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本編

寝つけない夜

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銭湯から帰ってきて、子供たちはそのまま倒れるように眠った。
舞、陽日、涼介の3人で子供部屋に川の字で寝かせ、いつの間にか寝相の悪い陽日が舞と涼介と反対を向いている。
林田と西條はリビングに布団を敷いてもらい、母親は残りの家事をやるからと言ってキッチンとリビングの間の襖を閉じて、啓太はいつも通り一人部屋で寝た。
林田はみんなが寝静まった中、母親が静かに家事をする音を聞いている。
カチャ、カチャン、と食器が擦れる音が聞こえ、その状況を懐かしく思った。
母親は自分たちを育てるために夜も働きに出ていて、深夜に帰ってきてから家事をする。
林田も家事を手伝ってはいたが、全てできるというわけではなかった。
なにより、母親がそれを嫌がったのだ。
洸希は子供なんだから、弟たちのお兄ちゃんにはなっても親にはならないで、と。
林田はそんな母親が大好きだったし、尊敬していた。
もちろん今も、こうして3人を1人で育てる母親はすごいと思う。
涼介を育ててみて、改めてそう思った。
先に眠ってしまった西條の寝顔を見ながら、頭を撫でた。
少し硬い西條の髪の毛は、サラサラと指通りが良い。
お風呂に入ると、セットするために長めに切ってある髪の毛がさらりと揺れるのが好きだ。
自分より大きな体に抱きつくと、眠っていても抱き返してくれる。
この、筋肉で見た目よりずっしりとした体に抱かれると、安心する。
自分は守られているのだと。
それは、小さい頃母親に抱いていた自分を裏切らない絶対的安心感に近いような気がする。
そんなことを考えていると、いよいよ眠れなくなってきた。
キッチンとリビングを仕切る襖を静かに開けると、母親が振り向いてにこりと笑った。
「眠れない?ホットミルクでもいれようか」
いつまで経っても母親は母親のままで、林田がいつだったか涼介に同じことをしたように、眠れない夜にホットミルクを作ってくれる。
両手で抱えるようにカップを包み込むと、じんわりと手のひらから暖まる。
そしてそれをひとくち飲むたびに、体の奥がぽかぽかと暖まった。
「お母さんね、洸希には色々と無理をさせてきたこと、すごく後悔してるの」
突然、母親がそんなことを口にする。
林田はなんと返していいかわからず、気まずい空気を埋めるようにホットミルクを飲んだ。
「仕送りだって毎月欠かさないでしょう、それもね、お母さんが頼りないから……」
「それは違う」
母親の言葉を遮るように否定する。
「違うよ、それは。仕送りは俺がしたくてしてるんだよ。お母さんに無理しないで欲しいし、啓太たちとの時間を大切にして欲しいから」
林田は啓太が生まれるまで、1人寂しく母親の帰りを待っていたことを思い出す。
自分のために一生懸命働く姿はかっこよくもあり、それでもやっぱり寂しかった。
「洸希の気持ちはすごく嬉しいの。でも、ふと考えるとね、あなたの幸せはどこにあるんだろうってずっと考えてた。自分1人生きていくのに精一杯で、結婚なんてできないんじゃないかって」
母親は食器を洗う手をとめ、振り返った。
その目には、涙が滲んでいる。
「だから今日、こうして西條さんと涼介くんを連れてきてくれたこと、本当に嬉しかった。あなたが心から幸せに笑っているのを見られて、本当に嬉しかった。西條さんの隣で、涼介くんと手を繋ぐ洸希が、きっと本当のあなたなのね」
その言葉を聞いて、林田も涙を流した。
確かに、ずっと考えてはいた。
今は結婚したいとか付き合いたいとか、人生を共にしたいと思える相手はいない。
でもいつかそういう相手ができたとして、自分はその人を幸せにできるのだろうか、と。
そんな矢先突然西條から涼介の母親になって欲しいとお願いされ、どうせ結婚できないならせめて誰かの役に立つならそれでいいやと決断した。
「実はね、この春から正社員として雇ってもらえることになったの。知り合いの会社でね、小さなところだけど今までのパートよりお給料が高くなって、これでやっと洸希に頼らなくてもって思ってたのよ」
母親は濡れた手を拭くと、鍵のついた引き出しから封筒を取り出した。
「洸希からのお金は極力使わないようにしていたの。残っても返さなくていいって言ってくれていたけど、やっぱりちゃんと返したくて。半分にも満たないけど、受け取って」
林田はひとまず受け取ると、その重さに驚いた。
毎月5万ほど送っていたので、それを4年と考えると確かに半分ほど入っていそうな感じがする。
「いや、これはもうあげたものだから…。それに啓太が今年受験だし、何かと入り用でしょ?受け取れないよ」
返そうとすると、母親がだめ、と言って林田のほうへ押し返した。
「わたしは洸希のお母さんでいたいの。だからだめ。むしろ、今までそうさせてあげられなくてごめんなさい。寂しい思いをたくさんさせてごめんなさい。それでもこうして大切な人たちを連れて帰ってきてくれてありがとう」
林田は、帰ってきて良かったと思った。
自分の大切な人たちを、大切な人たちに紹介できて。
「ありがとう。お母さんが、俺のお母さんで良かった。涼介くんを育ててると思うんだ。俺がしてあげること全部、お母さんが小さい頃にしてくれてたことだなって。それで、それをするのがどれだけ大変かを、今実感してる」
子育ては100人の母がいれば100通りあって、どれだけ本を読んでネットの記事を見てもその通りにはいかない。
言うことを聞いてくれない涼介を怒ってしまう日もあるし、夜になって後悔して、寝顔を見ながら涙を流すこともある。
でもいつも脳裏にあるのは母親で、どうしたら自分の母親のようになれるのかと、林田は毎日思っていた。
眠れない夜のホットミルクのように、2人の間には温かく優しい空気が流れていた。
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