上 下
86 / 240
ボーンネルの開国譚3

三章 第七話 緊張の前日

しおりを挟む

「ジン、いよいよ明日だな。緊張しているか?」

「うん、ちょっとね。でも楽しみでもあるよ」

ラルカやクシャルドの努力もあり、ボーンネルに住む各種族が集まり話し合う場がいよいよ明日に設定できた。

ボーンネル自体は剛人族の一件後各地での争いはかなり減少したため、種族間での軋轢は考えていたよりもなかった。そのためこの数日間、魔力波を使って龍人族や骸族の者たちと通信を図るなどしてあらかじめコミュニケーションをとっていたのだ。

「にしてもエルダン、おめえは真面目なやつだな。この数日間龍人族と骸族に謝りに行ってたらしいじゃねえか」

「いいや、当然のことをしたまでだ。それにジンさんに迷惑をかけるわけにはいかないからな」

「いや大丈夫だよ。わざわざありがとうね」

「ラルカがここの様子を観察しにきてたみたいで、気づけなくてゴメン」

「いいよ、次の日にはもう白状してたからね」

「ジンその服どうしたの? かわいい」

「ああ、これはラルカが作ってくれたんだよ。ほら、ここにパールの分も作ってもらった」

ラルカはこの数日間、話し合いの準備を進めるとともにずっと私たちの洋服を作成してくれていた。忙しいから無理しなくてもいいよ言ったが本人は好きでやっているようだったのだ。

「ジン、何も気負う必要はないぞ。わしや他の皆に頼ればよい」

「うん、ありがとう。でも大丈夫、みんなを信じてるから」

「ああその通りだ。私たちもずっとジンを信じている」

「それにしてもこんなにここが発展するとは思ってなかったよ。本当にみんな頑張ってくれたんだね。本当にありがとう」

「いいえジンさん、とんでもありません。私たち傭兵は貴方様に返し切れないほどの恩がありますので」

ここ数日、辺り一帯はさらに発展していた。ラルカが洋服店を開き、住居もだいぶと完成してきて生活水準はだいぶと高いものになっていたのだ。食料は輸入に頼らず、農作物や近くの海の幸や山の幸を適度に使っている。そのため、人数は増えたがみんなの働きのおかげで未だに食料に困っていることはないのだ。

「そういえばエルシアってもう来てた?」

「ああ、エルシアなら先ほど果樹園でリンギルたちと話をしていた。ここのすぐ近くに新たな商会を作ったようだ。商人の中でも有名なやつだからな、輸入はかなりあいつに助けてもらってる」

するとゼグトスが何かを思い出したように口を開いた。

「ジン様。元エピネール国ですが、どうやら隣国がようやくエピネール王の失脚に気付いたようです。ボーンネルの支配下に入ったという情報を回しジン様の御威光を示しておきました。勝手な真似をして申し訳ありません、今からでも事実を知ったものを殺すことが可能ですが、どういたしましょうか?」

「だ、ダメだよッ。でもありがとうね」

するとそこへタイミングよくエルシアが部屋に入ってきた。

「ジン様、お久しぶりです。相変わらず、お美しいお姿で」

「エルシア、久しぶり!」

エルシアは上品に深々と頭を下げた。

「ジン様に一つご相談したいことがあるのですがよろしいですか?」

「いいよ、どうしたの?」

「どうやら近頃、隣国からここで商売を行いたいと言う商人が多く出てきたのですが、許可証の発行でジン様のお名前をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「全然いいけど、どうしたの?」

「ジン様の名前はここ最近かなり有名になっております。そのため、商人たちを脅せば、こちらの言い値で許可証を売ることも可能なのです」

(さ、さすがエルシア)

「うん、大丈夫だよ。任せるよ」

「かしこまりました、ジン様の御心のままに」

エルシアは嬉しそうな顔でありながらどこか恐怖を感じさせるような雰囲気がした。
しかし同時に改めて金銭面をエルシアに任せられたことにホッとしたのだった。

そして明日に控える話し合いに若干の緊張感を感じつつ、いつものようにみんなで働いた。緊張もあってか、いつもより体に疲労が感じられ夕方ごろにはクタクタになっていた。そして疲れを癒すためにも今日の夜は食事の前にみんなと温泉に入ることにした。

「フゥ······」

温泉は人口の増加とともにさらに大きくなった。そして今では新たに露天風呂がつくられ綺麗な海を眺めながら温かいお湯に浸かれるのだ。

「えへへぇ」

パールは両手両足を大きく広げて幸せそうな顔をしながらぷかぷかと浮かんでいた。

(そ、それにしてもさっきからラルカがずっと見てくる)

ラルカは隠すような素振りも見せず顔を赤らめながらジッとジンの体をガン見していた。
ラルカの顔を見てニコッと笑ってみるとまるで意識が戻ったかのようにしてハッとしてものすごい勢いで湯の中に潜っていった。

「ジン、少し痩せたか? もっと食べないとダメだぞ」

「大丈夫だよ、多分運動してるからかな」

すると近くからブクブクと泡が出てゆっくりとラルカがすぐ隣に出てきた。
さっきよりも顔を赤くしたラルカはジンの顔をじっと見つめると何事もなかったようにスッとジンの隣に座った。

「ラルカ、洋服ありがとうね。とっても可愛かったよ、パールも気に入ってた」

「そ、そうでしたか。それは······良かったです」

(私、ジン様の前だとどうしてこんなにも緊張してしまうのかしら。こんな感じ経験したことがない······胸が苦しい)

「あ、あの······抱きついてもいいですか?」

思わずラルカは本音が溢れた。

「「—ッ!?」」

レイとクレースは驚きの顔を浮かべつつ、ゆっくりとジンの方を向いた。

「いいよ」

「—ッ! で、では、失礼····します······」

ラルカはジンが苦しくならないように後ろからそっと包み込むように抱きついた。

(ッ—!? なに、このシルクみたいにすべすべなお肌は、それに逝ってしまいそうないい香り)

ラルカはこの瞬間を噛み締めつつギュッともう一度抱きしめた。

「大好きです、ジン様」

「私もだよ」

(初めは、見た目に一目惚れしてしまったけど、この方の魅力は見た目だけではないですわ。一挙手一投足が美しくてそれでいて、かわいらしい。まるで守ってあげたくなるくらいに。それに、自分のことが嫌いになってしまうほどにお優しい。見るたびに、話すたびにさらに魅力が出てくる素晴らしい方です)

「ジン様、エルバトロス様は元よりジン様たちとの友好関係を望んでらっしゃいました。ですので何も心配は要りません、安心してくださいませ」

「うん、ありがとう」

(一生この時間が続けばいいのに)

そう考えつつ、ラルカはジンのことをしばらく抱きしめ続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...