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おけいこの終わり

娘カオルの誕生

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 わたしはまだ14歳だった。

 しかも、母たちの住むところから遠く離れた地球の裏側で、たった一人。学校と寮との往復だけ。休日も長期休暇も帰る家などなく、日本語を話せる友達もいない。ただひたすらに孤独に耐える毎日を過ごしていたわたしは、いつしか気安く話しかけて来た同級生や上級生の男の子たちの中に束の間の安らぎを求めていた。不特定多数。当然に、誰がお腹の子の父親なのかもわからない。

 そのうちに、当然の結果として自堕落な身体の関係を続けていた報いがやってきた。つまり、お腹の中に新しい命を宿すという未経験の試練に直面し、わたしは途方に暮れてしまっていた。

 これも当然だが、頼れるひとなど誰一人いなかった。

 仕方なく、叱られるのは覚悟の上で、母に、電話した。

 どちらの母にしようかは散々に悩んだ。

 悩んだあげく、「優しい」の方の母ではなく、「世界一の女」であるスミレを選んだ。彼女なら何とかしてくれる。そう思った。

「あのね、お母さん。赤ちゃん、出来ちゃった・・・」

 当然ながら、電話の向こうで、スミレは絶句していた。

「で、父親は誰なの?」

「さあ・・・、わかんない」

 これもまた当然ながら、わたしはそう言うしかなかった。

 でも、スミレに電話したのは、正しかった。

 すぐに母は頼もしい「ナイト」を寄越してくれた。

 マークおじさんは母の幼馴染みたいなひとだ。

 アメリカ海軍の軍人さんを父に、日本人を母にアメリカ海軍の軍港の街で生まれたマークおじさんは、褐色の肌を持つ精悍な男の人だった。

「さぞ心細かったろうね。でも、もう大丈夫。安心しなさい」

 最初、この人がわたしの本当のお父さんかと思ったほど、マークおじさんは誰とも知れない男の胤を宿したまだ子供のわたしに優しくしてくれた。

 マークおじさんは、スミレのお父さん、つまりわたしの祖父に当たる当時タチバナ・ホールディングスの会長職にあったタチバナ・タツオミ氏の個人秘書を経て、タチバナのアメリカ本土のビジネスを統括する「タチバナ・アメリカ」に勤めていた。

 WASP。ホワイト・アングロサクソン・プロテスタントの青い目をした奥さんとの間に子供もいた。彼の奥さんは日本人の女の人以上に日本的な「夫に尽くす」タイプのひとで、もし日本に住んでいたとしたなら、きっと彼女は「玄関先で三つ指ついて旦那様のお出かけを見送」っていたことだろう。奥さんは自堕落の結果不用意にも妊娠してしまったわたしにとても優しくしてくれた。

「この州の法律でね、親権者の立ち合いが無ければ手術したりは出来ないんだ。ま、日本でもそうだけどね。スミレはまだすぐには来られない。もうしばらくかかるらしい」

 普通の日本人以上に流暢な日本語で、マークおじさんは優しくわたしに対してくれた。

「サキはどうしたい? 赤ちゃん、産みたいかい?」

「・・・わかんない」

 それはその時のわたしの、偽りのない正直な気持ちだった。

 まだ混乱しているんだ。

 きっとおじさんはそう受け取ったに違いない。


 

 世界規模の巨大な会社の経営という超多忙なビジネスを遂行する、超過密スケジュールをなんとか片付け、会社のプライベートジェットで駆けつけてくれたスミレは、わたしの顔を見るなりこう言った。

「で、どうするの? 産むのね?」

 まだ思春期真っ只中だったし、妊娠初期の気持ちの不安定はハンパなかった。

 でも、自分に似た肌の色のマークおじさんの子供たちとの温かいふれあいは、母二人娘一人といういささか特殊すぎる環境で育ったわたしに家族というものに対するピュアな憧憬を植え付けていた。暖かい家庭が、家族が欲しい。わたしは切に願うようになっていた。

 そして安定期に入り、最初のころの不安だらけな気持ちはいつしか消え、マークおじさんの温かい家庭の雰囲気の中で落ち着いた日々を過ごしているうちに、わたし自身もようやく自分の考えを話すことが出来るようになっていた。

 現実問題として、もう堕胎できる時期が過ぎてしまっていたこともある。

 わたしには他に選択の余地がなかった。

 久しぶりに会った母スミレの目をまっすぐに見て、わたしは言った。

「・・・産みたい」

 今度は面と向かって、スミレは絶句した。顔の見えない電話よりもまだ救いがあったけれど。


 

 翌年生まれた赤ん坊はきれいなブルネットの、緑色の瞳をした肌の白い女の子だった。

 若くして産んだ娘に、わたしは「カオル」と名付けた。
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