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本編

抱きしめて

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西條は父親が帰ったあと、林田と涼介が帰ってくるまでソファの上でぼーっと窓の外を眺めていた。
母親のことは憎い。
大事な兄を苦しめたのは母親だから。
けれど、母がそうなるまで追い詰めたのは父だ。
母が何も言わないからと愛人をつくり、子供まで授かり、愛人が死んだあとにその子供を引き取るという判断をしたのは父だ。
それでも母親を憎いと思ってしまうのは、本当は愛人なんかつくってほしくないのに、何も言わず逆らわず、自分より弱いものを虐める人だから。
父に涼介を会わせるのは、兄がそうしていたからだ。
自分がどう思っていようと、涼介の味方は増やせるだけ増やしてあげたい、と言っていた。
それは恐らく、兄自身が母親を亡くし、西條家にくるほかなかったからだろう。
西條はそんな兄の思いを、死んだ今も裏切ることはできなかった。
兄の望んでいたことを、できる限り涼介にしてあげたいのだ。
やがて日が沈み、電気のついていない部屋はまるで西條の心の中を表すようにこんこんと暗くなっていく。
そのうち自分と空気の境い目が曖昧になり、夜に飲み込まれていく心地がした。
パッ、と突然電気がつき、眠っていた西條はその光に驚いて目を覚ました。
「あれ、ごめん寝てたの?」
林田は眩しさに目を細める西條の瞼に手を被せ、
「ごめんね~、まだ寝たかったら寝室で寝てて」
と言って笑った。
西條が抱きしめると、遅れてリビングに入ってきた涼介が
「りょーちゃんもー!」
と言って林田に抱きつく。
「おてて洗いにいこっか、そしたら夕飯作る間にちょっとだけお菓子食べていいよ~」
林田は涼介を連れて洗面所へ行き、西條はもう少しだけ眠ろうと、寝室へ向かった。

「京は間違ってないよ。俺だってそうしたと思う。しんどかったね、よく耐えたね」
夜、涼介を寝かしつけたあと、林田は西條の沈んだ気持ちに気がつき、ソファの上で膝に寝かせ、何度も頭を撫でた。
「お父さんが来たって連絡を見た時、洸希が何かされるんじゃないかって怖かった。
でも話した感じ、兄さんが亡くなって弱ってるのかもしれない。たまにしか帰ってこなかったけど、3人とも平等に愛してくれた人だから」
兄の誠司によると、誠司が母親と2人で暮らしていた頃も頻繁に顔を出し、休みの日には母親と色んな場所に連れていってくれたと言う。
誠司は母親が死ぬまで、父の別の家庭を知らなかった。
誠司は自分の母親が、まさか愛人だなんて思わなかった。
結局母も母で浮気していて、その男の影響で薬物中毒になり死んでいったのだが。
それでもなお、突然できた腹違いの弟を大切にしていたのは、誠司の優しさであり強さなのだろう。
「京がお父さんとどうしたいかは、京が決めるんだよ。お兄さんや涼介くんのことも大切だけど、京がお父さんと会うのが辛いなら俺が涼介くんを連れて会いに行くよ」
林田は西條を力いっぱい抱きしめ、頬に伝う涙を拭った。
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