上 下
104 / 237
中央教会編

四章 第十七話 最悪の前兆

しおりを挟む
「私にはもう、この命を犠牲にしてでも守りたい存在ができた。······だから、私は兄貴を助けに行くつもりはない」

(素直になれ)

「····レイ、お母様を失ったあなたにまた守る存在ができたことはとても嬉しいわ。お兄様のことは任せて」

(素直になれよ)

「レイ·······」

「ジン、コイツの決めたことだ。無理に首を突っ込む必要はない」

「······うん」

(エルムに言われただろ?)

「でもせめて敵の居場所だけは協力させてもらうね。パール、お願いできる?」

「うん!」

ゼグトスが不在なため、感知魔法の得意なパールに頼むことにした。手がかりとなる魔力は本当にごくわずかだったけれども、パールの魔法の精度は特訓のおかげで日々上がってきている。そのため今ではゼグトスにも引けを取らないほどの技術で、小さな痕跡からも追跡が可能なのだ。

「ここ」

地図でパールがさしたのは鬼帝ゲルオードの治めるギルゼンノーズとギルメスド王国に挟まれる形で存在するロングダルトという国だった。この国では昔から天使族を崇拝の対象とするという風習が受け継がれている。そのため、他国からは天使族の存在を恐れ攻撃を仕掛けられるということがほぼないのだ。

「感謝致します。この御恩はこちらの一件が解決した後必ず返させていただきます」

そしてゼーラとミルファは帰り際、深々とお辞儀をしてそのまま帰っていった。しかし、帰っていく騎士達を見つめるレイの顔にはどこかやるせない思いが感じ取れたのだった。


避難していた皆んなに戻ってきてもらった後、リラックススペースに行くと、珍しくトキワとボルがお互いに背中を背もたれにして眠っていた。最近、ボルは傭兵達を、トキワはリンギルとエルダンを特訓していたため二人ともかなりの疲労が出ていたらしい。

横に目をやるとブレンドが「シーッ」と言いながら鼻に手をやっていた。どうやら入ってきた人達全員にやっているようで部屋の端には閻魁とコッツそれに骸族のハバリとギルスが静かに座らされていた。トキワはそれほどではないがボルが無防備に寝ている姿はかなり珍しく滅多に見られないのだ。

とりあえずは近くに座り一度レイを話をすることにした。あんな顔を見たのだからどうしても一度話し合わなければ必ず後悔してしまうと思う。

「レイ、私のことなんて考えなくていいからレイの本心を聞かせて」

そう言うとレイの顔がピクッとなり強張ったのがはっきりと見てとれた。

「ウム、そうであるぞ。嘘をつくのは良いことではない」

「誰だよお前」

「多分、兄貴は私のことを覚えてすらいない。あいつは騎士道一筋の人間だったからな。私はああいう人間にはなれないと思った。私たち兄妹は住んでいる世界が違うんだ」

「····もし、お兄さんが死んでも何も思わずに仕方ないって言うのなら私は何も言わないよ。でもね、お兄さんが死んでレイが少しでも悲しいと思うのなら、私は誰が相手でも一緒に戦う。私はレイに悲しんで欲しくない」

ジンはレイの顔に手をやって優しくそう言った。するとちょうどその時、部屋にラルカが入ってきた。

「ジン様、お時間があれば少しよろしいでしょうか。採寸したい部分がありまして」

「うん分かった。すぐ行くね。 レイ、大好きだよ」

「ッ—」

そしてそのままジンは部屋を後にした。ジンが部屋を出てドアが閉まるとレイは緊張していた思いを吐き出すように「フウっ」と息を吐くとともにクレースの顔を見てニカリと笑った。

「あれは全員に言うやつだから。私もお願いすれば言ってくれるから」

そんな様子を見てクレースは少し焦ったようにそう言った。

(なぜ、あの子はあれほど素直に言葉が出てくるんだろうな)

そしてレイは再び考え込んだ。




一方、ギルメスド王国に帰ってきたミルファとゼーラの二人はパールからの情報をベオウルフに報告していた。

「どうやら敵はロングダルトにいるようです。他国との関わりがあまりない国ですので詳しい情報が分かりかねますが、調査いたしますか?」

(ロングダルトか······随分と厄介なところにいやがるな)

「まずは俺が一人で行ってくる。作戦はその後だ」

「しかしベオウルフ様、もし秘密裏に動きロングダルト国内で正体がバレてしまえば外交的に言い訳が聞かない状態になってしまいます。ここは部下に行かせるべきかと」

「大丈夫だ。おそらくもうロングダルトは敵の手に堕ちてる。今更の話だ」

「······分かりました。お気を付けてください」

「ああ、ここは頼むぜ」

「それともう一つ、ご報告したいことが······」

ゼーラは何かを言いにくそうな様子でベオウルフの顔を伺った。

「おいおい、まさか······」

「ええ、注意はしていたのですが、グラムさんがまた何処かへ行ってしまいました。申し訳ありません」

「ったく、あの野郎······まあ仕方ねえ。おそらく今向こうから攻めてくることはねえ。お前達でなんとか頼む」

「ハッ」

ベオウルフの頭の中でグラムの高い声が幻聴のように響いてきてますます腹が立ってきたが、そのままロングダルトへと出発することにしたのだ。そしてベオウルフが出発しようと城の中を歩いていた時、シャドの姿を見つけた。

「おうシャド、久々だな」

(け、剣帝様!?)

「は、はいお久しぶりです」

「これから俺は少しの間用事でこの国を出る。なるべくすぐ帰ってくるが、頼んだぞ。それとグラムの馬鹿野郎を見つけたら切り刻んでもいいから帰って来させといてくれ」

「分かりました······」

「どうした? 何か悩んでんなら話でも聞くぜ?」

シャドは逡巡しながらも、こちらの目をジッと見てくるベオウルフになんとか口を開いた。

「······剣帝様、どうして俺を選んだんですか。俺なんかがこんな強い騎士達の中に紛れ込んでも邪魔になるだけっていうか。俺の座席にもし他の誰かが入っていたら、俺なんかよりももっと役に立てると思うんです」

いつもは心の中でしか言わないその言葉をシャドは初めて口にした。

「俺を信じろ。お前はまだ、本当のお前を知らない。本気を出したお前は、俺くらい強えぜ?」

「俺が!? そ、そんなわけ、自信を持たせるためでも言い過ぎですよッ」

「さあ、どうだろうな」

そうしてベオウルフはギルメスド王国を出発した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

令嬢に転生してよかった!〜婚約者を取られても強く生きます。〜

三月べに
ファンタジー
 令嬢に転生してよかった〜!!!  素朴な令嬢に婚約者である王子を取られたショックで学園を飛び出したが、前世の記憶を思い出す。  少女漫画や小説大好き人間だった前世。  転生先は、魔法溢れるファンタジーな世界だった。リディーは十分すぎるほど愛されて育ったことに喜ぶも、婚約破棄の事実を知った家族の反応と、貴族内の自分の立場の危うさを恐れる。  そして家出を決意。そのまま旅をしながら、冒険者になるリディーだったのだが? 【連載再開しました! 二章 冒険編。】

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします

リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。 違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。 真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。 ──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。 大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。 いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ! 淑女の時間は終わりました。 これからは──ブチギレタイムと致します!! ====== 筆者定番の勢いだけで書いた小説。 主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。 処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。 矛盾点とか指摘したら負けです(?) 何でもオッケーな心の広い方向けです。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

処理中です...