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第一部 求める

15 in tandem again

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 そこからほど近いビジネスホテルにツインを取った。もっと安い所もあるが、オートバイがイタズラされる恐れがあるから。都会での宿泊はなにかと物入りになりがちなのだ。

 部屋に荷物を置いて近くのラーメン屋で夕食を摂った。ラーメンにチャーハンにギョーザ二皿のほとんどを食べた。

「食べるわねえ・・・。それでそんなに痩せてるんだから、不思議だよね。これも全部食べていいよ。その食欲見てるだけで、お腹いっぱいになっちゃうよ」」

 笑いながらギョーザの皿を夏樹の方に押しやり、ジャケットの胸ポケットから煙草を出して喫った。煙を横に吐き出すと、タバコを挟んだ方の手で頬杖をついて面白そうに夏樹を眺めた。

「・・・向こうまでどのくらいかかりますか」

「六時間弱、ってところかな、直行すれば。高速使えばもっと早く着くけど二人乗りできないからね、高速は」

 ホテルの部屋に戻り一日ぶりのシャワーを浴びた。バスルームを出るとベッドの上で道路地図を睨んでいた美玖の横に座った。親に電話もせず家ではなく幼馴染と一緒に泊まったラブホテルからそのまま出て来たことを話した。奈美から聞いた情報も話した。捜索願が出ていること。奈美が父から詰問されたこと。それでも知らぬ存ぜぬを貫いてくれたこと。

 うーん・・・。

 美玖はしばらく腕組みをして考え込んでいた。

「・・・すいません」

 と夏樹は言った。

「なんで謝るの?」

「だって、親に電話するふりして、ミクさん騙しちゃったし、結局、巻き込んじゃったから・・・」

「それがイヤなら、今ここにいないでしょ。そんなことはもう気にしない。

 あたしはお金目的であんたを誘拐したわけじゃないし、騙したりもしてない。あんたが好きだから、あんたの力になりたくて、ここにいる。誰に対しても恥ずかしいことはしてない。あんたの親御さんに対してだって、そう言える。

 あんたはあたしの友達。友達が困ってるときは援けるのが当たり前。それでいいじゃないの」

 と彼女は笑った。

「で、どうだった? 初体験は」

「・・・ミクさん」

 そっちかよ、と思った。

 深刻な夏樹とは対照的に、美玖は大人の女性というよりは頼れるアニキとでも言う感じに思えて来る。一緒にいると、勇気が湧いて来る。

「・・・でも、本当に、いいの?」


 

「あのね、泣きたいなら今夜だけにしてね。あしたからはもう、泣くのは無しだよ」

 そう言って目を潤ませる夏樹の頬を優しくぺちぺちし、美玖は再び腕組みに戻った。

 自分を騙してまで親の許へ帰るのを拒んだ子だ。仮に帰れと言ったところで、連れ戻したところで、また同じことになってしまうだろう。全てが終わった後で、正々堂々出るところに出ればいい。

 問題は現実にどう行動するかだ。

 単車で移動しているうちは大丈夫だ。家出人を道路を封鎖してまで検問して探すことはしない。事故やトラブルにさえ会わなければ、ここ一週間ほどは問題ないはずだ。しかもあまり時間もかけられない。意外に追手が迫るのが早いかもしれない。

「あんたのお父さんは近々あの山荘に行くんじゃないかな。もしかするともう、これからあたしたちが行くところまで手配が回ってる可能性もある」

「・・・それはない、かな」

「どうして? あんたがいなくなった、そっちに行ってるんじゃないか。それぐらい連絡先知ってれば電話するでしょう」

「だって、父はオレが母が生きてるのを知ったのを知らないんですよ」

「だから、それがあんたにバレちゃった可能性も当たろうとするかも」

「でも、おじさんが死んだら財産が入って来ると思ってるような人が、親し気に電話しますか? 」

「うーん・・・」

「親し気じゃなくても、電話し辛いし、仮に母やおじさんがあの山荘にまだ居てオレを匿っていたら、おじさんや母が本当のことを言うとは思わないでしょう」

「それを確かめようとはするかもしれない。自分が行かなくても、調べる方法はあるのよ。人を使ってね」

「どうやって?」

「この世の中にはね、そういうのを調べるのを専門にしてる人がいるの」

 ほんの少し前、探偵を付けられて調べられた美玖は、そういうものに無縁で生きてきた人が感じたこともない「手触り」をまだ昨日のことのように覚えていた。

「そこまでやるかな」

「お金が絡むとやると思うよ。あの家が抵当に入ってたのはビックリだったけど、あの山林の存在をお父さんが知ってたら、やると思うな。どれくらいの価値か知らないけどさ」

 そこでふと美玖はひらめいた。

 法務局など行ったこともないが、土地の登記簿を閲覧するのを依頼することはできるはずだ。弁護士ならできるだろう。

 すぐに携帯電話を取り出して、電話した。

「ハイ。ミナミノ法律事務所です」

「ミナミノセンセですか。ハセベミクですが」

「タダノさん・・・。いまごろですか」

 あなたはもう離婚なさって旧姓に戻られたでしょう。

 本当はそう言いたいのを堪えているような口調だった。

「ちゃんとかけたんだからいいじゃないの。どうせ言いたいことくらいわかってるし」

「そうはいかないんですよ。今回協議書の規定を無視してお子さんに接見を図ろうとしたことについては今月一回の面会と認識していただく、その確認をさせていただきませんとね。次回は来月までなしですよ」

「じゃあ、確認しました。これでいいわよね。どうせ、なんだかんだ理由つけて会わせる気ないんだから・・・」

「それについては小職としては関知出来ませんので」

「そんなことはどうでもいいの。ちょっと別件で相談したいことがあるの」

「ご用件の内容によりますよ。小職はあなたと利益を争う側の人物の代理人ですからね」

「小賢しいわね、小職小職って。わかってるわよ言われなくても。困ったことがあったら電話しなって言ったのそっちじゃないの」

「あれは、その・・・」

「早合点しないで。相談したいのはあたしじゃなくて、別の人間なの。それにこの件とはまったく無関係。もしかすると手数料めっちゃ稼げるかもよォ。あんなチンケな男の代理人するより、よっぽどね」

「・・・どういうことでしょうか」

 具体的な個人情報は伏せてあらかたを説明した。弁護士は明らかに乗り気ではなかった。

「法務局に公図ってのがありますから、それで一筆ごとに謄本を閲覧できます。持ち主の方なら固定資産税の請求書とかありますよね。それに書いてありますから。ご自分でやった方がお金かかりませんよ」

 面倒くさそうにそう言い、悪徳弁護士は電話を切った。


 

 美玖がシャワーを浴びている。

 それを想像しただけで反応してしまう、このボク。ビジネスホテルの粗末な薄いガウンを突き上げてノンキに反応している、このマイサン。まだ中学生なのに、もうヤリチンにでもなったかのように、いきり立つこのチンコ・・・。

 ほんの二時間前まで、絶体絶命の危機とかいって震えていて、美玖の顔を見た途端に安心して無様にも泣き顔を曝したというのに、ハラ一杯に満たされ、しかもシャワーを浴びて人心地ついたとたんに、ムクムクと反応している息子。

 自分でもイヤになるが、こればっかりはどうしようもない。奈美という初めてを共にした幼馴染兼恋人もいるのに・・・。

 夏樹は股間を抑えてひたすら耐えていた。想像しまいと思っても、どうしてもあの美玖の姿態が、豊満な胸、縊れた腰、豊かなお尻が脳を占領してしまう。

 思えば奈美のあの中は気持ち良かった。大変すぎて集中し辛かったが、チンコの先に絡みつく柔らかな感触。それにぎゅうぎゅうに絞ってくる中のグニュグニュ・・・。きっと奈美が慣れてくればもっと気持ちよくなるんだろうな。それに、あの奈美の悶える顔としがみついてくる感じ・・・。もし相手が美玖だったなら・・・。

「はあおっ・・・」

 リフレインすればするほど、悶えすぎてどうしようもない。

 美玖はまだ出て来ないだろう。ダメだ。一回ヌク。それしかない。

 ホテル備え付けのティッシュを引き寄せ、ベッドに入ってシゴいた。

 基本、オナニーは毎日。欠かしたことがなかった。習慣になってしまっているからどうしても手がそこに伸びてしまう。

 奈美もいいが、今の夏樹の脳内を占領しているのはなんといっても美玖だった。なにしろ彼女は、すぐそばのバスルームの中で全裸になっているのだ。

「ああっ、ミクさん、ミクさあんっ・・・」

 夏樹の脳内で、美玖はその魅力的な肢体をベッドに横臥(よこた)え、その豊満な胸の間に夏樹の頭を掻き抱いている。

「どう、ナツキ。これが大人の女よォ。あたしの中に挿入ってみたい?」

「はい、挿入れたい、たまんない。ミクさん、ミクさん、ミクさあああんっ」

「なあに?」

 気が付くとすぐそばにホテルのガウンを着た湯上りの美玖が立っていた。

「へ? おわおおう!」

 その瞬間、ドバドバと噴出してしまい、夏樹はその対応をせねばならなかった。

 美玖は髪を乾かしながらのんきに言った。

「・・・シーツ、大丈夫?」

 部屋の明かりが消されても夏樹は背中を向けて身じろぎもしなかった。美玖の裸を想像してオナニーしていたのを見られたなんて、あまりにも間抜けで恥ずかし過ぎる。

「ねえ、ナツキ。もう寝た?」

 向こうのベッドから美玖の声がした。

「・・・起きてます」

 恥ずかしさは消えていない。それどころか、隣のベッドで美玖が寝ていると思うとまた勃ってきてしまっていた。

「ごめんね。ものすごく悪いんだけど今夜は大人しく寝てね」

「・・・はい」

 今日はあの温泉でのようなシコシコサービスは無しか・・・。くそ、残念だ。

「あのね、ナツキ・・・」

「・・・はい?」

「お母さんのことだけど」

 へ?

 一瞬で勃起が萎えてしまった。

 そうだ。美玖に逆上せて勃起してる場合じゃない。美玖だってそのために協力してくれてる。それを忘れるな、ナツキ。自分に言いきかせた。

「・・・はい」

 と夏樹は応えた。

「おじさんの家に向かう時、楽しそうだったって言ってたわよね」

「はい」

「仲のいいご兄妹だったんだね、きっと」

「・・・たぶん」

「たぶん?」

「あんま記憶ないんです」

「どうして? 」

「どうしてって、・・・ぼやけてるんです。記憶にあるのはあの釣り堀で釣りをしてたのとあの庭で虫を捕ったりしたのぐらいで。おじさんの顔も、なんとなく、しか・・・。たぶん一緒に遊んでくれたような気もするんだけど・・・」

 そうかも知れない。別に不思議ではないなと美玖は思った。

 何年も前のことを、しかもまだ小学校の低学年だった日々のことを事細かに覚えているほうが珍しい。夏樹の場合は、いつも沈んだ顔をしていた母が珍しく楽しそうに車を運転していたこと、そしてあの峠のバス停に車を止め母と森を散策をして楽しんだこと。その時の母に感激したか感動したから最も印象に残っていたのだ。だから覚えていた、ということなのだろう。それに比べれば伯父のことはあまり印象には残らなかった、ということか。

「おじさんの家で、おじさんと過ごした時間が短かった。そういうことなのかしらね」

 返事はなかった。いつの間にか寝たらしい。気が張って疲れていたのだろう。

 美玖が相手をしないからつまらなくなって諦めたのだろうな。だが、あの露天風呂のようなことはもうしない。あの時はまだ子供だと思っていたし、大樹という存在と重ね合わせていた部分があった。自分が不用意に裸を見せたせいで昂奮させてしまい、布団に入ってこられて射精させねば収まらないだろうなと思ったから手伝った。

 夏樹から電話を受けた時、年甲斐もなく美玖の女がざわめいたのも事実だった。彼の中の男に微かなときめきを感じてしまった。しかももう初体験を済ませたという。夏樹はすでに男になったのだ。

 それを知りながら性的な接触などはできない。彼の道を誤らせてしまうかもしれない。それでは単なる色情狂と言われても仕方がない。とにかく、彼の母の消息が掴めるまではこの件に集中したい。集中すべきだった。

 バサッと、上掛けの音がした。

 寝返りを打った夏樹の脚が書見灯の淡い灯りに浮かび上がっていた。まだ小さくて細いが、毛脛の生えた筋肉質のそれは立派な男の脚だった。ベッドを抜けて上掛けを直してやった。喉ぼとけも少し出てきている。そのうち無精ひげも生やすようになるのだろうな。

 夏樹は今、少年から大人の男への階段の踊り場あたりにいるのだ。長い人生の旅路を歩き始めたばかり。ようやくその道の長さを理解し始め、その最初の疲れを癒すほんの一瞬の小休止の間に、美玖はちょうど今、居合わせているのだと思った。
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