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ボーンネルの開国譚

第九話 え? 誰?

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クレースがこれだけ警戒するのは久しぶりだ。
間違いなく現れたのは強者、でもインフォルからの情報でこれだけの奥の手がいるとは聞いていない。
多分エピネールの外から来た誰かだ。

現れたのは紫がかった黒髪を持つトキワほどの身長の男の人。
でもこちらに対する敵意は感じない。

「······ん?」

寧ろ不自然なまでの視線を感じていた。
移動するとその目線は追ってきた。
クレースの後ろに隠れたりガルで顔を隠したりしても強く視線を感じる。

「だ、だーれ?」

今戦っても大変なだけだ。通りすがりの子どものようにこの場を乗り切るしかない。

「はッ——」

しかし男はその声を聞くなり目を輝かせて近づいてきた。
その顔は感激するかのよう。クレースが間に入ると一礼しその場で跪いた。
男の瞳はジンの顔を捉え喜びの感情が抑えきれずその顔に出ていた。

「へッ?」

「へッ?」

「お初にお目にかかります、私の名前はゼグトス。貴方様の配下の末席につきたく参りました」

「へッ?」

「へッ?」

予想だにしない言葉。
思わず同時にクレースと向かい合った。


*************************************


状況がいまいち飲み込めなかったが、とりあえずエピネール商会の中に入って詳しく話を聞くことにした。
現れた男の人は何故か商会に入った後も目の前で跪いている。

「どういうことだ。なぜいきなりジンの配下になりたいと?」

「私はジン様にお仕えできるのならばどのような形でも構いません。雑用から秘書の役割まであらゆることを私にお申し付けくださいませ」

「ひ、秘書って····なに」

「お前かなりの強さだろ。いきなり現れた奴のことは信じられん」

「私などジン様の御威光の前では何も大したことはありません。私が生涯を持って仕えるべきなのはジン様、あなた様だけなのです」

ゼグトスは大袈裟に、そして恭しく頭を下げた。状況を考えればすぐ信用しきるのは性急である。だがその瞳には全くもって嘘が見えなかった。クレースが疑いながらもすぐに話を中断しないのはそのためである。

「え、ええそんなこと言われたらなんだかむず痒いなあ」

「はぁ······私は構わない。ジンの素晴らしさがわかるのだから一般的な常識はあるようだな」

クレースはそう言って独特な価値基準でゼグトスを誉めた。

「うん、でも配下なんかじゃなくさ、一人の友人として私の仲間になってよ」

その言葉にゼグトスの身体は打ち震えた。
抑えきれない嬉しさは顔に浮かび再びジンの目を見つめる。

「このゼグトス、貴方様に永遠なる忠誠を!」

(えっ、伝わってた?)

ジンの疑問は解決されないまま新しい仲間が加わったのであった。そして話がひと段落したところでその場にエルシアが入ってきた。

「ジン様クレース様、早急にお伝えしたいことがございます」

何かが起こったか少し焦ったような様子。

「どうした?」

「実は、エピネール城に貴族も国王さえもいなくなっているのです」

「え?」

エルシアが急にありえないようなことを言ってきた。重要な行事があるとしても城にひとりもいないなどあり得ないのだ。  

「じゃあ、城は今誰もいないもぬけのからっていうこと?」

「ええ、そのとおりです」

「どういうことだ 何か集まりごとでもあるのか?」

「ああ、それは私がやりました」

と、いきなりゼグトスが爆弾発言をしてきた。
先程と同じような嘘一つ感じない瞳。ここまでくるともう何が何なのかよく分からない。

「もしかして全員倒しちゃったの?」

「倒したといいますか軽くお仕置きをしておきました。そのためジン様がおっしゃる通り、城の中はもぬけのからでございます」

「お、お仕置きね······」

こうしてジンたちが国王に会うこともなく資金調達の作戦は無事に終わったのである。

「まあ、王がいなくともなんの混乱も起こらないんだ。王の存在とはそれだけちっぽけな存在だったんだろ」

「まさか、本当にこの国の問題を解決してくださるとは。私としてはなんの不満もございません。エピネール商会、いいえ、新たにボーンネル商会と名を改め、ジン様にお仕えいたします」

「う、うん」

(な、何もしてない)

「俺も全力で協力させてもらうぜ。やっぱり俺の見立ては間違いじゃなかったぜ。それにしても、今日は精神的にも疲れたな。早くご飯入って風呂食わねえと」

「逆ですよ、ヴァンったら」

ジンたちはヴァンやエルシアと別れるともう一晩エピネールの宿に止まることにした。

宿屋に向かう途中。

「それでお前、宿までついてくるつもりか」

そうクレースはゼグトスに聞いた。

「もちろんですとも、私はできるだけジン様のお側にお仕えしたいですから」

本気の目だった。おそらく敵ではないことは確かだが、クレースは私を抱きかかえてゼグトスのいる方向へは向けないようにしていた。少し通行人の目が気になったが離れようとしてもまったくビクともしなかった。

「一応、さっき会ったばかりのやつにいきなりジンのそばにつかせるわけにはいかないな」

「まあ部屋はみんな別々だからね、一緒に行こうよ」

「別々ッ!?」

ゼグトスとクレースは声を合わせて驚きの声を上げる。

「ジ、ジン。私はいいだろ? 私はジンがいないと眠れないんだ」

「違う家に住んでるでしょ」

「ジン様、交流という意味も踏まえて私をお側に。私ならば眠る必要はありませんので護衛にもなれます」

「それは私が認めんッ——」

「いや一人でも大丈夫だよ、ガルがいるから」

「頼むジン! 私にかわいい寝顔を見せてくれぇ」

「ぜひ私も」

「昨日は一緒だったではないか」

駄々をこねる二人だがジンの決意は硬かった。

「だ、ダメ。別に混んでるわけでもないんだから」

そう言ってクレースとゼグトスの希望は呆気なく霧散した。そして結局、なぜかクレースとゼグトスが同じ部屋というカオス展開になったのであった。

その夜、ジンが寝静まった後にクレースとゼグトスは二人でしゃべっていた。

「ゼグトス。言っておくが、もしジン裏切るようなことをすればその時は躊躇わず殺すからな」

「もし無意識でもそのようなことをすれば、自ら命を絶つつもりです。仮にジン様に危害を加えるようなら私は帝王でも殺しますから」

「そうか、ちなみに私は経験済みだ」

「······」

二人の会話をジンは知るよしもなく次の日を迎えたのだった。
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