしたハルトを抱えてどこか懐かしげのあるような声で喋りかけた。

「随分とやられたみたいだな」

ハルトは薄れ行く視界の中ではっきりと目の前にいる人物の顔を確認した。そしてすぐに、目を見開いた。
意識は薄れていても、記憶がハルトの感情を奮い立たせたのだ。ゆっくりと口を開き、気づけばその名前を口にしていた。

「······レイ」
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