わたしの名前を呼ばないで

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 あー。

 これはカラミ酒だ、説教だ。

 酔ってはいてもまだ自分を客観視できる。酒癖の悪い年増女の上司に絡まれている、かわいそうな新人社員。野島は被害者。わたしは悪者。周りからはそう見えているに違いない。自己嫌悪し過ぎて気分が悪い。そこで記憶が一度途切れた。

 食器の触れ合う音、演歌のBGM、酒の匂い。気持ちの悪さで目を覚ます。しっかりした柔らかい物の上に頭を載せている。見上げると野島の顔がある。

「大丈夫ですか、先輩」

 国語の授業で朗読させられたっけ。カンダタが見上げた天上界にはこんなふうに地獄を見下ろす優しいお釈迦様がいたのだろう。もっとも、わたしが堕ちているのは淫楽地獄だしなあ。だから別に蜘蛛の糸で助けてもらおうとは思っていない。けど、あまりにも野島の顔が神々しく見えてついそんなイメージが湧いてしまった。

 飛び起きた。慌て過ぎて野島の股間に触れてしまう。ワザとじゃない。ワザとじゃないが、彼がムスコさんをボッキさせているのがわかってしまって余計にパニックに陥るわたし。

「あ、あ、ごめんねごめんねごめんね」

「き、気にしないでください。僕は大丈夫です。なんか、すいません」

 勘定もそこそこに店を出た。既に終電は出て行ってしまっている。金曜の夜、タクシーは捕まらない。それに今乗ったら確実に戻してしまいそうだ。少しふらつく。まいったな。その言葉しか出てこない。野島は心配そうに後をついてくる。

「先輩、どこかで休んだ方が・・・」

 気分が悪くて気まずくて悶え死ねる。

「あのさあ。何で起こしてくれなかったの」

 ぐちゃぐちゃの頭でつい野島に当たってしまう。彼はちっとも悪くないのに。イベントから戻った野島に一方的に「ちょっと付き合って」と言い、勝手に飲み過ぎてヨイヨイになって眠ってしまった上司を持て余していたろうに。

「その、先輩があんまり気持ち良さそうに寝てたから。疲れてるんだろうなって、思ったんです。僕の膝なんかが心地いいなら、って。・・・すいませんでした」

 何、コイツ。

 何てことを言うんだコイツ。

 胸がきゅんきゅんして苦しいじゃないか。狭心症でコロす気ですか。悟られないように。辛うじて呂律まわっているのがありがたい。

「いいよ。ごめんね。で、どうする。カラオケ、漫喫、それとももう一件飲み屋行くか」

 早口でまくしたてるわたし。

「あの先輩・・・」

「何だよ」

「こんな時になんですけど、僕、先輩が好きです」

「はい?」

 ふと見上げるとそこにホテルがあった。

 酔いのせいにしたかった。でもそれはフェアじゃない。でも本当に正気じゃなかった。我に返ったのはフロントでだった。コンシェルジェとかいうおっさんにどんな部屋にするか訊かれている野島。わたしは酔ってるのを気付かれないようにしていたつもりだったがバレてたろうな。スラスラとカードにペンを走らせる野島をぼんやり見てるうちになんだコイツと思う。なんだよ。なんでどんどん運んでくの。ルームカードを受け取りわたしの背中にそっと手を添える野島。なんだよ。バカに男らしいじゃん。わたしは、うん、と一つ頷いてしまう。一緒にエレベーターホールに歩いてく。ヤバイ。

 箱が動き出すと急に饒舌になる野島。何だコイツ。そう思った。

 先輩大丈夫ですか気分どうですかカップル多いスね金曜日だからですかね何か飲み物買って来ればよかったスね・・・。

「あのさあ」なんだかウザくなって彼を遮るわたし。

「わたしはあんたの上司。あんたは私の部下。これはわたしが同意したこと。だから責任は全てわたし。どんな事があっても、あんたには何も瑕疵は無い。だけど本音言えばわたしも混乱してるんだ。だからちょっと燥ぐの抑えてくんないかな」

「・・・すいません」としょげる野島。

 その姿を見てまたもや心臓が締め付けられてしまうわたし。

 どうしたのわたし。

 急にどおしちゃったのよ。ちくしょお。抱きしめたくなるじゃないか。

 取り繕おうとして腕組みしてウン、とか言ってみる。髪をかき上げて階数表示なんかも見つめたりする。速度を落とす箱に気持ち悪さを覚えつつ、ドアが開くやだれもいない廊下を部屋に向かってズンズン歩く。トボトボついてきてるんだろうな。そう思うが敢えて振り向かない。野島が部屋の前に立ってカードを挿す。ドアが開く。なぜか落ち着いているわたし。何故か彼が開けたドアを押し、逆に彼の背中に手を添えて中に入れる。後でドアが閉まる。

 シンプルなかさを載せたハイスタンドのみで照らされた室内を見回す野島。応接があり、化粧台があり、大きめのベッドが一つ。

「すごい部屋ですね」

 そっちかよ。と思ってしまう。わたしをこのまま置いとくなよ。

 ま、いいか。

「普通じゃん」

「こういうホテルって初めてで」

「そう」

 彼の広い肩をトントンと叩く。振り向いた野島の両肩を捕まえる。コイツ、こんな背が高かったっけ。今まであまり意識してなかったが、意外に端正な顔立ちをしていて髭は薄い。十分にイケメンにランクされる。今まで何で意識していなかったのか、不思議なほどだ。

「とりあえずさ、らしいことしよう。チューでもして」

 大人の女の演技をするわたし。アラサーなんだからこのぐらいはいいだろう。あんまりしおらしくしても元はと言えば上司だし、六歳も年上なんだし、スケベだし、わざとらしさで顔から火だし、我ながらキモすぎる。

「・・・先輩」

「それからさ、今夜だけはその、『先輩』ってのやめない? 出来れば名前で呼んでよ」

 野島はちょっと躊躇った後で「カナエ、さん?」と言った。

「好きです。・・・佳苗さん」

 そして唇を突き出して来た。唇が硬いな。緊張しているんだろうな。

 唇で野島の上唇をチョンとつまみ、下唇の上をスーっと走らせた。震えている。可愛い。太腿でさりげなく彼の股間に触れてみる。居酒屋であんなに元気だったムスコさんが意気消沈してしまっている。

「ねえ、もしかして、初めて?」

「・・・ハイ。実は・・・」

 愛とか情とかとは違う、まがまがしいものが背中に走る。

「ごめんね。気にしないで。てか、ほんとに初めてがわたしみたいな年増でいいの?」

「せ、・・・佳苗さん。僕怒りますよ。ふざけて言ったんじゃないんですから。僕、入社してからずっと佳苗さんを見てたんですから・・・」

「うん・・・。ごめん。ほんと、ごめんね」

 なんか、しんみりしちゃった。いかん。で、もう一度野島の首に手を回して彼の唇をちょっと吸った。熱い。

「ねえ、お風呂入ろ。先入って」

「はい」と野島は言った。

 バスルームからバスタオルを一枚取り、彼のコートとジャケットを脱がして押し込んだ。彼のをクローゼットに掛ける。冷蔵庫からコーラを出してプシュッと一口飲む。何故か「ヨシ!」と口に出る。服を脱ぐ。ブラもパンツも脱ぐ。そこに、まがまがしいもののせいで出来た跡がへばりついている。自分の性欲を呪う。パンツの替えを持ってきていないことに気付く。

 髪を上げバッグから髪留めを取り出す。そして、バスタオルを巻いた胸元を抑えつつバスルームのドアをノックする。

「野島ー。一緒に入ろっか」

 返事を待たずにドアを開ける。沸き上がる湯気の向こうにシャワーカーテンもせずに湯を浴びる逞しい野島の背中がある。控えめな逆三角形。きゅっと盛り上がったお尻。水音で気付かなかったのか、ワザと乱暴にドアを閉めたら振り向いた。野島、「わっ」と驚いてる。顔が面白い。わたしは悪い上司だ。

「洗ったげるよ」

 ボディーソープを手に取り掌で揉んで彼の背中に塗り付ける。

「あんた意外にかっこいいね。卓球やってたって言ったっけ」

「テニスです。高校まで」

 やせ型ではあるが筋肉がキレイ。その盛り上がりに添って掌を這わせる。お尻の盛り上がりにうっとりする。どっかの太鼓腹で垂れたケツのヤツとは大違いだ。野島は黙ってわたしにされるままになっている。可愛くてたまらなくなる。自分が二十歳の小娘だったころ、この子はまだ中学生だったのだと考えると無性に萌え、興奮してしまう。

 シャワーをカランに切り替えてお湯を溜める。そのついでに後ろから抱きつく。胸板も厚い。意識してみていなかったせいもあるのだろうが、スーツ着てるとわからんもんだ。首筋に唇を這わせる。ビクッと震える野島。可愛すぎる。

「こっち向いて」

 そのおずおず加減がまた可愛い。俯いて片手で下を隠した野島の顔を上げさせる。そして目を覗き込む。営業用じゃない、ほんわか度満点の顔を作って目を覗く。

「あんまり見ないでね。こっちだって、恥ずかしいんだから」

 見ないでと言えば余計に見たくなる。計算の上でワザと言ってみる。案の定、野島の目線は下に降りる。

「こら」

 そう言って彼の唇をちょっとだけ吸ってみる。

「綺麗です。とっても」

「ありがと」

 ソープを取り、彼の胸を滑らせる。少し乳首にいたずらする。たちまち吐息を漏らす野島。硬くなる乳首。

「スケベな女だと思ってるでしょ?」

「・・・いえ」

「正直に言えばいいよ。悪口じゃないから」

 手を徐々に下に這わす。腹筋も割れてる。筋肉をなぞる。

「あのね、どうせなら満足してもらいたいんだよ。だって、あんたの初めてもらうんだもん。女として名誉だよ。ここで頑張らないと女廃るもん。だから素直になってわたしを感じて」

 どこかで聞いたようなセリフが自分の口から出ていることに驚く。だが、今は忘れよう。

 股間を押さえている彼の手を優しく取り上げて洗う。もちろん、ホントの目的は彼のムスコさんだ。でもそこにすぐ手を伸ばすのはちょっとつまらない。大きな掌を丹念に洗う。

「ねえ。あんたはさ、いい大学出てるし頭の中身も顔も申し分ないよ。足りないのはここだけ」

 拳で優しく彼の胸を突く。

「ハイ・・・。自分でもわかってるんです・・・」と彼は言う。

「わたしなんか、人生八割ぐらいここで生きてるよ」

 その大きな掌を自分の胸に導く。

「巨乳じゃなくてごめんね。好きに触っていいよ。てか、触って。お互いに感じ合って気持ちを高めてくんだ。大事なんだよ。その方が、上手くいくから」

 恐々ぎこちなく撫でる手に新鮮を感じる。ワザと大きく吐息を漏らしてみる。

「全然。せん・・・佳苗さん謙遜し過ぎですよ。十分大きいです。それに、キレイだし」

「優しいね。あのさ、やっぱ言いにくかったら『先輩』でいいわ。自然でいいから」

「そうスね。それで慣れちゃったし、僕にとってやっぱり先輩はせんぱ・・・」

 大事にとってあったムスコさんに触れたとたん、野島は目を閉じた。

「痛い?」

「気持ちいいです。・・・めっちゃ」

 快感に震えながら耐えている野島の顔を見てるだけで萌える。思わず唇を寄せてしまう。

「我慢しないでね。出したかったらいつでも出していいからね」

 ムスコさんをゆっくりと可愛がりながら、わたしは彼の唇をこじあけて初めて舌を入れる。野島は応じてくれた。ちょっと嬉しい。いつの間にか興奮しているわたし。もう一度シャワーに切り替えて泡を流しながら徐々にキスの場所を下ろしてゆく。乳首を念入りに舐めてからさらに下へ。半分溜まったお湯にお尻が浸かる。ムスコさんのタートルネックを下ろす。ムスコさんはまだ赤い顔をしている。初々しい。

「こんにちは。初めまして。よろしくね」

 野島の顔を見上げる。笑ってる。こういうノリは嫌いじゃないみたいで安心する。

 十人十色。ムスコさんはどれも違う。大きかったり小さかったり、エバっていたり素直だったりする。男は大きさだけを気にするみたいだけれど、大事なのは自分と相手が合うかどうかだとわたしは思う。いくら大きくても保護者が悪いと気持ちよくならない。野島のは普通よりちょっとちいさいけれど元気がある。わんぱく小僧ってかんじ。ちょっとつつくとすぐ反応する。かつて付き合っていた男のそれにうっかり「可愛い」と言ってしまって不貞腐れたことがあったからそれだけは言わないようにと思っていたけれど、どうしてどうして。わたしがキスしたり包み込んだりするたびに大喜びで走り回る子供みたいにピクピク震える。大きくなる。こんなこと、二年ぶりだ。

 もう一度顔を見上げる。苦しそうに耐えている。いじらしい。

「我慢しないでね。いいからね、いつでも」

 彼の苦悶の表情。太腿やお尻の筋肉の強張りが伝わってくる。わたしのゾクゾクが止まらない。次から次へと襲ってくる。これは未体験ゾーンだ。興奮度マックスでピッチを上げるわたし。たまらず声を上げる野島。

「先輩!」

 ムスコさんが暴れてビクンビクンと張り切り、熱いのが何度も噴出する。めっちゃエロくて悶え死にそう・・・。

「す、すいません」

 慌てて腰を引く野島。

「大丈夫って言ったでしょ」

 ヤバい。この後、ああしてこうしてと考えてはいたけれど、自分が我慢できなくなっている。一刻も早く、野島のムスコさんが欲しい。脇の洗面器に吐き出し口を濯ぐ。抱き着いて口を襲う。わたしにされるままになっている野島。もう、無理だ。

「行こ」

 自分と彼の体を拭き上げるのももどかしく、裸のままベッドへ。押し倒す。馬乗りになる。両手を抑えつける。強引に、キスする。目を丸くしている野島。

「こんなわたし、幻滅した? がっかりした? エレベーターで言ったけど、ここまで来たのはわたしの責任。でもわたしをこんなふうにしたのはあんただからね。あんたが欲しいの。欲しくてたまんなくなっちゃったんだ」

 野島の耳たぶを嘗めながら呟く。片手でムスコさんに触れる。もう元気になってる。

 ここでふと、大事なことに気付く。

 ゴムがない。ラブホテルじゃないから枕元にも置いてない。でもここまできて止めるなんて有り得ない。無茶苦茶に野島が欲しくなっている。体を起こして六歳下の部下を見下ろす。不安気にわたしを見上げる野島。可愛くて、たまらない。

「出したくなったら言ってね。でも、なるべく我慢するんだよ」

 ゆっくりと。した。

 この子とのセックスは、ヤラれるのではなく、包み込む。わたしが。ヤリオとのそれとは違うところがじんじんと感じて来る。目をつぶって眉間にしわを寄せている野島が愛しくて抱きついてしまう。唇や舌や手でいろんなところを可愛がる。

「気持ちいい?」

「今の、いいです。もう一回お願いします」

 素直に快感を求める野島。リクエストに応えて彼の首筋に唇を這わせる。髪が解けて彼の顔にかかる。

「先輩の髪の匂い、好きです」

「そう?」

「いつもいいなあって思ってました」

「怒られてる時も?」

「・・・はい」

「怒られながら、ここ、おっきくしてたの」

「・・・はい」

「ヘンタイ」

「すごい、嬉しいです」

「あはは、ヘンタイって言われて嬉しいの?」

「違います。先輩と、こんなふうになれて、です」

 もうダメだ。

 余裕なんか消し飛んだ。彼を掻き抱く。自然にピッチが上がる。じんじんが増幅する。夢中になってしまい、健気に耐えているムスコさんをぎゅうっと締め上げてしまった時はもう遅かった。

 あ、と野島が言い、ムスコさんの子供たちがわたしの中に元気よく散らばった。生まれて初めて中に出されたが、なぜか妊娠の危険の心配よりも幸せな気持ちの方がおびただしく溢れた。ムスコさんの子供たちだから、野島にとっては孫たちになるのか・・・。などと、下らない考えが浮かんできて困った。

「ごめんなさい!」

 すぐに体を避けようとする野島を抑えつけ、抱きしめた。

「いいんだよ。大丈夫。気にしない」

 いまごろ野島の孫たちは励まし合いながら、わたしの体の奥に向かっていっせいに泳ぎ出しているのだろうな。野島の分身をわたしの中に宿すために。

「大丈夫だからね」

 もう一度彼を宥め、髪を撫で、キスをする。ほんわかした気持ちに包まれる。こんな気分、何年ぶりだろう。

「どうだった?」

「すっごい、気持ちよかったです。最高でした」

 野島は食べてしまいたくなるほどに爽やかな顔をして微笑んだ。男にとって、「出す」っていうのはそれほどに気持ちのいいもんなんだな・・・。

「でも、早すぎましたよね。先輩はまだでしたよね・・・。本当に平気ですか」

「気持ちよかったよ、わたしも。だからもう気にしない。ね?」

 嘘でもないし気遣いでもない。単純に、わたしで気持ちよくなって出してくれたのが嬉しかったのだ。

 ふいに、わたしの中に別な考えが浮かぶ。それはたった今感じたばかりの幸せに満ちた温かなものとは別の、ある意味でそれとは対極にある邪悪な色彩を帯びていた。
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