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20 I`m not in love
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「ん? 起きたか。おはよう」
シーツの上からでもマスターのこんもりしたお腹はわかりました。
「・・・どうして・・・」
まったく記憶を失っていました。シーツをかき寄せ、膝を抱えて頭を押さえました。ひどい頭痛でした。二日酔いというやつを、初めて経験しました。思い出そうとすればするほど、頭が痛くなります。
マスターはシーツの下で下着を着けるとベッドから出てキッチンに向かいました。
広い部屋でした。
ベッドからリビング、ダイニング、キッチンが一望できます。その空間の広さを認識しながら、少しずつ記憶が像を結ぶのを待つしかありませんでした。
香ばしいコーヒーの香りがして、マスターがベッドに戻ってきました。手にカップが二つ。差し出された白い大ぶりのカップを受け取りました。
と、彼のかけたものなのでしょう。ステレオから幻想的なシンセサイザーの音が流れてきました。
マスターはベッドの端に腰を下ろしました。
「すごかったぞ。お前みたいなヤツ、初めてだよ」
「え?・・・」
「安心しろ。ちゃんとゴムは着けたから」
どお~ん、という重々しい音がお腹に響きました。
「ゆっくりしていけ。ちゃんと全部思い出すまで。オレ、待ってるから」
マスターの背中はお腹の出っ張りの割には筋肉が浮き出ていて肩もがっしりしていました。筋骨隆々というほどではないにしろ、ぶよぶよのデブではありませんでした。
彼は片手で髪をかき上げて立ち上がるとクローゼットを開け、中の引き出しからバミューダショーツとTシャツを取り出して身に着け、キッチンに立ちました。鍋に水道の水が注がれる家庭的で日常的な音を何週ぶりかで聴きました。
「おいクミコ。もうその辺で飲ませるのやめとけ。あとがひどいぞ」
お店の閉店作業をしながら、マスターが言いました。ヤマダさんの下の名前なのでしょう。他のお客さんがいなくなってから彼女をそう呼ぶということは、マスターとヤマダさんは結構な仲なのだろうと思いました。ドアの内側にぶら下がった札が「OPEN」になっていました。ということは外側には「CLOSED」になっているのです。そこからの時間はプライベートということなのでしょう。もう寮の門限はとっくに過ぎていました。
「いいの。この子が飲みたいだけ飲ませてあげるの。この子はそれだけの仕事をしたんだから。慰めてあげないと・・・」
「わかりましたよ、先輩」
マスターはカウンターの中に入り、冷蔵庫から何かの鍋を取り出し、そこに置いてあるのだろうコンロに火を点けて温め始めました。ほのかにトマトの香りがしてくるのがわかりました。
「あたしでよけりゃ、吐き出しなよ。無理にとは言わないからさ。この学校に入るために極限まで何かをすり減らして無理してきた子、何人も見てきたから。みんなそれぞれいろんなもの抱えてたからさ。あたしでよけりゃ、吐き出しちゃいな」
ヤマダさんの言う通りなのかもしれません。わたしは知らないうちに無理をしていたのでしょう。もし、ワシオ君との別れがなければ、その心の痛手を何かで補完しようなどとは思わなかったでしょうし、失恋の痛みを何かに熱中することで忘れようともしなかったでしょう。ワシオ君との恋愛と別れのおかげで、身分不相応な大学に入れたとも言えるのかもしれません。
目の前に湯気のあがるトマトベースのスープのカップが置かれました。
「ミネストローネ。酒飲むのはいいけど、何か腹に入れながらの方がいい」
マスターはカウンターの後ろから紺色の丸い小さな缶を取り出して蓋を開け、中に詰まった両切りのタバコを取り出してふたを閉め、軽くトントンと葉を詰め、火を点けました。父の喫っていた銘柄やそれまで嗅いだどのタバコの煙よりもふくよかで柔らかなな香りがしました。
「いい香りですね」
わたしは出されたスープをひとさじ掬ってみました。
「・・・美味しい」
トマトのフルーティな味わいがコンソメと何種類かのスパイスとハーブで造形されてる。そんな感じの味でした。これなら食欲が進みそうな気がしました。
「悪酔い防止にいいんだ」
ふーっと長い煙を脇に吐き出しながらマスターは微笑しました。
それから歩いてすぐのマスターのマンションに場所を移して三人で飲みなおしました。
「あんた強いわね。ちょっと敵わないかも」
「酒豪のクミコにそう言わせるなんて、相当なもんだぜ」
店ではトロンとしかけましたが、場所を移したら変に目が冴えてきたのです。わたしはもう十杯以上にもなると思われるウィスキーのソーダ割を干しました。
「ぷは~っ」
何故だか目が爛々、ギラついてきてしかたありませんでした。
飲むと笑う人、クドクド説教する人、泣く人、寝る人、怒る人、暴れる人、さすがに数式を書きまくる人は見たことはありませんが、いままでわたしは様々な人の酒の癖を見てきました。
わたしはどうなのか。
それまでチビチビぐらいしか飲んだことのなかったわたしは、明らかにその日、最高酒量記録を絶賛更新中でした。トイレに立ち、席に戻るとあろうことかマスターの横にちょこんと座ってしまったのです。
「マスター、飲んでる? ねえ、飲んでるぅ?」
「おいおい、カラミ酒か。そろそろお開きした方がいいかな」
「ヤダ! まだ飲む!」
「そうねえ。女子寮には連れてけないし、あたしのアパートにでも・・・」
「ヤダ! ここがいい。マスターの部屋で寝る。ここで寝るぅ」
「なんだ、オレに襲われてもいいのか」
「いいよ、襲って。襲ってますたー、ねえん、襲ってよーん」
「ダメだこりゃ。おい、クミコ。頼むぞ」
「でもここまでになっちゃうとなー・・・」
「おいおい。お前が飲ませたんだろうが!」
「だってさー・・・」
そのときわたしはちゃんと意思がありました。自分の意思でそこに倒れるように仰向けになりました。それだけはハッキリ覚えています。
「うーん・・・。ここで寝るぅーん・・・。むにゃむにゃ・・・」
「あ、潰れた。おい、どうすんだよ、クミコ」
「だあってェ・・・。あ~あ、あたしも眠くなっちゃったなあ。ねえ、タクシー呼んでよ」
「連れてけよ、こいつ」
「無理。こんなの背負えないよ。タクヤが面倒見て」
「おい、頼むよ。カンベンしてくれよー」
「また埋め合わせしたげるから、ね?」
「いや。絶対連れて行ってもらうからな」
そう言ってマスターは電話でタクシーを呼びました。
「三十分かかるってさ。土曜だしなあ・・・」
「じゃあ、一回ぐらいできるね」
「ウソだろ。この状況でか・・・」
「冗談よ」
「大人をからかうんじゃないよ、まったく・・・」
「でも、キスぐらいはいいかな」
静かになりました。薄目を開けてみるとヤマダさんとマスターが抱き合い、深いキスを交わしていました。二人がそういう関係だったのを現実に目の当たりにし胸のドキドキが止まりませんでした。
「この辺にしとくか。お前の新しい彼に悪ぃしな」
「・・・ズルいなあ、タクヤ・・・」
「何が・・・」
「わかってるくせに。・・・言わせるの?」
「別に。言いたきゃ言えばいい。言いたくなきゃ、言わなければいい」
「ひどい男・・・。こんな男好きになったのは、一生の不覚だったな・・・」
「約束だろ。卒業するかお前に好きな男が出来たら別れるって。それ以上ゴネると契約違反だ」
「違反したらどうだっていうの? 裁判所に訴える? 違約金請求する? これでもあたし、法学部だからね!」
「また、そういう極端な・・・」
「愛してるの! どうしようもなく。まだ、タクヤを愛してる!」
とても長い時間、わたしはドキドキが止まらなかったです。大人の恋愛というのをドラマとかじゃなくてナマで見たのは初めてでした。
都会の夜の通りに車の止まる気配がしました。
マスターが窓のほうに行く気配がしてわたしはまた眼を閉じました。
カーテンがシャッと引かれる音がして、
「おい、来たぞ。コイツ、起こせ」
「イヤ。罰としてタクヤが面倒見てよ」
「なんでオレが罰受けるんだよ」
「罰よ、罰。罪と罰!」
「なにをわけのわからないことを・・・」
「わたしの後釜、この子にしたら? 処女じゃないから気遣わなくて済むよ。わたしのときみたいに・・・」
「おい・・・」
「前言撤回。あなたなんか愛してなかった。これっぽっちも。身体だけだった。どう? これで満足でしょ。契約は履行さるべき。でも、卒業するまでタダ酒は飲ませてもらうからね。じゃあね。その子、頼んだわよ。タクヤのバ~カ!」
ヤマダさんの気配が去り、玄関のドアがガチャンと閉まりました。
ふう~っ・・・。
それは深いため息でした。このマスターというひとの心の内側にはとても多くのものが詰まっているのだ。だからこんな深いため息を吐くんだ。そんなことをふと、感じました。
渇いたヒールの音が夜の通りに響き、タクシーのでしょう、ドアの閉まる音がしてエンジンが遠ざかっていきました。
マスターの気配がそれを窓から見下ろしているのが想像されました。
「ちっ、しょーがねーな・・・」
家族以外の他人の、無防備な独り言を聞いたのはそれが初めてでした。
目を閉じているとふぁさっと身体に何かがかけられ、灯りが消えました。それに続いてシャワーを使う音。身体を拭く音。ドライヤー、歯磨きをする音。
そして、あの缶入りのタバコのトントンが聞こえ、クン、とオイルライターの蓋が空きシュボッ、・・・ふうーっ。香ばしいフレーバー。
そして音量を絞ったステレオから、愛らしいような、切ないようなシンセサイザーの音が聞こえ、気配がリビングを去りました。
I`m not in love, so don`t forget it
It`s just a silly phase I`m going through・・・
マスターに襲いかかるつもりはありませんでした。ただ、ドキドキがとまらなくて、どうにも始末がつかなかったのです。誰かの温もりが欲しかった。そこに、マスターがいたのです。たぶんそういうことだったと思います。
すべての灯りが消え、静かになるとわたしは体を起こしてデジタル時計の微弱な灯りのある方へ脚を忍ばせました。
驚かれるかと思いましたが、彼は落ち着いていました。何も言いませんでした。彼の上掛けの下に身体を滑り込ませました。
それでも彼は無言でした。それは高校を卒業したての小娘には辛い時間でした。
「抱いて、マスター・・・」
痺れを切らせて、わたしは降参しました。
「・・・お前、ずっと、聞いてたのか」
「・・・ごめんなさい」
「悪いヤツだな・・・。いいのか」
「・・・うん」
「じゃあ、とりあえず今晩だけな。あとは、明日話そう」
彼のキスはタバコのフレーバーがしました。初めての大人の男。そのシチュエーションに、酔いました。
一度体を起こし服を脱ぎ捨て、下着も取り、全裸になって再び彼に添いました。
I`m not in love, no-no It`s because・・・
マスターはわたしの唇を甘く柔らかく愛撫するように口づけながら、身体の全てを撫でわたしの反応を確かめているようでした。わたしの身体のどこが一番感じるか、を。いくつかのポイントがわかると唇をそこに這わせ、舌を使ってさらに責め始めました。
「ああ、あああんん・・・」
「感じるか」
「かんじる、はあん・・・」
「感度がいいな。歳のわりに経験あるんだな」
わたしの手が取られ、彼のものに導かれました。それはわたしの二人目の男でした。どうしても比べてしまいました。硬さはワシオ君でしたが、大きさは段違いにマスターの方でした。自分から抱いてと言っておきながら、ちょっと怖さを覚えたくらいです。それに、少しゴツゴツしてるように思えました。
「・・・大きい。・・・怖い」
「ふふっ。そのへんはまだ未成年なんだな」
怖いながらもゆっくりとそれを扱くとさらに大きさが増してゆきました。
彼の舌がうなじを這い、脇や脇腹を這い、乳房の周りを大きく円を描くように這い、その間に指が太腿やお尻を這い、舌が乳首を、指がビンカンな核を愛撫するのがほぼ同時でした。ビリビリとぞわぞわ。それがにわかに立ち上ってきて身体が勝手に反応するのです。
「・・・そうとう仕込まれたな」
「仕込まれただなんてああっ」
「しかももう、お迎え準備も出来てる。欲しいか? ここに・・・」
マスターの指がぐにゅんぐにゅんとそこを弄りまわしました。
「ああん、でも、怖い・・・」
「じゃあ、怖くなくなるようにしてやる」
そう言って口髭のさわさわしたくすぐったさを伴って舌が身体を降りて行き核の周りで遊び始めました。
「若い匂いだ。ちょっとキツメなのがいいな」
「そんな恥ずか、ああっ、それだめああん」
舌の先が核を捉えそこをしつこく弄ってきました。それをされながら、さらに指をグリグリと中に入れられ、ゾクゾクが次から次へ生まれ、たまらなくなってきてまた絶頂しました。身体が弓なりに反り、ピクピクするのがわかりました。脂汗が噴き出てきました。
「すご、ああんいいっ、それいい、スゴイああん」
「おい、洪水だぞ。もうびちゃびちゃだ。しかもクイクイ締め付けて来る。クミコもそうだったが、やっぱり鍛えてると違うな。どうだ、まだ欲しくないか。ずっとこのままのほうがいいか」
「わかんない、わかんない気持ちいいああん、いい、いいのああん」
「じゃ、続行だな」
きっと、わたしが挿入れてと言わないうちは入れてくれないのでしょう。
次第に身体が熱を帯びてさらに汗が噴き出してきました。絶え間ないゾクゾクで筋肉が突っ張り自然にマスターの頭を抱えてそこに押し付けていました。びちゃくちゅとイヤらしい音が響いてきて、いつのまにか上掛けがずり落ちて暗闇に慣れた目に彼の舌が蠢くのが見えてくるともう、ダメでした。
「お願、ああん、ますた、ああん、欲しい、欲しいよああっ!」
「何が」
「マスターの、くださいああ、」
言うまでくれないとは・・・。彼とのベッドではそういうスタイルになるのだと思い知らされました。あまりな淫らさに、震えました。
「欲しいのか」
「うん、挿入れて! 早く、お願ああん、早くぅ・・・」
「じゃ、挿入れてやる」
かつてワシオ君にしたように、はしたなくも大きな彼のものの、さらに大きなボールのような先っぽを無遠慮にも掴み、そこに押し当てていたのです。
「お前・・・スケベなヤツだなあ」
「やあっ、言わなあああん、それ、挿入れてェ、お願いいん・・」
それがグッと這入ってきた瞬間、あまりな巨きさと違和感に怖れが首を擡げ、自分で導いたくせに自然に身体が逃げようとずり上がりましたが、太腿を抱えられてそれをガッと抑えられてしまいました。両脚がさらにぐうっと押し開かれ、メリメリ音を立てるようにわたしの中に潜り込もうとしていました。
圧倒的でした。大人の成熟した男は全然違うのだと思いました。思わず助けてと叫びそうになりました。
「はあああ~ん!・・・」
あまりにも情けない声を上げてしまいましたが、それでもまだそれはメリメリ這入って来るのです。
「おお、けっこう、キッツいわ・・・。ま、無理ないか」
「すご、あ、すごいよああん、まだ、まだ来るよああんそこ、そこお~ん! そこ気持ちいい、そこ気持ちいいのあああんっ!」
「ふふ。お前、声デカいな。前の男に言われなかったか」
「わかんない、わかんないああん、すごいよ、スゴイ気持ちいい、気持ちいいのォ」
「すごいな。おまえみたいなヤツ、初めてだわ」
シーツの上からでもマスターのこんもりしたお腹はわかりました。
「・・・どうして・・・」
まったく記憶を失っていました。シーツをかき寄せ、膝を抱えて頭を押さえました。ひどい頭痛でした。二日酔いというやつを、初めて経験しました。思い出そうとすればするほど、頭が痛くなります。
マスターはシーツの下で下着を着けるとベッドから出てキッチンに向かいました。
広い部屋でした。
ベッドからリビング、ダイニング、キッチンが一望できます。その空間の広さを認識しながら、少しずつ記憶が像を結ぶのを待つしかありませんでした。
香ばしいコーヒーの香りがして、マスターがベッドに戻ってきました。手にカップが二つ。差し出された白い大ぶりのカップを受け取りました。
と、彼のかけたものなのでしょう。ステレオから幻想的なシンセサイザーの音が流れてきました。
マスターはベッドの端に腰を下ろしました。
「すごかったぞ。お前みたいなヤツ、初めてだよ」
「え?・・・」
「安心しろ。ちゃんとゴムは着けたから」
どお~ん、という重々しい音がお腹に響きました。
「ゆっくりしていけ。ちゃんと全部思い出すまで。オレ、待ってるから」
マスターの背中はお腹の出っ張りの割には筋肉が浮き出ていて肩もがっしりしていました。筋骨隆々というほどではないにしろ、ぶよぶよのデブではありませんでした。
彼は片手で髪をかき上げて立ち上がるとクローゼットを開け、中の引き出しからバミューダショーツとTシャツを取り出して身に着け、キッチンに立ちました。鍋に水道の水が注がれる家庭的で日常的な音を何週ぶりかで聴きました。
「おいクミコ。もうその辺で飲ませるのやめとけ。あとがひどいぞ」
お店の閉店作業をしながら、マスターが言いました。ヤマダさんの下の名前なのでしょう。他のお客さんがいなくなってから彼女をそう呼ぶということは、マスターとヤマダさんは結構な仲なのだろうと思いました。ドアの内側にぶら下がった札が「OPEN」になっていました。ということは外側には「CLOSED」になっているのです。そこからの時間はプライベートということなのでしょう。もう寮の門限はとっくに過ぎていました。
「いいの。この子が飲みたいだけ飲ませてあげるの。この子はそれだけの仕事をしたんだから。慰めてあげないと・・・」
「わかりましたよ、先輩」
マスターはカウンターの中に入り、冷蔵庫から何かの鍋を取り出し、そこに置いてあるのだろうコンロに火を点けて温め始めました。ほのかにトマトの香りがしてくるのがわかりました。
「あたしでよけりゃ、吐き出しなよ。無理にとは言わないからさ。この学校に入るために極限まで何かをすり減らして無理してきた子、何人も見てきたから。みんなそれぞれいろんなもの抱えてたからさ。あたしでよけりゃ、吐き出しちゃいな」
ヤマダさんの言う通りなのかもしれません。わたしは知らないうちに無理をしていたのでしょう。もし、ワシオ君との別れがなければ、その心の痛手を何かで補完しようなどとは思わなかったでしょうし、失恋の痛みを何かに熱中することで忘れようともしなかったでしょう。ワシオ君との恋愛と別れのおかげで、身分不相応な大学に入れたとも言えるのかもしれません。
目の前に湯気のあがるトマトベースのスープのカップが置かれました。
「ミネストローネ。酒飲むのはいいけど、何か腹に入れながらの方がいい」
マスターはカウンターの後ろから紺色の丸い小さな缶を取り出して蓋を開け、中に詰まった両切りのタバコを取り出してふたを閉め、軽くトントンと葉を詰め、火を点けました。父の喫っていた銘柄やそれまで嗅いだどのタバコの煙よりもふくよかで柔らかなな香りがしました。
「いい香りですね」
わたしは出されたスープをひとさじ掬ってみました。
「・・・美味しい」
トマトのフルーティな味わいがコンソメと何種類かのスパイスとハーブで造形されてる。そんな感じの味でした。これなら食欲が進みそうな気がしました。
「悪酔い防止にいいんだ」
ふーっと長い煙を脇に吐き出しながらマスターは微笑しました。
それから歩いてすぐのマスターのマンションに場所を移して三人で飲みなおしました。
「あんた強いわね。ちょっと敵わないかも」
「酒豪のクミコにそう言わせるなんて、相当なもんだぜ」
店ではトロンとしかけましたが、場所を移したら変に目が冴えてきたのです。わたしはもう十杯以上にもなると思われるウィスキーのソーダ割を干しました。
「ぷは~っ」
何故だか目が爛々、ギラついてきてしかたありませんでした。
飲むと笑う人、クドクド説教する人、泣く人、寝る人、怒る人、暴れる人、さすがに数式を書きまくる人は見たことはありませんが、いままでわたしは様々な人の酒の癖を見てきました。
わたしはどうなのか。
それまでチビチビぐらいしか飲んだことのなかったわたしは、明らかにその日、最高酒量記録を絶賛更新中でした。トイレに立ち、席に戻るとあろうことかマスターの横にちょこんと座ってしまったのです。
「マスター、飲んでる? ねえ、飲んでるぅ?」
「おいおい、カラミ酒か。そろそろお開きした方がいいかな」
「ヤダ! まだ飲む!」
「そうねえ。女子寮には連れてけないし、あたしのアパートにでも・・・」
「ヤダ! ここがいい。マスターの部屋で寝る。ここで寝るぅ」
「なんだ、オレに襲われてもいいのか」
「いいよ、襲って。襲ってますたー、ねえん、襲ってよーん」
「ダメだこりゃ。おい、クミコ。頼むぞ」
「でもここまでになっちゃうとなー・・・」
「おいおい。お前が飲ませたんだろうが!」
「だってさー・・・」
そのときわたしはちゃんと意思がありました。自分の意思でそこに倒れるように仰向けになりました。それだけはハッキリ覚えています。
「うーん・・・。ここで寝るぅーん・・・。むにゃむにゃ・・・」
「あ、潰れた。おい、どうすんだよ、クミコ」
「だあってェ・・・。あ~あ、あたしも眠くなっちゃったなあ。ねえ、タクシー呼んでよ」
「連れてけよ、こいつ」
「無理。こんなの背負えないよ。タクヤが面倒見て」
「おい、頼むよ。カンベンしてくれよー」
「また埋め合わせしたげるから、ね?」
「いや。絶対連れて行ってもらうからな」
そう言ってマスターは電話でタクシーを呼びました。
「三十分かかるってさ。土曜だしなあ・・・」
「じゃあ、一回ぐらいできるね」
「ウソだろ。この状況でか・・・」
「冗談よ」
「大人をからかうんじゃないよ、まったく・・・」
「でも、キスぐらいはいいかな」
静かになりました。薄目を開けてみるとヤマダさんとマスターが抱き合い、深いキスを交わしていました。二人がそういう関係だったのを現実に目の当たりにし胸のドキドキが止まりませんでした。
「この辺にしとくか。お前の新しい彼に悪ぃしな」
「・・・ズルいなあ、タクヤ・・・」
「何が・・・」
「わかってるくせに。・・・言わせるの?」
「別に。言いたきゃ言えばいい。言いたくなきゃ、言わなければいい」
「ひどい男・・・。こんな男好きになったのは、一生の不覚だったな・・・」
「約束だろ。卒業するかお前に好きな男が出来たら別れるって。それ以上ゴネると契約違反だ」
「違反したらどうだっていうの? 裁判所に訴える? 違約金請求する? これでもあたし、法学部だからね!」
「また、そういう極端な・・・」
「愛してるの! どうしようもなく。まだ、タクヤを愛してる!」
とても長い時間、わたしはドキドキが止まらなかったです。大人の恋愛というのをドラマとかじゃなくてナマで見たのは初めてでした。
都会の夜の通りに車の止まる気配がしました。
マスターが窓のほうに行く気配がしてわたしはまた眼を閉じました。
カーテンがシャッと引かれる音がして、
「おい、来たぞ。コイツ、起こせ」
「イヤ。罰としてタクヤが面倒見てよ」
「なんでオレが罰受けるんだよ」
「罰よ、罰。罪と罰!」
「なにをわけのわからないことを・・・」
「わたしの後釜、この子にしたら? 処女じゃないから気遣わなくて済むよ。わたしのときみたいに・・・」
「おい・・・」
「前言撤回。あなたなんか愛してなかった。これっぽっちも。身体だけだった。どう? これで満足でしょ。契約は履行さるべき。でも、卒業するまでタダ酒は飲ませてもらうからね。じゃあね。その子、頼んだわよ。タクヤのバ~カ!」
ヤマダさんの気配が去り、玄関のドアがガチャンと閉まりました。
ふう~っ・・・。
それは深いため息でした。このマスターというひとの心の内側にはとても多くのものが詰まっているのだ。だからこんな深いため息を吐くんだ。そんなことをふと、感じました。
渇いたヒールの音が夜の通りに響き、タクシーのでしょう、ドアの閉まる音がしてエンジンが遠ざかっていきました。
マスターの気配がそれを窓から見下ろしているのが想像されました。
「ちっ、しょーがねーな・・・」
家族以外の他人の、無防備な独り言を聞いたのはそれが初めてでした。
目を閉じているとふぁさっと身体に何かがかけられ、灯りが消えました。それに続いてシャワーを使う音。身体を拭く音。ドライヤー、歯磨きをする音。
そして、あの缶入りのタバコのトントンが聞こえ、クン、とオイルライターの蓋が空きシュボッ、・・・ふうーっ。香ばしいフレーバー。
そして音量を絞ったステレオから、愛らしいような、切ないようなシンセサイザーの音が聞こえ、気配がリビングを去りました。
I`m not in love, so don`t forget it
It`s just a silly phase I`m going through・・・
マスターに襲いかかるつもりはありませんでした。ただ、ドキドキがとまらなくて、どうにも始末がつかなかったのです。誰かの温もりが欲しかった。そこに、マスターがいたのです。たぶんそういうことだったと思います。
すべての灯りが消え、静かになるとわたしは体を起こしてデジタル時計の微弱な灯りのある方へ脚を忍ばせました。
驚かれるかと思いましたが、彼は落ち着いていました。何も言いませんでした。彼の上掛けの下に身体を滑り込ませました。
それでも彼は無言でした。それは高校を卒業したての小娘には辛い時間でした。
「抱いて、マスター・・・」
痺れを切らせて、わたしは降参しました。
「・・・お前、ずっと、聞いてたのか」
「・・・ごめんなさい」
「悪いヤツだな・・・。いいのか」
「・・・うん」
「じゃあ、とりあえず今晩だけな。あとは、明日話そう」
彼のキスはタバコのフレーバーがしました。初めての大人の男。そのシチュエーションに、酔いました。
一度体を起こし服を脱ぎ捨て、下着も取り、全裸になって再び彼に添いました。
I`m not in love, no-no It`s because・・・
マスターはわたしの唇を甘く柔らかく愛撫するように口づけながら、身体の全てを撫でわたしの反応を確かめているようでした。わたしの身体のどこが一番感じるか、を。いくつかのポイントがわかると唇をそこに這わせ、舌を使ってさらに責め始めました。
「ああ、あああんん・・・」
「感じるか」
「かんじる、はあん・・・」
「感度がいいな。歳のわりに経験あるんだな」
わたしの手が取られ、彼のものに導かれました。それはわたしの二人目の男でした。どうしても比べてしまいました。硬さはワシオ君でしたが、大きさは段違いにマスターの方でした。自分から抱いてと言っておきながら、ちょっと怖さを覚えたくらいです。それに、少しゴツゴツしてるように思えました。
「・・・大きい。・・・怖い」
「ふふっ。そのへんはまだ未成年なんだな」
怖いながらもゆっくりとそれを扱くとさらに大きさが増してゆきました。
彼の舌がうなじを這い、脇や脇腹を這い、乳房の周りを大きく円を描くように這い、その間に指が太腿やお尻を這い、舌が乳首を、指がビンカンな核を愛撫するのがほぼ同時でした。ビリビリとぞわぞわ。それがにわかに立ち上ってきて身体が勝手に反応するのです。
「・・・そうとう仕込まれたな」
「仕込まれただなんてああっ」
「しかももう、お迎え準備も出来てる。欲しいか? ここに・・・」
マスターの指がぐにゅんぐにゅんとそこを弄りまわしました。
「ああん、でも、怖い・・・」
「じゃあ、怖くなくなるようにしてやる」
そう言って口髭のさわさわしたくすぐったさを伴って舌が身体を降りて行き核の周りで遊び始めました。
「若い匂いだ。ちょっとキツメなのがいいな」
「そんな恥ずか、ああっ、それだめああん」
舌の先が核を捉えそこをしつこく弄ってきました。それをされながら、さらに指をグリグリと中に入れられ、ゾクゾクが次から次へ生まれ、たまらなくなってきてまた絶頂しました。身体が弓なりに反り、ピクピクするのがわかりました。脂汗が噴き出てきました。
「すご、ああんいいっ、それいい、スゴイああん」
「おい、洪水だぞ。もうびちゃびちゃだ。しかもクイクイ締め付けて来る。クミコもそうだったが、やっぱり鍛えてると違うな。どうだ、まだ欲しくないか。ずっとこのままのほうがいいか」
「わかんない、わかんない気持ちいいああん、いい、いいのああん」
「じゃ、続行だな」
きっと、わたしが挿入れてと言わないうちは入れてくれないのでしょう。
次第に身体が熱を帯びてさらに汗が噴き出してきました。絶え間ないゾクゾクで筋肉が突っ張り自然にマスターの頭を抱えてそこに押し付けていました。びちゃくちゅとイヤらしい音が響いてきて、いつのまにか上掛けがずり落ちて暗闇に慣れた目に彼の舌が蠢くのが見えてくるともう、ダメでした。
「お願、ああん、ますた、ああん、欲しい、欲しいよああっ!」
「何が」
「マスターの、くださいああ、」
言うまでくれないとは・・・。彼とのベッドではそういうスタイルになるのだと思い知らされました。あまりな淫らさに、震えました。
「欲しいのか」
「うん、挿入れて! 早く、お願ああん、早くぅ・・・」
「じゃ、挿入れてやる」
かつてワシオ君にしたように、はしたなくも大きな彼のものの、さらに大きなボールのような先っぽを無遠慮にも掴み、そこに押し当てていたのです。
「お前・・・スケベなヤツだなあ」
「やあっ、言わなあああん、それ、挿入れてェ、お願いいん・・」
それがグッと這入ってきた瞬間、あまりな巨きさと違和感に怖れが首を擡げ、自分で導いたくせに自然に身体が逃げようとずり上がりましたが、太腿を抱えられてそれをガッと抑えられてしまいました。両脚がさらにぐうっと押し開かれ、メリメリ音を立てるようにわたしの中に潜り込もうとしていました。
圧倒的でした。大人の成熟した男は全然違うのだと思いました。思わず助けてと叫びそうになりました。
「はあああ~ん!・・・」
あまりにも情けない声を上げてしまいましたが、それでもまだそれはメリメリ這入って来るのです。
「おお、けっこう、キッツいわ・・・。ま、無理ないか」
「すご、あ、すごいよああん、まだ、まだ来るよああんそこ、そこお~ん! そこ気持ちいい、そこ気持ちいいのあああんっ!」
「ふふ。お前、声デカいな。前の男に言われなかったか」
「わかんない、わかんないああん、すごいよ、スゴイ気持ちいい、気持ちいいのォ」
「すごいな。おまえみたいなヤツ、初めてだわ」
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