6 / 31
1
6
しおりを挟む今日は部屋の片付けの続きをする予定だ。
粗方片付けたとはいえ、不要なものをトランクに押し込み、それぞれの部屋に荷物を振り分けた程度だ。ちゃんとベッドで眠れるし、キッチンでお湯も沸かせるが、本棚に詰め込んだだけの本はバラバラだし、衣装ケースは積み上がったままだ。決まった仕事をしていないジェイミーは、家でひとり過ごす時間が多くなるだろう。もっと居心地のいい空間を作りたい。ひとりの時間も慰めてくれるような。
買ってきた食料を仕舞い、ついでにキッチンから片付けをはじめることにした。
白いタイル貼りのカウンターキッチンにはウォールシェルフがついていて、よく使う食器や調理器具が収納できるようになっていた。
料理はほとんどしないジェイミーだが、調理器具は充実している。実家から持ち出した物もあれば、恋人だった『彼』が必要だと言ったので買い求めたものもある。ジェイミーには何に使うかわからないものもあって、少し悩んでこれをトランクの中に仕舞った。結局シェルフに並んだのは、ポットと中くらいの鍋ひとつ、白いシンプルな平皿と、マグカップがひとつ。本当は鍋すら使うことはないかもしれない、と思いつつ、ひょっとしたらパスタくらいなら自分で茹でることがあるかもしれない。
広々としたシェルフが随分と殺風景だが、使わない物をごちゃごちゃと並べても仕方がないだろう。
『彼』のお気に入りのワイングラスのセットは、これも少し悩んで、箱のままカウンターの下の戸棚に仕舞った。
昼は買ってきたレトルトを食べて済ませた。
サーモンのフィレに、フェンネルが効いたホワイトソースがこれでもかというくらい掛かっている。パサパサのピラフもセットになっていて、たっぷりのホワイトソースに絡めて食べたらなかなか美味い。次に買い出しに行ったとき、追加で買ってこよう。
リュカとの約束までの時間を、ときどき休憩を挟みながら部屋の片付けに費やした。もちろん、リュカへの手土産を探すことも忘れずに。
「うーん……お、これなんかよさそうじゃないか?」
赤と白、それぞれよさそうなワインのボトルをトランクから見つけた。
彼は何をご馳走してくれるだろうか。今日行ったスーパーで、リュカが魚のアラと量り売りのハムやパテを買っていたことを思い出しながら、今晩のメニューを推理してみる。が、しばらく考えて、せっかくなので二本とも持っていくことにした。部屋にブランデーが置いてあるくらいだから、きっとリュカもお酒が好きだろう。
時間どおりにリュカの部屋をたずねると、部屋いっぱいに食欲をそそるいい匂いが漂っていた。
「いらっしゃい、ジェイミー」
「お招きありがとう。これ、いっしょに飲もう」
ワインを二本差し出すと、リュカはわあ、と声を上げて笑顔で受け取った。
「気を遣わなくてよかったのに。でもありがとう。白は冷やしておくよ」
ダイニングの小さな丸テーブルには、ふたり分の食器とカトラリーがセットされていた。
促されてテーブルにつくと、リュカがテーブルに料理を運んできた。鶏ひき肉とレバーのパテ、サーモンのカナッペ、トマトスープが並べられる。
「もうすぐキッシュも焼けるからね」
「すごい、ご馳走だな」
「恥ずかしいな。ほとんど出来合いのものなのに。料理は嫌いじゃないけど、得意と言えるほどじゃないんだ」
出来合いのものだとしても、これだけ準備をするのはそれなりの手間がかかるはずだ。ジェイミーは感心して、十分すごいよと感謝を伝えると、リュカは気恥しそうに笑って、それから赤ワインのボトルを手にして「さっそく開けてもいいかな?」と言った。
「もちろん。道具があれば、僕が開けようか」
「お願いするよ」
コルクを抜いて、並べてあったグラスに注ぐ。ワイングラスというより、背の低くてずんぐりした丈夫そうなゴブレットだ。ジェイミーの手慣れた様子に、視線だけでリュカが感心しているのが伝わってくる。
「じゃあ、乾杯。えーっと、僕たちの出会いに?」
「うん! 出会いに乾杯。お隣さん同士、よろしくジェイミー」
カチン、と控えめにグラスをぶつけて微笑み合う。
下心などまるで感じられない、ふにゃふにゃとした人のよさそうな笑みは、見ていて癒される。隣の住人がリュカでよかったな、とジェイミーは今更ながら思った。
3
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話
雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。
一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
浮気性のクズ【完結】
REN
BL
クズで浮気性(本人は浮気と思ってない)の暁斗にブチ切れた律樹が浮気宣言するおはなしです。
暁斗(アキト/攻め)
大学2年
御曹司、子供の頃からワガママし放題のため倫理観とかそういうの全部母のお腹に置いてきた、女とSEXするのはただの性処理で愛してるのはリツキだけだから浮気と思ってないバカ。
律樹(リツキ/受け)
大学1年
一般人、暁斗に惚れて自分から告白して付き合いはじめたものの浮気性のクズだった、何度言ってもやめない彼についにブチ切れた。
綾斗(アヤト)
大学2年
暁斗の親友、一般人、律樹の浮気相手のフリをする、温厚で紳士。
3人は高校の時からの先輩後輩の間柄です。
綾斗と暁斗は幼なじみ、暁斗は無自覚ながらも本当は律樹のことが大好きという前提があります。
執筆済み、全7話、予約投稿済み
お試し交際終了
いちみやりょう
BL
「俺、神宮寺さんが好きです。神宮寺さんが白木のことを好きだったことは知ってます。だから今俺のこと好きじゃなくても構わないんです。お試しでもいいから、付き合ってみませんか」
「お前、ゲイだったのか?」
「はい」
「分かった。だが、俺は中野のこと、好きにならないかもしんねぇぞ?」
「それでもいいです! 好きになってもらえるように頑張ります」
「そうか」
そうして俺は、神宮寺さんに付き合ってもらえることになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる