上 下
73 / 240
ボーンネルの開国譚2

二章 第三十五話 真の正義

しおりを挟む
激情の念ととも放たれたそのブレスは空気に重たくのしかかりゆっくりとジンに近づいていった。

「ジンッ!!」

「ロード・オブ・ヴォイド(虚無の支配者)」

ブレスは吸い込まれるように虚無空間に消えていき、すぐにその一撃は吸収された。

「ほう、その魔力量は飾りではなかったか、ならば」

するとヘリアルの尻尾は鞭のようにしなり、その先は剣のように鋭く変形し意思を持つように動いた。
その尻尾は剣のようにジンを襲い、轟音を響かせてロードとぶつかり合った。

くらってしまえば、一瞬にして即死させられるほどの威力と普通の人間の動体視力では目で追うことさえ到底かなわない一撃一撃をジンは正確に裁いていった。

(あの時のヘルメスよりも皮膚が硬いし、一撃一撃が鋭い)

しかしその光景を目の当たりにして一番驚きを隠せないでいたのはレイであった。

(成長していたと思い込んでいた自分が恥ずかしい。私ならば数秒ももたない。今の私ではジンの足元にも及ばない。この戦いは、異次元すぎる)

その強さに驚いていたのはへリアルもであった。ヘリアルは尻尾での猛撃に加え、次の行動を予測してブレスでの迫撃を同時に行っていた。しかしどの攻撃も致命傷は与えられず、尻尾とブレスを連携させた攻撃には距離をとって回避され、巨大な翼から繰り出される暴風も何故かジンのことを空中に浮かせることすら叶わなかった。

(俺が今まで磨いてきた力ではこのような小さき人間に勝つことも出来ないというのか)

ヘリアルの攻撃パターンは徐々に単純になっていき、逆に押し込まれていった。

「もうやめよう。この戦いは意味がない、ヘルメスもきっとこんなこと望んでなんかない」

「お前にッ! お前にあいつの何がわかるッ——!!!」

ヘルメスの雄叫びにジンはゆっくりとして前を向いて答えた。

「分かるよ······私がヘルメスを倒したから」

「——ッ!?」

その言葉を聞いてヘリアルの頭は一瞬真っ白になった。ただその場でピタリと動きを止めたのだ。何故か空っぽになったその頭の中で一番はじめに出てきたのは怒りの感情でもなく憎しみの感情でもなく、目の前に立つ少女に対しての感謝の気持ちだった。そしてゆっくりと何かを思い出す。

(俺は力という名の正義を求め続けた。俺が力は求めたのは、アイツを、ただ一人の残された家族を守るため。ただアイツが生まれた時から俺の目的はただ一つだった。なあ俺達は馬鹿だと思わないか、ヘルメス。俺は正義のためとぬかしてお前を置いてただ力を求めた。そしてお前はいつの間にか俺が求めたように貪欲に力を求めた。ただ一番の馬鹿野郎は俺だったな。俺は兄として、暴走するお前止めなければならなかった。······ならば)

へリアルは人型の姿に戻り、背中に携えていた剣を取り出した。
その顔は何かを決心するようでその瞳にもう光はなかった。

「正義が善だとしても、大切な存在を守れなければそんなものは等しく悪だ」

そしてへリアルは剣を自分に向けた。

「へリアル! お前何をしているッ!!」

レイの言葉にヘリアルはなにも反応することなくただ一度空を見つめた。

(俺も、お前の元に。たとえ地獄でもお前となら構わない)

そして次の瞬間、グッと剣を強く持ち自分の心臓に向かって剣先を近づけた。

「——ッ!!」

しかしその剣は弾き飛ばされ、カランカランっと音を立てて地面に落ちた。

「後悔してるなら、生きてヘルメスに会いに行けばいい。またヘルメスを一人にさせる気なの」

「······どういう、ことだ」

ヘリアルは驚いた顔でジンのことを見つめた。

「確かに、ヘルメスは一度死んだ。でも、ヘルメスはウィルモンドで死んだからある人に生き返らせてもらったの」

「ッ······」

「ちゃんと心を入れ替えて、今はウィルモンドのニュートラルドで意思たちのことを守っている。
それにヘルメスは言ってたよ。いつか、面と向かって兄に謝りたいって。もう一度会って昔みたいに切磋琢磨したいって。ヘルメスは知ってたんだよ、お兄ちゃんが自分のために誰よりも力に執着したことを」

ヘリアルの目からは自然と涙が流れていた。そして抑えきれない感情を外に出すように涙は頬を伝わりゆっくりと落ちていく。

「······そうかッ、あいつは、生きて、俺のことを思ってくれていたのか」

へリアルは膝から崩れ落ち、涙が溢れないように空を見つめた。

「もう大丈夫だから、二人でまたゆっくりしゃべればいい。きっと今なら素直になれるよ)

「そうか、俺が間違っていた。俺は弟にッ——」

しかし、ヘリアルは何かをいう前に口から真っ赤な血を吐いた。

「へリアルッ!!」

突然、ヘリアルの胸を何かが貫き、ヘリアルは前に向かってバタリと倒れ込んだのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。

黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。 実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。 父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。 まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。 そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。 しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。 いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。 騙されていたって構わない。 もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。 タニヤは商人の元へ転職することを決意する。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

クゥクーの娘

章槻雅希
ファンタジー
コシュマール侯爵家3男のブリュイアンは夜会にて高らかに宣言した。 愛しいメプリを愛人の子と蔑み醜い嫉妬で苛め抜く、傲慢なフィエリテへの婚約破棄を。 しかし、彼も彼の腕にしがみつくメプリも気づいていない。周りの冷たい視線に。 フィエリテのクゥクー公爵家がどんな家なのか、彼は何も知らなかった。貴族の常識であるのに。 そして、この夜会が一体何の夜会なのかを。 何も知らない愚かな恋人とその母は、その報いを受けることになる。知らないことは罪なのだ。 本編全24話、予約投稿済み。 『小説家になろう』『pixiv』にも投稿。

断罪される1か月前に前世の記憶が蘇りました。

みちこ
ファンタジー
両親が亡くなり、家の存続と弟を立派に育てることを決意するけど、ストレスとプレッシャーが原因で高熱が出たことが切っ掛けで、自分が前世で好きだった小説の悪役令嬢に転生したと気が付くけど、小説とは色々と違うことに混乱する。 主人公は断罪から逃れることは出来るのか?

へぇ。美的感覚が違うんですか。なら私は結婚しなくてすみそうですね。え?求婚ですか?ご遠慮します

如月花恋
ファンタジー
この世界では女性はつり目などのキツい印象の方がいいらしい 全くもって分からない 転生した私にはその美的感覚が分からないよ

処理中です...