上 下
21 / 240
ボーンネルの開国譚

第二十一話 虚無の王

しおりを挟む
 
「エルダン!」

 地面に叩き潰されたエルダンは無理矢理立ち上がろうとするが、腕どころか全身に力が入らなかった。
 さらに攻撃の反動で剛轟が解けたことで急な脱力感に襲われる。たった一撃でエルダンは戦闘不能になったのだ。

 そして目の前に現れた存在に周りの注意が集中される。見上げるほどの巨体と身体の至る所に見られる古傷。数多の死線を超えてきたその威厳は見たものを萎縮させるような恐ろしい鬼の顔に現れていた。

 ダロットはエルダンが叩きつぶされたのを見て満足そうに笑う。

「ジン、落ち着け。あやつはこの程度では死なん」

 閻魁は周りの様子を見ると大きく肩を回す。バキバキと骨が鳴り、少し身体に力を込めると禍々しいオーラがあたりに撒き散らされた。

「もう待てんわ」

 その場に閻魁の重たい声が響いた。巨大な牙をギリギリと鳴らし右手に持っていた古く錆びれた鉈を肩にかけた。
 鉈は『意思のある武器』ではなかったが閻魁の妖力をまとっていることで通常より何倍もの強度があったのだ。

 勝ちを確信し気分がよくなったダロットは一人で後ろに下がると転移魔法でさらに魔物を呼び寄せ、閻魁を先頭にした陣形をつくった。

 しかし閻魁の圧を気にすることなく、クレースは一人でその陣形の前にたつと威雷を構える。

「こんなものか」

(血迷ったかぁ? あの獣人)

 目の前に立つ威風堂々とした様子のクレースを見てダロットはどこか不安を抱いた。

「——雷震流らいしんりゅう万雷の聚バンライノシュウ

 クレースは空に向かい威雷を軽く振りかざした。
 空にある雲は応えるようにしてその剣先が指す場所へと集約し無数の黒い稲光が空を満たす。
 次の瞬間、雷光が空を切り閻魁に降りかかった。

 しかし閻魁は自身の鉈を稲光に向け大きく振りかざし避雷針のように威力を逃す——はずだった。

「グワぁああアアア!!!」

 黒雷は閻魁の身体中を駆け巡り痛烈な悲鳴が響き渡った。

「お、おい! なんで攻撃が通ってんだよ!!」

 閻魁はすぐさま空中に受けた雷を放電させて威力を殺したが、その手には強烈な刺激が加わり感覚が麻痺した。


 その間、エルダンは何とか立ち上がろうとしていた。

(クソッ! 肋骨と左腕の骨が粉々になってやがる······)

 その時カラカラとした音を立てながら誰かが走ってきた。
 医療箱を手に持っていたコッツがエルダンの元に来たのだ。

「エルダンさん! 大丈夫ですか!?」

「あ、コッツ危ないよ。エルダンを連れて集落で治療してあげて」

「ええジンさんご心配なく、エルダンさんは私にお任せを!」

 コッツはエルダンに骨の肩を貸して集落に向かう。

「おいおい、逃げられると思ってんのかぁ?」

 その時ダロットの召喚していた一体の竜の魔物が二人の背後からブレスを吐き出した。
 しかし二人の背中を遮るようにジンが間に立った。

虚無ロード・ オブ・ヴォイド

 ロードを振りかざすと目の前に巨大な空間が生まれた。その空間の中には星空のような光景が広がり放たれたブレスは一瞬でその中へと吸い込まれていった。威力も速度も無視した多次元空間。ブレスを呑み込んだ後、その空間は巨大な竜までも呑み込んでしまった。

「わぁあ~きれい。ジンすごい」

「えへへぇ」

「ジンさ~ん! ありがとうございま~す! お気を付けて~!!」

「うん、エルダンを頼むよ~!」

(なんだあの小娘。あやつの魔力量はゲルオードを······)

「面白い、強い魔力量を感じたのはこの小娘からか」

 閻魁の言葉を聞き、クレースは眉をひそめた。

「何が小娘だ。そんな不細工な顔面でほざくな鬼が!」

 畳みかけるような言葉とクレースの圧に閻魁は明らかに焦りと動揺を隠せないでいる。
 ジンのことになれば災厄が相手であろうとクレースの態度は変わらなかった。

「い、言い過ぎだよクレース」

「······わ、我が悪かったわ。そんなに言わずともよいだろう······」

「拗ねた」

 パールがそういうと閻魁は悲しそうに俯き動きを止めた。

「いや、我だって····その······我は····」

「動かなくなったよ」

「精神的には五歳児だな。後でトキワに煽らせてみるか」

「ジン様、お伝えしたいことがございます」

 するとその時ゼグトスがジンの隣に現れた。

「あ、ゼグトス。そっちは大丈夫だった?」

「ええ、魔物は全て蹂躙しておきました。守護結界も張っておりますのでご安心を。報告ですが、こちらに鬼帝が向かっております」

 ゼグトスはさらっと言ってきた。

「き、鬼帝?」

「ジン、あっち」

 そう言ってパールが指を刺した方向からは急速に巨大な魔力が接近してきた。

「やはり来たか」

 遠くに感じた魔力はいつの間にか目の前まで近づいていた。
 その人物は魔力量も然ることながら、妖力は閻魁をも超える。
 しかしながら、どちらともを完璧に制御しており、オーラが溢れ出ていた閻魁とは違い見た目には静けさがあった。

「うわぁ初めて見る」

 黒く、頑丈そうなツノを二本生やし、威厳のあるローブを身にまとうその人物。
 閻魁を超える圧倒的な強者のオーラはその者が帝王たる所以である。
 世界のパワーバランスを担う八大帝王の一角、鬼帝『ゲルオード』であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

処理中です...