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1972
05 Je t'aime... moi non plus
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どうやって家に帰りついたのか、気が付くと玄関ドアの中でした。玄関先に脱いである革靴とカバンで上の兄が帰ってきているのを知りました。
そのまま部屋に直行し、明かりも点けず、コートも脱がずに畳にじゅうたんを敷いた部屋の真ん中に倒れ込みました。
ミオ、帰ったのか。
足音がトントン階段を上ってきます。すーと襖が開きました。
「なんだ、真っ暗じゃねーか。どーした。調子悪いのか」
パチ。部屋の灯りが眩し過ぎて目が瞬きました。
「ううん。お帰り、大にい・・・」
兄は手に数冊の雑誌を持っていました。
「ホレ。いつも断りなしに人のカバン漁るくせに。探すの苦労したぞお。ジェーン・バーキンの特集なんて注文つけるから・・・」
一番上の兄は航空会社に勤めていました。パイロットとか客室乗務員ではなく、営業みたいな仕事です。いつもは東京にいますがひと月か二月に一度帰ってきます。街の事務所や飛行場(道内の人は空港のことをこう呼んでいました。今もそうかどうかは知りません)に用があるときに飛行機に乗って帰省してくるのです。仕事柄か、外国の雑誌を手に入れる機会が多いらしく、ヴォーグとかセブンティーン(アメリカのです。五十年代から公刊されていました)とか、主にアメリカの雑誌をお土産に持ってきてくれることが多かったのです。
でもどちらかというとフランスの雑誌の方が好きで、当時人気だったフランスの女優の特集記事が載っている雑誌があったら持ってきてとお願いしていたのをすっかり忘れていました。
お断りしておきますが、長文読解は苦手でしたし、ましてや第二外国語のフランス語においておやでして、もっぱら写真をみてファッションの参考にするためです。部活が忙しく、私服を着る機会がほとんどなくてもやはり可愛くてカッコイイ服の情報はすぐに知りたかったのです。
「お前、ジェーン・バーキンはフランス人じゃないぞ」
「だって、フランス映画に出てるじゃん」
「フランス映画に出てるからフランス人と決めつけるなんて知能程度が低すぎる」
そう言ってアホな妹を詰りつつも、約束を覚えていてくれたのでしょう。
兄は戸口の脇に雑誌をバサッと置くと、
「さっさと飯食って風呂入れってさ」
「ありがと、大にい・・・」
兄は襖を開けたまま手をヒラヒラさせて階下に降りて行きました。
五十年代六十年代と、男性のマスコットやペットのような女が持て囃されてきた時代は終わり、より活動的に活発に自由に自分を主張する女の時代が到来していました。
わたしはジェーン・バーキンが好きでした。彼女のファッションとか自由な生き方に惹かれていたのです。
白いブラウスに濃い色のスエードのベスト。お揃いのホットパンツに真っ赤なロングブーツ。そのころの日本人女性が身に着ければちんどん屋(死語ですかね、もう)になっちゃいそうなのを粋に着こなす、カッコイイ女性の代名詞が、わたしにとっては彼女だったのです。ネットなどまだない時代です。情報はもっぱら映画とか雑誌でした。彼女のファッションを真似て、少ないお小遣いからそれっぽく見えるような服を選んで買い求め、楽しんでいました。
ちなみに某高級ブランドの「バーキン」は当時ジェーンが愛用していた籐かごを模して作られ、彼女の名前を冠して売り出されたバッグなのは有名な話です。
兄の言う通り、いつものわたしなら玄関先に兄のカバンを見つけるやすぐに中を漁って雑誌をむさぼり読んでいたでしょう。
でも、その日は到底雑誌など読む気になれませんでした。ご飯も食べたくありませんでした。お風呂も入らず、そのまままだ手に残る彼の感触を感じ、愛でながら眠りにつきたかったのです。
ですが、そのころは今と違って土曜日も授業がありました。半ドンというやつで午前中は授業。午後はみっちり部活があります。そのため週に一度お弁当を早弁して昼休みにゆっくりと学食でカレーかうどんを啜るか購買部で買ったパンをゆっくり食べながらお喋りできる貴重な日でもありました。
ですので、お風呂に入らないまんま学校に行くわけにも行かないのでした。
仕方なく部屋着に着替え夕食を食べました。
「熱でもあるの?」
夕食を食べていると給仕してくれていた母が額に手を当ててきました。髪は椿油で結い上げ、年がら年中和服に白い割烹着。それ以外の母の姿を想像できないほどに、それは彼女のユニフォームとしてわたしの中に記憶されています。
「・・・別に、ないよ」
隣の居間から兄が見ているプロレスの中継の音声が流れて来ていました。夏ならジャイアンツ戦のナイター中継。冬はプロレスリング中継が、最も視聴率の高かった時代でした。
「だって、さっきから全然食べてないじゃないの」
箸を持ち、ご飯の茶碗を持ったまま長い時間ボーっとしていたらしいのです。
母から言われて一口二口は箸をつけましたが、ごちそうさまと席を立ちました。
「ミオ。あんた、疲れてるんじゃないの」
「違うって。お風呂入る」
「いつかみたいにお風呂で寝ないでよ」
これ以上ガミガミ言われるとせっかくのイメージが壊れます。そのプリンのような、ババロアのような、揺れる壊れそうなイメージをそっと抱いてサッとお風呂に入り自分の部屋に逃げ込みました。そして襖を閉めました。
北の国の家はどの家も小さいものです。その代わり、一階の居間で焚いている大きなストーブの熱が家中に行きわたるように作られています。外はマイナス二十度近い酷寒でも、襖を開けて寝れば部屋の中はそこはかとなくぬくぬくとしていられます。
でも襖を開け放して寝るわけにはいきません。
サッサと布団を敷いて明かりを消し、分厚い寝床の中に潜り込みました。
そしてもう一度暗い寝床の中で手を眺めます。その壊れやすいイメージを取り出して愛でます。
常日頃の部活の猛練習で鍛えぬいている健康な十七歳の肉体です。当然、性欲は芽生え、開花を待っていました。大ぴらにではありませんが、気の置けない友達同士で幾重にも冗談で包んでそのテの話題も交わすことはありました。時間のある時に遠い本屋まで行って婦人雑誌を何気なく立ち読みしたこともあります。当時の学校ではまだ今のように教科書まで整備されたきちんとした性教育は行われていませんでした。性に関することすべてがタブーの時代でした。ですが、タブーであろうがなかろうが、男子であれ女子であれ、そこに性欲があればそれを解消しようとするのはごく自然なことです。
たぶんわたしは並よりはそれが強かったのでしょう。それに、ワシオ君との逢瀬のイメージが強すぎて、身体はそれを宥めて欲しがっていました。
その日の復習も次の日の予習もそっちのけで、わたしはそれにふけりました。深くそれにふけり、収まると、はやく日曜日の午後にならないかなと思いつつ、睡魔に身体を明け渡しました。
次の日は学校でワシオ君に会うことはできませんでした。用もないのに彼の一組を訪ねるなんてできませんでしたし、偶然に廊下で行き会うこともありませんでした。その次の日に彼と会えることだけを励みに、午後の練習も耐えました。
特に変わったことと言えば、ヤマギシ君がわたしに絡んできたことぐらいです。わたしが大事な試合の大会の前でそわそわしている時とか、試験の前で赤点だけは取らないようにとドキドキしている、そんな日に限って、彼はよくわたしに絡んでくるのでした。
「何よ」
授業の終わりに、何気に後ろを振り向いて見つめてくる彼にそう尋ねました。
「・・・いや、別に」
と、彼は言いました。
その日、どうしてもいつもの食欲がわかず早弁をしなかったので、わたしのお弁当はストーブの傍で程よく温まっていました。クラスで仲のいい女の子と一緒にゆっくりとお弁当を食べ、午後の練習に向かおうとしていました。
「今日は早弁しなかったんだな」
「あんたに関係ないでしょ」
「お前が早弁しないなんて、よっぽどだな。何か悩み事か。写真を撮らせることを条件に、相談に乗ってやってもいい」
「あのね、あんた何様? そんなのいらないし。週に一度だけのゆっくりランチタイムなんだからジャマしないで」
少しキツめに言ってやるとヤマギシ君はそそくさと退散してゆきました。
「さ、食べよ」
「いいの? あんな言い方して・・・」
クラスメートのチエちゃんが心配そうに、ちょっとからかい気味に顔を覗き込んできます。
「いいのいいの。アイツ、しょっちゅうわたしにイジワルしてくるんだもん」
「ヤマギシ君てさあ、もしかして、ミオに気があるんじゃないの」
もう少しで盛大にご飯粒を吹いてしまうところでした。
「チエちゃん。悪いけど冗談でもそーゆーこと、言わないで。あれは天敵みたいなもんだから」
「そうかなあ・・・」
彼女のニヤニヤ顔が妙に気に障ったのですが、気にせずにお弁当を平らげました。
その日の部活の終わりに全員が集められ顧問の教師から発表がありました。明日の日曜日に急遽同じ市内の女子商業高校で練習試合が組まれたというのです。四校合同で参加することになり、終日カードが組まれていました。
いつものわたしならエースの座を不動のものにするために何が何でも石に齧りついても参加しようとしたでしょう。三年生が引退した今こそ目立つチャンスです。何が何でも高校総体に出場して暴れまわる。そのために辛い練習に耐えてきたのですから。
ですが、その日曜日だけは、譲れませんでした。
たった一人の男の子の出現で、あれほどにも拘っていたものがあっさりと覆されるなんて。自分自身が信じられませんでした。恋というのは昔も今も偉大なものなのです。
その日の練習の終わりに部長をしている子と一緒に顧問の教師に事情を説明しました。家の都合で用があるので試合に参加できないと。
「なら、仕方ないな。明日の試合はサオトメ中心にまとめるか」
あまりの淡白すぎる対応に拍子抜けでした。少しは残念がってくれるかと思っていたのですが。
でもいいのです。そうと決まれば明日は目いっぱいオシャレして臨むだけでした。
着て行く洋服を選んで早めに寝たのはいいけれど、明日のデートを思うとだんだん昂奮してきてしまい、自分で宥め、宥めすぎて耽ってしまい、起きたらもう十時を回っていました。常日頃の緊張が切れ、爆睡してしまったのです。
慌てて起きてもう一度お風呂場でぬるま湯を浴びて髪を洗い、入念に磨いて髪を乾かし、服の裏側に石鹸を擦り付けて香りを演出し、空きっ腹で行くと貧血してしまいそうだと思い、テーブルの上の朝食の残りらしきものを立ったままかきこんで歯を磨き、もう一度入念に鏡でチェックをしてとっておきのブラウンのハーフコートに身を包み、家を出ました。
そのまま部屋に直行し、明かりも点けず、コートも脱がずに畳にじゅうたんを敷いた部屋の真ん中に倒れ込みました。
ミオ、帰ったのか。
足音がトントン階段を上ってきます。すーと襖が開きました。
「なんだ、真っ暗じゃねーか。どーした。調子悪いのか」
パチ。部屋の灯りが眩し過ぎて目が瞬きました。
「ううん。お帰り、大にい・・・」
兄は手に数冊の雑誌を持っていました。
「ホレ。いつも断りなしに人のカバン漁るくせに。探すの苦労したぞお。ジェーン・バーキンの特集なんて注文つけるから・・・」
一番上の兄は航空会社に勤めていました。パイロットとか客室乗務員ではなく、営業みたいな仕事です。いつもは東京にいますがひと月か二月に一度帰ってきます。街の事務所や飛行場(道内の人は空港のことをこう呼んでいました。今もそうかどうかは知りません)に用があるときに飛行機に乗って帰省してくるのです。仕事柄か、外国の雑誌を手に入れる機会が多いらしく、ヴォーグとかセブンティーン(アメリカのです。五十年代から公刊されていました)とか、主にアメリカの雑誌をお土産に持ってきてくれることが多かったのです。
でもどちらかというとフランスの雑誌の方が好きで、当時人気だったフランスの女優の特集記事が載っている雑誌があったら持ってきてとお願いしていたのをすっかり忘れていました。
お断りしておきますが、長文読解は苦手でしたし、ましてや第二外国語のフランス語においておやでして、もっぱら写真をみてファッションの参考にするためです。部活が忙しく、私服を着る機会がほとんどなくてもやはり可愛くてカッコイイ服の情報はすぐに知りたかったのです。
「お前、ジェーン・バーキンはフランス人じゃないぞ」
「だって、フランス映画に出てるじゃん」
「フランス映画に出てるからフランス人と決めつけるなんて知能程度が低すぎる」
そう言ってアホな妹を詰りつつも、約束を覚えていてくれたのでしょう。
兄は戸口の脇に雑誌をバサッと置くと、
「さっさと飯食って風呂入れってさ」
「ありがと、大にい・・・」
兄は襖を開けたまま手をヒラヒラさせて階下に降りて行きました。
五十年代六十年代と、男性のマスコットやペットのような女が持て囃されてきた時代は終わり、より活動的に活発に自由に自分を主張する女の時代が到来していました。
わたしはジェーン・バーキンが好きでした。彼女のファッションとか自由な生き方に惹かれていたのです。
白いブラウスに濃い色のスエードのベスト。お揃いのホットパンツに真っ赤なロングブーツ。そのころの日本人女性が身に着ければちんどん屋(死語ですかね、もう)になっちゃいそうなのを粋に着こなす、カッコイイ女性の代名詞が、わたしにとっては彼女だったのです。ネットなどまだない時代です。情報はもっぱら映画とか雑誌でした。彼女のファッションを真似て、少ないお小遣いからそれっぽく見えるような服を選んで買い求め、楽しんでいました。
ちなみに某高級ブランドの「バーキン」は当時ジェーンが愛用していた籐かごを模して作られ、彼女の名前を冠して売り出されたバッグなのは有名な話です。
兄の言う通り、いつものわたしなら玄関先に兄のカバンを見つけるやすぐに中を漁って雑誌をむさぼり読んでいたでしょう。
でも、その日は到底雑誌など読む気になれませんでした。ご飯も食べたくありませんでした。お風呂も入らず、そのまままだ手に残る彼の感触を感じ、愛でながら眠りにつきたかったのです。
ですが、そのころは今と違って土曜日も授業がありました。半ドンというやつで午前中は授業。午後はみっちり部活があります。そのため週に一度お弁当を早弁して昼休みにゆっくりと学食でカレーかうどんを啜るか購買部で買ったパンをゆっくり食べながらお喋りできる貴重な日でもありました。
ですので、お風呂に入らないまんま学校に行くわけにも行かないのでした。
仕方なく部屋着に着替え夕食を食べました。
「熱でもあるの?」
夕食を食べていると給仕してくれていた母が額に手を当ててきました。髪は椿油で結い上げ、年がら年中和服に白い割烹着。それ以外の母の姿を想像できないほどに、それは彼女のユニフォームとしてわたしの中に記憶されています。
「・・・別に、ないよ」
隣の居間から兄が見ているプロレスの中継の音声が流れて来ていました。夏ならジャイアンツ戦のナイター中継。冬はプロレスリング中継が、最も視聴率の高かった時代でした。
「だって、さっきから全然食べてないじゃないの」
箸を持ち、ご飯の茶碗を持ったまま長い時間ボーっとしていたらしいのです。
母から言われて一口二口は箸をつけましたが、ごちそうさまと席を立ちました。
「ミオ。あんた、疲れてるんじゃないの」
「違うって。お風呂入る」
「いつかみたいにお風呂で寝ないでよ」
これ以上ガミガミ言われるとせっかくのイメージが壊れます。そのプリンのような、ババロアのような、揺れる壊れそうなイメージをそっと抱いてサッとお風呂に入り自分の部屋に逃げ込みました。そして襖を閉めました。
北の国の家はどの家も小さいものです。その代わり、一階の居間で焚いている大きなストーブの熱が家中に行きわたるように作られています。外はマイナス二十度近い酷寒でも、襖を開けて寝れば部屋の中はそこはかとなくぬくぬくとしていられます。
でも襖を開け放して寝るわけにはいきません。
サッサと布団を敷いて明かりを消し、分厚い寝床の中に潜り込みました。
そしてもう一度暗い寝床の中で手を眺めます。その壊れやすいイメージを取り出して愛でます。
常日頃の部活の猛練習で鍛えぬいている健康な十七歳の肉体です。当然、性欲は芽生え、開花を待っていました。大ぴらにではありませんが、気の置けない友達同士で幾重にも冗談で包んでそのテの話題も交わすことはありました。時間のある時に遠い本屋まで行って婦人雑誌を何気なく立ち読みしたこともあります。当時の学校ではまだ今のように教科書まで整備されたきちんとした性教育は行われていませんでした。性に関することすべてがタブーの時代でした。ですが、タブーであろうがなかろうが、男子であれ女子であれ、そこに性欲があればそれを解消しようとするのはごく自然なことです。
たぶんわたしは並よりはそれが強かったのでしょう。それに、ワシオ君との逢瀬のイメージが強すぎて、身体はそれを宥めて欲しがっていました。
その日の復習も次の日の予習もそっちのけで、わたしはそれにふけりました。深くそれにふけり、収まると、はやく日曜日の午後にならないかなと思いつつ、睡魔に身体を明け渡しました。
次の日は学校でワシオ君に会うことはできませんでした。用もないのに彼の一組を訪ねるなんてできませんでしたし、偶然に廊下で行き会うこともありませんでした。その次の日に彼と会えることだけを励みに、午後の練習も耐えました。
特に変わったことと言えば、ヤマギシ君がわたしに絡んできたことぐらいです。わたしが大事な試合の大会の前でそわそわしている時とか、試験の前で赤点だけは取らないようにとドキドキしている、そんな日に限って、彼はよくわたしに絡んでくるのでした。
「何よ」
授業の終わりに、何気に後ろを振り向いて見つめてくる彼にそう尋ねました。
「・・・いや、別に」
と、彼は言いました。
その日、どうしてもいつもの食欲がわかず早弁をしなかったので、わたしのお弁当はストーブの傍で程よく温まっていました。クラスで仲のいい女の子と一緒にゆっくりとお弁当を食べ、午後の練習に向かおうとしていました。
「今日は早弁しなかったんだな」
「あんたに関係ないでしょ」
「お前が早弁しないなんて、よっぽどだな。何か悩み事か。写真を撮らせることを条件に、相談に乗ってやってもいい」
「あのね、あんた何様? そんなのいらないし。週に一度だけのゆっくりランチタイムなんだからジャマしないで」
少しキツめに言ってやるとヤマギシ君はそそくさと退散してゆきました。
「さ、食べよ」
「いいの? あんな言い方して・・・」
クラスメートのチエちゃんが心配そうに、ちょっとからかい気味に顔を覗き込んできます。
「いいのいいの。アイツ、しょっちゅうわたしにイジワルしてくるんだもん」
「ヤマギシ君てさあ、もしかして、ミオに気があるんじゃないの」
もう少しで盛大にご飯粒を吹いてしまうところでした。
「チエちゃん。悪いけど冗談でもそーゆーこと、言わないで。あれは天敵みたいなもんだから」
「そうかなあ・・・」
彼女のニヤニヤ顔が妙に気に障ったのですが、気にせずにお弁当を平らげました。
その日の部活の終わりに全員が集められ顧問の教師から発表がありました。明日の日曜日に急遽同じ市内の女子商業高校で練習試合が組まれたというのです。四校合同で参加することになり、終日カードが組まれていました。
いつものわたしならエースの座を不動のものにするために何が何でも石に齧りついても参加しようとしたでしょう。三年生が引退した今こそ目立つチャンスです。何が何でも高校総体に出場して暴れまわる。そのために辛い練習に耐えてきたのですから。
ですが、その日曜日だけは、譲れませんでした。
たった一人の男の子の出現で、あれほどにも拘っていたものがあっさりと覆されるなんて。自分自身が信じられませんでした。恋というのは昔も今も偉大なものなのです。
その日の練習の終わりに部長をしている子と一緒に顧問の教師に事情を説明しました。家の都合で用があるので試合に参加できないと。
「なら、仕方ないな。明日の試合はサオトメ中心にまとめるか」
あまりの淡白すぎる対応に拍子抜けでした。少しは残念がってくれるかと思っていたのですが。
でもいいのです。そうと決まれば明日は目いっぱいオシャレして臨むだけでした。
着て行く洋服を選んで早めに寝たのはいいけれど、明日のデートを思うとだんだん昂奮してきてしまい、自分で宥め、宥めすぎて耽ってしまい、起きたらもう十時を回っていました。常日頃の緊張が切れ、爆睡してしまったのです。
慌てて起きてもう一度お風呂場でぬるま湯を浴びて髪を洗い、入念に磨いて髪を乾かし、服の裏側に石鹸を擦り付けて香りを演出し、空きっ腹で行くと貧血してしまいそうだと思い、テーブルの上の朝食の残りらしきものを立ったままかきこんで歯を磨き、もう一度入念に鏡でチェックをしてとっておきのブラウンのハーフコートに身を包み、家を出ました。
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