犬ニンゲン

MIKAN🍊

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10.エイミーの匂い

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女の匂いがした。風にのせて微(かす)かに。
前を歩くエイミーの匂いか。
祐馬はクンクンと鼻を鳴らした。臭覚もまた随分劣ってしまったものだ。
ジャスミン先生のような八頭身美人も良いけれど、エイミーのように小ぶりでムチムチした身体も男にはたまらない。

地方の町の小さな住宅街の真ん中。
朝早くまだ誰もいない公園のベンチに二人は腰かけた。
リカコはそばに。ヒデユキは興奮していたので離れた木の下に繋いであった。
「飲みますか?」
エイミーがビニールバッグの中から缶ジュースを取り出した。
『牛肉(ビーフ)オレ』だった。
「あ、これ美味しいんですよね!」
祐馬はヨダレを垂らした。
「私も好きなんです。まだありますからお一つどうぞ」
「わあ、嬉しいな」ゴクゴク…
「普段はヒデユキと一緒に走ったりしますから、喉が渇いちゃって」
「そうですよね」ゴクゴク…

「昔は私たちも鼻が乾いたらしいですね」
「そうなんですか。知らなかったなあ」ゴクゴク…
「あー美味かった。ご馳走さまでした」
「ウフフ」エイミーは愉快そうに笑った。
「どうかしました?」
「鼻の頭にビーフオレが付いてます」
そう言って祐馬の鼻先をペロンと舐めた。
「あ、あ、すいません」
「なんて名前ですか。この子」
「え、ああ、リカコです。一番下の娘が付けました」
「可愛いお名前ね。リカコちゃん」
リカコはシッポを振ってエイミーが差し出した手を舐めた。

「いい子だわ。うちのと違って」
「大きいですね」
「もう大変なんですよ。メスを見るとすぐ興奮しちゃって」
「でっかい…、えーと…ナニですよね。あはは」
「気性も荒いし。ホント恥ずかしいわ」
「去勢しないんですか?」
繋いであったヒデユキが一瞬こちらを見て落ち着かない様子になった。
「どうなんでしょうね。何だか可哀想で」
「悶々としてるより楽かも知れませんよ。オスだから良いけどメスなら子どもが増えてもね」
「リカコちゃんはどうするんですか?不妊手術したい?」
リカコは悲しい目をして首を左右に振った。

「わあ。見ましたか!」
「見ました!言葉が解るのかしら。エライわあ!リカコちゃん」
リカコはその場でお座りをしてシッポを振った。
「ワン!」
「て、天才だ…」
そして大きな胸をプルルンと震わせた。
「リカコには手術はしませんよ。ね、リカコ」

「お優しいんですね」
「そんな、買い被りですよ。はは」祐馬は耳の後ろを掻いた。
シッポは退化し二足歩行してはいるが耳は犬のまんまだった。
「私ね、少し臭うでしょう?」エイミーはタオルハンカチで口元を抑えた。
「ギョーザでも食べたんですか?」
「そうじゃなくて、アッチの」
女の匂いの事だ。

「そんな感じませんけどね」
「発情不良というんです。生理不順とは違うんですよ」
「聞いたことあるな」
「最近多いらしいです。年に何回も発情期か来るんです。政府も対策に乗り出したそうですよ。ご存知でした?」
エイミーは祐馬を覗き込んだ。その目は確かにトロンとして少し潤んでいた。
「ある専門家によると原因は私達が普段食べてるドッグフードにあるんじゃないかかって」

「いや、うちは新聞読まないし、テレビはバラエティーしか見ないし。あはは」
「私はこないだネットで見たんです。発情異常は世界中で問題になってるんですって。このままだと100年後には犬社会は滅亡するという説もあるんです。怖いですわ」
「ま、100年後は生きてないし。あ、それじゃ無責任ですね。子ども達の未来を考えなきゃ」
「そうなんです」
エイミーは声を落とした。どうやら深刻な悩みかあるらしい。

「あの、実は折り入ってお願いしたい事があるんです」
「俺に?」祐馬は耳をピンと立てた。
「はい。あの、私もうすぐ今年2回目の発情期が来ます。まだ夏なのに。わかるんです。お乳も張ってきてるし」
「はあ…」祐馬はエイミーのTシャツの上から豊満なバストを見やった。
「触ってごらんになる?」
「あ、いや、結構です。そ、それで?」

「発情期が来たら私とエッチしてもらえませんか?」
「えーっ!?」
祐馬はベンチからずり落ちそうになった。

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