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第二部 歌姫と夢想家

08 Baronin  Weinreich ヴァインライヒ女男爵

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 そのメークアップ・アーティストは恐ろしく無口な男だった。無口なだけでなく陰気で、黒髪の下の顔が暗かった。女性客受けはしないだろうな、と思う。このミッションに関わってからというもの、ヤヨイの周りには暗い感じの男ばかり現れる。

 挨拶もなし。ヤヨイをここに連れて来たノールの男に促されて部屋に入ってくるなり、仕事にとりかかった。

「彼はウリル閣下から紹介された職人でしてね。なんでも、お仲間の顔も手掛けたことがあるとか」

 先のチナ戦役で、ヤヨイの同僚スパイ、「マーキュリー」ことリヨン中尉の活躍は聞いていた。

 中尉はナイグンの橋を守るヤヨイたちの部隊を開放してくれた機甲部隊の戦車と共にやってきたが、それ以前にチナに潜入し情報活動を行っていた、と。

 そのことを言っているのだろうか。

 しかし、ノールの同業者もよく調べるものだな。

 彼女の所属する皇帝直属の諜報機関、通称「ウリル機関」に勝るとも劣らない、ノールの優れた情報収集力に舌を巻いていると、準備を整えた職人は言った。

「では、お掛けください」

 ヤヨイの潜伏先の居室にはすでに上半身がすっぽり収まるほどの大振りの鏡が用意されていた。その鏡の前の椅子に座った。

 背後に立ったアーティストとその傍らのノールの男とが鏡の中のヤヨイに無遠慮な視線を送って来る。

 任務とはいえ、生まれもった顔をいじられるなんて、ヤダな・・・。

 多くの人がそうであるように、ヤヨイもまた絶世の美女ではないにしても自分の顔が気に入っていた。

 どちらかと言えば丸顔。瞳は碧いがその造りにはどこか優しさがある。大男でも一撃で斃せるほどのカラテの使い手であることがその愛らしい顔からは想像もできないほどの柔和な印象を与えるこの顔。欧州の厳しさと東洋の優しさとが見事な調和を見せている、ヤヨイは自分のこの顔が、好きだった。

「失礼します」

 その顔を無遠慮に触り、あちこちモミモミされるのはハッキリ言って、不快だった。

 皮膚を伸ばしたり両側から頬を圧し潰したり。恐らくはヤヨイの顔の骨格を確かめているのだろう。だが、それにしてもキモいことこの上ない。昨日今日会ったばかりの男にいいように顔を弄ばれるなんて。

「他人の顔で遊ばないで!」

 任務でさえなくば、間違いなく抗議しているところだった。

「ふむ」

 いい加減に顔を弄りまくって満足したのか、アーティスト氏は傍らのノールの男を顧みた。

「で、どのように?」

 金髪のノール人はいくつかのノートサイズの肖像画を取り出し、鏡の横に立てかけた。

「半世紀から200年ほど前までにいたる、その一族の者たちです」

 アーティスト氏はその肖像画たちに魅入り、沈思黙考に入った。ヤヨイもまたそれらに描かれた男女の貌を見ていった。なにしろ、これから彼女が化ける対象である。気にならないわけがない。

 肖像画に描かれた貌は、どれも美男美女ばかり。まるで、お伽噺の世界の登場人物たちのようだ。

「ノールの貴族社会に受け入れられるには、それらの一族たちに似せる必要があるのです。たしかにその一族の末裔だとわかるような特徴を備えていることが重要です」

「難しくはないですね」

 アーティスト氏はアッサリと言った。

「これだけ特徴があればカンタンです。

 全てに共通しているのはこの切れ長の細い目、それにこの尖った頬骨、ですかね。それを強調すればいいのです。言われる通り、整形術を施すほどもありません。メイクアップのレヴェルで十分に可能でしょう。そして・・・」

「そして?」

 ノール人がその先を促すと、アーティスト氏は言った。

「今少し、痩せていただく必要がありますね。そう、4、5キロほどでよろしいでしょうか・・・」

 ドキ・・・。

 このところ偵察機の操縦任務が続いて運動不足だったのは認める。だが、こうもあからさまに言われると「デブ」と揶揄されているようで気が滅入った。

 そんな太ってるかなっ!

 思わず逆ギレしそうになるがこれも任務である。ヤヨイはよく自制した。そして鏡の中の、しばらくの間バイバイしなくてはならなくなった自分のオリジナルの、穏やかではあるが悲し気な貌を見つめた。

 仕方ないわ。じゃあ、またね、ヤヨイ。

 と。


 

 メイクアップは一時間足らずで終わった。

「いかがですか?」

 アーティスト氏は鏡の中のヤヨイとノール人とを顧みて感想を乞うた。

「おお! 流石はウリル閣下ご推奨の方だけに素晴らしい腕前ですな。これなら、ノールの小うるさい貴族たちも容易に騙せるでしょう」

 ヤヨイは、鏡の中の別人の貌にくぎ付けになった。

 なにこれ!

 これが、メイクか・・・。

 めっちゃ、美人すぎる・・・・。

 目の覚めるような切れ長の、尖った頬骨も鋭利な麗人がそこにいた。

「あとは目の周りに仕込んだ鯨骨が定着するまでひと月ほどかかるのと、時々にご自身で修正していただくメイクのノウハウを完璧に自分のモノにし、慣れ、習熟していただくことです。それに、減量もね。わたしはノールには行けませんので」

 また来ます。

 アーティスト氏が帰って行ったあとも、ヤヨイは鏡の中の麗人に見惚れ続けた。

「外側はそれで行くとして、中身も変わっていただきます」

 鏡に夢中になっているヤヨイの前に、古びたノートが山と積まれた。

「この『ノルトヴェイト』一族の歴史を頭に叩き込んでください」

 そして、ノールの男は鏡の脇の肖像画たちを指して両手を広げた。

「ヴァインライヒ少尉。貴女は、150年前に帝国に亡命した『ノルトヴェイト』一族の末裔です。代々先祖たちの物語を聞かされて育った子孫です。

 歴史だけではなく、ノールの習俗、貴族社会のしきたりなども学んでいただきます。貴女の血肉以外の全てがその子孫たるに相応しくなるよう、これから徹底的に勉強してください」

 


 

 てっていてきに勉強してください、だあ?

 

 独りになると急に自棄が顔を出す。任務だからと辛うじて自制はするが、ハッキリ言って、やってらんない、と思った。

 午前中はノートの山と格闘してノール語とノールの歴史の習得に当てた。午後は名前も名乗ろうとしないノールの男が来てノール語のkonversation, カンバセーションの練習になる。

「Hei! Hvordan har du det? (こんにちは! ご機嫌いかがですか?)」

「・・・」

「・・・er det ikke bra? (よろしくないようですね)」

「Nei.  Det er riktig.  jeg er i dårlig humør!(その通りです。よろしくありません!)


 

 食事は三度、階下の食堂で独りで摂る。給仕はいるらしいのだが、支度ができると部屋に繋がったロープが引かれベルが鳴る仕掛けなのでそれとわかり、ヤヨイが降りて行くと誰もいないのである。

「いただきまーす・・・」

 小声で言って食事にかかる。しかも、肉がない。毎日毎メニュー、野菜と焼いたり煮たりした魚ばかり。しかも量少なすぎ!

 終わると、

「ごちそうさまー・・・」

 そのままで自室に下がる。そして夜になり、朝が来る。またベルが鳴って下に降りるとスープやコーヒーの湯気が上がり香ばしいパンの香りが漂う完璧な朝食が用意されている、というわけである。

「肉食ばかりしていると体臭が独特になります。ノール人になり切るには魚や野菜を中心にした食生活に変えていただく必要があるのです。魚はノールの名物ですからね。サケやマスの缶詰は石炭と同様、ノールの主要な帝国への輸出品ですから。それぞれの魚の味も覚えていただきます」

 日に一度は来るノール人に訴えても、そう言い返される。

 ああっ! 肉汁の滴るビュルスト(ソーセージ)がお腹いっぱい食べたいよ~っ!

 さらに、

「必要なとき以外は屋敷の中を出歩かないでください。使用人たちにもそう申し付けてあります。彼らに顔を見られぬよう、用心してください」

 不愛想なノールの男は毎日顔を出した。

「でも、運動不足はどうすれば? 痩せろということだし」

「屋敷の広間にアスレチックの道具を持ち込みます。そこでトレーニングしてください。とにかく、屋敷の外に出ないように」

 すると、男の言葉通りに屋敷の大広間に鉄棒やらウェイトマシンやらのアスレチックツールが運び込まれた。

「でもトレーニングだけでは腕が落ちちゃいます」

「なんなら・・・」

 とノール人は言った。

「わたしがお相手しましょうか」


 
 青い道着に黒帯を締めて広間に下りると、すでに白い道着に白帯のノール人が来ていた。

 改めて見上げると彼は背が高い。胸板も、厚い。

「ノール人男性の平均身長は6フィート3インチ。約190センチでわたしがそうです。貴女が相手にするのはこんな男です。

 手加減は要りません、と言いたいところですが、生憎まだ帯が黒くないのでね」

 と、彼は笑った。

 それで少しはヤヨイの憤懣も収まった。

 ヤヨイの技量は「人間兵器」並みだ。まかり間違えば、というよりは確実に、手加減を意識せねば確実に相手を殺してしまう。それも調べてあるからこその「ご指名」なのだろうが、それを判っていて、たとえ練習相手と言えども彼女の目の前に立とうとするのはよほど勇気のいることだと思う。


 広間に向かい合った二人は礼をして構え合った。

「きぇーっ!」

 不愛想に見えた男の発する気合は、どこか可愛らしく聞こえた。

 ヤヨイはゆっくりと間合いを詰めた。

 構えた男の左の肩に力みがみえる。ヤヨイの得意技、左回し蹴りを警戒しているのだろうことは容易に察せられた。正直、そこまで調べあげているのには脱帽しかない。

 ここはご期待通りに得意技を繰り出しますか。

 だいぶ手加減し、それも寸止めできるように用心するのは全力よりも難しかったが、一瞬で右足を軸にして身体を翻し左の踵を相手の首に向かって繰り出した。

 すると相手は予想通り左腕でヤヨイの踵を軽くいなし、懐に飛び込んできた。ヤヨイの腹に突きをくらわそうというのだろう。が、白帯だけのことはあって、やはり、遅い。

 突きを喰らう前にジャンプして躱し、相手の背後に飛び掛かった。そこで相手の頸椎に左手刀を繰り出したり膝蹴りを見舞ったりすれば本当に殺してしまう。すんでのところで止め、相手の尻を蹴り飛ばした。

 男は前につんのめって床に伸び、そこに躍りかかって残心、するところをやはり、止めた。

 ヤヨイに組み伏せられた男は早、息が上がっていた。

 多少運動不足とは言え、やはり彼はヤヨイの敵ではなかった。

 既に汗をかいてもいる男は息を乱しながら、言った。

「・・・参りました。さすがです、少尉。やはり、我々が、貴女に白羽の矢を立てたのは、正しかった・・・」

「お願いがあります」

「夫君のことですか? でも、さすがに旧チナ領まで外出されるのはお勧めできませんけどね」

 くそ! ラインハルトの赴任先まで調べあげているのか!

 相手の言葉に驚くと同時に、このノール人の僭越な態度に少し、ムカついた。

「違います! でも、少しは気晴らしに出させて下さい。そうでないと、このままじゃ、気が狂っちゃいます!」

「お強いだけでなく、お可愛らしい女(ひと)でもあるんですね、貴女は」

 そう言ってノール人はまた笑った。不愛想な男だが、笑うと少し愛嬌がある。スパイに愛嬌は要らない。だから彼は不愛想になったのだろう。


 

「サングラスをしてヒジャーブ(ムスリム女性の被るスカーフ)を着けて南の国の女性に扮してなら許可します。二時間程度なら外出を認めます」

 と、ノール人は言ってくれた。ついでに、

「わたしのことは、オスカル、と呼んでください」

 やっと名前を名乗ってくれた。偽名かコードネームであるにしても、名を名乗ってくれたのは、嬉しかった。

「ちなみに、どこに行かれたいのですか?」


 

 桜色のテュニカの上に白いヒジャーブを着け、唯一出した目にはサングラスをかけて久々にバカロレアに行った。

 ヤヨイが徴兵されてバカロレアを去ってからちょうど一年になる。

 キャンパスは自由の風をはらんで学生たちが思い思いに闊歩していた。懐かしさに思わず胸が熱くなる。自ら選んだ軍人の道とはいえ、そこにはヤヨイの羨ましさを増幅する光景しかなかった。

 なぜ大学を訪れたかといえば、あのミカサの任務で知り、それ以来何かと忙しくて延び延びになっていた、ある事柄を調べたかったのだった。それに、堪らなく人恋しかったのもある。

 事務局に行き、勝手知ったる学生課のカウンターで用件を言った。

「あの、過去の学生名簿は閲覧できますか?」

「ええ、出来ますよ。いつ頃の?」

 学生課の男性職員はサングラスをかけたヤヨイに怪しげな目を向けつつもそう言ってくれた。

「えと、たぶん20年ほど前ぐらいです」

「ああ、それならありますよ。苗字の頭文字は?」

「『W』です」

「20年前の、『W』ね。ちょっとお待ちください」

 しばらくすると職員はファイルを片手に戻って来た。

「持ち出し禁止ですが、そこのベンチでご自由に見てください」

「どうも・・・」

 さっそくファイルを丹念に、隅から隅まで、しかも何度も繰り返してみたのだが、そこに期待した名前はなかった。

「あの・・・」

 もう一度カウンターに行きさっきの係の男に視線を送った。彼は律儀な性格らしく、すぐに相手をしてくれた。

「名簿はこれで全部ですか? 例えば、貴族と平民とでファイルが分かれてるなんてことは・・・」

「ありません。ちなみに、お探しの方のお名前は?」

「『ヴァインライヒ男爵』、なのですが」

「バロン・ヴァインライヒ。確かに20年前ですかね。フロイライン・ヴァインライヒなら現在大学院に在籍中、ですが」

 それ、わたしだ!

 思わず声を上げそうになった。

 そうか。わたしはまだここに在籍していることになっているのか・・・。しかもまだ独身扱い・・・。

 急に「里心」のようなものを刺激されて胸キュンとなった。

「いいえ。20年前です。いや、21、22年前かも」

「それでも、それ以外ありませんね。貴族平民の別なく、記載は一緒なので」

「そうですか・・・。ありがとございました」

 礼を言って、事務局を出た。

 春の柔らかな陽光が降り注ぐキャンパスのベンチに独り、座った。行きかう学生たちの振りまく「自由」を眺めながら、ヤヨイは物思いに耽った。


 

 昨年の秋。

 帝国海軍最大最新鋭の戦艦「ミカサ」を拿捕せんとしたチナの試みがあった。

 ヤヨイはそこで首謀者でありチナへの亡命を企てた「ミカサ」艦長ルメイ大佐を知った。

 大佐は、囚われの身となった艦隊司令官ワワン中将を何故か庇い、爆弾の爆発により破片を受けて死んだ。だが、息を引き取る直前、ヤヨイにこう教えてくれたのだ。

「ばあろん、ヴァインライヒ・・・。大学時代の、私の、ただ一人の友達・・・」

 と。


 

 もっと早く訪れたかったのだが、その後の叙勲やらなんやらのドタバタやチナ戦役で空挺部隊の指揮官として出征したり、等々でなかなかヒマがなかったのである。

 今回新たなミッションで「貴族社会」に潜入することになり、急にそのことを思いだし、ついでにヒマも持て余していたので来てみた、というわけなのだった。

「バロン・ヴァインライヒ」

 ヴァインライヒ男爵、とは、もしかするとわたしの父かも知れない。

 国母貴族から生まれた平民が自分の父親を捜すのは、国法に触れる、ご法度だった。

 だけど、自分のルーツを知りたいという欲望から逃れられる人はいない。

 そう思ったら、居てもたってもいられなくなってしまったのだった。

 だが、残念ながら記録はなかった。

 もしかすると、在籍生ではなく聴講生か。あるいは留学生かも知れない。それならば、学籍簿に名前の記載がないのも説明がつく。

 様々な想像や憶測がヤヨイの脳裏を駆け巡った。

 と、

「まったく、最近の学生は使えないのねっ! 何度説明したらわかるの? コンデンサは回路設計になくてはならないの。明日までに業者に言って調達しときなさい! まったくもうっ!」

 聞き覚えのある高圧風味。高飛車な女の声にまたも懐かしさを揺り動かされて思わず顔を上げた。

 あの「ミカサ」で共に旗艦に乗り込み、「ヴィクトリー」号に移ってヤヨイのミッションを支えてくれた、アンだ。

 たしか彼女は当時「ヴィクトリー」の通信長で今は旗艦「ミカサ」乗組みのスミタ大尉と結婚し、第一艦隊の母港であるターラントの将校宿舎で夫の帰りを待つ良き妻となっていたはず。

 きっと夫君が洋上勤務の合間に大学院に戻って後進の指導に当たっているのだろう。

 羨望の眼差しで今しもベンチの前を通り過ぎようとしている颯爽とした彼女を見上げた。

 刹那、彼女と目が合った。

 ?

 この白いヒジャーブとサングラスさえなければ、彼女と再会の喜びを分かち合えたかもしれない。

 だが、一瞬の後、彼女は再び若い後輩男子学生の詰りに戻り、キャンパスの小路を立ち去って行った。

「わかった? あたしを甘く見ると、後が怖いわよっ!」

 もう、ヤヨイと同じで「フラウ・スミタ」と呼ばれる身であるはず。

 だのに、相変わらずの高圧風味な彼女に接し、しばしの和やかさを覚えずにはいられなかった。

 彼女は夫の前でもあんな「高圧風味」を続けるのだろうか。

 いや、それは違うな。と、ヤヨイは思った。

 そんな彼女でも、夫君が長い航海を終えて帰宅すれば優しく声をかけ、潮風に揉まれた夫の軍服を脱がせ、苦労をねぎらう良妻に変わるに違いない。

「お帰りなさい、あなた。任務、ご苦労様でした・・・」

 その証拠に、気弱風な男子学生を詰り、その尻を叩きつつも、彼女からはどことなく既婚女性の持つ余裕、ある種の温かな慈愛が感じられたのだった。

 絶対に、無理だ。

 ヤヨイにはそんなものはないし、出来ないし、出来るはずもない。

 でも、夫ラインハルトは、そんな女を求めていたのかもしれない。ヤヨイよりももっと家庭的で、男を立てる女を・・・。

 

 ヤヨイはベンチをたった。

 そして、「オスカル」の待つ、あのチュリオの丘の邸宅に帰って行った。


 


 

「少尉。いよいよ、貴女の『伝説』が決まりましたよ。

 潜伏が始まってひと月ほどしたある日、「オスカル」が言った。

「貴女は、『ヴァインライヒ女男爵』です」

「バロネン・ヴァインライヒ、『女男爵』?」

「そう。Freifreu フレイフラウの付かない、『男爵夫人』ではない、『女男爵』です」
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