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59 救出作戦開始
しおりを挟む11月26日 早朝。
「第一中隊、出発!」
第一機甲師団「黒騎士」戦車大隊のグデーリアン中尉はマークⅡ型のハッチの上から身を乗り出し、号令をかけた。
昇る曙光。
まばゆい朝日を背に黒々とした10両の屈強な戦車、そして第一落下傘連隊「学者」大隊300名を乗せた20台のトラックがキャタピラーを軋ませ、エンジンのうなりを上げ、砂埃を舞い上げながら次々と宿営地を出ていった。「黒騎士」とトラックの列は爆弾の撤去が終了した橋を渡り西に向かってゆく。
リヨンは小さなチナ人の子供の手を握り呆然とその出撃を見送った。
「あのさ・・・」
ふいに可愛らしいチナ語で呼びかけられた。
「お?」
「あんた、おねえちゃんの何? 部下?」
「は?」
「恋人?」
「え・・・?」
「言っておくけどさ、ぼく、大きくなったらヤヨイおねえちゃんをお嫁さんにするから。そこのところ、よく覚えておいてね」
「はああああああっ???」
タオという名らしい小さな男の子は、冷ややかな目でリヨンを睨み上げていた。
言わせておけば何をこのクソ生意気なガキんちょが・・・。いっぱしにライバル気取りかよ!
やっと愛する女に会えたと思ったのに、なんで、こんなガキのお守りなんか!
朝日を浴び砂埃をあげて遠ざかる機甲部隊とトラックの最後尾、戦闘指揮車の後姿に毒づいたが、後の祭りとはこのことだった。
ったく・・・。カンベンしてくれよ。
ナイグンを後にしたヤヨイもまた戦闘指揮車に乗り、車中ヨハンセン中尉、バンドルー中佐らと作戦を練った。
リヨン中尉が密かに借りて来てくれた幾枚かの航空偵察写真は、ハイナンまで進出した資源調査院の現像施設からつい昨日届いたものだという。その前日、つまり一昨日の敵情をつぶさに映し出したものだった。
「こりゃあ、正攻法で行ったらアイホーよりも手こずったかもしれんな」
バンドルー中佐は一目写真を見てそう呟いた。
アルムは人口三十万余りのチナ第二の都市である。
首都ピングーと同じく東西南北に正確に正方形を形作り周囲には城郭を巡らせ、市街は碁盤の目のように整然と区切られていた。
アルムの川は街の東北から南を巡ってほぼ真西に向かって流れている。アイホーやナイグンに流れる川以上に支流が流れ込み、今回の作戦で空挺部隊が降下した四本の河では最も水量が大きく中流域でも水深がかなりあった。橋は大きく頑丈だったが橋に依らない渡河をする場合はアイホーの渡河同様に大型の浮橋を用意しなくてはならず、それだけに橋の確保は重要な要件となっていた。
その市街の南、まるで市街を守る水堀のように流れる川に橋があり、市街の南門から真っすぐ南下した街道を渡していた。橋には関所があり南からアルムに向かおうとする人や貨車を監視していた。ナイグンの橋の下に仕掛けられた爆弾といいこの関所といい、いかにチナが豪族のミンを信用していなかったかがわかる。もっとも、その不信は結果的には的を得ていたわけだが。その南のミンの土地はまるで非武装地帯のように何もない平原だった。
その橋の南の平原に降下した「大工」大隊は、まず真っ先に橋を渡ってこの関所を攻略、占拠した。しかし、ナイグンと違って橋の両のたもとには寄る辺となりそうな建物もなかった。川と橋。あとはまっさらの野っぱらが広がるだけの場所。
普通ならどうすればいいものかと途方に暮れるところだ。
だが降下したハーベ少佐は橋の下の下水溝に目をつけた。
チナの南は夏は雨の降り続く雨期を迎える。ナイグンもそうだが、市街の四方を低い丘陵に囲まれたアルムもまた雨期の間の排水に苦労する土地柄だった。そのため、排水のための下水溝が整備された都市だったのが「大工」大隊に幸いした。
橋の下の排水溝から中に入り内部を調べた先遣隊は驚愕した。そこは広大な地下遊水池を有する地下の下水溝網と呼ぶべき施設が構築されていたのだった。
これを拠点にしない法はない。
「大工」大隊全員が地下に潜った。
遊水池は雨季には水で満杯になるが乾季である今は主に30万の都市から流れ出る下水が溝を流れるだけで遊水池は空。下水だからいささか臭うが、それさえ我慢すれば絶好の攻撃路に使えた。
下水道網が市街だけでなく低地の四方に伸びていてそれを伝って遊撃部隊を敵の背後に送り込むこともできた。チナの包囲部隊にしてみれば迂闊に接近すれば擲弾筒の攻撃を受けるだけではなく背後に突如として敵の部隊が現れて大混乱に陥らされる。故にチナの正規軍はこの網の目のように複雑な排水溝網を利用した「大工」の攻撃を嫌って積極的な攻勢に出られずにいたのだった。
しかも、チナの正規軍は装備こそ近代的だが傭兵が主体で戦意に乏しく、ナイグンのヤヨイたちやバンドルーが相手したミン一族に比べ積極性を欠いていたのも幸いしていたかもしれない。
それらがナイグンに比して満足に補給を受けられなかったにもかかわらず、「大工」大隊のしたたかな抵抗を可能にしていた要因だった。
「市街の南に一万ほどの本隊の陣地。それに各々500ほどの部隊が少なくとも10個、橋を取り囲んでいるように見えるな」
揺れる車内で航空写真を検討したバンドルーが感想を言った。
「それに包囲だけでなく東からの攻勢にも備えていますね。特に市街の東の、この大きな建物群の周りに強固な防衛ラインを構築しています。これは何か重要な施設なのだろうか」
秀才のヨハンセンも自分の分析を披露した。
「総勢で2万弱というところですね。総じて橋を渡った南のこの辺りが最も脆弱に見えます」
ヤヨイがポイントを突いた。
「突破するとすれば、そこだな」
「となると、我々は大きく南に迂回して橋の西方10キロほどのこの辺りで渡河を・・・」
「ではこの市街の東にある何かの施設の辺りに四両ほど戦車を前進させて先に攻撃を仕掛けてみよう。そこに陽動攻撃をかけて敵を引きつけておいてから渡河を開始すればいい」
「出来れば退却は橋を使いたいですが、無理そうですね」
「そうだな。行きも帰りもボートを使用せざるを得ない。『大工』と合流して彼らを引き連れて川を渡って戻ってくるまでの間、渡河地点を制圧できるかどうかがカギだな」
「ですね。渡河部隊の半数は渡河地点に残して守らせます」
「そしてそれを対岸から戦車砲で援護させる・・・」
そうしてアルムに向かう戦闘指揮車の中で大体の作戦骨子が固まった。
バンドルー中佐は無線機のマイクを取った。
「ハインツ、橋の手前10キロ付近で停止しろ。そこで作戦を伝える」
代わってヤヨイが無線機を取り空挺部隊の各拠点ごとに割り振られている周波数の一つに合わせた。
「こちら『学者』。『大工』大隊、ハーベ少佐。応答願います」
アルムから東に千キロ以上も離れた帝都のクィリナリスの丘。ウリル機関の拠点に朝早く二騎の馬が到着した。日の出前に緊急の電文を受信した当番兵が自宅にいたウリル少将を呼びに行きスパイマスターと共に拠点に戻ったのだった。
ウリル少将は不機嫌この上もなかった。もちろん、朝早く起こされたからではなかった。彼の癇癪は、彼の部下で空挺部隊にレンタルしていた女性士官のわがままに向けられていた。オフィスに入り当番の通信兵が持って来た電文に目を通した。それは彼の配下である「マーキュリー」ことリヨン中尉からのものだった。一読するや、ウリルは電文をクシャクシャに丸めてデスクに叩きつけた。
「あんの、小娘めがっ!・・・」
そう吐き捨てるとデスクにどっかりと座り引き出しを開けて電話を取り出した。
「わたしだ。内閣府のヤン閣下を・・・」
皇帝の子息にして元老院議員という顕官にありながら、ヤンは内閣府に隣接した上級官吏用の宿舎に寝泊まりしていた。まだ朝のまどろみから覚めやらぬころ、彼のオフィスのスタッフに起こされて急いで内閣府に向かった。ウリル少将からの電話が入っていた。
「ヤンです」
少将は電話の向こうで大きく恐縮していた。だが、その話の内容の元の元はと言えば自分が原因だったのでむしろ彼の方が焦ってしまった。
「おじさん。どうか『マルス』を責めないでやってください。元はと言えばわたしの思慮不足、配慮不足から起こったことです。実はこのことあるを予想して既に手立てを講じておりました。今すぐ手配します。ご安心を」
ヤンは電話を切るとすぐに通信室に向かった。今から彼がやろうとしていることは本来なら統合参謀本部を通すべきだった。が、それをすると話が大きくなりすぎ、手間が増え、傷つくべきでない者達が傷つき、しかも事態は一刻を争う。それで、最短の手順を選んだ。
通信室に詰めて仮眠していた当番の通信士を起し、短い電文と周波数を示した。
「悪いが、至急これを打ってくれ」
通信士は眠い目を擦りながらその電文を打ち始めた。それは暗号ではなく平文で、次のようなものだった。
— 「ツバメ」より「カモメ」。「渡り鳥」の子供たちを出迎えよ —
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