犬ニンゲン

MIKAN🍊

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4.女医はアフガンハウンド

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恋に落ちたら誰もが普通じゃなくなる。
最初は遠くから見ていればよかった。
そのうちに目と目が合うようになり、微笑み返すようになる。
出会いはある日突然訪れる。

祐馬の場合は交通事故がきっかけだった。
猫が運転するフォルクスワーゲンにはねられた。しかも横断歩道でだ。
仕事帰りだったし、家ももうすぐだった。
怪我もなくたいした事もなさそうだったからそのまま帰った。犬なんてそんなもんだ。
ペッペと唾を塗っときゃ治る。
ところが翌朝になり後脚が腫れ上がった。
脚を上げてオシッコするのもままならない。
会社に電話すると運悪く上司の血統書付きが出た。
病院に行ってから出勤すると伝えるととても嫌そうに人が居ないのにとか、忙しいのにとかグチグチ言われ、この時期は這ってでも来るのが常識なんじゃないの?と突き放された。
「まったく雑種はこれだから」
「はい?今なんと?」わざとらしく訊き返すと電話はすでに切れた後だった。

ドッグフードを食べミルクをたっぷり飲んで、毛づくろいをしてゆっくり病院へ向かう事にした。
「あなた大丈夫?送って行こうか?」玄関でモタモタしていると妻のシンシアが心配そうに言った。
「うん。平気だ」
「病院どこなの?」
「え、ああ、リュウの紹介なんだ。隣町だよ」
「近くにもあるのに」
「少し安くしてくれるかも知れないから」
「まさか」
そう。まさか美人の女医がいるからだとは言えない。
「じゃあ行ってくる」
「はーい。いってらっしゃい!」
シンシアはハッハッと手を振った。

バスに乗りリュウに教わった停留所で降りると目指す整骨院はすぐ見つかった。
受付で診察券を作ってもらい歳老いた犬や猫に混じって診療を待った。
予約をしてあったので20分ほどで名前を呼ばれた。
「白撫(シロナデ)さーん!白撫祐馬さーん!」
「ワン!」

バラの香りがする診察室だった。
白衣を着た全身金髪のアフガンハウンドの女医が微笑みかけた。
「どうぞ。こちらへ掛けて」
「は、はい」
祐馬はおずおずと丸椅子に座った。
アフガンハウンドの長い鼻面が祐馬の顔の真ん前にあった。
とても良い匂いの息だ。
目は大きくて鳶色の瞳がキラキラしていた。
「今日はどうなさいました?」
「えっと、脚をやっちゃって」
「やっちゃって?」
「あ、いや、あの交通事故で」
「ああ、自動車にはねられたんですか」
アフガンハウンドの女医はクスッと笑った。

「どちらの脚です?ちょっと見せて下さいね」
祐馬は左脚を差し出した。何を思ったか何ともない方の脚だった。
「あ、間違えた!こっちだ」
慌てて右側の脚を伸ばすとアフガンハウンドの女医の脚を蹴ってしまった。
「あ、うわ!ごめんなさい」
「いいんですよ」
長い髪をふわりとかき上げて女医は祐馬の脚に触れた。
柔らかい天使の羽根のような手だった。いや、前脚だった。
祐馬はゾクゾクした。
「うぅ~~」
「どうかしました?痛いですか?」
「いえ、全然!」
「これは?」
飛び上がるほど痛かったが祐馬は我慢した。
「ゔっ…、イ、イタくありません、グッ…」
額からあぶら汗がどっとにじみ出た。
「変ねえ。相当痛い筈なんだけどナ。レントゲンを撮っておきましょう。着てる物を脱いであちらへ」
「え、は、はい」
祐馬は上着を脱ぎシャツを脱ごうとした。

「あの、白撫さん?裸にならなくて良いですよ。ズボンだけで」
「あ、そうですよね。アハハハ!」
ズボンのベルトを緩めて脚を抜こうとしたら激痛が走ってお尻を出したまんまひっくり返った。
「キャウ~~ン!イテテテ…」

「キャハハハッ!」
アフガンハウンドの女医の笑い声が春風のように響いた。
「あら、ごめんなさい」
女医はピンク色の長い舌をペロリと出した。

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