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ボーンネルの開国譚2
二章 第三十九話 王の瞳
しおりを挟む「ったく、無尽蔵に湧いてきやがるな。発生源を叩かねえとどうにもならないか」
するとそこにドッドッドッという騒がしい足音とともに上から降りてきた閻魁が現れた。
「おう、久しぶりだな。我がいなくて寂しかったか」
「ああ、お前か来るのが遅い、あとジンがいなかったら今も暴れてただろ」
「ギクッ—、ま、まあジンがいい働きをしたのは確かだな」
「でもヨカッタ。無事だったんダネ」
「その通りだ! よし、では我はあっちで悪魔たちを成敗してくる!」
「悪魔以外は倒すなよー」
トキワの声を背に開き直った閻魁は人型の姿で迫り来る悪魔たちの方へと向かっていった。
「そうですね。ジン様のいるあたりから割と強い魔力も感じますしできれば早急に終わらせたいものです」
「コイツが召喚してたみたいだけど、まだ悪魔達は湧いてキテル」
ボルの手にはぐったりとして意識を失ったアイルベルの姿があった。先程アイルベルは単独でボルに攻撃を仕掛け、あっさりと返り討ちにされたのだ。しかし悪魔たちの数は一向に減らず、しばらくその場で大量の悪魔達を処理していた。
(こいつら何者だよ、あのアイルベルを一発で······)
目の前の光景を見てグラトンが驚く中、メルトは一人どこか浮かない顔をしていた。
「どういうことだ、どうしてアイツはキルトたちのことを助けたんだ。シキの野郎は確かにガランじいと俺らの目の前でコルトのやつを殺したってのに」
「メルト、それって······本当なの? 私はやっぱりお兄ちゃんがそんなことをするなんて信じられない」
「······確かにメルト、お前の言うことも分かるぜ。俺も見てたからな。だが俺も正直なところあれが現実だったのか疑ってる」
「皆さん、疑うのも無理はありません。シキさんという方は私でも真似できないような素晴らしい幻術をお持ちのようですからね」
ゼグトスの言葉に三人は不思議な顔をする。
「幻術? どういうことだ、ゼグトスさん」
「簡潔に言えば、シキさんは十年前からこの鬼幻郷にいるほぼ全てのものに幻を見せていたということです」
「——ッ!!」
「そんなことッ、ここにいる全員に幻術を見せるったって一体どれだけの妖力がいるんだよ」
「自らの生命力を代償にしたのでしょう。その妖力量から考えるにおそらく、今はもう生きているのが奇跡と言えるほど体はボロボロだと思われます」
「そんなッ、お兄ちゃん······」
「じゃあ、コルトが殺されたあの光景もシキの見せた幻······」
「ええ、おそらく十年前からここにいた鬼族の方は誰一人として殺されてはないでしょう。そしてシキさんの本当の目的は百鬼閣を占領した敵とは別の存在からこの鬼幻郷を守ること。そのために十年前から敵を含め全てのものに大虐殺の幻を見せたのでしょうね。そしてその別の存在はシキさんが使用するほどの幻術が通用しない相手、つまり上位悪魔以上の存在です」
「じゃあ、あいつは······十年前からたった一人で、ここを守るために動いてたってのか······そんなアイツを俺は裏切り者呼ばわりして···· 」
「じゃあ、シキお兄ちゃんにきちんと謝りに行かないと。そうでしょ、メルト」
「ああ、そうだぜ。それに妹を残して勝手に行かせたりするわけにはいかねえ」
しかしエルムの顔には安心するような笑みが浮かんでいた。
「クレース、見つけた。あっち」
そして、魔法で悪魔たちが召喚される発生源を探索していたパールはその場所を発見した。
「よし、行ってくる」
するとその時、ゼグトスが目を見開いて興奮したような笑みを浮かべた。
「皆さん、申し訳ありませんが一度この場から離れさせていただきます。急な用事ができましたゆえ」
「おっ、おいゼグトスいきなりどうしたんだよ」
「すみません非常に重要な使命ですので」
そしてクレースは悪魔たちの発生源に行き、ゼグトスは翼を生やし一瞬にしてひとりどこかへ飛んでいってしまった。
一方、破壊衝動の効果を最大限まで引き出し体に取り込んだイルマーダの闘気はさらに引き伸ばされ、その外骨格は龍化したヘリアルの鱗をも凌ぐほどに硬く強靭になっていた。
「我はすでに全てを超越した存在に進化した。一刻ごとに増加する我の魔力の前にもう誰も届き得んぞ」
「ジン······?」
そんな中、レイは先程までとは何か違うジンの様子が気になった。
そしてそれは強化され、更なる上位の存在へと昇華したはずのイルマーダも同じであった。見つめていればそのまま呑み込まれてしまいそうな瞳にイルマーダはえも言えない恐怖を感じたのだ。そしていつの間にか萎縮していた細胞を奮い立たせるようにイルマーダは激しい雄叫びをあげる。
(勝てない? そんなはずがない。相手はただの人間だろ。だがなんだ、増え続ける我の魔力でも到底届かないその魔力量は)
「貴様ッ、一体何をしたッ!!」
「”眼”を使っただけ。今の私にあなたは手も足もでない。 ガル!」
ガルはジンの声で何かを察したようにレイたちのことを厚い毛で覆った。
その瞬間、並の生物ではその場に立っていられないほどの凄まじい圧力と一瞬にして呑み込まれてしまいそうな恐怖が辺りを埋め尽くす。
「なんだ、ガル! 外はどうなってる!」
ガルの厚い毛皮の中で焦るような声のレイに対してガルは安心させるように吠えた。
ジンが使用したのは「ロード・オブ・マティア【王の瞳】」と呼ばれる特殊な眼であり、この眼が開眼した状態においてジンはまさに最強の存在へと至る。この状態においてジンには『物理攻撃無効、精神攻撃無効、詠唱不要、魔力不干渉、妖力不干渉、状態異常無効、魔力消費ゼロ、時間影響無効、代償ゼロ、身体能力・魔力量大幅増加、未来予知、威圧』というさまざまな効果が付与されるのだ。
ロード・オブ・マティアの能力の一つである代償ゼロではこの眼の能力に対してはもちろん、ジンが行うあらゆる行為への代償がなくなる。そのため、生命力を消費するような技であっても何度でも連発でき、身体への負荷も一切かからない。しかしながらこの状態では常時周りに凄まじい威力の威圧がかかってしまうため普段は発動できないのだ。
そして一人、興奮した様子の人物がその近くにいた。
「素晴らしい、あれはまさに神を越えた領域。いいえ、神などという俗物と比べるのも烏滸がましい。ああ、美しい」
そんなジンの姿を見学しにいつの間にかこの場に来ていたゼグトスは周りの状況を気にすることなくうっとりとした顔をしていた。ジンの勇姿を見るというゼグトスにとって重要な使命を果たしにきたのだ。
「図に乗るなよッ、人間がぁああアアアアアッ!!!!!!」
イルマーダが超高速で振り回す「ネージ」はジンに近づくも、まるで威力もスピードも意味を成さないように弾かれ、反動でイルマーダは吹き飛ばされた。翼でなんとか押し止まりイルマーダは大量の魔力を一気に片方の手に集約させる。
「カタストロフィッ(破滅)!」
イルマーダはその無尽蔵な魔力で極級魔法を惜しげもなく放った。
しかし、それも届かず刹那のうちに空中に霧散する。
さらに増加し続ける魔力をネージに全て流し込み、超高速で攻撃を仕掛けるも、弾かれイルマーダは胸を貫かれた。
そして追い討ちをかけるように蹴りで地面に強く叩きつぶされ、硬かったはずの外骨格も粉々になる。
「グッ······」
起き上がり、反撃を仕掛けようとしたイルマーダは急な目眩とともに足元をゆらつかせる。
(クソッ、一撃一撃で意識が飛びそうになる)
「ッ—!?」
「静かに眠れ」
顔を上げたイルマーダの目の前にはいつの間にか一瞬で呑み込まれてしまいそうな虚無空間が広がっていた。
そして次の瞬間、イルマーダの意識はその肉体ごと虚無空間へと消えていったのだった。
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