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キモオタ童貞、脅迫する

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 それから夏休みまでの日々は、暇さえあればただひたすらにシコり続けた。ミスター・シコリスキーだ。

 隣の席のレナが気になって仕方なかった。彼女は、眩しかった。

 日に日に魅力的に、つまり、エロ度を加えていき、授業中もエロオーラを辺り一面に振りまくようになった彼女。どこがどうエロいとは指摘できない。が、とにかく、エロいのだ。

 制服までがほかのモブ女子とは違うように見えた。いや、確実に違う。

 まず不必要に身体にフィットし過ぎていた。スカートはタイトめになり、シャツはウエストが絞られているように見えた。そのせいなのか、控え目だった胸のふくらみが前にも増して強調されているように見えた。

 念のため、例の女子テニス部室の盗撮映像とも比較してみた。間違いない。Cカップぐらいだった胸がDかEぐらいにランクアップしている。絶対だ。

 そして、腰周り、ヒップが・・・。どうにも堪らなかった。

 太腿なんて、ムチムチ。お尻なんか、プリプリのぷりんぷりん、である。

 もしかして、レナのあんな姿を見たから。どっかのオヤジの車に乗せられ、何かイヤらしいことをされている姿を見たせいで、エロフィルターが掛った目で見ているだけなのか。そうも考えた。

 だが、それは彼だけの思い込みではなかった。

「なあ、3組のササキっているじゃん? テニス部の」

「ああ、ササキレナ? 」

「あいつ、なんか最近、エロくね?」

「おお! 俺もそう思ってた。なんか、匂うよな」

「エロの香り」

「一発ヤルと変わるっていうな、女ってさ・・・」

 写真部の部室で同級生がヒソヒソ噂をしているのを聞いた。

 いかにも童貞な非モテ男同士の無遠慮な憶測を基にした異性への流言飛語。彼女の裸体を盗撮しあの決定的なシーンを見ている彼は、密かな優越感を味わうのだが、同時に彼女の真実を何も知らないヤツらにもレナのエロオーラが届いていることに自分の想像の正しさを感じた。

 やはりあれは、あのホテルの前で彼が見たのは、錯覚ではない。やっぱりなんかの「プレイ」だったんだ、と。

 あんなことを繰り返しているから、レナはエロくなったのだ、と。

「なあ、カゲマ。お前のクラスだろ。なんかエロくね、レナ」

「あ、うん・・・」

 自分だけが知っている彼女の真実。それはまだ他人と共有したり披瀝するわけには行かなかった。

 写真部の同級生の言葉に、無意識に妄想を募らせた。


 

 そして、彼の妄想が確信に変わる日が来た。

 期末テストを間近に控えたその日。

 まず、髪型が変わった。

 突然レナはポニーテールをやめ、髪を下ろした。

 あのうなじの後れ毛が見れなくなったが、その代わりに彼女のエロ度が増したように思えた。

 そしてもう一つの変化が。

 隣の席のレナが女子に話しかけられているのを耳にした。すぐ隣にいる彼を無視するかのような、モブ扱いされて少しプライドを傷つけられはしたが、その女同士の遠慮のない会話に密かな驚きを感じた。

「ねえねえ! あんたテニス部辞めちゃったの?」

「勉強に身を入れろって親がうるさくてさ、テスト近いし」

「ホントにィ? どうだか。オトコでもできたんじゃないのォ?)

「だから、ちがうってー」



 なんだと?


 では、あの苦労して設置した盗撮カメラはもうその存在意義を99パーセント失ってしまうではないか。

 そして、最大の、決定的な変化が、それだった。

「嘘つけ。部活してるとデートの時間取れないもんね。だからでしょ」

「しつこいわ! 違うってばホントにもー」

 横目でチラとレナを見た。顔を赤くして俯いたレナが無意識に掻き上げた髪。そのとき現れた彼女の美しく愛らしい耳の、柔らかな耳たぶに小さな穴が開いていたのを彼は見逃さなかった。

 ピアスの穴だ・・・。

 そうか。

 髪型を変えたのは、これを隠すためだったのだ。

 アクセサリー類は校則で禁止されていた。ましてや、ピアスなど。

 以前、夏休み明けに生徒指導室に呼ばれたある女子がしばらくして退学したことを想い出した。不純異性交遊と同時に発覚した彼女のピアスの穴がその理由だと聞いた。

 これは・・・。

 何と大胆な。そう思うのと同時に、レナがさらに遠い存在になってゆくような錯覚を覚えた。焦りも、悔しさもあった。

 だが、焦りや悔しさにも増して、本来はあり得ないはずの昂奮が彼を襲った。


 

 家に帰り、PCで「ピアス」を検索した。ジュエリーのオンラインショップのサイトをクリックした。様々なモデルやタレントがさまざまなデザインのピアスを着けている画像が出て来た。モデル単独の写真が多い中、彼の目を惹いたのはレナの新しい髪型によく似たヘアスタイルの女性が背後から男性の逞しい腕に抱かれているものだった。美しいダイヤのピアスが彼女の耳に輝いていた。

 もちろん、彼は妄想した。


 


 


 

「とっても、カワイイよ、レナ」

 レナは鏡の前に立っていた。彼女の背後には顔の無い男がいた。

 二人とも全裸だった。

 顔をトロトロにふやけさせ鏡の中の自分をウットリと見つめているレナ。

 男の手がレナの髪をかき上げた。

 美しいダイヤのピアスが彼女の耳に輝いていた。

「とっても、似合ってる」

「嬉しい・・・。ありがとう」

 男の手がレナのうなじを伝い、彼女の日焼け残りの白い胸に、乳首に降り、そこを摘まむ。

「はああんっ・・・」

 堪らずに振り返り、男にキスをせがむレナ。

 そして二人の唇が触れ合い、レナは両手を挙げて男の首に絡ませ、恍惚とした表情でさらに男の唇を引き寄せ、唇が唇を貪り、唾液を交換し合い、舌と舌を絡ませる濃厚なキスに・・・。

「ああっ、ねえ、ちょうだい。もう、ガマンできないいいんっ!」


 

 はおうおっ!・・・、かはっ!・・・、うっく、く、・・・・・・・。

 どぴゅ、おぴゅ、でぴゅ、・・・。


 

 そんなシンプル過ぎる妄想で発射したのは初めてだった。

 それなのに、前にも増して、過去最大級に昂奮し、出した。

 自分が登場しない、しかもまだちんこがまんこに入ってもいない。フェラもクンニさえもない。だが、まるでいまそこで行われているレナの情事を覗いているかのような圧倒的な臨場感。

 今まで溜めに溜めた数えきれないほどの二次元イラストや撮りまくって来たレナの盗撮写真や盗撮映像なんか全て消し飛ぶほどの破壊力がその妄想にはあった。

 くっ、そおおお・・・。

 自分の妄想に登場した顔も名前も知らないセレブ男に彼は嫉妬した。そして妄想の中のレナに嫉妬し、奥歯をギリギリと噛んだ。


 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 

 レナの可愛い耳たぶに開いていたピアスの穴。

 ただそれだけで妄想をこじらせ、彼は、発狂したのである。

 階段をドタドタ上がって来る足音に続いてガチャと開いたドアから安眠を脅かされて不機嫌そうなオカンの顔が覗いた。

「アンタなに? どしたのこんな夜中に」

「・・・何でもない」

「おかしなことヤッてんじゃないでしょうね」

「何でもない! うっせーよ!」

 オカンを撃退すると、再び彼は勃起した。

 もう、どうしてもどうやってみても収まらなかった。彼の脳内はレナと顔の無い男のイメージで溢れ、再び臨界へ向かっていた。ジェラシー風味のエロエナジーは爆発寸前の勢いを示していた。

 彼は決意した。

 そして猛然とPCに向かった。


 

 その作業は朝方までかかった。

 渾身の力作をプリントアウトすると、茶の間に降りてタンスをひっかきまわして封筒を漁った。目当てのものを見つけると力作を入れ、封をした。

「なに? アンタもう起きたの? 珍しい。朝ごはんは?」

「イラネ! もう行く」

「朝ごはんも食べないで行くの? 身体に悪いわよ!」

 オカンの小言を背に彼は学校に向かった。いつもの登校時刻より一時間以上も早かった。朝練をする運動部よりも、誰よりも早く学校に行く必要があった。

「おう、カゲマじゃないか。早いな。気合が入っているのはいいことだ!」

 校門のゲートを開けていたTシャツにジャージ姿のバカ明るい保健体育の教師に声を掛けられたが会釈だけ返し無言で足早に校舎に入った。

 その日の午後はちょうど一学期の終業式に当たっていた。明日からは夏休みでしばらく学校へは来なくなる。写真部は休み中フルに出てくるような熱心な部活ではなかった。そうなると、今日を逃せば必然的にしばらくレナとも顔を合わせなくなってしまう。

 彼が焦っていたのにはそういう理由があったのだ。

 まだ誰もいない朝の校舎内。

 教室の廊下にはロッカーが並んでいた。生徒たちが教科書や体操着や外履きの運動靴などを入れておくものだ。彼はズラリと並んだその一つの扉の前に立った。

 しばし、佇んだ。

 用意した封筒を取り出し、「佐々木麗奈様」と書いた字面を見つめた。

 この期に及んで、彼は、躊躇していた。

 ここが運命の分かれ目だ、と。

 これを出したら、全てが決まる。全てが終わるかもしれないし、全てが好転するかもしれない。身の破滅かも知れないし、幸せな毎日が始まるかもしれない。

 考えて考え抜いた挙句に出した結論がそれだった。

 彼は封筒を「10」番のロッカーの隙間に差し込み、押し込んで、もう一度躊躇して手を止めた。思い直して引き出そうとした時だった。

 カツカツカツ。

 廊下を歩いてくる足音が聞こえ、急に心臓が高鳴った。

 そのせいなのか、気が付いたら半ばまで引き出していた封筒を押し込んで、彼女のロッカーの中に落としていた。

 彼はすぐにその場を立ち去った。

 胸の鼓動が速かった。

 そして朝のHRが始まるまでドキドキを堪えつつトイレの個室に閉じこもった。


 

 朝の始業のベルが鳴った。


 

 クラスで最も遅く教室に入った彼が着席すると、すぐに担任がやって来た。

「起立!」

 怖くて隣が見られない。ただひたすらに俯いていた。

「お早うございます」

「はい、おはよう」

「着席!」

 その瞬間、ほんの一瞬だけ、ドキドキしながらもチラと右隣の机を見た。

 レナは真っすぐ黒板の前に立つ担任の方を向いていた。

 いつもと変わらない彼女の姿に少し、安堵した。


 

 もし彼が単なる「童貞」であり純粋に彼女を思う男であったなら、同じ手紙を送るにも自分の彼女への想いをまずしたためただろう。いきなりこんな手紙を送りつけて、と彼女の心中への配慮も文面に滲ませたに違いない。

 だが彼は「キモオタ童貞」だった。しかも「キモオタ」の上に「根暗の」という修飾語までついていた。人によってはさらに「身の毛もよだつほどおぞましい」という言葉も付け足したかもしれない。

 昂奮しながらも、彼が朝までかかってあーでもないこーでもないと取り組んでいた渾身の力作。

 それは、2枚の写真のコラージュと言えなくもないものだった。

 高級ホテルの地下駐車場から出て来たグレーの高級セダンの助手席の、何やら悶えているかのようなレナを写したもの。そしてもう一枚はレナの横顔をアップで撮影した写真である。横顔は鮮明で、彼女の耳がハッキリと映っていた。耳たぶにはクッキリとピアスの穴が開いているのがわかるものだった。

 そしてその下に彼のメアドを書き。

「連絡ください」

 たったそれだけのメッセージも添えた。

 普通の感覚でそんな手紙を受け取った人がどう思うか。

 そうした配慮が欠けているのがまず第一。

 それに彼にはそれが犯罪であるという認識もなかった。ある意味でこれは盗撮やストーカー以上の行為だった。その後に彼女に言う言葉次第では「脅迫」、「強要」という刑法犯を犯すことになるのを気付いていなかった。


 

 彼女はまだあの手紙を見ていないのだろうか。

 HRが終わり、何の反応も読めない普段通りの彼女にやや拍子抜けしながら第一時限目の数学の教科書を取り出そうとカバンを開けた時だった。

 彼に注がれる視線を感じて恐るおそる顔を上げた。

 そこに、氷点下以下に凍った、軽蔑に満ちたレナの眼差しがあった。


 
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