恋する彼のアパルトマン

吉田美野

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 今日は部屋の片付けの続きをする予定だ。

 粗方片付けたとはいえ、不要なものをトランクに押し込み、それぞれの部屋に荷物を振り分けた程度だ。ちゃんとベッドで眠れるし、キッチンでお湯も沸かせるが、本棚に詰め込んだだけの本はバラバラだし、衣装ケースは積み上がったままだ。決まった仕事をしていないジェイミーは、家でひとり過ごす時間が多くなるだろう。もっと居心地のいい空間を作りたい。ひとりの時間も慰めてくれるような。
 買ってきた食料を仕舞い、ついでにキッチンから片付けをはじめることにした。
 白いタイル貼りのカウンターキッチンにはウォールシェルフがついていて、よく使う食器や調理器具が収納できるようになっていた。

 料理はほとんどしないジェイミーだが、調理器具は充実している。実家から持ち出した物もあれば、恋人だった『彼』が必要だと言ったので買い求めたものもある。ジェイミーには何に使うかわからないものもあって、少し悩んでこれをトランクの中に仕舞った。結局シェルフに並んだのは、ポットと中くらいの鍋ひとつ、白いシンプルな平皿と、マグカップがひとつ。本当は鍋すら使うことはないかもしれない、と思いつつ、ひょっとしたらパスタくらいなら自分で茹でることがあるかもしれない。

 広々としたシェルフが随分と殺風景だが、使わない物をごちゃごちゃと並べても仕方がないだろう。
 『彼』のお気に入りのワイングラスのセットは、これも少し悩んで、箱のままカウンターの下の戸棚に仕舞った。
 昼は買ってきたレトルトを食べて済ませた。
 サーモンのフィレに、フェンネルが効いたホワイトソースがこれでもかというくらい掛かっている。パサパサのピラフもセットになっていて、たっぷりのホワイトソースに絡めて食べたらなかなか美味い。次に買い出しに行ったとき、追加で買ってこよう。

 リュカとの約束までの時間を、ときどき休憩を挟みながら部屋の片付けに費やした。もちろん、リュカへの手土産を探すことも忘れずに。

「うーん……お、これなんかよさそうじゃないか?」
 赤と白、それぞれよさそうなワインのボトルをトランクから見つけた。
 彼は何をご馳走してくれるだろうか。今日行ったスーパーで、リュカが魚のアラと量り売りのハムやパテを買っていたことを思い出しながら、今晩のメニューを推理してみる。が、しばらく考えて、せっかくなので二本とも持っていくことにした。部屋にブランデーが置いてあるくらいだから、きっとリュカもお酒が好きだろう。




 時間どおりにリュカの部屋をたずねると、部屋いっぱいに食欲をそそるいい匂いが漂っていた。

「いらっしゃい、ジェイミー」
「お招きありがとう。これ、いっしょに飲もう」

 ワインを二本差し出すと、リュカはわあ、と声を上げて笑顔で受け取った。
「気を遣わなくてよかったのに。でもありがとう。白は冷やしておくよ」
 ダイニングの小さな丸テーブルには、ふたり分の食器とカトラリーがセットされていた。
 促されてテーブルにつくと、リュカがテーブルに料理を運んできた。鶏ひき肉とレバーのパテ、サーモンのカナッペ、トマトスープが並べられる。

「もうすぐキッシュも焼けるからね」
「すごい、ご馳走だな」
「恥ずかしいな。ほとんど出来合いのものなのに。料理は嫌いじゃないけど、得意と言えるほどじゃないんだ」

 出来合いのものだとしても、これだけ準備をするのはそれなりの手間がかかるはずだ。ジェイミーは感心して、十分すごいよと感謝を伝えると、リュカは気恥しそうに笑って、それから赤ワインのボトルを手にして「さっそく開けてもいいかな?」と言った。

「もちろん。道具があれば、僕が開けようか」
「お願いするよ」

 コルクを抜いて、並べてあったグラスに注ぐ。ワイングラスというより、背の低くてずんぐりした丈夫そうなゴブレットだ。ジェイミーの手慣れた様子に、視線だけでリュカが感心しているのが伝わってくる。

「じゃあ、乾杯。えーっと、僕たちの出会いに?」
「うん! 出会いに乾杯。お隣さん同士、よろしくジェイミー」
 カチン、と控えめにグラスをぶつけて微笑み合う。
 下心などまるで感じられない、ふにゃふにゃとした人のよさそうな笑みは、見ていて癒される。隣の住人がリュカでよかったな、とジェイミーは今更ながら思った。
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